夜会の始まり
秋の始まりにある収穫を祝う夜会は、毎年王家が主催する公式の夜会である。
そして同時に今夜、レオナルドとアンジェラの婚約が発表されるのだ。
「緊張してる?」
目の前の黄金の扉を見つめていると、レオナルド様の心配そうな顔が視界に映る。
もう癖になっているのか、私の頭を優しくなでながら…
艶のある黒い髪が引き立つように、金糸で縁取りされた漆黒のタキシードに、瞳と同じ濃紺のチーフを胸に刺した美貌の王子様ことレオナルド様は、その黄金の扉を前にしても存在が霞むことはない。
「ははっ!レオナルドがそんな顔で女性に接する日を見るとは」
「あなた、そんなこと言っちゃいけませんわ」
レオナルドの横に立ち、笑いながら話しかけてきたのはレオナルドの兄であり、この国の第一王子ギルバート。
大柄で少し威圧感のあるギルバートだが、話してみるととても快活で家族思いの人物だった。
それを窘めているのが、昨年結婚したマリアンナ妃である。
隣国の王女であったマリアンナ妃は、ギルバートの見た目に怯むことなく接してくれる数少ない女性ということで望まれ、政略結婚ではあるが夫婦仲は良いらしい。
「そうそう、やっと訪れた息子の春を茶化すものではないわよ。ね、貴方?」
「う、うむ。まぁがんばれ」
そして王妃と国王。
継承から数年で荒れていた国の制度を立て直した賢王と、それを支える王妃として国民の支持が高い。
それぞれ一言づつなのにキャラクターと力関係がよく出ているわ…。
皆様に受け入れていただけたみたいでよかった。
少しだけほっとしたアンジェラの肩の力が抜けたのを感じとったレオナルドが、繋いだ手にキュッと力を入れ微笑む。
「まぁ私の方が緊張しているかもね。ダンスにしても、あまりしてこなかったから、失敗しないようにドキドキしてるよ」
「ふふっダンスはお任せください。こんなに素敵なドレスをいただいて、婚約者として迎えてくださっている皆様の期待に応えられるよう本日はしっかり努めさせていただきます」
アンジェラの装いは、レオナルドから贈られたシャンパンゴールドのドレス。そこかしこに繊細なレースがふんだんに使われている。
首元にはレオナルドの瞳のような美しい濃紺のサファイア、そしてイヤリングも対になっている。
なんとなく王子の執着を感じさせなくもない…
目の肥えたリュヌ公爵ですら「ここまでの質は国中探してもめったに手に入るものではない」と、こぼしていた。
王族用の黄金の扉からレオナルドのエスコートで入ることになったアンジェラのプレッシャーはかなり強いが、この場で怖気づくことはできない。
最高位の貴族令嬢らしくしっかりと背筋を伸ばし優雅に微笑み返した。
ちなみにリリア姫はまだ夜会に参加する年齢ではないのでここにはいない。
正式な発表前に改めて挨拶をと思ったが、華やかな場が好きなお姫様かと思いきや、マナーにも厳しく自分が主役になれないことが分かっている夜会には興味がないらしい。
今頃は部屋に籠もってスイーツ三昧とのこと。
「本当にそのドレス、とても良く似合っている。アンジェラに見惚れる輩はいても、文句を言うやつなんていないだろう。それでも、なにか困ったことがあればいつでも私を頼ってね」
蕩けるような目で見つめつつ、繋いでいた手を持ち上げ手の甲に口づけをするレオナルド。
甘い…甘すぎるわ!!!
レオナルド様ってお優しい方だとは思っていたけど、こんなにスキンシップの多い方だったかしら。
これも仲良く見せるために必要ってこと??
貴族の無駄な不満を出さないために?
それとも私の緊張を解いて、婚約者らしく振る舞えるように形から入れってことかしら???
「ありがとうございます。レオナルド様の正装も素敵ですわ。そ、その、私と色味を揃えてくださったのも…こ、心強いです!!」
出会って間もないが、なんだか会うたびに距離が近くなり、まるで恋人同士のような雰囲気をだすレオナルドの行動に、甘い雰囲気に慣れていないアンジェラは何かしら意図を探ろうと必死だ。
「「「「若いっていいな〜(わね〜)」」」」
その後もアンジェラを褒め続けるレオナルドを温かい視線で眺めていた王族たちだが、侍従からの合図があると、ぴしりとそれぞれに威厳を纏った。
つられてアンジェラも再度姿勢を正す。
そして、黄金の扉が開かれた。
シャンデリアのキラキラとした光が扉の隙間から漏れ、同時にざわざわと集まっていた貴族たちの声が一斉に静かになった。
国王夫妻、第一王子夫妻に続き、レオナルドと共に壇上を進む。
すべての貴族が頭を下げているその前を、ゆっくりと通った。
ちらりとアンジェラに気づいた者もいたが、はっと目を見張ったあとは同じようにまた頭を下げている。
「面をあげよ。うん、よく集まってくれたな。今年も皆、夏の季節の間本当によく働き国を盛り上げてくれた。冬の季節の活躍も期待している。そして、今日は、皆に嬉しい発表がある」
威厳のある声で臣下を労い挨拶を行う国王は、先程までとは別人のようだ。
その声かけとともにレオナルドと一歩前へ出る。
「ここに並ぶレオナルドと、リュヌ公爵令嬢の婚約が決まった!!」
わぁ!っと拍手が起こり、会場が一気に祝福に包まれた。
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