婚約者になりました
「はじめまして、リリア姫様」
「ふん!あなたがお兄様の婚約者ね。わたくしへ挨拶がしたいならおいしいお菓子を持ってでなおしなさい!!」
ピキッ
……なんだ、この躾のなってない娘
周りを見ても、彼女の後ろの侍女たちはぎゅっと目をつむって見てみぬふりをしているし、一国の王女ではあるが幼い彼女にはまだ本格的なマナーは難しいのだろう。
だとしても…
「…それは失礼致しました。本日は国王陛下とレオナルド殿下へのみご挨拶をと言われておりましたので。次に伺うときはお菓子をお持ちいたしますわ」
未来の義妹…さてどうしたものか。
とりあえず初対面の王女に礼をして、失礼のないように返してみた。ちょっと嫌味っぽくなってしまったのも貴族的ご愛嬌だ。
「…ふんっここはわたくしの城でもあるのよ。よく覚えておくことね!!」
私の嫌味にヒヤヒヤしていた周りの侍女たちと違い、言葉の裏も理解できない王女は言うだけ言うと、まともな挨拶もなく、くるりと向きを変え去っていってしまった。
小さな足でトテトテと体重を乗せて歩く様は、迫力はないが、まるで悪の女王だ。
「アンジェラ様、大丈夫ですか?」
私についていた侍女がそっと声をかけてくれる。
「…まったく、どこの世界の悪役かという台詞ね。帰りましょ」
冷めた瞳でその後ろ姿が視界から消えたのを確認し、ふっと肩の力を抜くと、私も改めて背筋を伸ばし優雅さを意識して歩き出す。
その姿はどんなに重いドレスを着ていても、高いヒールを履いていても崩れることはない。
先程突然王族に嫁ぐことが決まったからといって、取り乱す隙もないくらい理想の令嬢、それが私アンジェラ·リュヌ公爵令嬢である。
それにしても、慌ただしい一日だわ。
先月の王家主催の夜会で何故か王妃様に気に入られ、本日父と共に呼ばれたかと思ったらあっという間にこの国の第二王子、レオナルド殿下との婚約が成立した。
両親には先に手紙が届いていたようだが、それからまだ10日も経っていない。
せいぜいが様子見程度の顔合わせかと思って、案内された部屋に入ったら、両陛下とレオナルド殿下が揃って待っていらした。
余裕をもって早く着いたつもりが、王族を待たせてしまったなんて!と青褪めた私達父娘に笑顔で対応してくださったのはいいけれど、すぐに教会に移動して洗礼と婚約の儀までさせられるとは思わなかったわ。
…え?断る選択肢?
そんなものこの国の貴族としてありえない。
よほど国のためにならないことならば、臣として意見することはあっても、王太子でもない第二王子の結婚に関して我が家が言うことは、ない。
本来時間をかけて行われる婚約に必要な手続きが、まさかの一日で終わり、このまま婚約発表の日取りなどを両陛下と相談するという父と別れ、侍女を連れて帰るところだった。
あちこちからチラチラと視線を感じる。
婚約のことで登城しているとは思っていないだろうが、高位貴族である私が歩けばここで働く者たちは頭を下げ立ち止まるし、夜会などでは話しかけにくい低い階級の貴族たちも、私の関心を引いてなんとか公爵と繋がりたいという雰囲気を醸し出している。
早く帰りたいという心情と、最後まで優雅にという理性を戦わせながら、なんとか馬車に乗り帰路についた。
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