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いざ高き天国へ   作者: 薫風丸
第3章 男爵家の人びと
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第98話  告白

 夕食の時間になってもアンジェは眠り続けた。

かなり力を使ったようだから、そのまま寝かせてやった方がいいだろうとそっとしておくことにした。


夕食後、皆は居間に集まりアンジェのことを改めて話すことにした。

そのアンジェが寝ているベッドをヤモリンが心配そうに覗き込んでいた。

そして、起きてくれとばかりに、ぺちぺちと額を叩き始めた。


『嬢ちゃん、起きるでゲス。大人達が嬢ちゃんの話をしているでゲスよ』

『ふああぁ、うーん、ヤモリンどうしたの?』

『嬢ちゃんは天使の生まれ変わりで、神様のお使いだって本当でゲスか?』

『ええ?違うよ?あたしは人とちょっと違う力はあるけど、神様と関りなんて全然ないよ』


『嬢ちゃんはそうでも、大人はそう思って無いみたいでゲスよ』

その言葉に反応して思わずガバッと起きた。はずみでヤモリンがベッドから落ちた。ごめん、ごめんと慌ててヤモリンを頭に乗せてあげた。


 きっと、以前パパにうその御神託をしたせいだ。こうして毎日楽しく過ごしているのは嘘をついてパパを騙したからだ。

普段は忘れていた罪悪感が急に湧き出して、ぎゅっと胸の奥が縮んで息苦しさを覚えた。


 寝かされた部屋は家族用の食堂のとなり、侍女の控室だった。

廊下に出て様子を見ると誰もいないようだった。いや、廊下の端に警護がいたがあたしの姿は見えないみたい、小さいので目に入らないのかな?


気がついていないなら声を掛ける必要もない、黙って食堂に入った。

皆はいない、「誰もいにゃいね」

天井にはシャンデリアを吊り下げるための滑車と金具があるが、夏が近いせいか今は見当たらなかった。


代わりの壁付燭台に蝋燭が灯っているが、人がいないせいか必要最小限の数しか使用していないのでかなり薄暗い。


しかし、お城というだけあって夕食の食堂は家族用といえども内装が豪華だ。

黒檀製のテーブルは、男爵家のものとは比べ物にならないくらい立派で大きい。

貴族は毎晩、よそで恥を掻かないように、夕食は正装して正式なテーブルマナーのもとに食事をとる。

これが家族用ならば客室用はどれだけ贅を尽くしているのだろう。


『嬢ちゃん、この家族用食堂は家族用の居間と部屋続きでゲス。そこのドアを少し開ければこっそりお話を聞けるでゲス』


ふと疑問が頭をよぎった、ヤモリンは何故こんなに頭が良くてあたしに味方するのか?初対面で酷いこと言ったのに…


『ヤモリンごめんね、嫌いだって酷いこと言ってごめん』


『嬢ちゃん、それは無理もないでゲス。あっしらは神様から、女の人に嫌われるように定められたんでゲス。

あっしらが背負った原罪でゲス。大好きだった仲良しから永遠に嫌われる、神様のお怒りにふれたため下された罰なんでゲス』


?原罪?それってアダムとイヴが知恵の実を食べたみたいな?

『あっしらの先祖は神様の楽園で人間に禁断の実を勧めたんでゲス』

そう言うとヤモリンはしょんぼりしてしまった。


「楽園の蛇」、無垢なアダムとイヴに禁断の知恵の実をそそのかした悪者、こちらではヤモリなのか?

しかし、あたしは見えない神様なんかより目の前の友という主義なのだ。


『アンジェには神様の意地悪は通じなかったね。ヤモリンは友達だもん』

ヤモリンはそれを聞くと頭の上でわちゃわちゃと踊って喜んだ。


そうだよ、会えもしない神様よりも、一緒にいて励ましてくれたヤモリンの方があたしには大事なのだ。

食堂の奥にあるドアの前にきた、息を潜めてドアノブを引くと、大人達の話し声が聞こえてきた。


*      *       *       *


夕食が済んだ皆は、家族用の居間に移動した。そこで、ルトガーはアンジェの話を正直に話し始めた。

これからの事を考えて、カメリアとカラブリア卿、フェルディナンドには隠し事はする必要はないと思ったのだ。

そこには使用人のアイリスとリアム、ダリア、セリオンも同室を許されていた。


 そもそもの始まりであるバッソのゴミ捨て場から話を始め、ディオがアンジェを妹として育てるため保護したのだと打ち明けた。


「アンジェリーチェはバッソのゴミ捨て場にいた捨て子でした。

ですが、神に授かった力を持ち、高い知能の特別な子供であり、天啓を受けて育てることにしたのです」


ルトガーがそういうと、フェルディナンドはすぐさま口を開いた。


「父上、僕は信じます、確かに天から遣わされたのでしょう。アンジェのお陰で、僕もリアムも罠の通路で死なずに済みました。

例え実の妹でなくても家族として受け入れます」


フェルディナンドの従者のリアムも彼の後ろに控えたまま頷いた。

セリオンは表情ひとつ変えず、ダリアとアイリスは微笑んで聞いていた。

カメリアが無事に帰って来た息子に目を細めて言葉を継いだ。


「私も信じます、天使の生まれ変わりで間違いないでしょう。私はエルハナス家の当主として、全面的にアンジェリーチェの後ろ盾を致します」


カラブリア卿が、「お告げで娘にしたのか、なるほど、それに…」そう言って言葉を補足しようとした時だった。


突如居間に乱入した大泣きする声で皆の話が中断された。

うああああああぁぁぁぁん!!!

「ごめんにゃちゃい!アンジェが悪いでしゅー!」

頭の上にヤモリンを乗せたアンジェが、クシャクシャの泣き顔で立っていた。


*      *       *       *


ダリアさんが動くよりも早く、ディオ兄は素早くあたしの前に立った。

膝をついて肩を抱き寄せて、「どうしたの」と顔を覗き込む。


あたしは突っ立ったまま両手の甲で目を押さえて「うう」と喉の詰まるような声を絞り出して言わなければいけないことをいった。


「アンジェは…アンジェは…パパを騙ちまちたー!」

びえーんと大きな泣き声を再び上げながら、感情が溢れて支えきれなくなって、あたしはその場に蹲った。


「アンジェ!」

ルトガーパパが慌てて膝を折ってあたしを抱き上げた。

ディオ兄は困惑してそれを見上げていた。

「アンジェが言うのは、始めて会ったときのお告げのことかい?」

「…あい…そうでちゅ…」


パパはディオ兄と顔を見合わせて、あたしに微笑んだ。

「それなら知っているよ。後から、ディオが謝って来た。アンジェの悪戯を許して欲しいと。

だから、男爵家に入るのは申し訳ないから、今までのまま二人で暮らすと言ってな。

勿論、そんなことは気にしないで良いと言ったのだがな」


え?とパパに抱っこされたまま慌ててディオ兄を見おろすと、彼は申し訳なさそうに肩をすくめていった。


「セリオンさんに叱られて正直に話したんだ。兄の俺が謝ったから、アンジェは改めて謝らなくても良いやと言わなかった。

アンジェは悩んでいたんだね。気がつかなくてごめんね。

アンジェを守るって決めたのに、一番に俺が気づかないといけなかったのに」


すまなそうに言ったディオ兄の眼が潤んでいる。

しまった、彼を幸せにしたいと願っておいて、あたしがお気楽に過ごしている間に、彼に負担と責任を負わせてしまった。


お前は今まで何をしていたと、大人であった記憶があたしを責めさいなむ。


情けない大人だわ、生まれ変わっても何も変わらない。あたしは自分が好きじゃなかった、過去を振り返ると嫌な事ばかり思い出された。

せっかく新しい人生を手に入れたが、変わらない自分がいる。

環境どころか世界が変わったのに、自分が変わらないなら以前の生き方を踏襲するだけになるのだろう。

人の性根は学習しなければ直らないに違いない。


 ルトガーパパの暗赤色の髪と優しい茶色の眼が、あたしのゆらゆらと水を浮かべた眼の中を見つめている。


「アンジェ、よその子を養子に入れるのは、とても覚悟のいることなんだよ。誰かに言われて「はい、わかりました」なんて引き取れるもんじゃない。

それは相手が神様でも同じだ。俺は上から命令されるのは大嫌いだしな。


始めはディオと引き離すのが不憫でお前を引き取った。

だが、今は可愛い娘が出来てとても幸せで嬉しいよ。赤の他人の子なのに、こんなにも可愛い。

その気持ちに気がつき自覚をしたとき、俺にとってそれは天啓に等しかったのだよ」


少しの間も置かないでカメリア様が言葉を継いだ。


「アンジェ、この人はね、どうにも思いを隠せない正直者なの。ディオやセリオンと同じようにルトガーを信じてあげて頂戴。

かけがえのない人は、血がつながりが無くても見つけられるの。


強い絆で結ばれる夫婦は多いわ、たとえ養子でもそれは同じはずじゃないの?

夫婦は血縁の代わりにお互いを慈しみあって絆を深めていくのよ。


あなた達もそうすればいいの、実の父親だと思って甘えなさい。

ルトガーとなら、きっと他人でも本当の親子になれるわよ。私が保証するわ」


いきなりカラブリア卿が顔を覗き込んで告げた。

「アンジェ、お前は他人じゃない。グリマルト公爵がお前の出自を確かめた。

お前は間違いなくルトガーの血縁だ」


「お父様、良いのですか?まだ裁判は終わってもいないのに」

カメリア様が慌ててカラブリア卿を見て言った。


「この子は想像以上に賢いようだ。来る道すがら、ディオにこの子のことを聞いた。この子がいなければ、わしは息子に再会できなかったかもしれない。


だから…、いいかアンジェ、賢いお前には今言える本当のことだけを話そう。

お前の母親は生かすためにお前を捨て子にした、今はある貴族を告発するために証人として匿われている。

母親は間違いなくハイランジアの血を受け継いでいる。だから、お前はハイランジアを名乗るに相応しい子供なのだ」


それは青天の霹靂で、おかげで涙は止まったけど、何だか理解できなくてどう反応していいのか、もにゃもにゃ口を動かしていると、今度はカメリア様とお兄様が一緒になって顔を寄せて励ましてくれた。


「そうよ、今はこれ以上のことは言えないけど、いつかお母様とも会えるわよ。それまでは私がママだと思って甘えて良いの」


「そうだぞ、アンジェ。お前ほどハイランジアに相応しい者はいない。

一緒にお互いの家を守るために力を合わせていこう」


あ、頭が混乱してきた…ただの捨て子じゃない?

だってゴミ捨て場にいたんだから…それに旅芸人の一座の人達は??


「お前は命を狙われたために、母親が人に託して逃がしたのだ。

その事件の裁判が終わるまで詳しくは話せない、母親が危険に晒されるかもしれないからだ。

お前やルトガーの身にも害が及ぶ、これ以上は話せない、勘弁してくれ」


 全容がわからないままだが、パパに迷惑をかけるかもしれないと知り、中途半端な情報だが納得するしかなかった。

でも、いらないから捨てたわけでは無いと聞かされて素直に嬉しかった。

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