第94話 迷子は新たな友と遭遇する
不味いなあ、ダリアさんと離れ離れになってしまった、彼女が燭台を持っていたから、辺りが真っ暗だ。
壁に飲み込まれた辺りを探ったが、もうビクともしない石壁になっていて戻れそうもない、どうやらこちら側からは反応しないようだ。
今まで散々城の様子を念力で探っていたから、強い念視ができない。
普通の子供なら不安で泣くところだが、しかし!アンジェは泣かないもん!
泣きはじめると何故か暴走気味に泣いちゃうので頑張って泣かない!
こういうときこそ、心を静めて、たとえ弱い念視でも辺りを探ろう。
集中!ぼんやりと周りのイメージが浮んで来た、石の壁と通路か。
なんか違和感があるな、なんだろう?凄く嫌な予感がする。
まあ、こんなところに居ても仕方ないから先に進もうかな。
しかし、こう真っ暗では………あ、いいこと考えた!!
歌ってみよう!柿の木みたいに何か起こるかもしれない。
アンジェはあきゃるい元気にゃ子♪
周りのみんにゃも 明るくにゃーれ♪
*にこりんぱ!* 可愛く歌ってポージング♡
…そして静寂が訪れた………
…何も起きなかった、まったく何も起きない、がっくりである。
「………駄目きゃ…うう…」
真っ暗な湿っぽい空間で溜息をつくと、自分のそれがやけに耳に響いた。
ダリアさんはどこだろう、怪我とかしてないといいけど。
ディオ兄は今何しているのかな、セリオンさんはお兄様を見つけたのかな?
パパはまだ…カメリア様に怒られているのかな…
ダリアさんが、あたしのために縫ってくれた布の靴の裏から、石の床の冷たさと湿り気が上がって来る。
「ちゅめたい…おにゃか空いたでちゅ…」
どんどん不安が生じて来た、我慢していたのにポロリと涙が落ちた。
「う、うう、うわーん!」
しばらく、びーびー泣いていたら、自分の口からいきなり謎の言葉が飛び出て来た。
主よ いずこにおわします
暗き道より 請い願う この愚かな 幼子を
正しき光で 誘いたまえ
道に迷いし 無知なる児
考え至らぬ この赤子 世話の焼けるは…
「ええい!アンジェはおバカじゃにゃいもーん!」
あ…舌噛んだ… (泣)
くそー!なんでこんな歌詞が勝手に自分の口から出て来たの??
しかも、全然噛まないしすらすらと、誰かに歌わされてるみたいで謎過ぎる。
ひとりでブウブウ文句を垂れて怒りを発散していたら、いつの間にか明るくなってきていた。
うん?あれ?何?周りが見えるようになっている。
手を前に出すとほんのり明るい、石の壁のゴツゴツが何となくだが見える。
おお、何だかわからないけど奇跡が起こったのかも!助かったわ。
両の掌をかざしてみると光っているのは、なんと自分の体だった。
「なんでちゅか、これは?アンジェ発光してるでちゅ…」
さっきの変な歌詞といい、怪奇現象だわ。
誰かに助けて貰っているのか…よく分からないけど。
先程の歌詞から神様絡み?…そんなことないわよね、でも一応感謝。
「にゃんか、わかんにゃいけど、神ちゃまにかんしゃー!」
するとまたポワリと明るくなった!10ルーメンから50ルーメン位になったよ!おお、やった!
発光人間になってしまったが致し方あるまい。
*さわさわさわさわさわ*
ん?何か気配がする、近づいて来る気がする。
やって来る何かに緊張して、暗いダンジョンのような地下通路を、目を凝らし、耳をそばだてていたら、いきなり何かが頭に落ちて来た。
*ぽたり* ぎゃああああああ!
何か降って来た!頭の髪の毛のなかをもぞもぞ動いている。
ひいいいいいいー!
不気味過ぎてさぶいぼが全身に立った、慌てて頭の毛をバシッと払いのけたら、そいつは床に落っこちた。
よく見るとトカゲのようなやつだった。
床に這いつくばっているそいつは、逃げずにこちらを見上げて凝視している。
う、動けない、動いたら刺激しそう、動いたらやられる!
こいつが立ち去るまで待とう、そうだ、それが良い。
*さわさわさわさわさわ*
前進してきたあぁ!!こっちに来るうぅ!
「うきゃああああぁぁぁぁ!来るにゃー――!」
そ、そうだ!ボンボンがある、食べて意志を疎通して来ないように頼もう。
ポケットの小瓶を探って、冷や汗が噴き出すなか、口の中にボンボンを放り込んだ。
やれやれ…う!いつの間に!!
その瞬間、あたしの胸に取りついて這い上るトカゲと眼と眼があった。
うひゃああああ!トカゲ嫌い!トカゲ嫌い!
「うきゃあああぁぁぁ!」
硬直したままのあたしの顔をわしわしと踏みつけて、小さな爪のついた手が頭に到達した。
『うひょー、助かったでげす!あっし、明るい所を探してたんでゲス!これでやっと寛げるでゲスよ』
テロンと尻尾が額に垂れて来た!ひい!
『人の頭で寛ぐなー!何なのあんたイモリ?』
『馬鹿言っちゃあいけないでゲス!あっしはヤモリ!爬虫類!あいつらは両生類!あんな湿りぼったい奴らと一緒にしちゃあいけないでゲスよ!』
正直あたしにはどっちでも変わらないのだが…意外にこの子、知能が高そうだ。
ヤモリ…田舎の婆ちゃんの家に夜、窓ガラスにひっついていたあれか。
ガラス越しでへばりつく姿を写メ撮って彼氏に送ったら、お前、頭おかしいと言われたあれか…シティーボーイにはキモくて刺激が強すぎたらしい。
ヤモリがガラスにピタッとくっついて、裏面に、身体に対して大きすぎるふたつの丸いコブが股間にあったのよ。
見つけたとき、あたしと兄はあまりに大笑いしたので、ノリで彼にも写メしたら、彼氏が露骨にキモがって…
ヤモリでセクハラになるとは思わなかったよ…
お前は聖人君子か!女のくせに下品で悪かったわね!ムカ―!
もういい、前世の男などさっさと記憶から消してやる!
そんなことを考えていたらヤモリがまた話しかけて来た。
『あっしは明るいのが大好き、だから嬢ちゃんが大好き。嬢ちゃんも他の女の子と一緒で小動物が好きでげしょ?』
いやいやいや!女子が好きな小動物はモフモフ限定だからね!
「アンジェは、はちゅーりゅい、きりゃいだもーん!」
さっさと頭のヤモリと叩き落として無視し、先を急ぐことにした。
あたしにはフェルディナンド兄様の捜索という重大な任務があるのだ!
そう思って足を踏み入れ、先に進もうとした、ほんの僅かに足の下が沈んだ。
あれ?と思う間もなく何かがヒュン!と音をたてて耳元をかすって行き、とたんに、ガツッと固い音が後ろでした、嫌な汗が背中から滑り落ちた。
ビクビクと振りかえると、石の床に深々と鉄の矢が刺さっている。
ひいいいいいいー―――!何よ、これ!
もしかして、この通路は罠があるの???
そういえば以前アルゼさんが、ディオ兄に危ないからひとりで城には入るなと言っていた気がする。
侵入者のための罠か、あたしは背が低いお陰で刺さらなかったのだ。
大人だったら致命傷になりかねない。
そうだ、無駄かもしれないが歌ってみよう、歌でなんとか除けられかもしれない。
あったりゃにゃ~い にゃんにも あたりゃにゃい~♪
アンジェには にゃんにも当たらにゃい~♪
さあ、これでどうだろう?恐る恐る足を運ぶとまたもやコトンと音が鳴った。
ヒュンと空気を切って飛んで来た矢はカーブして落下した!
どうやら効果があったらしい、だけどどのくらい有効かは分からない。
少しばかり安堵したら、いきなり空腹と寒さが襲って来た。
「あたまがいたいでちゅ…おなかすいたでちゅ」
冷え冷えとした石の床に座り込んで、頭を抱えてメソメソしていたら、また足音が聞えて来た。
*さわさわさわさわ*
さっきのヤモリだ、涙でくしゃくしゃになっているあたしを見上げて、あたしの脚をピタピタと叩いて元気づけた。
『元気ださなきゃダメでげすよ、恥かしがり屋の嬢ちゃん』
そういうとヤモリは後ろを向いてゴソゴソしている…
ふむ、このまま立ち去っても良いけど、それではこの小動物に余りに失礼であろう。
それに、さっき、あたしは冷たくあしらったのに、結構いい子みたいだ。
頭の上に居座られるのは迷惑だが、あたしを元気づけようとするのは有難いと思わねば。
見てくれは天使のようと評判のあたしとしては(ダリアさんとメガイラさん限定の意見だが)ここで好感度を下げるわけにもいくまい!
『ほれ、これでも食べて元気だすでゲスよ』
何かを抱えて渡そうとするので手を出してみた。
*ぽとり* 掌に何か落とされた、何だこれ?イカゲソじゃないな?
『お近づきのしるしの貢物でげすよ、あっしの尻尾♡』
「食えるきゃー!」
*ぽーい*
『良い子は好き嫌いしちゃ駄目でげしょー!』
「アンジェは生のしっぽにゃんか食べにゃいのー!」
「あっしの身を切る厚意を無下にするなんて、嬢ちゃんに拒否られてあっしは心をえぐられたでげすよ」
*シクシクシクシク*
ヤモリは切れた尻尾を抱きしめてさめざめと泣いている。
ここで、ヤモリは涙なんか出ないだろうと突っ込むほど鬼ではない。
彼としては親切でやったことだ、さすがに罪悪感が湧いて来た。
『尻尾なおしてあげるから、こっち来て』
キョトンとしたヤモリ君と尻尾を掌にのせるとくっつけと念じる。
ヤモリ君はくっついた尻尾を触ると大喜びした。
『おお、直ったでゲス!嬢ちゃんは凄いでゲスね!』
『君の名前は?』
眼をグリグリして困惑した様子を見るに名前は無さそうだ、それなら付けてあげよう。
『今日から君の名前はヤモリンだよ。名前が無いと友達同士で呼ぶとき不便だからね』
『あっしは嬢ちゃんの友達でゲスか?嬉しいでゲス!』
手足をわちゃわちゃと踏みしめ、素直に喜んでいるヤモリンを見て、仲良くしてやって良かったなと微笑んだ。
*さわさわさわ*
おい、ちょっと和んだと思ったら、なんでまた、すかさず頭に上るのよ?
『嬢ちゃん、もう少し明るくなると通路がよく見えるでゲスよ』
確かにもっと明るい方がいいな、今のままだとすぐ近くしか見えないし。
「できゅるかも…うんと…神ちゃまもっとひきゃりを!」
パアアァァァ!
うわあ!明るくなった。これなら楽に歩ける。
ブーンと羽音が聞こえて来た、虫が飛んできている。
『虫が来るってことは出口も近いでゲしょ?どんどん明るくしたら?』
なるほど、そうか、この際、虫が来ても我慢しよう。
『「もっとひきゃりをー!」』
夜道を照らすハイビーム!これくらいでいいかな?対向車がいたら眩しくって迷惑がるくらいの明るさだ。
しっかり周りも見えるようになった。
虫もはじめこそ気になったが、羽音が聞こえてもすぐに通り過ぎていくようで、あたし達の周りには、まとわりつくことは無かった。
ブーンブーン *しゅっぱ* ブーン *シュッツ*
何の音だろう?奇妙な音が聞こえたが?
*ポリポリ モグモグ クチャクチャ*
パラパラとなんか落ちて来た、なんだこれ?虫の脚!!
『うひょー!入れ食いでゲス!蛾やコガネムシが一杯来るでゲス!嬢ちゃんの灯りは凄いでゲス』
このヤモリ!あたしを昆虫収集器にしてたのか!
『おお、ゴキブリの大物!半分食べておやつに取っておくでゲス』
*ぽりぽりぽり*
「じぇんぶ喰えー!アンジェにょあたみゃに、にょこすにゃー」*ぐぎ*
意訳 全部食え!アンジェの頭に残すな!
くそ!また舌噛んだ! (泣)
「やっぱり喰うにゃー!」
アンジェの嘆きは地下迷宮に吸い込まれていった。