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いざ高き天国へ   作者: 薫風丸
第3章 男爵家の人びと
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第90話  また会う日まで

 ペッシェ川で冬を越したマガモ達は桜が散り終わる頃に旅立つ。

ルトガーパパに促され、ダミアンさんの救命の手伝いをしてくれた鴨達に、お礼を伝えることになった。


 クワックワッと鳴きはじめたアッカ隊長をみて、パパが腕の中のあたしをあやすように揺らして通訳を求めた。


「さあ、アンジェ、鴨達がバッソから旅立つ前に伝えてくれ。

これからは、バッソでは柿の実が赤らんでから桜が散るまでは、ペッシェ川近辺での鴨の禁猟期間を設けることにするから、安心して来て欲しいと」


鴨達に伝えると大喜びした、人間に狩られることが無く、安心して子育てをして過ごせることができる土地は貴重だ。


『なあ、悪魔っ子。できればお前の父ちゃんに、もう一か所お願いできないかなあ?』

アッカ隊長がおずおずと躊躇いがちに伝えて来た。


『どこがいいの?』


『教会だよ、あそこは俺の仲間はみんな場所を知っている。鷹に追われて川から離れても教会に逃げ込めば、人間に捕まらなくて済むだろう?』


『わかったよ、伝えるね』

パパはすぐに快諾してくれたので、アッカ隊長は大喜びした。


『おいら達は明日早朝に旅立つ、また秋になったらバッソに帰ってくるから、お前の父ちゃんに礼を言ってくれ』


『アッカ隊長、人間にお礼を言いたいとき頭を下げると通じるよ』


そうか、というとアッカ隊長は後ろの仲間たちにガアガアと喚いた。

すると、後ろの鴨達はルトガーパパの前に集まると一斉に頭を下げた。


「こちらこそ有難う、今日から町のものに触れを出すから。秋、無事に帰って来るのを待っている。明日の早朝はアンジェも一緒にお見送りしよう」


アッカ隊長にお礼が通じていることを教え、明日また会う約束をして別れた。鴨達の楽しそうに川で騒ぐ声が聞こえた。


パパは素早く町におふれを出して、それと同時に不思議な鴨がバッソの領民を助けた話をガイルさんが広めた。

そして、その恩返しに、鴨の禁猟区としてペッシェ川と教会の敷地を指定し、禁猟期間を設けたと告げた。



 翌早朝、警邏兵の人達が、ペッシェ川の鴨の活躍と今日の旅立ちを触れ回ったお陰で、見物人が押し寄せた。


「そうっと抱くんだよ、鴨達は男爵家の友達だからね。優しくしてあげて」


ディオ兄とフェーデ君は、見物に来た子供達に鴨を抱っこさせている。

大人しい鴨を抱いて子供達は大喜びしていた。

野次馬たちは口々に噂をしている。


「しかし、何で鴨が人間を救ってくれたのかねえ?」

「そりゃあ、助けられた奴が普段餌やっていたんじゃないのか?」

「なるほど、義理堅い奴らだな」


ダミアンさんはせっせと鴨達に餌をまくと鴨達がパクパクと口に入れる。

やがて鴨達は旅立ちの準備を始めると、アッカ隊長があたしを抱っこするパパの前に来た。

こっそりボンボンを含んだので念話はできる、アッカ隊長にさよならを告げた。


『気を付けてね、いろいろお世話になってありがとう』

『お前も秋に会うときは大人になっていろよ、悪魔っ子』


『そんなに早く大人になるかぁ。まあ、バッソのここは君達の安心できる場所だと約束できるから、また来てね』


『お前の父ちゃんと食事係にもよろしく、あと神父さんにも伝えてくれ』


ダミアンさん、餌係にされちゃったよ…完全に餌付けしちゃったね。

アッカ隊長がガアガアと仲間に掛け声を掛けると、鴨達はいっせいに羽ばたいて空に浮くと旋回した。


『あばよ悪魔っ子』と空からアッカ隊長から声がすると、鴨達の別れの言葉が次々に降っては遠ざかり、バッソの上空を去って行った。


『バイバーイ』

「助けてくれてありがとうなー!!!」

「気を付けて!バッソにまた帰って来いよ!」


ダミアンさんとパパが叫ぶ、町の人達も不思議な鴨達に手を振って別れを告げた。町の皆はゾロゾロと帰って行った。


「お義父さん、フェーデとナマズ池を見に行ってきます」

「それじゃあ俺も見物しよう。バッソの新しい産業の期待を込めて」


ディオ兄は笑っている、冗談だと受け取ったようだが、パパはバッソのこれからを思って藁にもすがりたい気持ちのようだ。


『ディオ兄、パパは本気みたいだよ?』

ディオ兄が振り返り、びっくりした顔で考え事をするパパを見上げた。

パパの悩んでいるかのような表情をみて心配そうだ。


 ナマズの住む池はパパが手配した人足がたちまち作ってしまった。

バッソは男爵屋敷と、人手が必要な道路の舗装修理の仕事がシーズンで、貧民層の人達に十分な仕事がまわり、活気が出て来ている。


そうなると、よそから人が流れて来る、パパの焦りは相当なものだった。

今は仕事があっても、この先にあるとは限らないのにドンドン人が流入してくるのだ。


バッソで借家業が上手く行っているのは、フォルトナという10万を超える人が住む都市がそばに在るお陰だ。

そのため、安い家賃のバッソに家族を置いて、フォルトナで働く人が多い。


実は、そういった人は「立ちんぼ」と呼ばれるひと達がほとんどだ。

分かりやすく言うと定職ではない日雇い、当然生活は不安定だ。


仲間でお金を出し合い、フォルトナでひとつの部屋を借りて、週に一回程、貯めたお金を持って家族に会いに帰るのだ。

その人たちが、フォルトナの部屋を引き払って、バッソに戻って来ている。


バッソに仕事があるのは、今だけかもしれないのに…

バッソでは貧民のための救済システムがある、もしも、彼らが仕事にあぶれて救貧のためのシステムの世話になったら…


一体何人が救済のシステムを求めて殺到するか?


「結構広いな…もう何匹かいるのか」


「うん、罠を仕掛けて夜に入ったナマズをここに放したんで。産卵時期に間に合って良かった。上手く行ったら他にも池を作りたいです」


「そうか、上手く行くといいな。俺の領地には何もない。王に拝領されたこの土地はいまだ目ぼしいものがない」


近所の子供達とナマズを見ていたカーラちゃんが呟いた。

「美味しい白身フライまた食べたいな」


唐突にルーチェ君がパパに話し始めた。

「俺、バッソが好き、ここに来てから毎日ご飯を食べられる。だから、俺バッソに住めて嬉しいです」


カーラちゃんもルトガーパパの横に来て、にっこりしてパパを見上げた。

「あのね、男爵様が作ってくれたお家、木の匂いがするの。わたし、あのお家大好き、バッソも大好き、それに男爵様も大好き!」


パパは優しい顔で二人の頭を撫でた、フェーデ君が明るい笑顔で言った。


「俺の親も男爵様に感謝しています、バッソは俺達一家にとって楽園です」

「はは、楽園は凄いな」


「お義父さん、バッソでは町の人がひとりも飢え死に、凍え死にすることが無い。それって冗談じゃなく凄いことですよ」


「坊ちゃま、メガイラも同感です。フォルトナよりも治安が良い、これはカメリア様の侍女だったアイリスが言っているのです。


飢餓革命の後、取り締まりが厳しくなった遷都前の王都から、バッソに貧民が流れ込んできて大変で御座いましたのに。

そんなお荷物な土地を拝領されても有難くもな…「メガイラ」い…」


ハッとした彼女は差し出口を致しました、と頭を下げた。

メガイラさんの腕のなかで彼女の憤慨が伝わってきた。


本来、功労のあった者に拝領される土地なら、もっと良い場所を与えるのが筋だろう。

なのに、フォルトナでも、移築のためと、石材などの建材をごっそり現王都のエルラドに持って行かれた。


そして、大きな大学や研究所など、市民に有益な公的機関がすっかり移転してしまった。

20万人を超えていた以前の王都から、フォルトナは10万人程の人口に減った。

しかし、荒れたとはいえフォルトナは地力があり、カメリア様は辣腕(らつわん)だ。

それに、カラブリアという港湾都市を抱えたエルハナス家の予算は潤沢(じゅんたく)だ。


片や、荒れ切ってろくな農地がないバッソの治安が良いのは、パパが頑張っている証だ。


『そうだよパパ、あたし達パパの領地のバッソが大好きだよ』


そうかとパパはちょっと嬉しそうに言って、またひと息のあとに、そうかと呟いた。パパの顔は段々明るくなってきた。


「領主の俺が気弱では駄目だな。ありがとう皆、元気が出て来たぞ」

パパはまた溜池に泳ぐナマズを見て言った。


「ナマズが一杯取れたら夏の天使降臨祭でナマズ祭でもするかな…」

「それ良いですね!」

「バッソにお祭りがひとつ増える!いいなあ、美味しい物の発表会みたいにしたらどうかな?」

「屋台がいっぱい出て?」

「それなら三日位かけてじっくりやったら?どこの料理が一番美味かったか」


美味しいものを食べるという新しいお祭りが出来るかもしれないと聞いて子供達は沸き立った。


「はは、ディオ、それじゃ俺はアンジェとフォルトナに行くからな。

警護にはセリオン、それから侍女のアイリスとダリアを連れて行く。留守をよろしく頼むぞ」


「はい、気を付けていってらっしゃい」

「行ってらっしゃいませ、旦那様」


ディオ兄とスレイさん達に見送られ、あたしはダリアさんに抱っこされて、アイリスさんと馬車屋で借りた馬車に乗り込んだ。

パパとセリオンさんは町の予算で警邏兵が使っている馬に乗ってハイランジア城を目指した。


*      *       *       *


「それじゃあ、今日は特別に1匹、みんなのために料理しようか?」

ディオがそういうと子供達から歓声が沸いた、ナマズの養殖を町の産業に育てるために、子供のうちに理解してもらうためとディオは考えたのだ。


 使用人用の台所で、ディオは料理人のクイージと共に町の子供の前で、ナマズを捌く用意をしていると、フェーデの弟のルーチェが塩壺を前に考えていた。

そして、やおら外に出て戻ったかと思うと、持って来た物をディオに見せて言った。


「ねえ、坊ちゃん?塩が勿体ないって言ってたでしょ、これ使えないかな?」

ルーチェが見せたのは、父親のエルムが作っているデッキブラシに使っているブラシだった。


「これでこすったら、ナマズの皮のヌメヌメ取れるんじゃないかなぁ」


はっとしたフェーデとクイージが顔を見合わせ、ディオが驚いて声をあげた。


「ルーチェ!凄いよ!お手柄だ!塩の量が減ればもっと安く売れるよ」

「偉いぞ、我が弟よ!」

「でかしたぞ!ルーチェ、お前わしの弟子になるか?」

その後、ルーチェはディオ達にもみくちゃになる程褒められた。


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