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いざ高き天国へ   作者: 薫風丸
第3章 男爵家の人びと
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第87話  子らに託すは領地の未来

「父上、アンジェリーチェは息災ですか?」


朝食のテーブルで、何故か落ち着かない様子の息子のフェルディナンドが聞いて来た。

この間、フォルトナに嫌々帰ってきた彼はアンジェを避けていたのに、やはり妹の存在は気になるのだろうか。


ルトガーとしては、仲良くしてもらえるなら何よりだ。

へそ曲がりのフェルディナンドを刺激しないように気をつけて言葉を選んだ。


「アンジェは可愛いし元気な子だ。ハイランジア家の跡取りとして健やかに育っているよ。帰る前に土産に何か買っていこうと思う」


ちょっと視線を迷わせていた息子は、頬を少しばかり赤らめ父親の顔を見ずに提案した。

「ぼ、僕の学校のそばにある本屋は絵本も多くあるので、それが良いのでは?」


「そうか、確かにそうだな。ありがとうフェルディナンド」

礼を言うと、フェルディナンドも満足そうに口の端をちょっぴりあげた。



 昼過ぎ、ルトガーは息子の勧めた本屋に向かう途中、菓子屋に気がついた。格子窓のガラスを覗いてみると、店内はなかなか繁盛しているようだ。


華やかな女性達が店に集まっている、色鮮やかな砂糖菓子が春の花束を並べたようにガラス越しに見える。


―きれいな菓子だ、皆のお土産は菓子が良いかもしれない。それにしても綺麗だ、アルゼの商会が頑張っているせいか、王都の店では大きなガラスが入って明るくなったなあ。


興味を引いたルトガーは店の中に入った、そしてウイスキーボンボンが眼の中に飛び込んだ。



その頃、エルラドの城では王妃テスタニアが第二王子に故郷リゾドラードの物語を読んでいた。


結いあげた金の髪に挿した赤い血珊瑚の飾り櫛は、彼女の故郷のリゾドラードから持参した愛用品だ。


彼女が横顔を向けるとその濃い睫毛が一層際立つ、形の良い鼻につづく紅色の唇はぽっちりとして、小さい顔に上品に収まっている。


彼女が優雅な所作で伏し目がちに微笑む姿は、よく言われる儚げな美人でありながら、ひとたび社交の場に現れると、咲き誇る八重の花のような艶やかさを併せ持つ稀有な美貌の持ち主だった。


彼女に羨望の眼差しを向ける貴族界の男達にとって、その美しい容姿は理想の妻の姿と目に映る。


テスタニアは、細い華奢な指で文章を追いながら、声を出して絵本を読み上げている。

ソファーの隣で座るのは彼女の第2子であるアルトゥーロである。


まだ3歳になったばかりの彼は、彼女が読むリゾドラードの英雄であるルトガーの先祖達の物語が大好きだった。

母譲りの金の髪の愛らしい利発な少年だ。


「ははうえ、ハイランジアのひとたちにほんとうにあえるのですか?」


「そうですよ、アルトゥーロも会いたいのですね。私もですよ、早く会いたいわ。

ベルトガーザ・ハイランジアとその娘のアンジェリーチェ。カメリアの話ではとても可愛い子だそうですよ」


王子のアルトゥーロは、はしゃいで言った。

「すごいです!ほーこくのかいぶつを、たいじしたおうちですね」


「アルトゥーロ、亡国の怪物ですよ、もっとも国は滅びませんでしたが。

ハイランジア家の先祖が怪物を倒して国を守ったからです。

良いですか、母の実家のバイエンヌ王家の初代は、元はハイランジア王の次男が興した王室公爵でした」


「はい!しっています。オルテンシアちょうをささえました」


リゾドラードでは歴史物語として語られる主人公は、ハイランジアの家系と相場が決まっている。


1000年の長きに亘り、リゾドラード王国のハイランジア王家を揺るぎないものにするために、そういう意図として伝えられた物語が多く残っているのだ。


その王朝の最後に、ハイランジア家にひと騒動を起こしたのが、ルトガーの高祖父スクオーロだ。

皇太子でありながら国で問題を起こしたと勘当され、プロビデンサ王国の遠縁を頼って来た。


血気盛んな若者だったルトガーの高祖父は、サッサとプロビデンサで身分を偽りスクオーロ・オルテンシアと名乗り騎士になってしまった。


後に、第二王子派が皇太子の彼に着せた濡れ衣と分かったが、自分を信用しなかった国王を、スクオーロは決して許さず王の謝罪と懇願を蹴った。


今更何を、と、頑固一徹のスクオーロは二度とハイランジア家に戻らなかった。そのため、ハイランジア王家はふたりの跡継ぎを同時に失った。


子供は3人だけで、末子のバレンティーナは女だったため、オルテンシア朝は父王の代で終わることになった。


「その元皇太子が今のハイランジア家のベルトガーザ・ハイランジアの高祖父です。

そのため、男子の継承者がいなくなったハイランジア家は、次の王位を公爵である甥のバイエンヌ家に譲ったのです。


ハイランジア家に残ったのは妹のバレンティーナだけでした。

本来なら一代財産で、彼女の死後は親戚のバイエンヌに全てが相続され、ハイランジア家は途絶える筈でした。


しかし、臣下であったバイエンヌ家は、それまで男子のみだった爵位と財産の相続権を、法を変えて女子にも認めハイランジア家を存続させました。


女公爵となったバレンティーナは婿を取りましたが、彼女のふたりの息子は戦争で亡くなり、ついにハイランジア家は絶えてしまいました。

そして、財産は彼女の遺言により全てバイエンヌ家に相続されました。

こうして、ハイランジア家はリゾドラート王国の歴史から去ったのです。


だけど、ここ、プロビデンサに血筋は残っていました。そして、長い歴史の家を再興しようとしています。


貴方も誇り高きハイランジア家の血を受け継いでいるのです。言わば遠い親戚です、仲良くしましょうね」


王子はソファーから滑り降りるとピョンピョンと跳ねながら笑った。

「すごーい!かいぶつたいじのおうちといっしょですね」


テスタニア王妃は美しい顔をほころばせて我が子の様子を眺めた。

小さな彼にはこんな難しい話はよく分からないのは分っている。どこまで理解できたかは、今は良いのだ。


ハイランジア家という存在が、王妃である自分にとっていかに利用価値がある存在なのか、今は分からなくて良いのだ。


アンジェリーチェはどんな子になるのかしら、そう心に思いながら。


*     *      *      *


 ルトガーは部屋の壁に立っている客付け侍従の姿も目に入らず、ぼんやりとグリマルト公爵を待っていた。


―なんだか、やたらと公爵に目を掛けて頂いているというか、気にかけて頂いている気がするが…バッソのような小さな土地の男爵には光栄なことではあるが、なんともこそばゆい気分だ。


 公爵の居宅は、先祖代々の紋章院長官という立場から、王国の創世以来より王城にある。

しかし、現在の王都エルラドは本来グリマルト公爵の領地だったため、公爵のタウンハウスは王都の一等地にひときわ立派な屋敷として存在する。


―わざわざ屋敷に呼び出すとは、何の御用事だろう?無茶を言う人ではないし、今回の紋章院の登録は済んだし、来年の小冠授与式の手続きなら城内でも良かろうに?


待たされている間に思い出していたのは、あの日のナマズの試食会だった。

それは、ディオの父親のカラブリア卿から注意されたことだ。


「それで王都で、来年は式の準備に忙しくなるな」

「そうですね、男爵家として初めての建国祭ですから」


「違う…王都でお前の小冠授与式だ。お前はプロビデンサの貴族としてハイランジア家の初代当主ではないか」


「ああ!しまった、確かに授与式がある。正式な永代爵位になるのですから」


「お前の血統を知ったらプロビデンサの貴族が全て注目するだろう。気を付けろ、猫の額のただの男爵とは行かなくなる。


今までとは違う、注目を浴びるようになれば、これからは親戚筋である王妃が口を出して来るぞ。


というより…ようやく存分に口出しできるようになった彼女が嬉々として口出ししてくるぞ」


過ぎた日の話を反芻(はんすう)するうちに、いよいよハイランジア家がプロビデンサで貴族の末席に入ることになったのだと実感した。


金のない領地なのに、社交の場に引っ張り出されるのは頭の痛い話ではあるが、ハイランジア家が永代爵位を受けたからには仕方がないことだろう。

本来、ただの男爵なら王都に出掛けることもそうそう無くて済むのだが。


 「ただいま、主が参ります」

そう言った執事の言葉が終わるや否やグリマルト公爵が入って来た。


「待たせたなルトガー、今日は報告したいことがあってな。わしは議会で子供を使った煙突掃除を禁止するように提案した。

それが議会で承認されて、アルゼも大喜びしていたぞ」


はて?何でアルゼが?とキョトンとしていたら、公爵に叱られた。


「お前、自分の家の子供が金の卵を産むガチョウだと少しは知れ。領地運営は感心するものがあるが、社交も少しはせんと、時世に乗り遅れるぞ」


今まで巷では、悲惨な児童労働だと非難されていたのに、いっこうに子供を使う煙突掃除屋が減らずに問題になっていた。


子供でなくては煙突の掃除が行き届かないと、貴族をはじめ多くの者が子供の使役を黙認していたからだ。


しかし、グリマルト公爵が問題提起したとたんに、どの貴族も公爵に賛成して易々と議題に掛けられ、法案が可決された。


これにより、子供を使って煙突掃除をする者、頼む者も逮捕され、重い罰を受けることになった。


それ以来、以前、ディオが発明登録してもらった煙突掃除用のブラシが大量に注文が入ったのだ。


王妃が発注した城内の鏡の間の工事で、大きな利益が見込めるうえに、また売れる商品ができてアルゼの工房のリウシータ商会も大忙しらしい。


アルゼはホクホク顔である、アルゼはついでにデッキブラシが女中膝の防止になると公爵に売り込んできたらしい。


「チャッカリした奴だなあ、アルゼは…」


「それはそうだが、確かに膝を悪くして売春婦になる女中は多いからな。

ディオが考えたデッキブラシは役に立つだろう。


これに関しては使えと議会に言う訳にはいかないから、方々で紹介している。ディオが考えた物だ、バッソに利益がしっかり行くようにする」


アルゼがちゃんと利益を管理しているが、彼は今カラブリアに戻っているので、代わりに報告してやってくれと頼まれたのだと公爵は話した。


彼も自分の弟が可愛いようで、バッソのために頑張っているディオに早く知らせてやりたかったらしい。

ルトガーは安堵した、ハイランジアの次世代に明るい未来が待っている気がしたからである。


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