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いざ高き天国へ   作者: 薫風丸
第3章 男爵家の人びと
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第86話  誰だって下世話な話が好きだもの

 紋章院という役所は現世の世界でも存在する機関だ。

こちらの世界でも同じような仕事をしているらしい。


 爵位の呼称は紋章院と協議して決める、多くは自分の苗字ではない領地や本拠に近い地名をつけるが、苗字や爵位名をつける場合もある。


元侯爵のディオの父親も現役侯爵だった頃からカラブリア卿と呼ばれていた。

だが、娘のカメリアが侯爵となったとき、紋章院で呼称について確認をすることとなった。


飛び地で領地がふたつになったため、娘のカメリアからはエルハナス侯爵と呼ぶことになり、彼はそのままカラブリア卿のまま現在にいたる。


 ルトガーは、その紋章院のグリマルト公爵の呼び出しで、城内にある紋章院長官室を訪れていた。

ハイランジア家に正式な跡継ぎが出来たために、今までは一代限りの可能性の合った男爵という地位が、改めて正式な爵位として書類作成が必要になったのだ。


ルトガーは、リゾドラードから送られてきた書類と突き合わせて、ハイランジア家の爵位紋と跡継ぎ紋のデザインを確認していた。


王族だったかつての紋章とまったく同じでは申し訳ないということで、色や形をアレンジした物を、向こうの国の紋章院に確認して貰っていたものがやっと承認の返事が来たのだ。


今まで騎士として使用していたオルテンシア家の紋章をハイランジアでも使おうとしたら、王家から横やりが入ったのだ。

そして、まさかのリゾドラード王国までが、紋章院に直接ハイランジアの紋章をアレンジして使用するようにと、遠回しの圧力が掛ったのである。


 今、二人の目の前にあるのは貴族が使用目的によって使い分ける紋章のなかで、大紋章(アチーヴメント)と呼ばれるもっとも華美なものだ。


盾などの形の小紋章(スモール・アームズ)と違い、各種アクセサリーがついたこの紋章は、家系、爵位、地位、職位などがわかる仕組みになっている。


アクセサリーによっては地位身分によって使用が許されない物も有り、その国の立場をひと目でわかるようになっている。


 リゾドラードでのハイランジア家の紋章は、中心部の盾紋章の上に王冠、その上に正面向きの金の兜を据えている。

大きく口を開けた黒と白の山犬が盾を挟んで向かい合い、紫陽花が山犬の足元を飾り、紋章の下半分を丸く包むように描かれた巻物(スクロール)には家訓の言葉が刻まれる。


Animo adorno di virtù  

“徳に彩られた精神”


かつて、ルトガーの先祖のハイランジア家が使っていた、王家の紋章印の中に刻まれている家訓だ。


グリマルト公爵は変更する文章を指さして確認した。

「我が国のハイランジア家としては、こちらの文章に変更でよいな?」


Gloria in excelsis Dio

“いと高きところに栄光神にあれ”


リゾドラードの現王家の紋章と変更が少ない似通っている紋章に、本当にこれでいいのかと、少々困ったルトガーはレナート神父に相談して、目立ちやすい家訓を変更したのだった。


心配顔をして頷いたルトガーは、図の金色の兜に目を落とすと溜息をはいた、それを見た公爵はニヤリと笑った。


「盾紋章の上に王冠、その上に王家を表す正面向きの金兜、この兜の向きを横向きの銀色にと申しても、両王家が承服しないのは明らかだったであろう?」


「そんな、私としては王家でもないのに正面の金の兜の図は、畏れ多くて使えませんと申し上げたのですが…」


 しぶい顔のルトガーに公爵は仕方なかろうと大笑いした。


大紋章に入れる兜のデザインは、王家は正面向きの金色、貴族は横向きの銀、騎士は正面の鉄色、それ以下の郷士級は横向きの鉄色と決まっている。


そして王家の場合は兜は盾の上、一番上に王冠が据えられ、家臣は逆で盾の上に王冠、上に兜になる。


「お前の高祖父が意地を張らなければ、本来ならお前はリゾドラードの王、臣であった現王家がその末を気に掛けるのは当たり前なのだ。有難い御心遣いと心得よ」


 リゾドラードの現在の王室のバイエンヌ家は、ハイランジアの分家であることを表すために、バイエンヌ王家の紋章図形の楯の部分に金の縁取り(ボーデュア)をした。


この縁取り(ボーデュア)という楯を帯状に縁取るデザインは、主として血縁間の紋章、本家と分家を区別する為に加えられるものだ。

義理堅いバイエンヌは王家になってもこの分家の証を外さなかった。


王室公爵として、臣として仕えていた80年前、御家騒動を止められなかった申し訳なさから、ハイランジア家に思い入れがあるのだという。

ルトガーとしては既によその国の昔の話で、気にはしていないのだが。


「この言葉を変えるのだって相当もめたのだぞ?両王家とも兜の位置以外はそのままの使用を望んでいたのだ。

わしが、ルトガーのプロビデンサ王国への忠誠の証だと申し上げて御納得して頂いたのだ。


呼称については、ハイランジア卿で問題なかろう。

お前のところのバッソは、もとは「貧民の家」という意味だから、とても使えんからな」


「そうですね、分かりました。それでよろしくお願いします」


「しかし、良かったな。アンジェリーチェのお陰で孫を待たずとも跡継ぎができた。これでハイランジアを一代男爵で充分だと言っていた連中も黙るだろう」

「ええ、大事に育てます」


「それが良かろう。ところで、わしの仕事の紋章院とは昔から王の代理の仕事をしている。表向きは国家行事や貴族籍の管理だが、国の貴族をまとめる為にあらゆる情報を集めている。

それは人の弱みを握ることにもなるが、あくまで国の為の情報であって、悪用はしない」



 グリマルト公爵の紋章院長官は世襲職位で、先祖も代々この栄誉ある職についている。

今はカメリアのように女が爵位を継ぐことも、外に出た血筋を連れて来て継がせる継承養子も当たり前だが、昔は直系の男子しか継げなかった。


そのために家を潰されたくない男子のいない家では、妾を作るのは当たり前だった。

それでも男子を得られない家では、よそからこっそり子供を連れてきたりして、体裁を整えていた。


彼はそういう他家の代々のスキャンダルを全て掴んでいる。貴族のあらゆるスキャンダルは彼のところに集まってくるのだ。

グリマルト公爵はルトガーに説明を続けた。


「そういった家では真実を知るわしの家は脅威であろうな。

しかし、分っているが、黙っている。だからこそ、王からの信任も厚いのだ。わしは余計なことを言わずに秘密は全て守っている」


なにを言わんとしているのか、腹の探り合いが苦手なルトガーにはこういう回りくどいことは苦手だ。

カラブリア卿の話では、公爵には、アンジェは平民の間に産まれた子だとだけ話したそうだ。


カラブリア卿はハイランジア城の晩餐会前にそう話してくれた。


「お前の家なら差し詰めアンジェリーチェの出自くらいだろう…」


 耳に飛び込んだ言葉にヒヤリとした瞬間、思わずルトガーの胃が縮んだ。

王の代理と言われるほどの権力者の言葉に、ルトガーは戦々恐々とした胸の内を隠して涼しい顔をして聞いていた。


グリマルト公爵は眼を細めてルトガーに薄笑いを浮かべて聞いて来た。


「それで、男爵、あのカメリアをどうやって宥めたんだ?」

「はい?」


「おまえ、今、王都で話題をかっさらっているぞ。あのカメリアと事実婚をしているのに、よそに女を作って子を産ませるとは!

婿養子の肩身の狭い奴らがお前に喝采を送っておる。

白状したときはどんな血の雨が降ったのだ?うん?うん?聞かせてくれ!」


―このおっさん、おばちゃんかよ!どうりで貴族のスキャンダルを全て掴んでいるはずだなあ!

しかし、助かった…


背中に滑り落ちる汗を感じながら息を整えて、どう話したものか焦りながら言葉を選んだ。


「あ…正直に…その話して…」


「おお、なんと勇敢な!どうだった?殴られたか?それとも何か拷問か?

さすが潔い、戦場で名高い血煙隊長と呼ばれたことはあるな!」


カメリアはもっと凄い通り名がわんさかついているが、と口に上りそうだったがルトガーは辛うじて抑えた。


そして、暫くはこの噂好きのおばちゃん公爵の質問攻めに、四苦八苦しながら何とかぼろを出さずに帰宅した時には、疲労困憊(ひろうこんぱい)してベッドに雪崩れ込んだ。


「つ、つかれた…」

やれやれ、何とか紋章院の正式登録は切り抜けたようだ。


何の関係もないアンジェリーチェに我が家の未来を託すことになったが、ルトガーには何の後悔も迷いも無かった。


ただ、高祖父が興した家名、オルテンシアを捨てることになったのは申し訳なく感じていた。


ハイランジアの家名は、かつて先祖の屋敷に紫陽花(ハイランジア)が群生していたため、家名もハイランジアとして、王朝の名前も紋章の意匠に使われた紫陽花から、神代言語のオルテンシア朝と呼ばれていた。


濡れ衣をきせられ、父に信じて貰えなかった高祖父が、家名をオルテンシアと名乗ったのは、彼の悔しさを表したのかもしれない。


―寂しいことだが仕方ない。家名を継ぐ親戚でもいたら良かったのだが…

俺だけの天涯(てんがい)孤独(こどく)で只のひとりもいない有様では仕方がない。


 かつて、ルトガーには兄がいたが、子供のうちに亡くなっている。

次男だったルトガーは予備(スペア)から継承者(エア)となったのだ。


加えて、彼の父親レオポルトは少年時代、彼の弟の次男、三男が次々に事故死や病死で夭折(ようせつ)している。


そのため、血統が絶えることを恐れたルトガーの祖父アロンゾは、ルトガーの父親が17歳のとき、若い妾を迎えてセリオンという男子をもうけた。


そのルトガーの叔父セリオンは、年頃になっても頑なに婚約者を選ばず、巷で男色の噂が上るようになると、祖父の怒りに触れて外地に送られた後に病死した。


祖父の嘆きと後悔する様は、傍から見ても涙を誘うものだった。

「許してやればよかった…」そう祖父は嘆いていた。

たった六つ違いの若い叔父に懐いていたルトガーもひどく悲しんだ。


 オルテンシア家は、若死にする呪いでもあるのではないかと、巷では言われたものだ。

セリオンが名前を付けて欲しいと言ったとき、咄嗟に好きだった叔父の名前を与えたのも、彼への思慕からだった。


そんな短い歴史の家名でも、消えてしまうのには寂しさを覚えた。


―俺も年を取ったのかな…高祖父が死に際で後悔していたハイランジアの家名を再興するだけでなく、フェルディナンドの子供が出来るのを待ちきれなかったのだから。


 パパ、パパと、無邪気に呼ぶところをみると、アンジェは実の父親と疑っていない。

あまりに高い知能に心配したが、神父の言った通り、本来の子供で過ごすことが大半のようだ。


兄貴分のセリオンと赤子のくせにもう喧嘩をしている、宥めているディオを含めて、その様子は本当の兄弟のようだ。

アンジェが来てからセリオンも肩の力が抜けてきたように見える。



そんなことを、思いめぐらせながら疲れを溜めこんでいたルトガーは、知らない間に深い眠りについた。


 紋章のルールは本当に面倒です。(面倒くさすぎ!)

この作品ではストーリーの進行の小道具として単純に割愛して説明しております。

国や時代、家柄によって異なりますので、その辺は御理解賜りたいとお願いします。


縁取りが分家というのも多いですが、他にも分家の表し方はあるようです。

また長い文章になってすいません<(_ _)>

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