第84話 猿蟹合戦じゃないもん
実にいい陽気だ、今日は風が無いから日差しの暖かさを堪能している。
庭の桜の大木のそばに大工さんがベンチを作ってくれた。
まだ花は開ききっていないが、メガイラさんはここでお散歩の途中に座って、絵本を読んでくれていた。
「こいぬはしっぽをふって挨拶しました…しかし…こねこは猫パンチ…」
途切れがちな声に、不思議に思って膝の上から見上げるとメガイラさんはウトウトしている。
あらま、お婆ちゃんだもんね、お疲れなんですね。
しばし見上げていたら、彼女の膝の上からずるりと落ちてしまった。
周りに誰もいないようだし、ちょっとお散歩しようかな。
芝生とシロツメクサの庭をハイハイしていると、タンポポがいくつも咲いていた。
後で、ダリアさん達にあげよう。
プチプチとタンポポを摘んでいるといつの間にか白椿の木のそばに来た。
まばらになった白い花を見上げる。
もうすぐここの花も終わりだなと寂しく思うと、根元にある小さなお墓もどきな岩が目に入った。
うーん、お墓かどうかは分からないけど、お花を一応添えてあげよう。
「おはなどーじょ」
タンポポを岩の前に置く、お墓なら何か御菓子でもあげたいが備えるものがないなあ。
御神楽みたいに踊るか?とりあえず歌でも歌うかな?
幼稚園で習った童謡を歌いながら踊った、あたしはもう立つことができる。
ヨチヨチしていてもなんとか踊れるわよ。
モーツアルトのキラキラ星の調べに合わせて、両手で星のキラキラを表現する、腰に手をあてて膝でリズムを取る。
おっと危ない、頭が大きいからどうしても重心が不安定だ。
あれ?これあっているのかな?歌は完璧に覚えているが踊りは適当。
しかし、それも御愛嬌だ!赤ちゃんなのだ、上手にやっていると思う。
「おしょまつちゃまでちゅた」 *ぺこり*の後に*ころりん*
踊り終わって頭を下げて、お墓の前で礼をしたらそのまま前転してしまった。
そのまま、いるかどうかもわからない相手のために、岩の前で座って冥福を祈った。
「にゃんまいだぶ、にゃんまいだぶ」
「ふふ、アンジェのお祈りは変わっているね」
可笑しそうな笑い声が聞こえたと思ったら少年が声を掛けて来た。
へ?どなたさんでしょう?しまった言葉が早すぎるよね?
「ばぶ~はいあい~」 よし、突如アホの子になって誤魔化す!
「ふふ、今更誤魔化してどうするの?アンジェ」
椿の木の後ろの藪から姿を現した少年が可笑しそうに笑った。
やっぱりバレていたのか…
見たことが無い綺麗な男の子だ、銀髪の琥珀色の眼をした彼はディオ兄より上の年齢の男の子だ。
うー、何だか誤魔化せそうにない雰囲気だ。
そばにやってくると彼があたしの前でしゃがんで自分の名を明かした。
「僕の名前はルチーフェロだよ、小さな妹」
「ほへ?」
うーん、ディオ兄が刺激されるような呼び方はして欲しくないなあ。
「そうか、じゃあ、ただアンジェと呼ぶね」
!え?心の中の言葉が駄々洩れ状態?まさか…?
「わかるよ」クスクス笑ってしゃがんだまま顔を覗き込んだ。
『あいつが出来ることは、僕も出来る。君はアンジェロに会ったようだね。
彼の守護を貰ったのが僕にも分かる』
アンジェロさんのことも知っているのですか、知り合いなのかな?
でも、守護って何のことですか?
「だけどね。あいつの誤算は、たとえ守護をしても僕が決して手放なさないことだね」
よく話が分からない、そのうえ、何を考えているのかわからないルチーフェロ君は意外なことを聞いて来た。
「アンジェは歌が好きなの?」
「あい」
ええ、好きですよ。前世、聞きこんでいたうるさい音楽が、もう二度と聞けないかもと思うと懐かしさを通り越して切ないですよ。
勇気凛々のロックが聴きたいなあ、大好きなリンキンパークが懐かしい…
ああ、チェスター・ベニントンの歌声をまた聴きたい…
「僕も音楽はすきだよ。アンジェは好きな曲がまた聴きたいの?」
こくりと頷くと、彼は眼を細め、人差指をあたしの額に指を置いた。
額に置かれた指先から何だかヒヤリとするものが伝わってきた。
屈みこんで覗き込んでいる彼の瞳が金色に怪しく光った気がする。
「これから僕らはお友達だよ、アンジェ。」
「あい、おにいちゃんは、るちぇ…るちぇーふぇりょ…」
くー!もどかしいわ!ルチーフェロと分かっているのに、上手く言えない!!
「チェロくんにゃらいーのに」
するとびっくりしたように彼は眼を見開いているので、ちょっと厚かましかったかと心配になった。
すると、その不安を感じ取った彼はすぐに笑って答えた。
「ふふ、それじゃあチェロと呼んでいいよ。楽器みたいでむしろその方が好きだから」
それじゃあと言った彼は立ち上がるとあたしに向けて言った。
「新しい力を上手く使いなよ」
はい?何の事でしょうか?力?まさか、アンジェロさんのような力?
「ふふふ、当たり♪そのうち分かるから楽しみにしてね。アンジェは歌が上手だね、また何か唄ってくれる?」
彼はそういうとあたしの頭を撫でた。
こんなあたしの歌でいいのですか、それじゃあ…
ディオ兄は最近柿の幼木を探して集めて、柿畑を作ろうとしていたなあ、と思い出した。
アニメの猿蟹合戦の歌が頭に響いてきたので、それを唄うことにした。
は~やく めをだちぇ かきのたにぇ♪
だちゃねば たねを ちょんぎるじょ~♪
は~やく きににゃれ かきのたにぇ~♪
ならにぇば め~を ちょんぎるじょ~♪
一緒に怪しい踊りをつけて歌っていると、いきなり現れたフェーデ君に笑われた。
「御機嫌だね、アンジェちゃん。さすがだよ、もうヨチヨチしながらも踊れるんだから凄いなあ。でもそろそろ気を付けてくれよ。
俺んちが一家そろって引っ越してくるんだから、バレない様にね」
「以後きをつけましゅ」
びしっと気を付けの立ち姿勢を取ったら、コロリと転げてしまった。
慌てたフェーデ君が手を貸してくれて起き上がらせてくれた。
「フェーデ?ああ、良かったアンジェ様いらっしゃいましたか。申し訳ありません、つい寝てしまいました」
おや、メガイラさんが起きた。すかさずテトテトと歩み寄って抱きつく。
「ばあば、おはな~」
メガイラさんにポケットにいれておいたタンポポを渡そうと手を伸ばす。
彼女は喜んで礼を言ってタンポポを髪にさし、あたしを抱き上げた。
「お嬢様、お花を摘んでいたのですか?おひとりでは危ないですよ」
「ちゅがいまちゅ、おともだちがしょこに…あれ?」
そばにいたはずのチェロ君は居なくなっていた。
「友達?俺が見た時にはアンジェちゃんひとりだったよ?」
そこへディオ兄の焦ったような大声が林の奥から聞こえて来た。
慌ててフェーデ君が走り出し、あたしを抱えたメガイラさんが後に続いた。
木立のなかに立ちすくんでいるディオ兄は上を見上げている。
「ディオ!何が有ったんだ?」
「ああ、これ見てよ。昨日まで…いやさっきまで無かったのに、柿の木がこんなに大きいのが突然現れたんだよ」
はて?柿の木?何か身に覚えがありますが…
そっと視線を逸らしたあたしに気がついたディオ兄が問うた。
メガイラさんに降ろされた途端にディオ兄に捕まった。
きゅむっと、頬っぺたを両手で包まれて、視線を合わせられ、どアップで質問されてしまった。
「アンジェ、もしかしてまた何かやった?」
もにゅもにゅとホッペを両手で包まれて、逃げられない。
『すいません、やったかも』
最近ディオ兄の言動がセリオンさんに似てきてこわい。
「ちゅいましぇん。ちょっち確かめまちゅ」
ディオ兄に開放してもらい、周りに他の人がいないことを確認すると、確かめるためにもう一度歌ってみた。
は~やく はにゃさけ かきのたにぇ♪
しゃかねば き~を ちょんぎるじょ♪
は~やく みににゃれ かきのたにぇ♪
にゃらねば はにゃを ちょんぎるじょ♪
すると柿の木はブルブルと身を震わせると、次々に白い花を咲かせた。
そして咲かせたと思うと、片っ端から花を散らして実を付け始めた。
あれよあれよと言う間に、青い実はドンドン大きくなっていく。
ああ!だめだめ!赤くなったら防水剤に使えない!成長を止めないと!
あおいみ つけにょ かきのたにぇ♪
あかく にゃったら ちょんぎるじょ♪
どうやら、あたしのお願いがわかったのか、柿の木の実は成長をやめて青い実の状態で木の揺れが止まった。
青い実がざらんざらんと枝について揺れていた。
よし、これで防水材の原料ゲットだぜ!
「やっぱ あたちのせいでちた…」
その場にいたディオ兄達は口をあんぐりと開けて、青い柿の実を見上げていた。
「や、やっぱりディオの言う通り天使だったか…」
フェーデ君のつぶやきで我に返ったディオ兄からお叱りの言葉を受けてしまった。
「何しているのアンジェ!気を付けてよ」
「お嬢様は本当に型破りですわね」
その後、話が伝わりパパとセリオンさんにこってり怒られた。
執事のランベルさんと乳母のメガイラさんは分るとして、何故ガイルさんがいる?
「アンジェ、お義父さんに心配掛けているの、分ってる?」
抱っこしているディオ兄が低い声で言う。
そんなこと言われても、あたしだってこんな事になるとは思っていなかった。
「いきなり、こんなになったのでしゅー!アンジェはわるくないでしゅー!」
ブーブー!と仔豚になってブー垂れていたら、パパが不思議に思った。
「しかし、アンジェは歌まで歌えるようになったのか…いくら何でも言葉とか早すぎだな…」
ぶうぶう言っているあたしの頬っぺたを、もにゅもにゅと揉みながらディオ兄が応える。
「歌うどころか怪しい踊り迄踊っていたらしいよ」
「こいつはもう腰紐付けておいた方が良いですよ、できれば鎖のやつで。
ああ、いっそのこと拘束具のほうが…グハッ!」
ふざけた事をほざいているセリオンさんにお馴染みのデコピンだ!
こんな愛らしく幼気な幼児に何を言う!ばかもんがー!!
痛さで額を押さえたセリオンさんが顔をあげて睨んだ。
「馬鹿はお前だろうが、このどあほー!」
『くそー!ルトガーさん達がいなかったら、柴犬みたいに頬っぺた伸ばしの刑にしてやるのに!こいつー!』
「にゃにー!ちゅばけんにゃんて、ここにいるきゃー!」
くー!幼児の舌めんどくさい!舌嚙みそう!!
セリオンさんとディオ兄には、毎日のようにドラマやドキュメントや格闘番組とかを思い出しては、観せている。
なかでも、柴犬のホッペモニュモニュの画像を観たふたりに、アンジェみたいと笑われている…
「アンジェ、自分で愛らしいだの幼気だの言うくらいなら、もう少し、それらしく…うん?あれ?」
キョトンとしているディオ兄、驚いた顔のセリオンさん。
あら、ふたりに送信していないのに、心の声を漏らした?いやセリオンさんが送信してきた?
うん?あたしは送信してないのにセリオンさんとディオ兄が受信した?
キツネにつままれた気分で驚愕している3人に、周りの人達は何が起こっているのか、わからなかった。
長くなりました、すいません。




