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いざ高き天国へ   作者: 薫風丸
第3章 男爵家の人びと
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第83話  春の香りとナマズ池

 ハイランジア家の庭の香りは淡い桜の香りに移ろってきた。

しばらくしてカラブリアからまた一人、スレイがやって来た。


辻馬車を乗り継いで、リュックひとつを担いでにこやかに門に立っていた。

執事のランベルから契約書の手続きを済ませてもらって、彼は向かい入れられた。

アイリスが3階の用意されていた彼の部屋へ案内した。


「辻馬車を乗り継いだならお疲れでしょう、今日はゆっくりなさいませ」

「有難うございます、では、ちょっとお庭をぶらつかせて頂きます」

「いいですよ、あなたが来ることは皆知っているので、挨拶ながら散歩なさい」


ディオは作業小屋でフェーデと、その父親のエルムと一緒に、新しく思いついた商品の試作品を作っている。

セリオンはダリアにディオの警護を頼んで庭の見回りをしていた。


のんびりした呼び声に振り返ると、小走りに近寄って来るスレイの姿が目に入った。

人懐こい微笑みを浮かべ手を振る彼の姿は、誰が見ても身構えを解いてしまうような好青年だ。


「ひさしぶりだね、セリオン」

「やあ、スレイやっと来たな。元気だったか?」


セリオンが屋敷のなかを案内して行く、その最中、彼はスレイと打ち解けたように話していた。


スレイが、ああそうだ、とひとこと言うとセリオンに微笑んだ。

「そういえば、あのときはありがとう」

「何が?」

「あんた以前、俺が荒地で襲ったとき手加減したでしょう?」


セリオンは、目の前の人の良さそうな柔和な彼が、荒地で後ろからセリオンの首を締め上げてきた事を思い出した。


―本当に素早かった…あのときは肝が冷えた。

目の前にいるスレイはそんな雰囲気はおくびも出さずにいる。


「あんたの肘を喰らったとき、俺は膝が開いちまった。そのときに、股間に蹴りを入れようとしたでしょ?うわ、と思ったとき、あんたの動きにためらいが有った。もっとも、すぐに頬に左の拳を喰らったけどね」


「もう相手と目的がわかっていたから、そこまでやらないでいいかと思ったんだよ」


失神するほどの拳をもらった時の事なのに、スレイは何のわだかまりも無く飄々として話す。

セリオンはスレイのどことなく間延びした表情を見ながら笑って言った。


「スレイだって手加減しただろう?」


「さあ、どうだろう。俺としては全力でやったつもりだけどね。買いかぶり過ぎすぎなんじゃないのかなぁ?」


ヘラヘラ笑うスレイに、穏やかな顔つきで会話するセリオンは、そんな筈はないだろうと心の中で呟いた。


首の動脈を締め上げられた、あのとき、こいつは舌骨には攻撃しないように、俺の顎に二の腕を引っ掛けていた。


あの素早い動作で殺す危険のない行動がちゃんとできている。

セリオンは頼りなげに見えるスレイの印象を少し変えた。


心のうちを出さないように用心しながらセリオンは、スレイのために屋敷の案内を続けた。


 庭の中を案内していると馬小屋が見えて来た、そばまで行くと中に葦毛の馬が見えて、乳母のメガイラが中にいるようだ。


「お、あれが、ランベルさんが世話をしてくれと言った馬かい?」


「ああ、乳母のメガイラさんの馬なんだ。将来的に他の馬も入れるが、その時は馬番をいれるから、それまであれ一頭だけなのでよろしく頼むよ。ああ、メガイラさんもいるようだ」


*      *       *       *


 馬小屋の前でメガイラさんにフレッチャを撫でさせて貰っていたら、セリオンさんがスレイさんを連れて来た。

メガイラさんが小さい声でお嬢様と注意をしてから、スレイさんに挨拶した。


「よろしくお願いします、スレイさん。アンジェ様とは会っていますね」

「ええ、メガイラさん、お世話になります。とても可愛いお嬢様ですね。

よろしくお願いしますね、アンジェ様」

「あ~い」


 愛想のよい青年だ、ちょっとタレ気味の眼が優し気で、柔らかい雰囲気を持っている。

この見かけだけで判断したら、とても強面で有名なカラブリア卿の護衛のひとりだとは誰も思わないだろう。


 しばらく馬の話をしてからスレイさんはセリオンさんに連れられて去った。


「お嬢様、優しそうでとても良い人のようですね。どうお思いになりました?」


メガイラさんは脳内で会話するのを用心して、人前ではあたしとの話を不審に思われないように振舞う。


『人懐こいって印象、なんか人の警戒心を忘れさせるところが有って、知らない間に気軽に仲良くなって懐に入って来る、そんな感じ。

でも、心底信用できる相手かどうかはもっと後で判断するよ』



 第一印象は重要だ、だが、それはその人の全てでは無い。

腰が低くて話が上手い人間はいくらでもいる、それに…


ナンパと見せて実は怪しい勧誘とかも一杯遭遇したあたしだからね!

彼氏が実は結婚詐欺だったとかもあったからね!


金が無いから結婚するために貸してくれ、と聞いた途端にあたしの愛がぶっ飛んだから被害に合わなかったけど!


あたしの愛と友情は金貸してくれと言われた途端に、雲散霧消と崩壊するように出来ているのだ。



 用心深くて上出来です、と嬉しそうにメガイラさんが言った。


「ハイランジア家は敵も多いのです。用心に越したことはございません。

カラブリア卿の部下だから大丈夫でしょうが、人の話は鵜吞みにせず、自分自信で判断することです。


私の父は、人の言いなりに行動すると、そんな使わない頭は犬に喰わせてしまえと、怒ったものですわ。婆は立派なお嬢様で嬉しゅう御座います」


 そんな大層な考えで言ったわけでは無いのですが…まあ、いいかな?


*      *       *       *


 翌日からスレイはしばらくダミアンの手伝いをすることにした。

日雇いの下男は屋敷の仕事で手一杯だ。


何しろ、ディオの作業小屋の増築と、使用人家族のためのコテージを作らねばならないので、大工仕事に村人まで駆り出されている。


そのため、ダミアンの畑作りは下男が手伝えないために、ルトガーは交代でセリオン、トバイアスを手伝いに出していた。


ポルトは、農場で家禽が仔を産むまで待ってから移動することになった。

彼はダミアンと一緒に男爵家の食材を調達する仕事なので、仲の良いふたりは畑も動物の世話も共同ですることにした。


それで、彼が来るまでは畑の手伝いを順番に乗り切ることにしたのだ。


カラブリアから出向してきたスレイに畑仕事を頼むのは躊躇われたが、彼が快く手伝うと自分から言ってくれたので、その好意に甘えることにした。


 畑はなかなか厄介で、長く放置されていたために荒れていて一苦労だ。

ダミアンは手伝いをするスレイを、細かく教えながら畑を耕していた。

そして気がついた。


「スレイは畑をあまりやった事が無いんだね」


背中をむけて土を掘っていたダミアンは気がつかなかったが、そのときスレイの人懐こい顔が一瞬別人のように変わった。


「まあ、無理もないか。あんたは従者になるために、故郷の島を離れて久しいんだもんな。奉公に子供のときから出るというのは大変だっただろう」


「そうですね、たまには帰りたいですよ」


ダミアンさんは気の毒そうに、そうだろうなと言うと、また黙々と荒地の根っこを掘り出した。

地面の落ちた石を拾いながらまだスレイはダミアンを盗み見て注意を払っていた。



 いよいよ春らしくなった、ペッシェ川の土手にはタンポポの黄色の花と共に、背を高くしたフキの花があちらこちらに咲いている。

カラブリア卿が紹介してくれた養殖技師がやってきた。


彼はカラブリアに居るが色々な魚に興味があり研究している人だったので、ナマズにも知識があった。

ディオはさっそくナマズの生け簀にしようと思っているペッシェ川の支流に案内した。


「支流から水を引いて、ここの水溜まりを本格的に、ため池にしようと思っているんです。

ペッシェ川の環境と大きく変わらない状態で飼育できると思います」


「なるほど、よく考えましたね、坊ちゃん。生命力が強いナマズなら失敗することも少ないでしょう。

ただね、餌はたしかに何でもいいかもしれないけど、肉の味に影響するから、匂いのきついものとか、余り酷い餌は避けましょう、それから…」


成程と頷くディオとフェーデの前で、彼は浅い水溜まりに靴を脱いで入った。

石や岩だらけの川と同じで、水溜まりのなかも泥は薄く有るだけで下は岩だらけ、砂礫もおおいようだ。


彼はそれを見ると本流のほうを見やった、川は流れがあり岩と石、砂礫の川底だ。


「坊ちゃん、もっと水深が有った方が良いですね。

水が浅いと動き回ったときに、石や木の根っこで傷だらけになりますから。


それに、ここは増水したら逃げ出しかねないので壁は作らないと、それから大きめの岩も必要です。ナマズが隠れる住み家になりますから…


冬はこういう川のナマズは崖下の泥土に移動しますから、冬越しの環境についても…」


ふたりは真剣に耳を傾けた、養殖技師の意見は参考になるものばかりだった。

溜池は5月頃の雨後に起こる産卵の前に、溜池に石の斜面を作り、産卵もしやすいように考えて設計をした。


「バッソのナマズはどうやら固有種のようですね。僕の知っている岩場に住む奴とは特徴が少し違うようだし。どう料理しているんですか?」


口の中の記憶が呼び起されて、フェーデが即答した。


「ナマズのフライのタルタルソースがけが旨いんです!!それからかば焼き、甘辛いタレで御飯と食うやつ!


あの香ばしい匂いを嗅ぎながら、蒸してからタレを付けてはこんがりと火で炙っては、またタレを付けて炙った白身を、コクのある甘辛いタレを白い飯にもからめて、一緒に掻っ込むのが最高ですよ!」


フェーデのよだれを流さんばかりの説明を聞いて、技師さんまで口をもごもごしてしまった。


「わ、わかった。僕迄なんか口の中に涎が湧いて来た…あ、そうだ!ナマズのぬめりはどうやっているんですか?」

「塩もみですけど?」


「そうですか…コストはそこが問題ですかね。でも坊ちゃんはカラブリア卿がいらっしゃるから塩の値段は安く入るでしょうから安心ですね」


 ディオもそこは頭が痛い問題だと感じていた。

これからたくさんのナマズを養殖するとなると、塩が大量に必要になってしまう、塩もみをして排水に流れる塩分も川に影響がでるかもしれない。


「考えないといけないですね」

ディオはコストを下げるため何かないかと思案することにした。


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