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いざ高き天国へ   作者: 薫風丸
第3章 男爵家の人びと
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第82話  お馴染みの光景

 パパは変わらずにあたしを可愛がってくれている。

いや、むしろ前よりもかまってくれるし、もっと一緒にいてくれるようになった。


パパの話だと貴族の家では乳母がいて、子供に会う時間は一日のうち1,2時間しかないとうい家も多いそうだ。

パパは元来子供好きでもっと一緒に過ごしたいと思ったらしい。


「一番可愛い時期を他人に預けっきりで構わないなんて、馬鹿らしいと思うぞ。俺は乳母が文句を言っても子供との時間をもうけたい」


パパはそう言うと仕事の合間にやって来ては、子供部屋でディオ兄の勉強する様子を眺めながら、あたしに絵本を読んでくれたりしていた。


 天使の生れ変りかもしれないなどという変な期待はパパには無い。

こんなに小さいのに、そんなふうに見るのは可哀そうだと言ってくれた。


「俺にとってはハイランジアの大事な子供というだけだ。アンジェもディオも大人の企みに巻き込まれずに伸び伸びと育ってほしい」


 屋敷のなかは執事のランベルさんが来たことで、男爵家としての体裁が整ってきた。

カラブリアから帰っていたトバイアスさんは、そのままバッソの実家に留まり、男爵家に通いの従僕として入った。


あたしと一緒にいる人たちは、一部を除き秘密を共有している人ばかりになり、少しばかりあたしが不安定な行動をとっても誤魔化しやすくなった。

一番そばにいる女性の使用人がダリアさんアイリスさん、メガイラさんと安心できる人達に囲まれているのが有難い。


 ハイランジア屋敷は穏やかな春を迎えようとしている。そう信じたい…


*      *      *      *


 気が重いと過ごしていたアンジェリーチェだったが、元来お気楽に出来ている性分のため、どうにかなるかなと、いつもの生活に戻っていった。


 その尋常ならぬ運動神経と身体の発達の速さで起こす事件も、ガイルがあらかじめ町で触れ回っておいた、ルトガーの娘アンジェは父親譲りの才能だからという、もはや免罪符のお陰で人々に疑問無く受け入れられた。


おかげで、一歳に満たない筈のアンジェが、通いの使用人や近在の村から臨時に雇われた人足の前で信じられない速さでハイハイし、メガイラを振り切り、うきゃうきゃと笑いながら通り過ぎても皆気にしなくなったのである。


「男爵様の御子様はさすがだなあ」

「んだなあ…やっぱ食いもんが良いせいかな?」

「うんにゃ、血筋だろうよ」

「「「んだなあ」」」


尋常でない赤子の存在は、かつて華々しい戦歴を誇る体力馬鹿の父親の血筋であるという証明になった。


「本当に…貴方の子供じゃないのね…」


そのため、カメリアの疑心暗鬼にルトガーは悩まされることになったが、それもまた、彼女の御機嫌取りに、ルトガーがハイランジア城に足蹴く通うことになり、ふたりの仲をより深めることになった。


*      *      *      *


 バッソの町のあちらこちらで花々が目覚めた。

人の心を浮き立て、心を躍らせるそよ風が、姿も見せずに咲いている水仙の仄かな香りを運んで来る。

木々の葉を緑に変える風がそよぎ始めた。


 今日はメガイラさんに背負われてペッシェ川の向こう岸に来ている。

ディオ兄とクイージさんと一緒に、山裾の枯れ葉をどけてフキノトウを探していた。


「あった」 「あ、こっちにもあった」

見つけたフキノトウをさっそく屋敷の調理場で料理することにした。


『ディオ兄、ゴマ油だとフキの香りが堪能できないから、他のものを使って』

「じゃあ、オリーブ油で炒めればいいかな」

『うんうん、よろしくね』


ディオ兄とクイージさんが洗ったフキをトントンとリズミカルに刻み始めた。

収穫したフキノトウは細かく刻むと香りがさらに強くなる。

油でいためてお味噌と砂糖を入れて、フキ味噌を作ってもらった。


野辺の御馳走、フキの香りが告げる春の訪れ、春本番はもうすぐだ。

少々の苦みとこの独特の香り。あーご飯食べたい!


しかし、この味は実はパンにも合うのだ。

切ったパンの面に、フキ味噌とマヨネーズを入れて溶いたものを塗る。


そこに、とろけるチーズと玉ねぎ、刻んだかまぼこ、ピーマンも薄くスライスして乗せて焼くのだ。これがなかなかに美味しい。

焼いた厚揚げや焼き茄子に付けても良いのよ!


「うーん、パンに付けてから生ハムやチーズをのせると美味しいですね」

「うむ、カナッペにいいな」

「なんじゃ?それは?ディオがまた何か考えたのか?わしにもくれ」


 何の前触れもなくいきなり現れたカラブリア卿を見て皆が驚いた。

恐縮して頭を下げていると慌てた執事のランベルさんが進み出て謝罪した。


「これはカラブリア卿、いらっしゃいませ。お迎えにあがりませんで、大変失礼しました。警護の者には誰も会いませんでしたか?」


「ああ、いたが、ディオの父親で男爵の義理の父だと言ったら通してくれた」


脅し付けてごり押ししたのだと皆が思った。警護をしている警邏兵がそんなにすんなり通すはずが無いのだ。

カラブリア卿の警護兼従者のパーシバルさんが後ろで苦笑している、どうやら当たりのようだ。

カラブリア卿は小さなディオ兄を抱き上げて満面の笑みだ。


「ディオ喜べ、お前のために養殖の技師を見つけたぞ。ナマズと聞いて驚いていたが、是非手伝ってみたいと言ってくれてな。本格的にナマズが活動する前にバッソに来てくれるそうだ。

どうじゃ、父はルトガーより頼りになるだろう?」


ルトガーより?最近どうもパパに対して対抗意識があるみたいで、困ったものです。


「えっええ、父上有難うございます」

取り敢えず当たり障りなくディオ兄が返事をすると、フェーデ君がすかさずフォローに入った。


「さすがディオの父上!良かったなあディオ、これで養殖の目途がついたし、後は柿を増やして防水剤をたくさん作れるとバッソに貢献できる。

やっぱり、カラブリア卿はディオのことをよく理解してらっしゃいますね」


フェーデ君は太鼓持ちの才能もあるらしい…「よいしょ」をしまくってご機嫌をとっている。

いやあ、さすがですよ、というフェーデ君の言葉にすっかり気を良くしている。


「そうじゃろ?わしが見込んだだけあるな、フェーデは賢い。

さすがディオの父じゃろう?それでな、ディオのためにもっと助けになるように提案があるのだ」


カラブリア卿の提案とは、バッソに伝書鳩の鳩小屋を作らせて欲しいとのことだった。

フォルトナだけでなく、ここに伝書鳩を置けば早い連絡がとれるからと言う訳だ。


「なるほど!いざとなったら食えますものね!さすがディオの父上!」


余計なことを言ったフェーデ君は、カラブリア卿のアイアンクローを顔面に受ける羽目になった。


「あいてててててて」

ジタバタして痛がるフェーデ君を、にっこり笑いながら大きな手で締め上げるカラブリア卿。


「懐かしいな、子供のときのルトガーを思い出すぞ。よくこうやっていたずら小僧だったあいつを仕置きしてやったものだ」


フェーデ君は、鳩は一生食べませんと誓ってやっと解放された。


「でも飢餓になったら容赦なく食べますからね、父上」


鳩って美味しいらしいよ、とフェーデ君に言うディオ兄の言葉に、カラブリア卿は涙目だった。


 パパはディオ兄可愛さにカラブリア卿が頻繁にやって来るのは想像できたが、屋敷に大金を出してもらっている手前受けるしかなかった。


鳩小屋はたいして大きくもないので、フェーデ君の父のエルムさんが作ることになった。

カラブリア卿の設計書をもとに、エルムさんならではの工夫があって、卿が満足するほど大変良い出来だった。


 カラブリア卿は鳩の愛好家で、使用人任せにせずに自分で世話している。

伝書鳩はここで産まれた鳩がいないので、暫らくはフォルトナの鳩を訓練するだけだろう。

と、ルトガーパパは思っていた…


「ここも自分の鳩小屋だと思い込ませれば往復伝書鳩にできる!わしはここでその実験をするからな♪」


 伝書鳩は本来片道だけだが、鳩の往復は不可能ではないらしい。

それから領地に全く帰る気がなくなったカラブリア卿は、ちょくちょくバッソに入り浸るようになった。


ディオ兄が行方不明だった時間を埋めるように、来ると必ずディオ兄と一緒に過ごす時間を設けている。


*      *       *       *


 頻繁にカラブリア卿がハイランジア家にやってくるようになり、ルトガーには頭が痛い事態となった。

ディオが貴族として恥かしくない生活をさせたいと、張り切り出して屋敷の整地やらを始めた。


「門構えが正面だけとは嘆かわしいではないか!それにこの先馬車を買わねばならんだろう?

馬小屋だけとはいかんであろうが?馬車置き場がないと馬車が痛むぞ。

お前が持ってなくとも客人の馬車を野ざらしで置かせるなど、ハイランジアの沽券(こけん)に関わるからな」


「しかし、我が家にはそんな出費はできないのです」

「ルトガー、金はわしが出す…でないと王都の大物が何か言うか分らんぞ」


乗り込んできたらどうするのだ、と脅かされ頭を抱えたルトガーに、卿は甘んじて受けろと、言い置いて屋敷を出て行った。

そんな姿を見ていた執事のランベルは、頭を悩ますルトガーにやんわりと願いでた。


「旦那様、アンジェ様のことを、カラブリア卿とカメリア様には秘密になさるおつもりでしょうか?

できればお話頂ければ幸いです。お二人共きっとお力になれると存じますが」


「実は浮気を否定するのに必死で、その話をカメリアにまだしていない。

やばい…カメリアにはいつか話さないと…ただし、どう話すか」


「そうですね、しかし、旦那様が話す前にカメリア様の御耳に入りましたら、私の想像を及びかねる事態になりましょう。

旦那様、どうぞ、そのお覚悟をして機会をお探り下さい」


恐妻家のルトガーは、彼女の過去の怒った姿を思い出すと総身に寒気が走り、ぶるっと体を震わせた。


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