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いざ高き天国へ   作者: 薫風丸
第3章 男爵家の人びと
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第78話  助っ人呼びました

 小屋の外に出ようとふわりと浮かぶ。すると、アンジェ?と顔を上げたディオ兄の声がした。

市場で使っていた、ダミアンさんの愛用していた携帯コンロで、お湯を沸かしている。


『ディオ兄、身体の温まる物を食べさせて、(むせ)ないように気を付けて。

カロリーの高いものを食べることが出来れば早く体調が戻るよ』


かいつまんで、ダミアンさんに摂取して欲しいものを説明した。


「甘いもの、芋類、穀類で、先ずはトロミのある温かい飲み物が良いんだよね。わかったよ」


すぐに戻るから後はよろしくね、と言い残して、あたしは一目散に目的の場所に飛んで行った。


*      *       *       *


 小屋の中ではガイルがフレッチャの温かい肌に、ダミアンをくっ付けるように寝かせつけ、乾いた服を着せていた。


ルトガーは彼の髪を乾かすようにタオルでせっせと水分を取っていた。

フェーデは濡れた服やタオルを火の前で乾かしている。


ディオは不安そうな顔をしながらも、先ずは携帯コンロに水を入れた鍋をかけて、部屋に食料が無いか調べ、なんとかスープが出来る程度の材料を見つけた。


 外が突如騒々しくなり、馬の蹄とセリオンとレナート神父の声が響いた。


「この馬達は?まさかルトガーさんとガイルさんの?」

「一緒にいるのですか?アンジェは?」


外ではセリオンの戸惑う声が聞こえると、レナート神父がやっと戸口に辿りつき、勢いよく引き戸を開けた。


「患者はどこです?!」

「神父さんが来たから安心……何だこれ?…」


息を切らしたレナート神父とセリオンは、すぐに、自分の後ろの戸口から現れたもの達の、けたたましい声に驚いて振り返り思わず身を引いた。


「クワーーッ!クワックワッ!」


セリオンの足元にちょこんと鴨がいて彼を見上げていた。

そして、クワッと鳴くとヨチヨチと部屋の中に入ってきて、ダミアンの腹の辺りに丸まって座った。


「なんだ?おいどけ」

ガイルが手で腹の上から追い払おうとすると、嘴をカチカチと激しく打ち鳴らして攻撃されそうになり、手を引っこめてうめいた。


「なんでこんなところに?」


乾いた服をダミアンに着せていたルトガーが顔を上げる。

すると、別の鴨がバサッと音を立ててダミアンの上に降り立ったと思うと、その胸の上に座り込んだ。


「クワクワッ」


すると、外からバサバサッと、突如うるさい程の羽ばたきが、いっせいに聞こえたかと思うと、狭い戸口から鴨がわらわら、わらわら、次々と入って来た。


「あわわ、鴨だ!どうしてこんなに?ドンドン来るぞ!」


ガイルが立ち上がると、その足元にも鴨がヨチヨチ歩きで通って行った。

ルトガーが鴨を捕まえようとすると頭の上で声が聞こえて、顔を上げるとアンジェが宙を浮かんでいた。


*      *       *       *


 空中に漂いながら鴨に話しかけている。

『さあさ、アッカ隊長、あの人を温めてあげてよ。それから、ここでフン垂れたら羽毟るからね!』


「「「ガアッ!」」」

ビクッと反応した何羽がすぐに外に出て行った、言っておいて良かったわ。

『悪魔っ子、後で何かよこせよ!』


不承不承に鴨達がダミアンさんの首元、胸元とドンドン体を埋めていく。

波のように鴨が次々にやってきて、ガアガアとうるさく文句を垂れながら彼を埋め始めた。

これぞ生きている羽毛布団ですよ!


足元のうじゃうじゃいる鴨に閉口しながらルトガーパパが質問してきた。


「ア、アンジェは空が飛べるのか?アンジェは人と話せるのか?」

『パパごめんね、秘密にしていて。後でちゃんと説明するよ~』


神父さんが頭の中から聞こえるあたしの声に気づいて蒼くなったが、もうバレてしまったものは取り返しがつかない。


『神父さん、ダミアンさんが骨折しているようなの。あたしがくっつけるから手を貸してもらえます?』


「わかりました、アンジェ頼みますよ」

 レナート神父はもう覚悟を決めて診察を始めた。


ダミアンさんの体を念視で診る、青く発光しているのが怪我した箇所だ。

腰の骨にヒビ、左の足の裏の中足骨が折れている。


これらはまだましな方で、右脚の(すね)の下、足首の上10センチ程のところの(けい)(こつ)という脛の内側の太い方の骨が斜めに折れ、もう少しで皮膚を突き破るところだった。


下肢にかなりの内出血があって、既に脚は不気味に青黒く膨れ上がっている。

額は血が流れているが切れているだけで深い傷ではない。


「骨が綺麗に修復できるように私が手で戻しますから、アンジェはイメージを私に送りながら、骨折箇所の血管が傷つかないように診ていてくれますか?」


『了解です!先ずは一番酷い右の(すね)の骨からですね』


骨折した詳しい場所を、神父さんの脳内にイメージで伝えると、彼はすぐに骨折箇所の鴨達にどいて貰い、手探りで修復し始めた。


どうせバレちゃったんだし、こうなったらダミアンさんには絶対元気になってもらわないと!


「アンジェお願いしますよ」

慎重に、自分のする呼吸さえも神父さんに揃えるように慎重に、ふたりで神経を研ぎ澄ますように息を殺して骨を修復させていく。


神父さんに少しの隙間もないように抑えてもらった。

丁寧に意識を集中していく、テレビで見たドキュメンタリー番組でみた骨芽細胞が伸びて行く様を想像していく。

ようし!血腫を消し去り、筋肉繊維も修復していくよ!


やがてそこにあった不気味な青いが光がスッと消えた。やった!上手く行った!


『よっし!くっついたよ、神父さん。次の箇所行きましょう』

「偉いですよ、アンジェ。じゃあ次は足の裏の中足骨ですね」


 神父さんは流石だ、骨を触感だけで元の位置に綺麗に戻している。

イメージを共有しているから早く治療できているが、もし、あたしのイメージが無くても、神父さんは触感で単純な骨折は治せるのだ。


 前世で叔母が足を骨折したとき、へたくそな整形外科がレントゲンを撮った後、骨を石膏で固めた、骨は隙間があり全然くっ付いていなかった。


毎日、固められた足が中でぎゅうぎゅうに腫れあがり、1カ月以上たっても骨は修復せず、苦痛で脂汗を流した。

その後は関節が緩んでしまい、また同じ処を骨折、2回目は骨接ぎに行った。


骨接ぎ師が足の骨折を触感だけで施術した後は、何の痛みも感じなかった。

翌日は元気に出勤できたくらいだ。

ブラボー柔術整体師!彼女はそれ以来、骨折したら骨接ぎに行けと言う。


 つまり!骨折はきっちりくついて無いと痛くてたまらないし、治りが遅い!

多くの戦や騒乱を経験している神父は、前世の骨接ぎの施術師と同じように、レントゲン無しで骨折を治す腕前を持っているのだ。


『神父さん、やっぱり大学とかで解剖学とか医術とか勉強してたの?』


「アンジェ、私がドットリーナ教の中枢から追い出されたのは、まさにそれらを研究していたからですよ。

今の教会組織はインチキな奇跡は量産するが、真面目に研究する学問には理解を示してくれないのです」


ルトガーパパが慌てて、神父さんにもう何も言うなとばかりに手で制した。


「神父さん、そういう話は屋敷に戻ってからだ、教会関係者に聞かれたらえらいことになる」


 それは進歩的な考えを持っていたために、彼が追いやられたことを暗に語っていた。

神父さんと骨折の治療をしている間、パパやガイルさんは黙って見守っていた。


『ディオ兄、食べさせるものは見つかった?』


「今スープを作っているけど、煮えるまでもう少し。できれば甘い物があると良いんだけど…」

それを聞いていたセリオンさんが、それならと答えた。


「ガイルさんのコートの左ポケットに、半分食べた芋パイがあるぞ。それでもいいか?」


セリオンさんが何故かガイルさんの持っているおやつを言い当てた。

「なんで知っている?」


眉をひそめたガイルさんが恥かしそうに、半分になったお芋パイをポケットから取り出してディオ兄に渡した。


ディオ兄は、お芋のパイを細かく刻んでから、別の小鍋にミルクで伸ばしてさらに砂糖を入れてから温めてトロリとさせた。

セリオンさんにお願いして、ダミアンさんの口にスプーンで入れてもらう。


『ダミアンさん!食べて、食べないと死んじゃうかもしれないよ!』


低体温症は何より乾いた服に着替えて、毛布などで温め、カロリーのある温かい食事をとるのが一番良いのだ。


お風呂にいきなり入れたりすると、ヒートショックを起こして心臓をやられて死んでしまう事が多い。


セリオンさんが励ましながら支えて、口の中にミルクでといたお芋パイをスプーンで運んだ。

「ダミアン頑張って食べろ」


彼は面倒くさそうだが、なんとかをムニャムニャと口を動かしている。

フェーデ君が外で割っていた薪をがんがん焚いた。


簡易コンロに乗せた鍋に、干し野菜を煮込んでいたディオ兄は、ダミアンさんのお昼ご飯のソーセージやチーズ、パン、ミルクを見つけ入れることにした。


食材をナイフで刻み、鍋にソーセージで出汁が出るように細かく切って、細かく削ったチーズとパンを入れ、ミルクを入れてパン粥を作った。


部屋の中を埋める程の鴨が、所々でパタパと羽音がならし騒ぎたてながらもダミアンさんを温め続けた。


フレッチャ迄埋もれてしまい首だけしか見えなくなっている。

ときどき彼女の鳴き声がのんびりとヒヒンと響く。


始めのうちは、ガイルさんが竈のそばに行きそうな鴨を押し戻しながら、片耳を塞いでいた程うるさかった。


だが、やがて段々と落ち着いた鴨達はのんびりと寛いで静かになった。

人の声だけが聞こえない、誰もあえて口を開かない、その静けさがあたしはこわかった。

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