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いざ高き天国へ   作者: 薫風丸
第3章 男爵家の人びと
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第77話  凍える人

 ふわ~、酔い覚めに吸った冷たい冬の空気が肺の隅々に流れ込む。

町の外れにある川に来た、ここに来たのは初めてだわ。

馬のフレッチャの背中は温かい、ずっと抱きついていたいくらい気持ちがいい。


ふぁ、だいぶお酒も抜けて来たかな…しかし、人前でちょっと動きすぎたかも。

…うーん、酔っぱらって…やっちまったかもしれない…

*ぶるっ*


 急に酔いが醒めてきた。楽天的にできているあたしの神経も、酔いに任せてやったことを思い出して、さすがに蒼くなってきた。

パパ達の騒動に気がついたのはそのときだった。


「しっかりしろ!ダミアンもう大丈夫だ」


大声で叫んでいるパパとガイルさんが、ダミアンさんを川から引き上げているところだった。


フレッチャの背中から意識を飛ばして念視しみた、ダミアンさん、骨折している!

しかも、唇が紫色であっちこっちの服が破けて血が滲んでいる。


ずぶ濡れになったダミアンさんはガイルさんの声にまともな反応が無い。

ろれつの回らない舌で、何言っているのか分からないようだ。

前世の趣味だった登山会でしつこく言われていた低体温症のかなり危険な症状だ。


事態は一刻を争うようだ、屋敷は遠い、この周りに家は…あった。

外に薪が積んである、あそこに連れて行こう!


『フレッチャ、パパ達のところに急いで!』

ダミアンさんに何かあったら、あたし達泣くよ!


北風が吹くバッソの町外れのペッシェ川の橋の下流、ルトガーとガイルは凍え切ったダミアンを浅い水から抱え上げた。

所々に薄氷が張っている川から、ダミアンを水から引き上げたが良いが、周りに家はない。


「△#✕>〇&…」

ダミアンの言葉は、もはや何を言っているのかわからない、既に意識障害が出ているのだろう。

ルトガーが、冷え切っているダミアンの様子を見て叫んだ。


「ガイル、この辺りにダミアン達のための野良小屋がある!そこに行くぞ!」


大柄なガイルが、すぐに、ずぶ濡れで震えるダミアンの体を抱き上げて、岸から運んで馬に乗せた。

すると、馬に跨ったガイルが驚いて叫んだ。


「アンジェ?ルトガーさん!アンジェがフレッチャに乗っている!」


ルトガーは驚いて、思わず手綱を引いてしまい、立ち上がった馬の前脚は空をかいた。

「何だって?!ええ?アンジェ?なんでフレッチャの背に?」


*     *       *       *


見つかったけど仕方ない、後は野となれ山となれ!覚悟は決めた。

驚くパパ達に、もうかまってはいられない!ダミアンさんの為に、あたしの事など、もうバレても良いと腹を括ったのだ。


『パパ!早く行って小屋の中で火を焚いて!ダミアンさんを温めていて!あたしは神父さんを呼ぶね』


眼をむいて狼狽するパパの姿が胸に痛む、もうこの人に抱っこしてもらうことはないだろう。


「アンジェ?この頭の中の声はアンジェの声なのか?」

『そうだよ!後で詳しく話すから今はダミアンさんを助けて!』


パパ達には到底信じられる話ではないだろう。

だけど、何か言いたげなふたりは敢えて声を呑んで、すぐに馬を操りダミアンさんを乗せて小屋に向かった。


あたしもフレッチャに乗ったまま急いで意識を集中した。

町の教会を思い浮かべてから同心円状に意識を広げてレナート神父の姿を捉えた。


『神父さん!川に来て!』

『アンジェ?あなたはまた暴走したそうですね?』


『神父さん、お説教は後で。ダミアンさんが死にそうなの!ペッシェ川のダミアンさん達の野良小屋に来て!』


『よ、良くわかりませんが、セリオンとディオにも連絡を。直ぐに行きますから』

セリオンさんからは、すぐに神父さんを見つけ、合流したと連絡があった。


*      *      *       *


 ペッシェ川でガイル達がダミアンを引き上げている頃、ディオは逃げ出した馬に乗るアンジェを探していた。


「アンジェ―!アンジェー!」


目の前の視界が歪んで水に溺れていく、涙が止まらずに不安で胸が詰まる。


―アンジェの馬鹿…あんなにお利口なのに…なんで時々聞き分けのない赤ちゃんになるんだろう?


ディオは必死にアンジェが乗っている馬の行方を見失い途方にくれていた。

そこへ、いつも、会えば嬉しいはずのフェーデに、困ったことに、会ってしまった。


「あ、足が速すぎ…まったく…くるしい…ハアハア」

ディオの姿を追いかけて走ってきたフェーデは、ゼエゼエと肩で息をしながら呼吸を整えてディオに尋ねた。


「…いくら呼んでも気がつかないなんて、何あせっているんだよ?アンジェちゃんがどうかしたのか?」


そのとき、ディオにはとても上手く取り繕う心の余裕などなく、突き放すように反応してしまった。


「何でもないよ!フェーデには関係ない!」


探られたくない一心で、つい冷たい言葉を投げてしまった。

言った後ではっとして我に返ったが、そのときには怒りで頬を紅潮させたフェーデが自分を睨んでいた。


フェーデは鼻の穴を膨らませて、「勝手にしろ!お坊ちゃま!!」と言い捨てた。

そう言うと、くるりと踵を返すと走り去って行ってしまった。


残されたディオは動揺しながらも遠ざかるフェーデの後姿を見ていた。

いつも自分をディオと呼んでいるフェーデが「お坊ちゃま」と突き放したことに胸の中が冷えて行く。


それでも、今はアンジェのことが気がかりで、そのまま走り出すと、唐突にアンジェの声が頭に響いた。


『ディオ兄、ダミアンさんの野良小屋に来て!大変なの、助けて!』

「アンジェ?わ、分かった!」


片や、すげなくされたフェーデは、ディオの態度を思い返して、まだ怒っていた。

―あいつもムカつく貴族の子かよ!何興奮してんだ!あいつ!


いつも穏やかなディオの裏切りに、ぷりぷりと腹を立てながら歩むうち、ふいに、先程のディオの顔つきに疑問が湧いた。

ディオの顔は泣いていた気がする、なんでそれを無視して怒ってしまったのか。


―そうだ、あいつ泣いていたじゃないか?

それにアンジェと叫んでいた…アンジェちゃんに何かあったのか?

でも、それなら何で俺に関係ないなんて言ったのだろう?


しばし、フェーデは考えた、考えたはてに思いついた。


―まさかアンジェちゃんが誘拐されたのか?それで俺に言えないのかも?!


フェーデは慌ててディオの後をつけてみようと引き返した。


*      *       *       *


 屋敷に戻る時間も惜しいと、ダミアンさんの野良仕事の休息用の小屋に皆で彼を担ぎ込んだ。


ダミアンさんは、この小屋で雨宿り用や仕事の合間の休息に使っていたらしい。温魔石の携帯コンロを置いてあったのが幸いだった。

小さな(かまど)もあるから、すばやく部屋の空気も暖められるだろう。


 ダミアンさんの唇は紫色に変色している、もう何の言葉も出ない。

小さく小刻みな震えが少なくなっている、かなり危険な状態になった。

体にへばり付いているぐしょ濡れの服を、ルトガーパパとガイルさんが脱がせにかかった。


「アンジェ!何があったの?!う!」


引き戸を勢いよく開けて入って来たディオ兄は、そこに、むしろの上にずぶ濡れのまま横たわるダミアンさんと、ルトガーパパ、ガイルさんを見て混乱していた。


『ディオ兄、もうバレちゃっているの。それよりダミアンさんが大変だから力を貸して!ディオ兄は竈の()(おこ)しをして、そして乾いた布を探して!』


「わ、分った。乾いた服やタオルとかだね!後は火を熾さないと!」


「何かよくわかんないけど、俺も手伝うぜ!ディオ!」


いきなり名を呼ばれて飛び上がったディオ兄が、後ろを振り返ると、そこにはフェーデ君がいた。

「フェーデ…」


何を言えばいいのか、困惑して言いよどんでいたディオ兄をそっちのけにして、フェーデ君はニヤリと笑い、力強く胸を叩いた。


「火熾しなら得意だぜ!そっちは任せておけよ」

そう言うと、彼はさっさと火熾しのため、焚きつけにする枯草を集めに外に出た。


彼の後姿が消えると、一刻を争う事態に引き戻されたディオ兄が、棚の木箱をあさり、ありったけのタオル出してパパに渡し、乾いた服や毛布を見つけて出してきた。


これでダミアンさんを包んで寝かすのだが、土間しかないこの小屋にあるのはただのむしろと、荷馬が一緒に過ごせるように、積み上がった寝藁だけだった。


「ガイル、ナイフで良い!早いところ脱がせて乾いた服を着せないと危ない」


一刻を争うため、パパ達は濡れた服を脱がすのを諦め、ナイフで切り裂いてしまった。

そして、急いでタオルでダミアンさんの体を拭きはじめた。


ルトガーパパは寝藁の上に毛布を敷いて、そこに彼を包み込むことにした。

フェーデ君は竈の灰のなか(うずみ)()を見つけると、しめたとばかりに、すすきの穂と乾いた小枝を放り込み、燃え上がった竈の中に薪を入れ始めた。


「フェーデ!竈の火をお願い!俺はコンロで何か食べるものを作るよ!」


ディオ兄が竈のそばにあった籠の中から鍋を見つけて言った。

フェーデ君は「よし!」頷くと、小屋の外に積みあげてあった追加の薪を急いで運び込んだ。


あたしのことは忘れられているようだ、ならば、あたしも何かお手伝いをせねば!

そういえば、ここに天然湯たんぽがいるじゃないですか?使いません?


『ねえ、フレッチャ添い寝してあげてよ。ダミアンさんの体を温めて欲しいの。あとでリンゴをお礼にあげるからさ』


ぼひひと嬉しそうにフレッチャが了解の返事をすると藁山に横になった。

あたしの脳内の声が聞こえたパパ達が仰天している。


「な!今の声は誰だ?どこから聞こえたんだ?」

フェーデ君がキョロキョロしながら周りを見まわした。

動揺を隠せないパパはフレッチャに抱きついていたあたしを見つめた。


『パパ、あたしよ、アンジェだよ。フレッチャが横になるからそこにダミアンさんを寝かせて。

すごく温かいから。パパ!あたしお布団見つけてくるね』


「な!アンジェ???」

フヨフヨと外に浮かんで出て行く、パパとガイルさんはあっけに取られている。


『パパ、手がお留守だよ。神父さんをここに呼んだから直ぐに来るからね』


そういうと、ハッとしたパパとガイルさんは慌ててダミアンさんをフレッチャの横にくっつけるように寝藁の毛布の上に運んだ。


外に出ると意識を広げる、波紋を広げるように意識を飛ばしてゆく。

!いた、探している相手は見つかった、後は連れて来るだけ。

ダミアンさん頑張って待っててね!



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