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いざ高き天国へ   作者: 薫風丸
第3章 男爵家の人びと
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第76話  お散歩馬フレッチャ

 出来たばかりのガランとした馬小屋には牝馬のフレッチャがいた、彼女は最近ふさぎ込み機嫌が悪い。

そのうえ、仲間が一頭もいない馬小屋に入れられて、不安でしかたがない。


ついに彼女は居たたまれなくなって叫んだ。


―誰かいないの?猫でも犬でもいい!誰か一緒にいて欲しい!


群れで生きる生物である馬にとって孤独はどうにも耐えがたかった。


「ヒヒイーーーン!ヒヒーン!!」

足踏みをして、イライラと頭を上げ下げして嘶いていると、そこに耳元で話しかけて来た生物が現れた。


『こら、うるさい馬っこねえ。遊びたいなら相手してあげるわよ』


そこにはフヨフヨと浮かび、赤ら顔で目がすわったアンジェが、小さな手でピトピトとフレッチャの顔を叩いていた。

フレッチャは目を丸くして目の前にふわりと現れた赤子を見つめた。


アンジェは彼女の鼻先に抱きついてへらへらと笑っている。


『うひゃ~馬の毛並みってスベスベで気持ちいいー!これはもう最高級のビロード湯たんぽだあぁぁぁ~!あったか~い。ウハハハ』


*なでなでなでなで*


―ひいいいいいぃぃぃ!え?何これ?人間の子よね?人間の子って飛べないわよね?


鼻の先にへばり付いている何か良くわからないものに、フレッチャは呑まれてしまった。


―こ、怖い、何だか分からないけど怖い。でも逆らったらもっと怖そう…


『ねえねえ馬っこ~どっか行こうよ』

*うひゃひゃひゃひゃ*

プルプルと震えていたフレッチャは、怖いので何となく逆らえずに従ってしまった。


*      *       *      *


 走ってあちらこちら探していたディオは、馬小屋からフレッチャが逃げ出すのを見た。

その首にへばり付いていたのは、見紛う事なきアンジェリーチェだった。


馬の首にしがみついてウキャウキャとはしゃいでいる。

何度も呼んでみたが、酔っぱらっているせいで、アンジェは全然聞こえていないようだ。


ディオの方からは心の声を発することができない、彼女には聞こえない。

見る間に彼女は馬にしがみついたまま外に走り去ってしまった。


「アンジェ!待ってよー!」

息を切らしてディオは馬が走って行った方へと後を追って行った。


*     *      *      *


 ルンルン!風は冷たいけど火照った顔に気持ちが良いですよ~♪

メガイラさんの愛馬かあ、素直で良い馬だなあ♪


『どうやって馬小屋の柵を外したのかしら?この子触らなかったのに』

『それは、念力ってもんですから、アハハ。触らなくても外せるのよ』


『え!私の言葉がわかるの?』

『さっきから話してるのに、冷たいなあ。あたしはアンジェだよ。

馬っ子、仲良くしようね♪』


『わ、わたしの名はフレッチャ…』

戸惑いながらもフレッチャは受け入れた。

『最近の人間の子はすごいのね…』


乗っている首の付け根をスベスベと撫でる、しかしフレッチャは黙りこんでいる、ポテポテと叩くと、ぴくっと小さく跳ねている。

せっかく乗ったのだからしばらく付き合って頂戴よ。


ポクポクとのんびりした足音を響かせて川沿いを走る。

馬のフレッチャの背中には鞍もハミもついていないけど、何故かあたしは落ちない!

だって念力使っているんだもーん!フレッチャのたてがみをちょっこり握っているだけで大丈夫だもーん♪うひゃひゃひゃ!

さあ、遠乗りでもするかあ!


*      *       *       *


教会でせっせと拭き掃除をしていたレナート神父のところに、セリオンが駆け込んできた。


「神父さん!アンジェがまた飲んだらしくて暴走しちまった!ペッシェ川の方に行ったかもしれない」



「なんと!それでは私も探します!手分けして探しましょう!」


「ああ、頼みます。俺は馬を借りてくるから、あいつ馬に乗っちまったらしくて俺は馬で探します」


口を開けて何か言いたげな神父を置き去りにしてセリオンは走り去った。

我に返ったレナート神父はエプロンをかなぐり捨てて、神像の前に跪き、どうか子供達をお守りください、と、慌てて祈ってから川を目指した。


 その頃、ルトガーとガイルは馬に乗り、バッソの向こう側にある国王から委託されている領地を視察して戻るところだった。


「今日は一緒に夕飯を囲めそうかな。アイリスやメガイラ、ダリアのお陰でディオの時間も出来て良かった。アンジェも病気もすることなく健やかだ」


「良かったですね、ディオは友達もできたようですし、後はグリマルト公爵が打診してきた件と、来年の授与式さえ乗り切ればハイランジア家も安泰ですね」


「それを言うな、気が重い。王妃に…できれば会いたくない…

アンジェにハイランジア家という重荷を託すのは気の毒にも思うが、幸いディオが乗り気で助かる」


ポクポクとのんびり馬を走らせながら二人は話をしていた。

王都で王に謁見する前に、ハイランジア家は正式に婚礼式をしなくてはいけなくなった。

表向きは紋章院のグリマルト公爵の提案だが、裏に王妃が口出ししたのをルトガーは直感していた。


―あの、めんどくさい事をいう王妃が絡んできた…ハイランジア家を贔屓の引き倒しにしかねない人だ。


ペッシェ川を挟んで向こう側を見やる、もうすぐバッソの、ダミアンに頼んで耕してもらう土地が見えるはずだ。


「ルトガーさん、以前、町で流す前に広まったアンジェやディオに都合の良い解釈がされた噂の件、いまだに分からんのです。

誰が何処で始めたのか、聞いたのか、全く掴めないままです」


「確かに気味悪いが実害が無いからな…誰か身元を知っている者がアンジェ達を助けようとしたとしか思えんな」

「何の得も無いのにですか?」

「他に考えられないだろう?…」


眉間の傷が大きくゆがむ程ルトガーは顔をしかめるのをみると、ガイルは仕方ないなあと広い肩をすくめた。

ルトガーとしては、子供たちの利になるなら、噂の元などどうでも良いようだ。


―ルトガーさんが言うように神から授かったというなら、納得できるのだが…

あいにく俺はそこまで信心深くないからな。


「うん?なんだ?あの葦毛の馬、何だがフレッチャに似ているが?まさか逃げたのか?」


ルトガーの指さす先には、(たてがみ)を目立つ青いリボンで編み込んだ葦毛の牝馬が誰も乗せずに放馬状態でいる。


「何か背中に付いているようだな」

「あちらに渡ったら捕まえましょう。もうすぐ橋が見えてきますから、そこで渡れます」


そうだなと相槌を打ったルトガーはペッシェ川の向こう岸のバッソの領地を見やった。


*     *      *       *


 荒れた畑の肥料にするため、山裾にある落葉樹の腐葉土を集めようと、ダミアンはひとりで山に入っていた。


銀杏や柿の木のような落ち葉では、すぐに溶けてしまって肥料には適さない。

そのため、広葉樹の落ち葉が大量に積もっている山に入って来たのだ。


豊かな森には広葉樹が多く大量に落ち葉を落としていた。

彼は、下に積もった良質な腐葉土を集めようとしていたのだ。


―あの荒れた土地に入れてすき込むにはもっと集めないと。


 ダミアンは、せっせと登っては背中の背負子にたっぷりと腐葉土を詰め込んでは荷馬車に運んでいた。

すこし山に入れば良い腐葉土が手に入った、バッソでは耕作する人間が随分少ないのだろう。


あと一回で集めるのをやめようと、今度は少し奥に進むと川の音が聞こえて来た。開けた場所にたっぷりと落ち葉が積もったところがあった、楢やクヌギの葉ばかりだ。


これは良い腐葉土があるかもしれない、そう思って足を踏み出した。

赤土の上に溜まった葉で少しばかり滑ったが、これだけ広い足場なら斜面に落ちる危険はないだろう。


腐葉土を籠に入れながら移動すると、いきなり足元の赤土の感覚が消えた。

あ、と思ったときには、枯れ木に絡まった蔓に積もった葉溜まりを踏み抜いていた。


斜面に大きく叩きつけられ、前のめりに転がり落ちながら、何回目かに額を石にしたたかに打ちつけた。

痛みに歯を食いしばりながら、木や岩に何度も当たりながら斜面を滑落していった。


ぶわりと空を飛び、投げ出されると、激しい水音と共にダミアンの体は水の流れに叩き落とされた。

落ちた先は水深が深い川の淀みだった、ダミアンはしたたかに水を飲んだ。


咽ながら顔を必死に上げた、少し泳いでから冷たい水から立ち上がろうとして激痛が脚に走りまた水の流れに倒れた。


立ち上がろうとしても脚が踏ん張れない、脚が変な方向に曲がっている。

ダミアンは川にそのまま流されて、ようやく川の橋の支柱に抱きついた。


凍り付く水が痛い、歯の根が合わずに震えてカチカチする音が自分の耳に煩いほど響く。

ダミアンはただ、しがみ付いているだけで精一杯だった。


そのとき、ルトガー達はようやくバッソに戻る川べりに出た。

「もうすぐ橋が見えて来ますね」

「ああ、見えて来た。おい!あれは?!」


彼らはのんびりと馬に揺られていたが、その橋の下に男がしがみついているのが見えたとき、顔色を変えて橋へと馬を急がせた。


その下にしがみついていたのが、ダミアンと分かるほど近づいたときには、ずるずると彼が水に沈むところだった。

彼らは馬から降りると、すぐに川に入ってダミアンの救出に向かった。


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