表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いざ高き天国へ   作者: 薫風丸
第3章 男爵家の人びと
75/288

第75話  アンジェは誰の子ふしぎな子

 2月になりハイランジア家はだんだんと体裁を整えていった。

男爵家として恥かしくないようにと、カメリア様の老侍女のアイリスさんとカラブリアのダリアさんが住み込みを始めた。


彼女達はメガイラさんと同じく3階に住むことになった。

カラブリア卿の従者のスレイさんも暫くしたら合流するそうだ。


いろいろ人が増えたことで、あたしにはそれなりの危険が増えた。

とくに困ったのがメガイラさんとアイリスさんだ。


メガイラさんと最近やって来たアイリスさんは、ふたりの会話の内容から若い時からお互いの主人を通して顔見知りのようだった。


 そのせいか、気安く仲の良い関係で、サシャさんに授乳してもらう間よく雑談していた。


「お疲れさま、サシャさん。旦那さんが迎えにきてますよ」

「それではお暇に致します。お嬢様、また明日お会いしましょうね」

「あーい」 *にこりんぱ* サシャさんまたね

「ふふ、お嬢様は可愛いですねえ」


離乳食も始まりサシャさんの授乳の回数が減って来た。


メガイラさんがあたしをそっと受け取って抱いた後、床に広げた新しい敷物の上に降ろしてくれた。


ハイハイし放題です!最近は自由に動けるようになって嬉しい。

うひょー!抱っこばっかじゃつまんないものね!


身体がなまってしょうがないし、なんだか動きたくて仕方なかったのよ。

コロリコロリンと遊んでいるうちに何やらいい匂いに気がついた。


 うん?あれ?なんかいい香りがするよ。

何?この鼻孔の奥に侵入してくる芳醇な香りは?

あたしの脳内に忍びこみ、まるで、こちらにおいでよと手招く人がいるように、いつしかあたしはひき寄せられた。


*      *       *       *


 サシャの後姿を見送ると、暫くの雑談の後、突如アイリスが疑問を口にした。


「ねえ、メガイラ。お嬢様は誰のお子様なの?」

「!」

「ルトガー様じゃないでしょ?そのはずは無いもの」


いきなり不意を衝いて来たアイリスの言葉に、メガイラの鼓動が早くなって膝の上に握っている手に力が入った。

彼女はルトガーから事情は全て明かされたうえで、アンジェを彼の娘として世話をしていたのだ。


「何故そう思ったのかしら?」


「本当にルトガー様の御子なら、カメリア様があんなに大人しくしている分けがないわ。御子に何もしなくても、ルトガー様に何もしない分けがないもの」


 アイリスはカメリアの激しい気性と酷い悋気から、ルトガーをボコボコにして、とっちめないのは怪しいと感じていた。


「それを聞いてどうなさる?これはハイランジア家の問題では?」


「ええ、カメリア様は何もお話にならないわ。本来わたしも黙ってお仕えすべきなのでしょうけど、お嬢様を育てる以上、全て知っておきたいと思うのよ。

神に誓って男爵家に忠誠を誓うから真実を教えて欲しいわ」


カメリアの侍女のアイリス相手では、言い逃れはできそうもないと悟ったメガイラは、大きく溜息をついた。

そして、ふと気がついて声をあげた。


「あら?お嬢様は?」


メガイラはすぐにしゃがみ込んで床に這いつくばって辺りを探した。

彼女は開いたドアのそばに来ると慌てた声をあげた。


「アイリス!ドアが開いているわ!」

「ええ?しまっていたはずなのに、どうやって?」


急いでふたりは廊下に出たがアンジェの姿は無かった。


「どうして?赤ちゃんだから遠くには行かない筈なのに」

「ああ、どうしましょう…とにかく探さないと」


 そのころアンジェは厨房に入っていた、そしてやっと自由になって偶然にも念願の物を発見してしまった。


*      *      *      *


 うはは、有った有った。見つけましたよーん!

あたしを呼んでいたのは君なんだね!!


目の前にあるのはブランデー漬けの柿…ああ、この芳醇な香りよ…

クイージさんがディオ兄の料理のために買ってきてくれたブランデー、あろうことか最高級の一品を持ってきたのよ。


 干し柿を作るのに、皮を剥いた渋柿を、ブランデーのなかにドブンといれてから干す、何故かカビが生えない!

他の酒ではカビる場合があるのに、何故かブランデーは無敵!!


用途が干し柿の殺菌のためと聞いて、クイージさんは「ちょっと勿体ないがまあ良いわい」と、カカカと笑っていた。

残ったブランデーで干し柿を漬け込んだので、加工した柿はお酒のつまみにもフルーツケーキの具にもできる品になった。


出来上がった味をみてクイージさんは、良いブランデーを選んでやっぱり良かったと喜んでいた。


クイージさんは…以来、よくつまんでる、美味しそうだね…

最高級のブランデーだもんねえ…そりゃ美味いよね…


良いブランデーは熟成期間が長いから舌をぴりっとさすような嫌な刺激がしない。

と、想像する…きっとそう…絶対そう…間違いない!!!


鼻粘膜からまろやかな深い香りが脳へと送り込まれると、前世でたまに行く贅沢だった銀座の有名なカクテルバーの記憶が想い起される。


お酒飲みたーい!

ああ、もう口惜しい!なんで赤子なのよ!早く大きくなりたーい!

よし!ほんのちょっとだけ、バレない程度にちょっと舐めよう。へへへ♪


離乳食も始まったし、溶けた果物の繊維なんて無視しても大丈夫!

フルーツケーキに混ぜ込むために出してあるブランデー漬けの柿…


あたしが舐めても罪は無い!断じてない!!だってあたしは赤ちゃんだもん♪

調理場に出しっぱなしにしている人が悪いんだもーん!

周りを見渡す、へへへ、今だ!


がばっとブランデー漬けの口の広い瓶を抱え込んで持ち上げた!

*ぐびぐび* そして! *パックン*


「ああああ!お嬢様!!」

がばっと、メガイラさんに抱えられ、顔を下に下げられて指を突っ込まれたとおもうと、口に入れた干し柿を掻きだされた。


ちぇー!もう少しだったのに~ぶうぶう。


「ふー、危なかったわ。ちょっと目を離した隙に、どうやってここまでいらしたのですか?」


心配顔で納得いかないようすのメガイラさんがあたしの顔を覗き込んだ。

そりゃびっくりしますよね、2階から1階に赤ちゃんが移動していたら、びっくりするでしょう。

うへへ うへへへへ


今は謎として忘れて下さい… *ウケケケ ヒック ウヒャヒャ*

メガイラさんの腕の中パタパタと手足を動かしてはしゃいでます。

楽しくてたまらんのです、しかし何でかしら?


「お嬢様…もしかして…」

メガイラさんがクンクンとあたしの口元の匂いを嗅いできた。


「お酒の匂いが致しますわね…」

「た、たいへん…吐かせましょう」


 はい?こんなに楽しいのに、そんな勿体ない…

最高級のブランデーですよ~!そんなことできますか~~!

というわけで逃げます! *ウヒャヒャヒャ*

*するりん*


どういうわけか、メガイラさんの手が緩み可愛い赤子が手の中から消えた。

はっとしたときには、既にあたしは高速ハイハイで逃げていた。


「あああ、お嬢様!お待ちになって下さい!」

アイリスさんがあたしの行く先に腰をかがめて追って来た。


アイリスさんが手を伸ばして迫って来るが、そうは行かないのだ!

*ささささささ*

行く手を遮ろうとされるも華麗なる横ハイハイで逃げ切った!


久々に良い気分で酔っているのに、吐くなんて、そんな勿体なくも切ないことできるかああぁぁ!

うひゃっほー! *さささささささ*


酔いどれ天使は野に放たれた!!!


*      *       *       *


 騒ぎを聞いてセリオンとディオも調理場にやって来た、

「な!なんという素早さ!本当にアンジェ様は赤子なの??」

メガイラが叫ぶとアイリスが応えるように叫んだ。


「謝罪しますわ、アンジェ様!間違いなくルトガー様の御子様だわ!この運動神経と酒癖の悪さ!間違いない!!

カメリア様には黙っていなくては、間違いなく修羅場になるわ!」」


「この状況で?と、とにかく確保よ!」

セリオンが手を伸ばしたが、アンジェがカニのように横ハイハイして避けた。

スサササササ、と調理台の下に潜り込んでは移動するアンジェは捕まらない。


「まったくゴキブリ並の素早さだな!」

舌打ちしたセリオンが腹立ちまぎれに叫んだ。


「セリオン!ゴキブリに例えるなど失礼ですよ!!アイリス、どっちに行きました?」


狼狽えて右往左往する彼女達をずっと凝視している人物がいた。

戸口には我を忘れて動けなくなっているクイージが立っていた。

アンジェが調理場に入って来た始めから彼は見ていた。


調理台の上に出しておいた干し柿のブランデー漬けを、アンジェが体を浮かしてテーブルの上に座り、口に入れたのを全て見ていたのだった。


―嬢が浮いている。やっぱり!神父様が言ったとおりだわい!


「く、クイージさん、今、お嬢様が浮かんで外に出て行きましたが?」

ブランデーケーキの作り方を習いに来ていたダリアが、ぶるぶると震えながらクイージに問うた。


「ダリア、お嬢様は…」

クイージは驚愕しているダリアに、ついに自分の知る真実を話したのだった。


 セリオンに連れられて、ディオは半べそをかきながらアンジェを探してまわっていた。


誰かが先に見つけて、暴走したアンジェの声が聞こえてしまうかもしれない。

ディオは不安で堪らなかった。

セリオンの話だとアンジェは酒癖が悪いからどんなぼろを出すか分からないと聞いて追い詰められた気分だった。


―アンジェがもしもレナート神父の言うように教会本部に捕まったら…

セリオンさんが心配したように悪魔の子だと言われたら…


大事に育てて来たアンジェのいる生活が、見も知らない人々に無理やり力で奪われるかもしれないことが、とてつもない恐怖として覆いかぶさって来た。

震えて立っていたディオは我に返ると蒼くなって駆け出した。


「おい、ディオ?どうしたんだ?」

フェーデが屋敷から走り出て来た泣き顔のディオを呼び止めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ