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いざ高き天国へ   作者: 薫風丸
第3章 男爵家の人びと
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第73話  グリマルト公爵の提案

 その夜、クイージは教会の告解室に入った。

小さな木の部屋でドアを閉めて待っていると、レナート神父が壁の向こう側に入ってカーテンを閉めて座り、小窓を開けて彼はクイージに促した。


「迷える人よ、さあ、お話し下さい」


クイージはおずおずと話し始めた。


「神父様、わしは純真無垢な子供の心を疑いました。

孫のように思っているのに不思議な能力があるからと、人間では無いのではと疑ってしまい、一時、遠ざけてしまいました。

たとえ赤子が空を飛べても罪になるはずが無いのに…」


「ぶほおっ!!!」


告解の窓の向こうでいきなりレナート神父が盛大にむせ始めた。

ゲホゲホゲホ!背を丸めて苦しそうにしている。クイージは心配になって格子窓の向こうを覗いた。


「し、神父?大丈夫ですか?」

「す、すいません。そ、空を飛んだとは?」


「はい、わしは彼女が身体を浮かして漂うのをみました。それをみたとき、恐ろしかったのです」

「それは?誰かに話しましたか?他の人には見られましたか?」


「こんな事がばれたらあの子がどんな目に合うかと、心配でもあり、誰にも言えなかったのです。

どんな告解の秘密も神父さんなら黙って頂けるのでしょう?


今のドットリーナ教の教えではあの子の秘密がバレたらどうなりますか?

もしも、咎を受けそうなら、あの子が魔女裁判にかけられる前に連れて逃げる覚悟です」


 またか…アンジェがまた何かやったんだ…

どうやら、幸いクイージはアンジェの味方らしい、さて、どう言ってごまかそうか?

レナート神父は忙しく頭を働かせた。


*     *      *      *


 あたしが乳母のメガイラさんに託されてから、ディオ兄はフェーデ君といっそう仲良くなり、他の子供との付き合いも広がっていった。


そうそう、子供同士の遊びも社会性を育む大事な要素だよね。

以前と違って、メガイラさんがあたしの世話をやいていても楽しそうに見ている。


「アンジェはレディーだもん。俺がお世話しすぎるのは問題だよね」


胸に抱っこされて見あげるディオ兄は、にこにこしながらもちょっぴり照れくさそうに言った。

恥かし気な美少年の笑顔…癒されるなあ…でも何で?


『レディーねえ、無理だと思うよ…』

「大丈夫、俺が付いているからね」 *にこにこ*

えー?なんか謎の返事をされたぞ?


「アンジェはきっと素敵な女性になるから大丈夫だよ。それじゃあメガイラさんを呼ぶね。フェーデと柿の幼木がもっと無いか調べているんだ」


『ああ、それは良いね。たくさんあると助かるから』

「坊ちゃまお友達が来ましたよ」


 メガイラさんがやって来て、あたしを受け取りベビーベッドに寝かしつけた。

それじゃあ行ってくるね、とディオ兄は狭いベッドを覗き込んで、手を握ってから明るく出て行った。


良かった、ディオ兄の友達がどんどん出来て一安心。

あたしの命の恩人だもの幸せになってね。


レディーは期待しないで欲しいよ。全くその方向に育つ自信がありません…

というか、ディオ兄はなんで最近赤くなってテレテレしているのかな?

謎すぎるよ?


あたしみたいなガサツな女、もし前世の男運がないのを引き継いでいたら…

元彼たちに良く言われたしなあ、女らしくないと…


うー!頭来るわ、本当に。そもそも女らしさって何よ。産まれた時からあたしゃ女だってえーの!

ハアハア…思い出すのも腹立つわ…


 素の性格そのままで生まれ変わったんだから、同じ様な事になるだろうな。

ああ、絶望する前に諦めとこう…ディオ兄もそのうち分かるだろう。


適当な年齢になったら自活しよう、なんの血縁関係もないのにハイランジア家を継ぐのも気が引ける。

あたしがいなければ跡継ぎ第2位のディオ兄が跡取り決定だわ。


パパもカラブリア卿との意地の張り合いでディオ兄を守るために、おまけの…いや、お荷物か、あたしを一緒に引き取る羽目になったのだろうし。


ディオ兄はもとから貴族だけど、あたしは得体のしれない子供だもんね。

よし!セリオンさんみたいに魔獣狩って生活するか商売でもしよう!



 アンジェがそんな未来計画を立てている間に、事態が大きく進み始めたことを知る由もなかった。


*      *       *       *


 その頃、アルゼは王都にある自分のリウシータ商会で忙しい日々を過ごしていた。

ハイランジア家の騒動に巻き込まれる羽目になり、仕事がすっかり溜まっていたのだ。


ディオのお陰で、板ガラスの注文と姿見用の大鏡の注文が大量に入って、商会では嬉しい悲鳴をあげていたのである。

ギルドを介して他の工房でも製作できるようにしていたが、アルゼが発表したものなので、特にリウシータ商会に注文が殺到していた。


留守を預かっていた使用人達は興奮気味にアルゼに語った。


「旦那様、この調子ですと負債の返済も2年か3年で済みそうですね」

「そうだねえ、上手いこと行ったら、そうなるねえ」


「ガラス工房のおかげで、お抱えの木工職人も忙しいですよ。鏡の枠や新しい窓枠をドンドン作っています」


「良かった、これで商会も助かったねえ。我が弟、ディオは救いの天使だ」

「本当に良い弟様ですね」


 きっとアルゼのように王立学校に入ったら素晴らしい成績を残すだろうと、商会の使用人達が口をそろえて誉めそやした。


仕様人達にとっても、アルゼの抱えた大きな赤字は不安材料であったから、にわかに湧いた忙しさに喜んで働いていた。


「しかし、そんなに頭の良い弟様ならバッソにちょくちょく様子を見に行った方が良いのではないですか?」

商会の経理係が心配そうにつぶやいた。


その点については確かに心配な点がでてきた、ギルドに登録した名前と身分については、上手く取りつくろえた。


しかし、ギルドに発明登録したディオの名前を何人もの人間が見た事だろう。

好奇心を持った何処かの貴族がちょっかいを出してきたらうるさい。


―姉上と父上がそばにいるから心配はないだろうが、くれぐれも気をつけないと。

ただでさえディオはしなくて良い苦労をしたのだから、子供らしい生活もさせてあげたいものだ。



 アルゼが王都エルラドに行くときは、いつもエルハナス家のタウンハウスに滞在させてもらっている。

普段は妻と娘のプリシラと一緒にカメリアの領地フォルトナに住んでいるが、王都に用事があるときは、エルハナスの一族は皆ここを使っている。


王立学校に入った甥っ子のフェルディナンドもここから学校に通っている。

冬休みになってもフォルトナに帰ろうとせず、やっと説得に応じて先日帰らせたばかりだ。


フェルナンドは14歳にもなるのに、父親の隠し子にショックを受けて帰ることを嫌がるとは、思ったよりも子供だったのがアルゼには意外だった。


―ルトガーの息子のくせに繊細な神経をしている。どちらかというと親との間にわだかまりが出来るのは、エルハナスの血ではないのかな?

僕も姉上も父上とはいろいろあったからな。


 アルゼがカラブリア家のタウンハウスに帰ると執事が待っていた。

差し出された銀の盆の上には手紙が乗っている。


「アルゼ様宛にお手紙が2通届いております。グリマルト公爵、そしてナディア・サリーナ様でございます」


 ナディア・サリーナは、アルゼの大学時代の学友だった伯爵家の令嬢だ。

もっとも今では令嬢という年齢ではないが。

貴族の女性が高度な教育を受けるのを、良い顔をしなかった親に背いて、大学合格を勝ち取った人だ。


神童の誉れ高かったアルゼと奇しくも同点首位を勝ち取った試験結果に、親も渋々と入学を承知したのだった。

手紙を直ぐに開いてみると、春からディオの家庭教師を承知したという返事だった。


「彼女なら、ディオはやりたい勉強を好きなだけ教えてもらえるだろう」

アルゼは理想的な家庭教師を弟に付けてやれたことに安堵した。


もうひとつの手紙は紋章院長官のグリマルト公爵だ。

彼にはディオの件では世話になっているが、エルハナス家として充分礼を尽くしているはずだ。


それに、たいていのことなら、友人である父のカラブリア卿に直接連絡するだろうに、何故自分に手紙を出してきたのか分からない。

アルゼは首をひねってその手紙にペーパーナイフの刃を入れた。


暫らくして読み終わった彼は呟いた。


「確かにもっともだ、出来るかぎり速やかに事を進めよう。

ふたりが婚約してしまえば、よその貴族がディオの才能に気づいて欲しがってもちょっかい出せまい!」



グリマルト公爵の婚礼式を勧める手紙は、カラブリア卿はもちろん、ルトガー、カメリアのもとに届いていた。

その手紙はカメリアと一緒にカラブリア卿も読んでいた。

カメリアは思案顔で呟いた。


「普通、貴族の婚約式といえば11歳位までに済ませるものですが、アンジェが赤子なんですから、もう少し待ってもいいかと…

ルトガーだってそんな話をしていなかったのに」


「大きな家では赤子の婚約もまれではない、ルトガーが承知なら反対はしない。

しかし、お前の言う通りだ。ルトガーが言い出した話でないなら、誰がことを急がせている?

何故、グリマルト公爵が音頭を取ってまで婚礼式の急がせるのだ?」


カメリアはハッと気がついた、嫌なことが頭をかすめたとばかりに言った。

「あの、もしかして王都のあの方ではないのでしょうか?」


それを聞いたカラブリア卿は、カメリアと同じ人物を思い浮かべ、盛大にしかめっ面を浮かべた。


 かたやルトガーはバッソの屋敷で手紙を読んで頭を抱えた。

「王妃の掌の上でハイランジア家は踊らされるのか…」

そして、盛大に溜息をついた。


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