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いざ高き天国へ   作者: 薫風丸
第3章 男爵家の人びと
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第70話  使用人の子

 めでたい新年の御祭り気分も無くなって久しい、いよいよ厳しくなった寒い朝の空気に体が縮こまる。

年が明けてもディオ兄は週2日だけの甘い物のお店を続けていた。


 男爵家の養子になっても一度付いた性分は抜けないらしく、ディオ兄はお金をどうやって貯めるか常に考えている。

セリオンさんが見守るなか、フェーデ君とディオ兄はお店を構えて客引きを始めた。


「いらっしゃい、焼き芋、干し柿、カラ芋のパイとタルトですよー!」

「甘くて安くて美味しいお菓子ですよー!」

フェーデ君が生き生きとして手伝ってくれている。


 久々にディオ兄の背中におぶされて、友達になったフェーデ君との会話に耳を澄ませていた。

二人の背はあまりに違う、フェーデ君は大柄だから随分差が付いて見える。

ちゃんとした環境だったらディオ兄だってカラブリア卿の子供だからもっと背が高くなっていたかもしれない。


栗色の髪のフェーデ君は発育が良い、バッソに来た時にはかなり苦労していたようだが、それまでの栄養状態が良かったのだろう。


薄い水色の目がパチッとしていて口元は真一文字、細い鼻筋に意志が強そうなキリっとした顔つきだ。

今まで気がつかなかったが結構カッコいい男の子だ。


今更そんなことに気が付くとは、ディオ兄の顔をいつも見ているせいで、自然と美男の標準が上がってしまったのかもしれない。


「アンジェ様のお迎えに参りました。坊ちゃま、お友達ですか?」


 市場にメガイラさんと、カメリアさんの老侍女アイリスさんが顔を出した。

そろそろあたしの授乳の時間になるようだ、暖かいディオ兄の背中ともお別れの時間である。


アイリスさんは、ずいっと、フェーデ君の前にくると彼に尋ねた。


「私はこのほど男爵家の侍女になったアイリスです、あなたはどこのお子さんかしら?」


「初めまして。坊ちゃんの友達のフェーデです。両親が今年から男爵様に雇って頂きました。アイリスさんとは、じきにご挨拶できると思います」


フェーデ君を見つめると、それまで無表情な顔つきだったアイリスさんが急にニッコリとして「合格」と言った。

面食らったフェーデ君は何を言われているのか分からないようだった。


「フェーデ、坊ちゃまとお嬢様と仲良くしてあげて下さいね。よろしくお願いします」

「あ、はい。もちろんです。こちらこそよろしくお願いします」


メガイラさんがフェーデ君に向き直って言った。


「フェーデ、坊ちゃまは平気でお昼を抜くかもしれないから、教会の鐘がなったら屋敷に連れて帰って来てね。あなたも一緒に食べていきなさい」


「良いんですか?ありがとうございます」


メガイラさんがディオ兄の背中からあたしを降ろすと、ディオ兄はあたしを渡す前にギュッと抱きしめた。


『ディオ兄頑張ってね~、またあとでね』

なおもあたしのほっぺを撫でている彼にお別れを言うと、名残惜しそうに微笑んでくれた。

*バイバーイ*


*      *       *       *


「アンジェが行っちゃう。寂しい…」


「お前屋敷に帰ればまた会えるだろうが、ちっとは妹離れしろよ」


呆れた声のフェーデに元気出せと、背中をパンパン叩いて気合を入れられ、ディオはまた店に戻った。


 ディオの店の菓子はよく売れていたが、もう店じまいした料理屋が思った以上の評判になっているようで、度々質問されていた。


「あれ?ナマズ料理とかいうのは無いのかい?」

「すいません、あれは春にならないともうないです」

「そうか、残念だなあ。旨かったからまた食べたいと思ってさ。春まで我慢するか」

「お客さん、焼き芋はどうですか?腹が膨れますよ」


フェーデがすかさず別の物を勧めたが、お客は手を振って去って行った。


ナマズ料理の美味しさが町の人達に評判になり、また食べたいという話をディオは幾つも聞かせて貰った。

セリオンと良く行った食堂からも是非お店で料理を出したいと申し出があった。


タラの白身のようなさっぱりとした味を、かば焼きとタルタルソースのバーガーのような、しっかりした味に仕立てたことが功を奏したようだ。


 だが、ナマズを取りに行く時間がないので当分は売ることを諦めた。

それに寒いとナマズは姿を見せないから余計に手に入らないからだ。

フェーデがそれを聞いて、しばらく食べられないとわかるとひどく残念がっていた。


「あのブサイクな魚があんなに美味いなら俺も捕まえたのに」

「今年、何匹か捕まえたらどこかで増やしたいんだけどね」


 アンジェの話では水温が低すぎるとナマズは育てられないらしい。

そこでディオは養殖に魔石と魔法陣を使うことを考えたが、どのくらいの資金が必要か見当もつかなかった。


ディオはフェーデに初期投資が掛っても、天然物より養殖の方が臭みを抑えられるし、寄生虫の心配をしなくても食べられると養殖にする利点を説明した。

内陸部のバッソではあまり魚が取れないので、一定量を生産できれば町の人に喜んで貰えると夢を話した。


「なるほど養殖か、いっぱい卵をかえして魚にして売るのか。そうすればいつも旨い魚が食べられるな。張り切って手伝うから遠慮せずに言ってくれよ」


「ありがとう、フェーデ」


ああ、そうだと思い出した白身魚のことでフェーデが首をひねった。


「そう言えばさ、白身の魚を干したやつを食べたことがあるけど、あんな固くてしょっぱい物なんで好んで食べるのかな?」

「ああ、それは保存食料だね」


ディオはアンジェから聞いた干しタラのことを話した。

塩漬けしてカラカラに干した白身魚を数日水に漬けて塩戻しして食べるのだと説明すると、フェーデはやっと納得した。


「なるほど、欠片を貰って食べたけど、あのときはからかわれたんだな。毒しょっぱいうえに歯が折れるかと思ったぜ…」


「そうか、そのくらい干せれば何か月も保存できるから、それも考えた方が良いね。俺はとにかくバッソの人達が飢えないような生活をしてほしいな」


フェーデもこの町に来る前に飢えを経験した事が有るので、その辛さはよくわかった。

将来、この町を守るディオがこの年齢で考えていることに感心した。


「俺が貯めたお金では、まだ養殖するほどの温度管理ができる魔石や魔法陣は作れないかもしれないな…どの位お金が掛かるか調べないと…それに養殖の技術を知っている人が欲しいな」


「ディオは大人に頼らないでやる気か?無理するなよ」


フェーデは呆れながらも微笑んで、出店の商品を並べていたディオの横顔を見ていた。

でも資金もやり方も分からないから、誰に相談したらいいかな、と溜息をついていると、声を掛けられた。


「どうしたディオ?何故溜息をついている?」

「あ、父上、お久しぶりです」


白髪が不釣り合いにみえる程若々しく、背が高くがっしりとした精悍な顔立ちのカラブリア卿がディオを優しい眼差しで見おろしていた。


「ディオどうしたんだよ?お客さんじゃないのか?」


フェーデがディオに掛けた声に、カラブリア卿が振り向いた。

いかにも貧しい家の子を見つけたその顔から笑顔は消え去っていた。

父親から不穏な空気を感じたディオは慌てて彼に紹介した。


「父上、彼は友達のフェーデです」


ディオから実の父が別にいることは聞いていたフェーデは丁寧に挨拶をした。


「始めまして、俺の名はフェーデです。今年から親が男爵様に雇われました」


「そうか、わしはディオの実の父で、元侯爵のサルバトーレ・エルハナスだ。普段はカラブリア卿と呼ばれている」

 

いつもと違って卿は、町民であるフェーデを牽制するかのように、尊大で横柄な態度で冷たく言い放った。

フェーデの体が一瞬で棒を呑んだように固まった、顔もあきらかに混乱して引きつっている。


思いもしなかった父親の冷たい態度にディオの方が狼狽えていた。

初めてできた大事な友人をどう紹介すれば良いのか戸惑いながらも言葉を添えた。


「父上、フェーデは俺の初めての友達です。友達だからと、出店を手伝ってくれるのに、賃金も受け取らないのです。

なのに、とてもよく働いてくれるので助かっています」


ふんと、鼻を鳴らして品定めするように、カラブリア卿はフェーデを観察するように見てから言った。


「そんなことは使用人の子なら当然であろう。それで?ふたりで何の話をしていたのだ?」


父親の返答に腹を立てたディオはムスッとした顔で、相変わらず緊張しているフェーデに寄り添って庇うように立つと答えた。


「父上も召し上がったナマズですが、養殖にして増やしたいと話していたのです。雑食で何でも食べるから安く育てられるので売価を低くできます。

貧しい家でも買えると思います。

父上の領地で魚の養殖をしていたら聞かせて下さい」


「バッソのことなどルトガーに任せておけばよい。お前はまだ子供なのだから学業を考えていれば良いのだ!」


けんもほろろに相手をしてくれない父親に、ディオが気落ちして肩を落としたのをフェーデは見落とさなかった。

キッと顔を上げるとカラブリア卿に向かって言った。


「あ、あの、ディオは町のことを常に考えているのです。どうかディオに御指導してもらえないでしょうか?」


「お前は使用人の子の分際で、貴族であるこのわしの息子を、ディオと呼び捨てにしているのか?」


 カラブリア卿が唸るほどの低い声で問い、ギロリと眼光をフェーデに向けた。

フェーデはその凍てつく視線に震えが隠せなかった。


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