第68話 初めましてお兄様
「うふ、本当に可愛いわあ」
「うんうん、女の子も良いもんだな」
何の罰ゲームなのだろうか?
イチャコラしているカップルの間に挟まれて苦行の時間を過ごしております。
ここはフォルトナのハイランジア城、パパの御先祖が嫁入りの持参金代わりに建てた古城です。
その一室で、いちゃつくパパとカメリア様にあやされているのですよ。
ちなみにディオ兄はメガイラさんと古城の中を見学中です。
あたしも行きたかったが、パパとカメリア様に捕まってしまい、今に至るのだ。
これから、やっと王都から戻って来た、あたしのお兄さんと面会らしいです。
頭の上でしているふたりの会話はバッソの屋敷について語られ始めた。
「うふふ、楽しみだわ、あの屋敷ならあたしも一緒に住んでも大丈夫ね」
え!侯爵様、同居するの?事実婚とは聞いたけど、なんか堂々と同居するとまずいとか聞いた気がするが大丈夫なの?
「それは不味いだろう?俺がバッソを拝領されたとき、フォルトナまでやったのに、エルハナス家の拝領地が多すぎるのではないかと、難癖付ける奴らがいたのだから。
奴らはハイランジアとエルハナスが同じ家だと言い張っている」
なるほど、反エルハナスの勢力としてはどうせハイランジア家なんて名前だけ、領地を広げるための小手先だろうと考えたのか。
「それもこれも世継ぎのない家だったから、あたしが流産しなければハイランジア家はとっくに安泰だったのに…」
カメリア様が綺麗な顔を曇らせた。
パパがカメリア様の背中をさすって優しく言い聞かせた。
「ああ、それは戦の最中だったのだから仕方ないだろう。カメリアの部隊がいなければ俺は死んでいたかもしれない。
俺はハイランジアの名前さえ継いで貰えればそれで良い」
う、なんか深刻な話になってきた、これ聞いていていいのかな?
出来れば話題変えて下さい、お二人さん。
「大丈夫よ、将来フェルディナンドの子孫がハイランジア家に入れば血統だって継げるわ」
「そうだな、そうすればアンジェがそのまま継いでも名前だけでは無くなるから問題がないな」
いや、ディオ兄が可哀そうだし、あたしは女ひとりで市井に生きていきますから大丈夫です。
跡継ぎ1位なんて返上しますから、後はよろしく。
そのフェルディナンドさんの子供でも養子に入れてやってください。
あたしは、ディオ兄さえ幸せにしてくれればいいからね。
「それじゃあ、これからお城であなたのお兄様に会わせてあげるからね」
「アンジェ、フェルディナンドと仲良くするんだぞ」
はいはい、でも期待できないかも、あたしに会いたくなくて帰らなかったのなら、既に嫌われていると考えるのが正解でしょうから。
ふたりが出た後、城の乳母係と思われる人がそばにいたが、しばらくして誰かに呼ばれて廊下に出て行った。
すると、ごにょごにょと人の話し声が聞こえて、しばらくすると乳母係の代わりに誰かが入って来た。
傍に来たのは見知らぬ少年だった、何だか御機嫌が悪そうだ。
「お前が僕の妹か、アンジェリーチェという名前だそうだな」
なにこの少年?13か14歳くらいかな?
僕の妹?それじゃあこの少年が噂のフェルディナンド君か。
初めましてお兄様、本当は血縁じゃないのよ。
パパのことを誤解させる羽目になったことごめんね。
「あ~あ~」*ごめ~ん*
赤暗色の髪がパパに似ているが、顔立ちはカメリア様に似て、パチッとつり上がった目もとを長いまつ毛が囲っている。
パパよりもちょっと線が細い感じもするが、まあ成長途中だからまだわからないね。
どっちの親からも良いとこ取りしたような美男ですね。
しかし、唇をツンと尖らせて、見下ろした不満そうな顔つきが、子供っぽさをうかがわせる。
覗き込んでいるおかげで目の色までバッチリ見えた、なるほど、そっちはママ似の若緑なんだね。
で、あたしに何か言いたげだけど、何でしょうか?
「だ~うあ~~」
「坊ちゃま、赤子にそんなこと言ってもわかりませんよ」
後ろにいるのは彼の護衛だろうか、背が高くがっちりした体躯で、腰には帯剣をして、あずき色の長めの髪を後ろに束ねている。
まだ少年の面影を残した顔つきからフェルディナンド君と同じ年くらいなのだろう。
物腰は丁寧だが、おまえ何やっているの?と本心が顔にでている。
「可愛い子ではないですか、ルトガー様には似ていないようですが、アンジェリーチェ様は美人になりそうですね」
お、貴方の好感度が今上がりましたよ。まあちょっとだけですが、赤ちゃんだったらみんなそこそこ可愛いですからね。
それに、あたしはお世辞に有頂天になって流される安い女と違いますからね。
「わ、分かっている、ちょっと言ってみただけだ。
初対面が肝心だろう?こいつに、母上が怒りを抑えて、お情けを掛けてやっているということを、兄として教えねばならんのだ」
*ビキッ* 今ひたいの血管切れちゃったよ。
はあ?なーんーだーとー?正妻の子じゃないからマウント取りに来たの?
あたしに喧嘩売りに来るとは良い度胸ですな!
もしも何かしたら倍返しが待っているわよ!
そこにバタンと急に入ってきたのはディオ兄だった。
「何しているんですか?案内もされていない部屋に、勝手に入ることは礼を失した行いと存じますが?」
つかつかと近寄ると、ささっと間に入ってあたしを隠してくれた。
「僕は自分の妹を見に来たのだ。僕は実の兄なんだから面会する権利は当然あるはずだ」
「いいえ、アンジェはハイランジア家の跡取りであり、俺の婚約者でもあります。俺が怪しい人間を遠ざけるのは当然でしょう?
父から聞きました、紹介しようにもアンジェを認めたくなくて避けてタウンハウスから出てこないと」
カチンときたのかフェルディナンド君の声が大きくなった。
「何―!おまえは小さいくせに生意気な、何処の家の出身だ?なんで妹の婚約者なんかになったのだ?!…」
いつになく強気のディオ兄だ、今日はどうしちゃったのかな?
しかし、あたしのお兄様は想像していたイメージとだいぶ違うな…
そこにカメリア様が部屋に入って来て、探していたお兄様を見つけた。
「あら、フェルディナンド、もう妹のアンジェとディオに会ったのね。ルトガー、ここにいたわよ」
「おお、フェルディナンド、やっとアンジェに会ったか」
パパがベビーベッドに近寄ると、あたしを抱き上げて、可愛いだろうと言いながらフェルディナンド君のまえに立った。
ムスッとした顔で、彼はその声を無視してディオ兄の方をさして言った。
「父上、この子はなんですか?アンジェリーチェの婚約者と言っていますが、いったい「叔父だ」…」
「はい?」
きょとんとしたまま、事態が飲み込めず不思議そうな顔のフェルディナンド君に、今度はカメリア様が言い聞かせた。
「お爺様の隠し子で、名をデスティーノ・ハイランジア・エルハナスよ。
今年で8歳、年は下でも私の弟、あなたの叔父様になる人よ。
くれぐれも小さいからと、侮った態度をとったら母が許しませんよ」
ディオ兄はまだ混乱している彼に実に事務的に自己紹介した。
「初めまして、あなたの叔父のデスティーノです。あなたの妹のアンジェリーチェの婚約者でもあります。
あなたの父のハイランジア男爵家の跡取り2位として迎えられました。以後よろしくお見知りおき願います」
ディオ兄の言葉に物凄く含みがある…というか棘だらけだよ。
ルトガーパパがお家の事情で秘匿されていたのだと説明した。
「お前には直接会って話そうと思って手紙には書かなかった。カラブリア卿の意向でまだ王都で噂されたくなかったからな」
「あなたが拗ねて帰らないから悪いのよ」
彼女は、わなわな震えている息子にダメ押しのひと言を伝えた。
「妹のアンジェリーチェ、可愛い子でしょう。この子は将来ハイランジア家を継ぐことになっているから、くれぐれも仲良くなさいね」
カメリア様はそういうと、パパの腕の中にいるあたしの額へにこやかにキスした。
ルトガーパパもニコニコとあたしの頬をそっと撫でている。
何か言いたくても言えなくなったフェルディナンド君の視線がぶつかって来た。
さっきは挑発されたのでお返し、あたしは赤ちゃんだから許される。
*べろべろべー!* 思いっきり舌出してあげました。
「な!こいつ僕に舌を出したのか?」
「何を言っているの?赤ん坊に向かって、いい加減にしなさい」
カメリア様が我が子の言動に眉ひそめると窘めた。
すると、パパもあきれたように言い含める。
「フェルデ、この子には罪は無い。怒りをぶつけたいなら俺に言え」
「アンジェ可哀そうに、まだ赤ちゃんなのに実のお兄さんに辛く当たられて」
ディオ兄がベッドから抱き上げてキュムキュムと抱きしめて来た。
不満そうに顔を歪めると、フェルディナンド君はまた不服そうにプイッと出て行ってしまった。
「うーん、難しい年頃なのにこんな形で紹介することになるとは」
「ルトガーのせいではないわよ、あの子だって貴族の端くれですもの。こういうことは沢山耳にしているはずよ」
後ろに控えていたメガイラさんが慰めるように言った。
「坊ちゃま、フェルデ様は、根は優しい方です、今は、わだかまりは有っても必ずやお分かりになるでしょう。
フェルデ様とて、貴族としての常識からは逃れられないのですから」
ちょっと可哀そうだったかな?カメリア様とパパの息子なのだから、確かにそこまで酷い子じゃない筈だ。あたしも大人げなかったかな…
この最悪の出会いが後を引いちゃうとまずいなと考えながら、またトロトロと眠ってしまった。
誤字報告はありがとうございました。(*^-^*)