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いざ高き天国へ   作者: 薫風丸
第3章 男爵家の人びと
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第67話  フェーデは夢見る

 ディオ兄は新年祭の後、週二日だけのお菓子の店を出していた。

パパからせっかく友達ができたのだから少し控えるように言われたからだ。

ディオ兄は働きすぎだから、あたしとしてはパパには感謝したい。


メガイラさんにあたしを託して、迎えに来たフェーデ君とディオ兄は市場に出掛けて行った。

ディオ兄は明るい顔で、あたしに待っていてね、と手を振って行った。


「フェーデ、今日はルーチェとカーラはどうしたの?」

「おう、今日は弟と妹は教会で読み書きの勉強だ。俺は難しくない本だったら読めるし、簡単な手紙も書けるからな。

奉公に行ける程度に勉強は終わっているんだよ。

それに、父ちゃんがディオの手伝いに行けというから、こっちに来た」


「そうなんだ、ありがとうフェーデ」


 ディオは嬉しかった。今までの友達と言えばアンジェが初めてできた友人で、他には生活に追われて友人と言える子供はいなかった。


同じ年齢位の男の子と対等に付き合えるのが思っていた以上に楽しかった。

それはフェーデも同じ思いだった。


―父ちゃんが雇われていたアホ貴族とえらい違いだ。あの子爵家の馬鹿息子が父ちゃんに怪我させたのに、賃金も払わずに追い出しやがった。

バッソの男爵様は良い人だ、神様っているんだな。

父ちゃんがバッソに行く気になったのもきっとお導きだ。


両親の話によると、ディオは親に反発してカラブリアから家出し、バッソに来たのだそうだ。

彼は道中を悪い大人に捕まるも逃げ出し、親が見つけた時にはそのまま自活していたのだという。


親は彼が謝るまで、そのまま放置するように言ったため、使用人は見張っていたのだが、彼は泣きつくどころか仕事を探して自立してしまった。


―すげえ奴だ、悪党に捕まっても自力で逃げて、バッソにきて自立するなんて、小さくて大人しそうなのに根性がある。

それに貴族の子供なのに、俺と対等に付き合ってくれるんだから。


 フェーデはディオと友人になったことが嬉しく、そして何か楽しい未来が待っている気がして浮き立つような興奮を覚えた。


貧民用に作られた長屋にフェーデは両親と弟妹と供に暮らしている。

外で吹く北風の音を聞きながら両親は蓄熱暖炉に薪を入れて、バッソに来て本当に良かったと語り合っていた。


王都で何もかも無くして一縷の望みに縋って出て来た一家にとって、この町に来て得た幸運はなんとも有難いものだった。


放り込む薪ですら王都では金を払わねばならないのに、ここでは森に入って自由に薪を拾える。

森も林も領主の私有地になるので勝手に薪を拾ったり、家禽類を放つことは咎を受ける。

森番が税金を払わずに入る住民を排除し、処罰しているのが普通だ。


「ここの長屋はほとんどが他所からやって来た住民だったよ。バッソの領主様を頼って来たらしい」


「まあ、それでは男爵様は結構評判になっているのね」

「ああ、今日は字が書けない俺に代わって、代理人の神父様を呼んで待っていてくれて、本当に公正なお方だ」


フェーデは、父親のエルムが作った2段ベッドの下で耳を澄ませていた。

今日、父親がハイランジア男爵に雇われて契約書を作ってきたのだ。


以前の子爵家と比べれば賃金は安くなったが、休暇があり定時で終わる。

そして何より一家のために家を用意してくれた。

母親のクレアも下女の経験があるので一緒に雇用が決まった。


一家は屋敷の近くに使用人家族用のコテージが出来たら、そこに引っ越しすることが決まっている。

貴族の屋敷に雇われると言うことは衣食住の心配が無くなったのも同然だ。


父親のエルムはこの時代の大工がそうであるように、建築業の他に桶やタライ、鞄などの小さな日用品の製作にもかかわっていた。

エルムはとくに細かい工作に長けていて、複雑な組み木や細工を得意にしている。

両親はその腕を男爵家で使って貰えると聞いてたいそう喜んだ。


「俺ひとりでも充分な収入になるのに、クレアも雇って貰えて、住む家まで用意しくださるとは、本当に有難いことだ」


フェーデは両親が喜ぶのを見て一家の暮らしがより良いものになって行くのを実感していた。


そのなかで、フェーデにはふと疑問に思った事が有った。


―男爵様は良い人だと評判がたっているなら、もしかして、俺の家族みたいに大勢の貧乏人がバッソを目指して来るんじゃないのかな?

もしかして俺んちみたいにみんな幸せになるかもしれないな…


 バッソは将来どんな街になるのだろう?

そんなことを考えながら、とろとろとした眠気にゆっくりと誘われてフェーデはいつの間にか瞼を閉じて、深い眠りに落ちていった。


*      *       *       *


 フェーデがディオに会いに行こうと屋敷に向かう途中だった。

疲労(ひろう)困憊(こんぱい)している家族に会った、他領地からやって来て林の中で休んでいるのか、冬の寒さに震えながら縮こまっていた。


父親に抱かれている小さな女の子は疲れているのか、ぐったりしている。

母親の方は弱弱しく泣いている痩せた赤子を抱いている。

彼女はごめんね、と、か細い声で何度も言いながら、赤子をあやしている。


どうやら腹をすかせた赤子に飲ませる母乳がでないようだ。

家族はやせ細りやっと生きている感じだった。

フェーデは、自分たちの家族の過去の姿と重なって見え、思わず声を掛けた。


「あの、親分さんのところに行けば、何とかしてくれますよ。案内します」

「あ、ありがとう」

自分達がそうであったように、フェーデはルトガーの執務室に彼らを案内すると、ガイルが1階の部屋に通した。


「フェーデ、後はいい。ご苦労だったな」

ルトガーが下りて来て家族と会って話を聞き始めた。


―きっとあの家族も俺たちのように、バッソで幸せになれる。


市場でディオと出店を出しながら昨日会った家族の話をした。


「そう、フェーデもそういう家族に会ったんだね。俺も昨日広場の入り口で倒れている夫婦に会ったので、警邏兵さんを呼んだんだよ」


「え?ディオもなのか?」

「うん、最近バッソに来たがる人が増えているんだよ」


店の前で話をしているとルトガーが現れて、慌ただしく通った。

訝し気に様子を伺うと、暫くして女性の警邏兵がふたり、それぞれ子供を抱えて通り、ルトガーが母親と思しき女性を抱えて通りかかった。


「お父さん、またなの?」

「ああ、受け入れ先がもうすぐ一杯になるので難儀している。騒ぎが起きそうだ。お前は家に戻ってアンジェと一緒に居ろ!」


ディオと別れるとフェーデは嫌な予感がして飛び出した、目指した先は街道沿いの町の入り口だ。

そこに行くと遠くから人がやって来るのが見えた。フェーデは木の上に上ると枝を払って目をかざした。


 目に入ったのは遥か遠くまで続く人の群れだ、いや、群れどころか大群衆だ。

気が付いたらフェーデのいる木の下まで人がごった返していた。

口々に腹が減ったと言い、バッソに着いたと喜んでおり、住むところを早く案内してくれと誰かが叫んだ。


「バッソなら住むところと仕事をくれると聞いたぞ!」

何を勝手なことを言ってるんだ?

「今までの奴らにはそうしているんだろう?早く家をよこせ!」


フェーデは小刻みに震えていた、こんな小さな町でこんなにたくさんの人が押し寄せている。

こんな人数無理だ、受け入れきれない、男爵は自分の屋敷さえ作らずにいた。

それ程に、バッソには金が無い、ディオから聞いたんだ。


木の下ではますます人で溢れてきた、空腹な人達が目の前にある市場の食べ物を奪いだした。

警邏兵が止めようとするが、怒号と人波に飲み込まれて消えて行った。

略奪と暴力があっちこっちで始まった、もう誰も止められない。

悲鳴と罵声の轟くなかで、踏みつけられて動けなくなった人も転がっていた。

フェーデは父親から聞いていた飢餓革命のことを思い出した。


バッソはその怒りの矛先になり、ひどい被害を受けたのだと、何人もの人が死んだのだと…

領主の屋敷は略奪にあい、屋敷に居た人が殺されていると聞いた。

これは、そのときと同じになるのじゃないか!


無我夢中でフェーデはディオの安否を確かめに屋敷へ向かった。

屋敷はもはや酷いありさまだった、暴徒が胸に食料を抱えて出てくる、庭のあちこちに倒れた遺体があった。


足元に何かが転がって来てぶつかった、ディオの頭だった。

フェーデは叫んで眠りの床から跳ね起きた。


「どうしたの?フェーデ悪い夢でもみたの?」

汗が浮き、荒い息をしている息子を、母親が優しく汗を手で拭い、彼を抱きしめてくれた。


「俺怖い夢をみた、町にいっぱい飢えた人がやって来て、襲われて町の人が死んで…ディオの屋敷も…死んじゃっていて…怖かった」


「きっと父ちゃんがバッソの昔話をしたせいだな。子供には怖い話だったから、悪かったなあ」


 悪夢だったのだ、現実では無いのだと分かっていても、フェーデは嫌な未来を見たような薄気味悪さを感じた。


―そんなことにはならない、バッソの領主様は以前と違って優しい方なんだ。

それに、ディオが大人になったら領主様を助けて、バッソはドンドン良くなっていくに違いない。


 何度も胸の中で自分を落ち着けるように反芻していた。


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