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いざ高き天国へ   作者: 薫風丸
第3章 男爵家の人びと
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第66話  ダミアンさんの思い出

 ダミアンさんが屋敷に泊まることになった夜、あたしの寝る時間になって、メガイラさんとパパが子供部屋に連れて来てくれた。


「坊ちゃま、こんなに屋敷にお金をかけて借金は大丈夫なのですか?」

子供時代からの呼び方を、いまだにやめないメガイラさんに、パパが苦笑している。


「ああ、返済するから総額を教えて欲しいと言ったのだが、ディオの養育費代わりだと言われてしまった。

それに、体裁を整えないと気にする人がいるのだと、王都に…」


「まさか、王妃様ですか?」

「当たりだ」

 メガイラさんが派手に溜息をついて頭を振った。

何それ?なんで猫の額の、バッソごとき小領地の、男爵家のことを王妃様が気にするの?


 二人はあたしをベビーベッドに寝かしつけると、静かに出て行った。

もう少し詳しい話を聞きたかったのに、耳をすませても何も聞こえなくなってしまった…肝心な話が聞こえなくて残念だわ。


少しすると、こっそり入って来たのはニコニコ顔のディオ兄だった。

小さな声で「寝てる?」と言うと、そっと近づいて来ると、抱き上げられて廊下に誰もいないと見ると、ディオ兄の部屋にささっと連れていかれた。


『ディオ兄、やっぱりひとりで寝られないの?』

「うん、一緒に寝よう。アンジェがひとりぼっちになるのも心配だし」


 後ろでセリオンさんが苦笑いをしているのが見えた。

そうです、あたしセリオンさんより強いからね。

ディオ兄のベッドに横になる、いつものように眠たくなるまで、セリオンさんを交えて三人で話した。

ふたりぼっちで幽霊が出ると言われた屋敷に寝起きした期間は、目まぐるしくも短い間に終わってしまった。


まさか男爵家にふたりで養子に入ることになるとは…

セリオンさんも一緒にいてくれるし…

これからも一緒にいられるのかな…

いつまでも…


*      *       *       *


 バッソのハイランジア男爵家に泊めてもらったダミアンは、3階の上級使用人が使うはずの部屋で、ベッドに横になっていた。

乾いた清潔な寝床のあるこの部屋は、ダミアンの家ができるまで使ってくれと提供されたのだ。


―まさか貴族の子供だったとは思わなかった。

俺にとってはそんなことはどうでも良い。あの子が幸せになってくれたのが嬉しいだけだ。



 ダミアンは小さな農家の三男に生まれた、すでに長男が土地の相続をすることが決定している。


財産は少ないほど相続は難しくなる。

ある程度の広さが無ければ、農家を続けることは難しいしいので、分けることは不可能だ。


要領の良い次男は小さい頃から狩猟に興味を示していたおかげで、既に農村を出て、山里の遠縁の猟師に弟子入りをして久しい。


兄の下で農家労働者として残るしかないと考えていたが、その兄がダミアンの行く末を心配して市場での商売を勧めてくれた。


「お前、俺の下だけで満足していると、嫁の来てが無いぞ。商売人の格好だけでもつけば結婚できるだろう?」


 心の中で溜息をつく、生まれた時から相続が決定している長男の彼とは立場がちがう。こんな小さい土地でも相続できる財産がある彼と何もない自分。


兄の土地の収穫次第という不安定な収入では家庭を持つことをとっくに諦めていた。

しかし、のんびりした長男が、ダミアンのことを心配して言ってくれたことは嬉しく思った。


―教会で読み書きと算数なら教わっていたし、何とかなるかもしれない。


 だんだん乗り気になったダミアンは古い荷馬車を兄から借金して購入した。

畑の作物を売るのはバッソに決めた、隣の領地のフォルトナは女傑侯爵様のお膝元で治安が良いし、元が王都だったので住民の数も多い。


そのフォルトナとバッソの男爵は縁故関係で、飢餓革命で荒れはてた小さい町だったが、年々活気を取り戻しているという。


何よりフォルトナと違って市門付の徴税官がいない、町を取り囲む外壁が無いから市門で入って来る荷に税金を徴収する役人がいないのだ。


もちろん、広場で商売をするには税を納める。

しかし、月ぎめで格安だ、フォルトナのように市門の外で毎回行列する必要が無い。よし!バッソで商売をしよう!


 意気揚々と辿り着いたバッソは思ったより活気のある町だった。

商売を始める前に役場で登録をした後、これから自分が商売をする市場を見物することにした。


あちらこちらをウキウキと見物しているうちに、市場のゴミ捨て場に出た。

春とはいえまだ寒さが残る季節だというのに、薄い服を着て震えた裸足の少年がゴミを漁っていた。


「浮浪児か…まだ小さい子だな」

まだ5歳か6歳のように見える子供はゴミの中に何かを見つけると直ぐに口にいれた。


よく見たらそれは白っぽい木の棒だった、ダミアンは始め彼の行動が理解できなかったが、ようやく分かったときには何とも言えない気持ちになった。


―骨だと思ってかじっているのか…

胸を衝かれたダミアンは家で兄嫁が持たせてくれた弁当を出した。

「食いきれないから弁当を捨てるかあ!」


―しまった、声が大きくて我ながら嘘くさい…まあ、仕方ないか。


ちらりと子供をみると怯えた顔で動かず、こちらの様子をうかがっている。


―よし、弁当をここで捨てる。


その場でゴミ捨て場にポンと弁当の包みを放るとさっさとその場を後にした。

こっそり建物の陰に入ってみると子供は弁当を無事拾って去って行った。


 商売始めてから数日後、弁当の包んであった布がいつの間にか自分の荷馬車にきちんと畳まれてあった。


あのときの子供がどうなったかダミアンは気になって市場に来るたびにゴミ捨て場を覗くが以来会えなかった。


―あの子は無事に生きているのかな


 それが、思いがけない再会になろうとは。

あの日は、荷馬車が壊れて仕方なく辻馬車に乗せてもらった。

荷運びの運賃を御者がはじめの約束と違い、因縁をつけて来た。


相手のペースに乗らないようにしていたが、ダミアンは暗算が苦手で捲し立てられると余計に頭が回らない。

少々困っていたら、横から加勢してくれる声がした。


「あの、4人分で2640スーです、だけど、この場合は2450スーです」


よくよく見るとあのときの浮浪児だ、濃紺の髪に覚えがある。

しかし、あの頃よりずっとましになっている。まだ裸足だし、着ているものは幾分ましになったが相変わらず貧しい身なりだ。


だけど、あのときのオドオドした怯えた様子が無い。

なんて堂々としているのだろう、まるで生まれ変わったような、別人になったような子供に、ダミアンは本当にあのときの浮浪児だろうかと訝しんだ。


それに背中にいる愛らしい赤子、ディオと名乗った子供は誇らしげに言った。

「俺の妹です、可愛いでしょう?天使みたいだからアンジェリーチェ、アンジェって呼んでください」


明るい笑顔で肩越しの赤子の手を指で撫でるディオを、ダミアンはほっと安心した気持ちで眺めた。


 かつてあったことを思い出しているうちにダミアンは穏やかな眠りに落ちた。



 数日後、ダミアンはカズラ村から戻り、任された畑にする予定の土地を調べていた。

なかなかに広い、だが、しばらく放置されていたのだから、穀類の類は厳しいだろう。


「何を植え付ければいいかな…こんなに荒れちまった土地に、良い物は…」

 ダミアンは、荒れた足元からひとすくいの土を手の中で握りこんで、揉むように感触を確かめてみた。

土くれは手を開くと塊として残らずに乾いた音を立てて地面に戻った。


―すっかり土地が痩せてしまっている、もっとも、飢餓革命の頃は適していない土地に、無理やり小麦を植え付けていたそうだから無理もないかな。


しゃがみ込んで土地の土くれを掌に握って思案していると、遠くから呼ぶ声がした。

「おーい!ダミアンさーん!」


枯草色の藪と、葉を落として黒々とした林の向こうの道から、子供が荷台から手を振っていた。


ぼうぼうに枯れ伸びた雑草の荒地から立ち上がると、荷馬車に乗ってやって来たのはディオとセリオンだった。

見かけない子供がひとりいるが、あれはディオの友人だろうか。


 ディオが荷馬車から勢いよく飛び降りてダミアンのそばに駆け寄った。


「ダミアンさん精が出ますね」

―貴族になってもディオはディオのまんまだなあ。


今迄そうしていたように、ダミアンはついついディオの頭を撫でてしまい、まあ良いかと胸のうちで苦笑した。


「ディオ、友達かい?」

「はい、友達のフェーデです、両親が男爵家に働くことになりました」

「フェーデです、よろしくお願いします」

「よろしくダミアンだ、俺は菜園とディオの手伝いを頼まれている」


 ディオは周りの土地を見回した、荒れた土地で倒木が切り倒されてはいるが、なかなか手がかかるように見えた。

畑にはしっかりとした休憩用の小屋が近くにあって、ダミアンの荷馬車が繋がれていた。


あれがあればダミアンが雨に降られても大丈夫だろうとディオは安心した。

ディオが野良小屋に目をやっているのに気がついたダミアンは、すぐに春になるだろうと前置きしてから言った。


「ディオ、あの小屋の中には市場で使っていた携帯コンロや、毛布やタオルを入れてあるんだ。川遊びをするときはここにお出で」

フェーデが川遊びと聞いてすぐに反応した。


「おお、ディオ、春になったら支流でナマズ取りができるから良い拠点になるな?」

「ナマズ?」

「ディオがあのブサイクな魚をすごく旨い料理法を考えたんです。ダミアンさんも食べたらびっくりしますよ」


セリオンがそれじゃあと口を挟んだ。

「ディオ、俺が使わなくなった料理の道具運んでやるから、いっそここで皆が集まって食べられるようにしたらどうだ?ポルトやクイージさんも誘ってさ」


それからは、ディオは使わなくなった道具を運び込むことが決まり、春が待ちきれないと楽しそうに話し出した。

フェーデも、ディオの言っていた養殖を手伝うと張り切り出した。


今は幸せそうな小さな子供を眺めて、ダミアンは心の底から喜んでいた。


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