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いざ高き天国へ   作者: 薫風丸
第3章 男爵家の人びと
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第65話  新しい年が始まった

 新年が明けた、お祭り気分もそろそろおしまい、ディオ兄の出店はくじ引きはやめたが、防水雨具の問い合わせが何件もあった。

残念なことにもう在庫がないので断るしかなかったが、今年の秋にはなんとかできると話しておいた。


今年はアルゼさんが手伝いの人をだしてくれるので、いろいろな製品を販売できるかもしれない。


「甘―い焼き芋いかがですかー?お芋のパイ、タルトも美味しいよー!」


 出店に馴染んだフェーデ君がお客さんに呼びかける。

彼は頑としてディオ兄からお駄賃を受け取らない。これにはディオ兄が困ってしまった。

帰り支度をしている最中にまた水掛け論争がはじまった。


「ねえ、フェーデお駄賃受け取ってよ。これじゃただ働きじゃないか」

「何、言ってるんだ、友達だろう?お前から金貰ったら、俺は使用人に降格されちゃうだろうが」

「友達だからこそだよ、親しき中にも礼儀ありって言葉があるよ」

「そんなの初めて聞いたぞ」


メガイラさんは他の店で買い物をしている最中なので、あたしはセリオンさんに抱っこされて、そんなふたりを眺めている。


『よかった、ディオ兄に友達ができて』

『そうだな、ディオの長く付き合える友人になってくれると良いな』

セリオンさんがふたりを優しい目で見ている。


『しかし、ディオ兄だからいいけど、悪い子だと「友達」とか言って利用しようとするよ。その点ではフェーデ君って大丈夫かな?心配だよ』

『俺は、フェーデはディオを見て考えたと思う、心配ないさ』


 そう言うとセリオンさんは会話を閉ざした、何かを回想しているようだった。そういえば子供の頃に友達が死んだと言っていた、その子の事を思い出しているのだろうか。


セリオンさんも13歳くらいでこの町に来て、ルトガーパパにスリをして捕まって更生させられたそうだ。


厳しくも優しいパパから離れがたく、そのままバッソに居ついてパパのところで仕事をしているのだと以前聞いた。

フェーデ君が帰った後、ディオ兄が近寄って来る人のなかでパパを見つけた。


「お父さん!ダミアンさん?久しぶりですね」

「やあ、ディオ、セリオン。アンジェも良い子にしていたかい?」


セリオンさんからあたしを受け取ると、パパが笑顔で優しく抱きしめた。

そしてもう片方の手でディオ兄の肩を抱き寄せた。


寒いのに頑張りすぎるなよ、とディオ兄に注意するパパを、知らない人なら本当の親子だと疑うことは無いだろう。


「メガイラは先に帰らせた。今日はダミアンが屋敷に泊まることになったから、クイージ達と部屋を用意してもらうことにしたよ」


それを聞いてディオ兄がはしゃいだ。

「良かった、ダミアンさんにプレゼントしたいものがあるんです」

「俺に?なんでだい?」


「ダミアンさんは1月が誕生日なんでしょう?2月の市場を再開するまで待っていようと思っていたんですけど、会えて良かった」

「そうだったのか、ありがとう」

「さあ、話は屋敷に行ってからだ。セリオンすまんが頼むな」


はいと返事をしたセリオンさんが、ディオ兄の小さな出店を解体してロープでくくると、脇に抱えて屋敷に運んだ。



 カメリア様の名義である男爵家の屋敷は、かつて幽霊屋敷などと噂されたとは思えない程様変わりして、すっかり綺麗に生まれ変わっている。


装飾品や家具はカラブリア卿が吟味をして買い揃えて運び込んだ。

カラブリア領では外国製品の輸出入業をしている。


エルハナス家では目利きをする使用人を多く雇って、厳しい査定が行われ、エルハナスの商会が流通させている商品の信用を勝ち得ている。


男爵家に運び込まれたものは、そのエルハナス家の商会がお墨付きを与えた物ばかりだ。

見た目はシンプルだが重厚感が有り、さり気ない高級感を感じる趣味の良い商品だ。


ルトガーパパの屋敷に相応しい落ち着いたインテリアで、色も渋いものばかりこういうのはあたしも好みだ、あたしの部屋の壁紙がイングリッシュローズ柄のピンキーピンク何て言ったら死んじゃうわ。


*      *       *      *


「よくいらっしゃいました、お疲れでしょう。部屋を用意していますからがごゆっくり寛いでください」

メガイラさんがお迎えに出てダミアンさんを招き入れた。


 玄関ホールは広く、艶のある木目の美しい家具が据えられた空間は、元からそこにあったように調和していて、静かに落ち着いて人を受け入れている。


ダミアンが通された部屋は使用人のために用意された3階だったが、そこもまた唐草と小花の品の良い薄い苔緑の壁紙が貼られており、作りつけの家具があった。


 清潔なベッドだ、窓はガラス窓と鎧窓が付いている、うわ、鎧窓だけの俺の家と大違いだ。


こりゃあ、奉公に出る決心をして正解だったなとダミアンは喜んだ。

3階はたぶん上級使用人の使う部屋だろう、敷地の外の菜園を担当するなら下男扱いの筈だ。


大方の貴族の下男のように、てっきり屋敷の半地下に泊まるものだと思っていたダミアンは驚いた。

部屋に通された後は風呂を使わせてもらった。


「他の男と一緒に使うことになると思うが、我慢してくれ。大勢で入るぶん広いし、湯がたっぷり使えるのが自慢だ」


まだ値段の高い石鹸を使って体を洗い、セリオンと湯に入り、始めは湯舟に恐々入っていたダミアンは、次第に肢体を伸ばして心地よく寛いでいった。


湯上り後に乾いた着替えをもらい、召使用の食堂でルトガーも同席して皆で食事になった。


*      *       *       *


「誕生日おめでとう、これまだ試作品なんだけどダミアンさんのために作ったんだよ。これを使えば計算できるよ」

にこにこ顔のディオ兄はやっとできあがったとソロバンを取り出した。


あたしのアドバイスでカードも付けた、芋ハンコで綺麗な模様もいれて、ディオ兄はお世話になっているお礼を書いていた。

それはとても子供らしい一文だった。

(お誕生日おめでとう、ダミアンさんのお陰で幸せになりました。お弁当をありがとう、とても美味しかったです)


ディオ兄は大人顔負けのことをすると思えば、親しい人には甘えて子供らしい顔を見せる。

ダミアンさんはそんな心を許せるひとりなのだ。


ダミアンさんは添えられたカードを読むと、胸に詰まるものがあるように声がちょっぴり震えていた。

手に持ったカードを胸のところで抑えるようにして言った。


「ありがとう、ディオ嬉しいよ。市場で商売は無くなるけど、使わせてもらうよ。ありがとう」

「え?ダミアンさん市場の仕事やめるの?何処かいくの?」

 ディオ兄の動揺をみてパパが落ち着けと手で制して言った。


「ダミアンはハイランジア家で働いて貰うことになった。町の外れに以前畑だった土地が遊んでいるんだ。

それをまた耕してもらいたいと思って、ダミアンに頼むことにしたんだよ。

荒れ果てているが、屋敷で食べる分くらいは収穫できれば充分だ」


「そうなの?ダミアンさん」

「ああ、春から雇われた、男爵家で菜園を管理してくれって、今日は契約書を作りに来た。

俺だけじゃないぞ、ポルトも春になったら使用人に入るよ」


「ふたりは畑近くに家を作るから、それまでダミアンには屋敷で一緒に暮らしてもらうことにした」

「ほんとう?!父さん、嬉しいよ、ありがとう!」


―ふたりの秘密を知る者を優先的に雇い入れろ―


パパはカラブリア卿の説得で、屋敷に入れる人を厳選した、結果的にそれは、ダミアンさんとポルトさんを雇い入れることになり、ディオ兄が心を許せる大人ばかりが集められることに繋がった。


そして、洗濯メイドと掃除メイドに、マリラさんとその仲間のおばちゃんを日雇いで雇うことにした。


ダミアンさんは農家の3男で、引き継ぐ土地が無いので喜んで男爵家に入ってくれた。

ポルトさんのほうは、家禽を生産する農家の次男で、家は季節労働者を雇うほど余裕がある家だそうだ。


お嫁さんが賛成してくれたので、兄弟に家のことは任せて男爵家に仕えたいと言ってくれた。


ポルトさんは春からしばらくひとりでバッソにきて働き、軌道に乗ったらお嫁さんと子供を呼ぶことにした。

お父さんは男爵家に奉公に上がると聞いてとても喜んでいたそうだ。


 バッソには現在耕作地が少ない、だけど、かつてここの領主だった家では農民から土地を取り上げてしまったので、自分の土地として手入れする人もいなくなったのである。

僅かに残っていた農奴も飢餓革命の咎を受けて四散した。


ダミアンさんにお願いしたのは、そんなバッソの端にある山すその飢餓革命のどさくさでそのまま荒蕪地(こうぶち)となった土地だった。

休耕地であったため忘れられ、管理する人もいなくなったのでそのまま雑草が伸び放題になっていたのだ。


ルトガーパパは、町の体裁が段々と整ってきたので、何とか耕作地を広げようと苦心していた。

そこでディオ兄と付き合いがあるダミアンさんに頼むことにした。


ポルトさんに頼んだのは、農地を作るなら家禽類を飼って屋敷で自給自足できればと思ったそうだ。

バッソを早く収益性のある領地にしたいパパは出費もなるたけ押さえたいと思ったらしい。


 しかし、カラブリア卿が一部を出してくれるとはいえ、今までとは違い一気の出費、パパは大丈夫なのだろうか?


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