第63話 初めての友人
美味しい匂いが充満しているテントの横で、元気の良い呼び込みの声が寒い空気に伝わって響く。
ディオ兄が干し柿の欠片を皿に盛ってお客に試食を勧めていた。
「商品の試食もありますよー!」
「試食って何?」
小さな栗色の髪の女の子が寄って来た、干し柿の欠片をひとつ渡す。
「食べてごらん、とても甘いよ。お買い物の景品にもあるからね」
「お、おい、金がないのに何やっているんだよ」
干し柿を口の中にいれようとした女の子を、大柄な男の子が慌てて制した。
ディオ兄の本当の年は8歳だそうだが、見た目は5、6歳にしか見えない。
同じ髪色のこの子は10歳くらいかな、たぶん。女の子は悲しそうな顔になって返そうとしてきた。
「これは試食だよ、お金は取らないから安心して。新製品を町の人に知って欲しくて宣伝のため配っているんだよ」
「本当か?それなら、ありがとう。カーラ、この兄ちゃんがそれをくれるって、ちゃんと礼を言え」
カーラと呼ばれた小さい女の子は、途端にぱあっと明るい笑顔になった。
「ありがとう!」というと口の中に干し柿を放り込んだ。
「うー!あまーい!美味しい!フェーデ兄ちゃんも貰いなよ」
興奮したカーラちゃんが袖を引いてフェーデという兄に勧めた。
後ろからひょっこり顔を出したこげ茶の髪の男の子が、ニカニカ笑ってディオ兄の前にずいっと手を出した。
「俺にもちょーだいな♪」
「こら!ルーチェ!行儀が悪いぞ!」
フェーデ少年は弟らしい男の子を叱りつけた。
「いいよ、ふたり共どうぞ。これは俺が作った干し柿だよ」
差し出してくれた干し柿の欠片を素早く口に入れたルーチェ君の顔面を、フェーデ君がアイアンクローをかましながら「ありがとうは?」と、促している。
フェーデ君はしっかり者のお兄ちゃんらしい。
*ミシミシミシ*
「……あ…りが…とうございます…」
フェーデ君は、弟にむかって「良し!」と言うと、やおらこちらに向き直って礼を言った。
「すまん、ありがとう。俺たち金ないから買えなくてごめんな。
俺、フェーデ、こいつらは俺の妹のカーラと弟のルーチェ」
「俺はデスティーノ、ディオって呼んで。この子は妹のアンジェリーチェ、アンジェって呼んでね」
「おお、可愛い赤ちゃんだ」「かわいいー」「ニコニコしているな」
「しかし、さっきの美味いな。ねっとりした食感で初めて食べる味だ」
「うん、そのままでは食べない柿という果物を加工したんだよ」
彼の妹と弟はまだ物欲しそうにディオ兄の手元の皿を見ている。
おーい、涎たれてるよー!
あえて遠巻きに見ていたセリオンさんが近づいて来た。
「ディオ、ひとりで呼び込みするのは大変だろう。そいつらに手伝ってもらったらどうだ?手伝いの礼に焼き芋でもやれよ」
「焼き芋ってあの評判の甘い芋?」と、ルーチェ君が喰いついた。
「焼き芋が食べられるの?お手伝いする!」カーラちゃんがピョンピョン跳ねて喜んだ。
どうしていいのか困ったフェーデ君だったが、ディオ兄がすかさず、
「手伝って貰えると助かるよ。俺、ひとりでやるのは不安だったから」
「それじゃ俺が試食のそれを持って客に勧めるよ」
ガッシとルーチェ君の顔面にアイアンクローがめり込んで怒られた。
「お前は客に勧める前に食う気だろうが!」
あはは…と笑うルーチェ君、なかなか打たれ強そうな性格らしい。
「なあディオ、買い物をすると当たる景品って何だ?」
「ハズレは干し芋が一片、これだって買えば10スーだよ。それで4等が干し芋一袋で100スーはするんだ。3等は干し柿一袋で300スーはするよ。」
「どっちも売り物にあるんだな、しかし干し柿結構高いんだ…」
「この干し柿は出来上がるまで50日くらい掛かるから、高くなっちゃったんだよ」
3人はびっくりして、試食の皿の干し柿を見つめた。
「2等は防水帽子か防水エプロンで、1等は防水マントとエプロン、帽子つきだよ」
「防水だって?何だいそれ?」
ディオ兄は、自分が身に着けていたエプロンに水を垂らすとコロコロと水滴が跳ねた。
3人の兄弟妹はおお!と驚いた。
「すげー!これどこで仕入れたんだ?」
「俺が作ったんだよ」
「え!すげえな、ディオ、独りで店もやっているし。お前幾つなの?」
7歳だけど、と答えると、フェーデ君はちょっと驚いて俺と同じ年なんだ、と感心したように言った。
フェーデ君、実年齢は違うがディオ兄と同じ年なんだ。てっきりもっと大きいと思ったよ。
「それで、さっき言ったくじ引きってどうやってやるんだ?」
「これ、父さんが職人さんに頼んで作ってもらったんだ」
猫の飾りのあるくじ引きの箱を見てルーチェ君が驚いて見入った。
「これ父ちゃんが作っていたやつじゃないか?」
「あー、猫の飾りだ、父ちゃんのよ!」
「本当だ、一昨日仕上げたばっかりでガイルさんに渡したやつだ」
「職人さんて、フェーデのお父さんだったんだ」
意外なつながりだねえと口々に言いあって、セリオンさんがいい加減に商売に戻ったらどうだと言われるまで、みんなでくじ引きの箱をいじった。
それからは皆で売り込みだ、ディオ兄ひとりでは大変だろうと思っていたので大助かり。
ルーチェ君が客寄せの2等の防水エプロンを身に着けて、カーラちゃんがコップの水を垂らす。
店先で防水性を実演すると、野次馬からドヨドヨと声が上がった。
「雨のときには大助かりだろう?洗濯する奥さんにやったら喜ばれるよ」
大柄のフェーデ君が大きな声で呼び込みをしてくれたおかげで、くじ引きをするために買い物をする客が出て来た。
「あー、当たりかしらこれ?」
ひとりの中年の女性が先端に藍色の棒をディオ兄に見せた。
「あ、1等出ました!防水マントと防水帽子、防水エプロンのセットでーす!」
野次馬からおおと声が上がった。
「亭主が御者だから雨の日に助かるわぁ」
「ちくしょう、1等当てられたか…」
「まだありますよ、1等は3セット用意したから、隣のテントでお食事してもくじ引きできますよ」
くじに外れたお客さんは、それじゃあと食事にテントに入っていく。
「おや、ディオ、その子達はどこの子だ?」
「あ、父さん、さっき知り合った友達です。お店の手伝いをしてくれてます」
ルトガーパパが、そうかというと、彼らををまじまじと見た。
彼が首をひねって、どっかで見たような気がする子供達だなあと凝視していると、後ろから声を掛ける人がいた。
「あらフェーデ?どうしたの?あら、あなたは八百屋の?」
あ、母ちゃん、父ちゃんと3人が声をあげた。パパは振り向くと顔なじみの人らしく「やあ、こんにちは」と挨拶を交わした。
「なんだエルムさんの子供か、ディオ仲良くなったのか」
「はい、そろそろ一休みしてみんなで焼き芋を食べようかと」
「焼き芋で足りるかな、俺、となりのかば焼き丼も食いたいな」と呟いたルーチェ君の顔面に、すかさずフェーデ君のアイアンクローがめり込んだ。
「はは、今日は家族で美味い物を食べようと思って来たんだ。皆で食べような」
お父さんのエルムさんが言うと、パパが唐突に、仕事は見つかったかと尋ねた。
俯き加減に彼が首を振ると、俺の屋敷で雇いたいがどうだ?と尋ねた。
思いがけない申し入れにエルムさんは喜びも露わに顔を上げた。
「親分の屋敷で下男で雇って頂けるのですか?喜んでお引き受けします」
「あ、いや、下男ではない。息子の物つくりを手伝ってくれる職人を欲しいと思っていたんだ。
この子が俺の息子デスティーノだ」
パパはディオ兄をずいっと前にだして挨拶をさせた。
「はじめまして、デスティーノ・ハイランジア・エルハナスです。くじ引きの箱とてもきれいでした。
これからよろしくお願いします」
家族は、その名前を聞いて呆気にとられたようだ。
「あ、家出したエルハナス家の?それじゃあ、親分さんは…」
パパは頭を掻いて「ハイランジア男爵だ」と答え、フェーデ君達にむかって言った。
「フェーデといったね、俺の息子は働いてばかりで友達ができなかった。
良かったら仲良くしてやってくれ」
フェーデ君は言葉もなく、ブンブンと頭を縦に振っている。
ディオ兄は勇気を出して握手を求めた。
「これからよろしくフェーデ」
「おう!よろしくディオ!」ルーチェ君がギュッと握手してきた。
フェーデ君が弟の顔面を左手で捕らえながら右手で握手に応えた。
「よろしくお願いします、デスティーノ様」
やっぱり、この子しっかりしている、ディオ兄が貴族だとわかったらすぐに対応を変えた。
ディオ兄の顔がちょっぴり陰ったのをみてパパが代わりに伝えてくれた。
「フェーデ、他の子と同じように付き合ってやってくれ。ディオはそういう付き合いがしたいんだよ。
そうだな、ディオ?」
パパがディオ兄の頭を撫でると、彼は恥かしそうにこくりと頷いた。
「分かりました、それじゃディオよろしく。俺たちこれから友達だ」
あたしも、というカーラちゃんとも握手をした後、二人はお互いに笑みを浮かべていた。
「お手伝いの焼き芋の代わりに、家族でかば焼き丼食べて行ってよ」
「そんな坊ちゃま、いけません。売り物ですよ」
父親のエルムさんが焦ったが、パパが食べて行ってくれと強く勧めた。
―バッソの名物にしたいんだから食べて下さいよ。
「あー、この店の主人はディオだから気にしないでくれ。ディオがバッソのために考えた魚料理だ。
味わってもらえれば有難いのさ。
くじ引きの箱が、約束の金額じゃ安かったと思っていたんだから遠慮なく食べていってくれ。
雇用については年が明けたら連絡するから、よろしくな」
はじめこそ戸惑った一家だったが、パパとディオ兄に頭を下げて感謝し、ナマズと聞いて驚きながらも食べてくれた。
一家はとても美味しかったと礼を言って帰って行こうとすると、フェーデ君はディオ兄のところに戻って来てそっと耳打ちした。
「ディオ、お前友達がいなかったなら教えておく、見返りを欲しがる奴は友達じゃないんだぞ。
俺は友達なんだから今度はただで手伝うからな。遠慮するなよ」
彼はそういうと手を振って家族と一緒に雑踏に紛れた。
ディオ兄に初めての友達ができた。
お読み頂き有難うございます。
いよいよ次回で2章が終わりです。