第62話 冬越し祭
この季節の冬は厳しくなりそうな暮れも押し迫った日、ルトガーパパが、ディオ兄が頼んだ物を持って来てくれた。
「ディオ、頼まれた物がやっとできたぞ」
「わあ、凄いですね。装飾までしてくれて」
ディオ兄が冬祭で使う、景品をひくためのくじ引き箱と色を塗った当たり棒は、パパが知り合いに頼んで作ってくれた。
神社のおみくじのように箱の穴から棒を一本出して、先に塗られた棒の色で景品の当たりがわかるようにしてもらった。
1等はディオ兄の髪の色の紺にした。
景品を追加したときに対応できるように、頼んであった当たり棒の補充穴もちゃんとある。
構造も単純なので、もっと味気ないものが出来上がると思っていたのに、頼んだ職人さんは、6角形のくじの箱に見事な彫刻を彫ってくれたのだ。
箱を振ってくじ棒が出る穴に猫の顔があって、口から棒を吐き出すようになっている。
職人さんが、子供が使うと聞いて飾りを彫ってくれたそうだ。
目を細めた猫の顔がとても可愛い、手を伸ばすけど届かない。
「あ~う~」(触りたいよー)
「そうか、これが気に入ったのか、アンジェ」
抱っこしているパパが目の前に持ってきて掴ませてくれた、猫の顔の彫刻を触りまくり箱の角を口にいれようとした途端に取り上げられた。
なんで口にいれようとしたのか、我ながら謎だ…あたしはアホか…
「ハハハ、大人しい利口な子だが、やはり赤子だな」
笑顔のメガイラさんに案内され玄関ホールに入って来たのはディオ兄のパパだった。
また来る、これからはしっかりお前の成長を見ているからな、そう言いカラブリア卿は去って行った…
…はずだった…なのに、2日後の今日でまた来るとは…
「なんで…あの言いかただとカラブリアに帰ったと思ったのに…」
パパが呆れたように呟いた。
「ふん、お前じゃ充分にディオの店の力になれんだろうと、やってきたのだ。おお、アンジェも息災か?ほんとうに可愛い子じゃ」
ごつい手でよしよしと頭を撫でられた。
「あーい、じーじ」
「おお、父に似ないでお利口じゃのう」
なにいー!という顔で眼光を飛ばしているパパを無視して、卿はあたしの左の掌を無骨な人差し指で撫でていた。
彼の脳裏に、なんの光景が浮かんできたのか、妙な言葉がこぼれ出た。
「カメリアにすまないことをしたかな…」
カラブリア卿の小さく呟いたその声を拾ったのは、たぶんあたしだけだろう。
「お前が市場で、ひとりで商売をすると聞いてな、料理を出したいがテントやテーブルが無いと聞いたので手配させたぞ。
あと、米があればとも聞いていたから、それも手配した。他に欲しいものが無いか?父がすぐにでも用意してやるぞ」
干し柿と芋製品しか無いスイート専門店になりそうだったが、卿のお陰で幅ができた。
おまけに彼は、以前から予定が埋まっていたクイージさんの晩餐会の予定を取り消し、市場の手伝いに入らせた。
クイージさんはかえって喜んでいたが、晩餐会を頼んでいたアルゼさんはがっかりしただろうと気の毒に思う。
「坊、それじゃあナマズ料理の店をいよいよ出すか?味を知ってもらえれば皆が食べるようになるじゃろう?」
「そうですね、頑張ってナマズの下ごしらえをします。しかし、明後日までに下ごしらえが何匹できるかな?」
明日は助っ人を呼んだから任せてくれとクイージさんが胸を叩いて請け負ってくれた。
翌日、クイージさんはどこかで見た黄土色の髪の青年を連れて来た。
「坊、市場の出店の手伝いに、わしの弟子のフリオを連れて来た。一緒にあの魚を調理するところを見せてやってくれ」
ペコリと挨拶を交わしたフリオさんは、以前、クイージさんが市場で賄を強奪した時、ダミアンさん達が取り返そうするのを阻んだ人だった。
クイージさんとは対照的に背は高めで、人が良さそうな青年に見える。
あ、眼が合った。にっこりしている、子供好きかな?
*にぱ~* 愛嬌はいくら売ってもタダなのだ!売りまくる!!
「可愛い赤ちゃんですね」
「うふ、可愛いでしょう。妹のアンジェです」
相変わらず兄バカ絶好調ですね…ディオ兄がだんだん心配になって来たよ。
調理場の勝手口を出ると、川から水を引いてちょぼちょぼと音を立てている水場がある。
その水を受け止めるタライが置いてある。
きれいな水が常に注がれている中には大きなナマズが6匹入っていた。
「うわ、こんなものを食べるのですか?」
「1週間まえからタライできれいな水の中にいるから泥臭くないですよ」
「川魚は場所によって泥臭さが違いますから。このナマズは流れのある小川で捕まえたので、そこまで臭いとは思わないけど、俺は丁寧に下処理しています。
流れのほとんどない泥の多い川だと2週間くらいはこうやっておきます」
ディオ兄は木桶に1匹のナマズを放り込むと、俎板で、クイージさんに習った生き締め処理をした。そして、あら塩を豪快に刷り込み始めた。
「もう一匹絞めますから、塩もみしていてください」
明らかに顔をひきつらせた都会育ちのフリオさんに、クイージさんから注意の声が飛ぶ。
「フリオ、料理人なら何でも経験だ。お前は新たな食材に出会ったんだ」
「15分間しっかり塩を刷り込んでくださいね」
「そんなに?」
この工程をすっ飛ばす人も多いけど、ぬめりのある皮が非常に剝きにくいから塩はした方が楽だろう。
それに、匂いがあったら川魚の美味しさが台無しになってしまう。
塩を刷り込んで確実に、臭い原因のぬめりをしっかり取り去りたい。
ディオ兄は、塩もみしてすっかりぬめりが取れたところで、頭を断ち、腹を裂いて内臓を潰さないよう慎重に出した。
きれいな流水で血合いを洗い流し3枚に下ろす、切り身に匂いがないか確認すると、軽く塩コショウしてから、小麦粉をまぶし付けた。
『ディオ兄、フライは皮も剥いだのね』
『うん、皮を剥ぐなら塩もみしなくてもと思ったけど、やっぱり違うみたいだから、それに、見た目が嫌がる人のために美味しく食べて欲しいから』
なるほど、下処理は本当に大事だものね。下処理の途中でも、ぬめりの匂いが付かないように、まな板も交換して切り身にしていた。
「坊は本当に良い料理人になれるな」
クイージさんはその姿勢に感心する。フリオさんも感心してディオ兄の手元を見ていた。
粉をはたいて溶き卵にくぐらせると、パン粉をたっぷりつけて揚げ油に入れていく。
いい具合にキツネ色になったところで、ディオ兄が菜箸で挟んだまま上下に振って油切りをしてから、網にあげた。
お箸の使い方もすぐ出来るようになって、本当に器用だし頭良いし、最高なお兄ちゃんだね…
「さあさあ、試食して下さい」
タルタルソースをつけて試食に差し出すと、フリオさんは恐る恐る口に入れた。
「!!!」
「美味いだろう?わしは坊のところに来て本当に幸せじゃ。この年でまだまだ新しい美味い物を見つけられる」
「確かに、今まで食べるための工夫を怠っていただけなんですね。驚きました。あのブサイクな魚がこんな上品な白身魚の味になるなんて」
ナマズは日本では内陸部ではいろいろな土地で食べられていた。
しかし、時代とともに冷蔵技術がすすんで、美味しい海産物が食べられるようになると、しだいに顧みられなくなった。
ウナギより美味いという人も多いが食べられているのは一部の地域だ。
祖父母の故郷も食べていて、あたしはよく捌く手伝いをしていた。
明日は市場で、皮を剥いだ方が白身魚バーガーの具にして売る。
そして、丁寧に下処理した皮付きのままのほうはかば焼きだ!
下処理をしてから皮の表面を湯がき、こそげてから串うちして白焼きにしてからタレを塗りながら焦がさないように数回焼くのだ。
あっさりした白身にこんがりと炙られた甘辛いタレをたっぷりまとって、丼にし上げる。
一緒に野菜スープと酢漬け野菜の箸休めをつけて300スーで出すことにした。
白身魚バーガーは100スー。味を知って欲しいから安めに設定した。
ついに大晦日の年越し祭りの日がやって来た。
サングリア広場では曲芸師、人形劇、吟遊詩人に芝居小屋と、フォルトナ程ではないとはいえ、今日のために集まった芸人で市場がにぎやかだ。
辺りには、実に食欲をそそる甘い匂いや肉の焼ける匂いが漂っている。
いつもとは違う浮かれた市場は、この日のために集まった祭の屋台ばかりになり、楽しそうな町の人々は財布の紐が緩んであれこれと買い食いしている。
ディオ兄の店には焼き芋と干し柿、干し芋とお芋パイにお芋のタルトと野草茶を並べて売った。
横のテントではナマズのかば焼き丼と白身魚バーガーを出している。
テントの外で、クイージさんとフリオさんがかば焼きを焼いていて、塗りつけた甘辛いタレが香ばしい匂いを辺りに放ち、通りすがりの客達を誘惑している。
「 いらっしゃいませー!甘いお菓子の店です!お買い上げのお客さんにはくじ引きで景品が当たりますよー!
隣のテントで美味しい料理を食べたお客さんもくじを引けますよー!
絶対損しないお得なくじが引けますよー!」
ディオ兄が大声で呼び込みをしている背中にはあたしがいる。
メガイラさんがあたしを預かると言ったが、ポルトさんとダミアンさんがいないので背中のあたしがいないと、目立ちにくいから駄目だと断固意見を通したのだ。
「アンジェは俺と一緒にいてね」
はいはい、ディオ兄ひとりじゃ心細いものね、いいよ、わかっているよ。
そばにいてあげるよ。
甘辛く香ばしい匂いがテントから流れ、通りがかりのお客さんが鼻を引くつかせて吸い込まれていく。
暫くすると、美味しいものに巡り合った感激の声が上がった。
ふふふ、かば焼きの旨さを思い知れ!あたしも食べたいぞ!(泣)




