第6話 市場のお手伝い致します
八百屋さんと午後の手伝いの約束をして別れ、いつものようにディオ兄がせっせと飲食店の近辺の掃除をすませた後、サシャさんの所に寄って授乳させてもらった。
お腹すいたー、お世話になりまーす!
「サシャさん、俺、今日、市場で仕事貰えたんです。それでジャガイモを少しだけど貰ったので、おすそ分けです」
ディオ兄がジャガイモを3個差し出した。
サシャさんは呆れて、「あんたまで気を使わなくていいのよ。さっき、セリオンがまた食料くれたの。
子供からお金を受け取って、ただでさえ肩身が狭いのだから気にしないで頂戴」
サシャさんはディオ兄にジャガイモを返して、頭を撫でてから抱きしめた。
そして、肩に手を置いて言い聞かせるようにディオ兄の顔を見た。
「子供でもこんなに頑張ってるのに、あたしの旦那は何をやってるのか」
そう言ったサシャさんの顔はとても寂しそうだった。
ディオ兄はキョトンとして何も言えなかった。
我が家に帰ると、ディオ兄は昨日の晩、酒場の女将さんが持たせてくれた料理を慌てて食べて、市場に急ごうとする彼に後ろから心に囁いた。
『忙しいねディオ兄、まだ時間があるんじゃない?』
「始めて掃除以外の他の仕事を貰えたからね、これからも仕事がもらえるように頑張らないと」
せわしないないなあ…ディオ兄ったら…
ディオ兄が庭に大急ぎで出ると思いがけないものに出くわした。
庭の少し奥まったところで、あたしの目を引く木があった、柿の木だ!
懐かしいな。この世界にもあったんだ。渋柿かな?甘柿かな?
『柿だわ!ディオ兄、あの木良く見せてくれない?』
「あの木の実はきれいな赤い実がなるけど、渋くてとても食べられないよ?」
『あの木はとても役に立つ木なの、近づいて見せて』
「じゃあ帰ったらゆっくり見ようね。今は市場に急がないといけないから。ごめんねアンジェ」
そう言うと市場の方向へと一直線に走り出した。
ディオ兄、頑張りすぎて将来過労死するタイプじゃないでしょうね?それもこれもあたしのせいだろうと思うと情けないわ。
彼がお金を得ようと必死になっているのは、あたしを養いたいから、ルトガーさんに言われた“乳児院にいれるぞ”という脅しが気になっているからだ。
見た目は乳児、中身は三十路のあたしは無力さを感じるしかないのだった。
広場に行くと、午後一時を告げる教会の鐘がカラーンと鳴り響いた。
目指す野菜の出店に行くと、さきほどの農夫さんは空き箱に腰を下ろし、まだお昼ご飯のチーズを挟んだパンをぱくついていた。
「やあ、来たなディオ。俺はまだ昼飯が済んでないんだよ。客の相手をしていてくれないか?そうだ、俺の名前まだだったな、ダミアンだ。よろしくな」
「はい、ダミアンさん、よろしくお願いします」
午後の早い時間は、比較的余裕がある家庭の奥さんや商人が多い、午後の遅い時間になると、共稼ぎの奥さんや売れ残りを狙って値切りに来る人が多くなって忙しくなる。頑張れディオ兄!
さっそくお客さんがやって来た。
身なりから余裕のある家の奥さんのようだ、ゆったり品定めをしてから野菜を指さし、そのときはじめてディオ兄を見た。
あら、という驚きと迷いの表情が顔に出ている、泳いだ目がディオ兄のみすぼらしい恰好に目が留まるが、背中にいるあたしを見ると顔を綻ばせた。
奥様、スマイルは0円サービスです!どうぞ!!
*にこにこ~*アンジェちゃんの天使スマイルのサービスですよ~
「あ~い、あい」
「まあ可愛い子ねえ」
「俺の妹のアンジェです、野菜は何をお買い上げですか?」
また奥さんの顔が今度はびっくりした表情に変わった。
「ジャガイモが一山、人参が3本、それから…とお幾らかしら?」
「はい、合計430スーですね」
客が穴銅貨を渡すとすぐにディオ兄が穴鉄貨と鉄貨を2枚渡した。
「70スーのお釣りです、有難うございます」
「坊や計算早いわね、また来るわ」
奥さんはにっこり笑って背中のあたしに手を振った。
「あ~い」有難うございますの気持を込めてあたしも手を振った。
まあ、赤ちゃんですからバタつかせただけですが。
「有難うございます、またよろしくどうぞ」
ほう、とダミアンさんが感心して言った。
「ほんと早いな、ディオは幾つだ?」
「多分7歳辺りだと思います。8歳にはなってないと…」
ダミアンさんはディオ兄が捨て子らしいと気がついて余計に感心した。
「どこで勉強した?」
「神学生の親切な人がいて、初歩の勉強を教わりました」
ダミアンさんは顎を撫でて、「お前位ならどこか良い商店に奉公しても大丈夫じゃないか?」
ディオ兄は小首を傾げ、暫く考えると無理だと思いますと返した。
それは背中にいるあたしのことを考えてのことだろう。それに元浮浪児だったと聞いたらどこも雇ってくれない。
浮浪児にはそんな偏見が付いてまわるとディオ兄が話してくれた。
時間と共にお客さんはどんどんやって来た、見ると隣の肉屋さんもてんてこ舞になっている。時間はもう4時に近い。
「割引!割引!残していたって腐るだけだろう?半額にしろよ!肉屋!」
「馬鹿を言ってるんじゃねえ!いいとこ3割だ!こっちの売り場には冷魔石が仕込んでいるんだ。そうそう腐るかよ!」
何ですと?!今、魔石とか言った?これは異世界感が出て来たー!
なんか嬉しい、ただ単にヨーロッパ風の世界じゃないと思ったら嬉しさこみあげて来た!
*キャッキャッキャッ*
嬉しさ爆発で笑い出してしまった。
ディオ兄が肩越しに笑顔になる。「アンジェご機嫌だね」
「ほら、赤ん坊が家に早くかえりたいってよ。半額ならわかりやすいって」
「いや、俺の子供じゃないし。3割だ」
こっちの野菜の店先でも値切りのお客さんが詰めかけて来た。
かぶりつきの奥さん達の目が怖い!しかし、ひるまないぞ!
鬼気迫る買い物客が集まって口々に騒ぎ立てる。
「これ?安くするでしょ?するわよね?安くしなさいよ!」
「半額―!」
「させるか!野菜は2割だーー!」
「すいません、奥さん。そちらの菜っ葉は2割引きで一山180です」
あちらこちらとディオ兄に声が掛る。
それを彼は落ち着いて客を次々にさばいて言った。
「あ、そっちは360スーです、はい、元値は450スーで2割にしてますよ。奥さんは448スーですが、440で。ええ、2割引ですよ」
いつの間にか、気がつくと肉屋のお客さんまでディオ兄に金額を聞いて来る。忙しさに値を上げた肉屋さんがディオ兄の暗算の速さに目を付けた。
「おい、隣の子供。ついでにこっちの値引き計算もしてくれ。3割引きだ」
「おい、こっちの店員だぞ」
「あとで礼はするよ」
人が多すぎ、暗算あたしも手伝うよ!珠算1級の実力をお見せします。
『ディオ兄、お肉屋さんはあたしが暗算するね』
『すごいな、アンジェは計算もできるのか。頼むよ』
『えっとベーコンのお客さん、赤髪のおねえさんが420スー、白髪交じりのおじさんが455スーの豚肉のブロック』
「ベーコンのお姉さんは600の3割引きで420です。豚肉ブロック、それは650だから455スーです」
「はいはい、肉のお客さん、支払いはこちらね」
わらわら集まるお客を必死にさばいているうちに、どんどん物が売れた。
ディオ兄はあたしの手伝いもあり、隣の客まで流れるようにさばいた。
いつも以上の売れ行きに肉屋さんとダミアンさんが喜び、そして二人ともディオ兄を褒めまくった。
「おい、手伝いの子、手伝って貰ったから駄賃をやるからな」
「俺のところでは1時間に150スー出してる」
「じゃあ、170スー出すから明日から俺の店員になれ。肉もあげるぞ」
何だと、と、ダミアンさんが怒る前にディオ兄が丁寧に断り入れた。
「ダミアンさんは俺が孤児だと分かっていて雇ってくれました。そういう恩義があるので誘って頂いて有難いのですが、申し訳ありません」
口をあんぐり開けて肉屋さんとダミアンさんがディオ兄の言葉を聞いていた。
そして二人で顔を見合わせるとまずダミアンさんが言った。
「なあ、この店員に俺が100、あんたも100出したらどうだ?いつも俺たちが隣同士で店を出してさ。
今日みたいに手伝って貰う、この子も大人並に稼げるんじゃないか?」
「それは良いな、他所に引き抜かれないように二人で目を光らせよう」
その日からディオ兄は大人並の稼ぎを得られるようになり、毎日しっかり肉と野菜が食べられるようになった。