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いざ高き天国へ   作者: 薫風丸
第2章 動き出した運命
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第56話  神父さんのお説教確定

「こんばんは、神父さん」


 信者が帰った水曜礼拝の夜、レナート神父は礼拝堂の片づけをしていた。

後ろを振り返るとセリオンが立っていた。


「やあ、セリオンいらっしゃい」

レナート神父は教会の敷地の小さな我が家に招き入れ、用意されたささやかな食卓に案内した。


「晩御飯を一緒に食べて、忌憚(きたん)なく話したいと思いまして、今夜、君を招いたのです。

一緒に食べながら、事後報告してもらいましょうか。私だって協力者ですからね」


 教会の庭はすっかり冬枯れていたが、見苦しくなく手入れされている。

教会の中は隅々まで掃除が行き届いており、住民のために公開されている図書室は本の数は少ないがきちんと整頓されている。


招き入れられた食卓も清潔感があって小ぎれいな部屋にあった。

しかし、レナート神父はどうやら炊事は苦手のようだ。


 勧められて口にした干し肉は戻しがあまかったせいか硬く、野菜スープは塩味以外何も感じない。

パンはちょっぴり焦げていた。


―なんでこんな堅い干し肉を焼いた?普通、戻しを兼ねてスープにするのに。この人、料理は知らないのに作ったのか?

 

ディオの作る料理を食べてから来ればよかった、と後悔しているセリオンをよそに神父は勝手に話を始めた。


「アンジェにはまだ秘密があるでしょう?まだ私を信用できませんか?」


その言葉にハッとして、スープ皿から視線をあげると、レナート神父の慈愛を含んだ笑顔とぶつかった。


「君はディオとアンジェのことになると少々顔に出過ぎですよ、冷静な君らしくない。フフフ」


神父の言葉に、ひとりで不安を抱えていたセリオンは、耳だけは彼に注意を残して、また野菜の浮くスープ皿に顔を向けた。


そんな彼に構わずにレナート神父はパンをちぎって口にいれた。


「神は人を自分に似せて作ったと申します、それは人に対する神の愛情の証と。はたしてそんなことが有りましょうか?変な話ですよね」


 唐突にぶつけられた神の話に思わず顔を上げ、混乱するセリオンをよそにレナート神父は自分の心情を吐露し続けた。


「何故、無垢であるはずの赤子がむごい死に方をするのか?道理に合わないことだと思いませんか?神は全能の筈ですよ。


ドットリーナ教では、神に愛されたから、誰よりも早く神の身元に誘われたのだといいます。


可笑しいですよね?誰よりも子供を愛している親をさしおいて、自分のもとに子供を召されるなんて。本人の意思は無視ですよ。


子供が、親が恋しいと思っても、自分のもとに奪いるように連れ去る。

「神がお召だから」と、なんて傲慢な愛でしょう。変な話ですよね」


レナート神父は口の中で食われまいと抵抗する硬い肉を、忌々しそうに咀嚼(そしゃく)して、やっとゴクンと飲み込むとセリオンにさらに語った。


「セリオン、いま私は教義を無視したどころか否定したのです。


あなたが、もしも、恐れながらとドットリーナ教会本部に、このことを告げれば、私は破門どころか異端(いたん)諮問(しもん)にかけられ、結果が既に決められた裁判で問答無用の火刑です。


私は若いとき中央から目を付けられて追放された身ですから」


ここにきてやっとセリオンにもレナート神父が言いたいことが分かって来た。

神父は自分達を安心させるために、危険を冒して信用を得ようとしているのだと。


「セリオン、アンジェは不思議な能力だけでなく、何か秘密があるのでしょう?

正直に話してくれませんか?あの子の将来を私にも守らせて下さい」


どうしたものか一瞬迷ったセリオンだったが、レナート神父の人柄と、彼の教会教義の矛盾を聞かされたことで、話すことにした。


アンジェは1()8()()()()()()()()前世の記憶を持って生まれ、元々頭の良いディオを助けていると正直に話した。


「なるほど、それで合点がいきました。神に誓って秘密は守ります。

そのうえで君達の助けになるよう私は協力します」


「俺はレナートさんを信じます。人に知られたくない秘密を口に出して、心なしか胸が軽くなりました。有難うございます神父」


神父はにっこりと微笑むと、それは良かったと呟き、話題を変えた。


「それでカラブリア卿はどうしました?全てうまくいったのでしょう?」


セリオンはカラブリア卿が折れて、ディオがバッソで暮らせることに納得してくれたと、事の顛末を話した。


「上手く行きすぎて怖いくらいですよ。アンジェがルトガーさんの実子という話までが伝わり、町で持ちきりですし」


「カラブリア卿がフォルトナにまだ滞在しているようですから、そのせいですかね?彼もお互いのために口を噤むことにしたのでしょう」


―カラブリア卿の手勢の顔は知っている、なのにセリオンさんやガイルさんに気付かれずに、こんなにも早く噂を流せるのだろうか?


不思議に思っている彼に構わずに、レナート神父はパンをちぎって口にいれた。セリオンは今まで聞き忘れていた質問をした。


「レナート神父、そういえば生徒の制服が白という神学校はありますか?」

「いや、知りませんね。神学校の制服と言ったら、大概は灰色ですよ」


「そうですよねえ…」

「何か気になることが?」


「ディオに勉強を教えていたアンジェロ・クストーデという神学生が白い制服だったそうなんです」


レナート神父は驚いたように顔を上げて答えた。


「それではその人は神学生では無いですね。神に使える身ならば、そのように(おそ)れ多い名前を冗談でも名乗りませんから。

大それた人です、今の国教会本部が聞きつけたら懲罰ものです」


「畏れ多い?」

そういうと、頷いたレナート神父は名前の意味を答えた。


「アンジェロは天使、クストーデは守護者です。ようするに守護天使という意味ですよ」


ディオとアンジェの話だと間違いなく僧服でしたと聞くと、僧侶の中には貴族の跡取りから外れた、行く先の無い子息がよくなりますから、そういう人が子供をからかったのでしょうと語った。


そう言えばと、今度は神父が気になることがあると言った。


「セリオン、ディオの友達を知っていますか?銀髪の男の子なのですが、身なりが裕福で、まるで貴族の子供のようなのです」


変な事を聞くものだというようにセリオンが首を傾げた。


「いや、そんな子供はいないと思います。あいつときたら隠れるように住んでいましたから、それに、友達ができたなら俺も気がつくと思いますよ」


「そうですか…ちょっと妙な、気味の悪い子供だったので気になっていましてね。それに、あの子はアンジェも知っているようでしたし」


 何しろディオときたら友達がいない、ルトガーが心配しているのをセリオンも心得ている。


だから最近では、彼もディオと仲良くできそうな子供がいないか町の子供を観察するようになっていた。

気味が悪いというくらい目立つ子なら、セリオンの眼に止まりそうなものだ。


「大丈夫ですよ、アンジェはアホですが、他の奴にはまだ見破られていないですよ。でもまあ、この辺りで銀髪の子供なんてみたことないですが」


ならば良かったと不安そうだったレナート神父が、やっと安堵したところでセリオンがすかさず言った。


「今度食事をするときは、俺の指定するところか、ディオのところで食いましょうね。そのほうが神父さんも慣れない料理を作らずにすむでしょう?」


言われてキョトンとした神父の様子をみて、セリオンは初めて「この人は味馬鹿なのだ」と、ようやく気がついた。


 セリオンは今度のミサのあと、アンジェを連れてくることを約束させられると、やっとレナート神父の手料理から解放されてディオ達の元に戻った。


*      *       *       


 その夜の事だった、セリオンは妙な気配で目を覚ました。

身体は動かないが意識はしっかりしている、もっともそういう夢の可能性もあるかもしれないが。


 これは俗に言う金縛りというやつかな?などと、始めは気楽に思っていたセリオンだったが、部屋の中にいる白い人影が眼に入ると一気に肝が冷えた。


―腕試しは済んだはず、カラブリア卿の護衛ではないだろう。

すると、こいつは誰なんだ?屋敷の近辺にいる夜間の警邏兵の目を逃れて忍びむなんて、ただの泥棒とは思えない…


 ゆっくりと、セリオンの寝ているソファーの傍らに、そいつが立った、深夜の暗い部屋にぼんやりと浮かぶ白い神学生の制服姿。


「こんばんは、セリオン。ああ、そうだ、君とは初めましてだったね」


彼はそういうと、棒を呑んだように動けないセリオンに近づいて来た。

女と見紛う美しい顔だ、その耳に掛っていた長い銀髪が一束、さらりとセリオンの胸に垂れ落ちた。


「僕はアンジェロ・クストーデ。君に祝福を与えに来ました」

にこにこした美青年の顔がだんだんセリオンに近寄って来る。


―え?ちょっと待ってくれ、何する気なんだ?


美しい琥珀色の眼に射すくめられて、ピクリとも動けないセリオンに、アンジェロ・クストーデが覆いかぶさった。


 ひいいいいいいいー――!


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