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いざ高き天国へ   作者: 薫風丸
第2章 動き出した運命
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第55話  誰ぞ知らぬか財布の行方

 セリオンさんを探して、町の中を、自分を中心に水の波紋が広がるようにイメージする。


商店街にはいないか…教会近くもいない…それじゃセリオンさん達がよく警戒する、山に近い散居集落の辺りはどうかな?


あの辺りは、山越えでよその領地の人も多く見かけるから、警邏兵もよく警戒しているのだ。


 おお!いましたセリオンさん!うん?森に近いポツポツはえた雑木林の枯れ野だ。

藪のそばで身構えてなんか妙に緊張しているし、少し離れたところに人が転がっている。


『セリオンさん、何かあったの?』

『おお、アンジェ。喧嘩を売られている最中だ、ひとりが石礫を投げてやりにくくて…』


 そのとき、シュッと石が飛んできた、すかさずセリオンさんが身をかわすと、彼の視界の外から男が突進してきた。


『右後ろから来るよ!!』

顔面へ、一撃で仕留めるための容赦ない蹴りが襲ってきた。


「!」


セリオンさんは身を縮め上体を倒して、素早くそれを避けた。


―あっぶねええええぇ!アンジェが言わなきゃ顔面に喰らっていた!!


仰け反って(かわ)された蹴り脚は、その鋭すぎる勢いが仇となり、襲撃者の体勢を崩した。


―しまった!確実に蹴りで捉えたと思ったのに!


セリオンさんがくるりと後転して、相手は空振りした右脚の勢いで半身を捻じって隙がでた。


しかし、それはセリオンさんも同じ、蹴りを避けるために地面に回転して立ち上がるのが精いっぱいだった。


『よっし!いけー!プロビデンサのボクシングの開祖!!!』

『うるせえぞ、アンジェ、集中させろ!』


 うぐ、すいません。


*     *      *       *


 二人は向かい合って身構えた。

パーシバルは初めて見るセリオンの構えに戸惑った。


―なんだ?ビビっているのか?身を屈めるように構えて、しかも上体を揺らしている。いや、こいつの眼は怯えてなんかいないな、変な若造だな。



 この襲撃は、カラブリア卿に命じられ、この男の力量を試すためだ。


パーシバルは、セリオンの筋肉質ではあるが、自分と違ってスラリとした体形を観察して、彼は奢りとしか言えない致命的な判断をしてしまった。


どんなに体格の良い男であろうと、この時代の後ろ重心の構えでは、体重が乗るような一発は放つことができなかった。


よって、彼は、たとえ拳を食らったとしても、致命傷はないと決めつけてしまったのだ。


―体重が無いから拳の威力は無さそうだな、ちょいと受けてみるか。


 見たことのない、しなやかな足の運びでセリオンが接近してきた。

背を曲げ、前に重心を掛けて近づいてくる。拳の構え方も見たことが無いものだった。


パーシバルは、セリオンの右拳のフッと動く動作で、一瞬だったが眼が釣られた。

その思いもよらなかった瞬間に、彼の顔面に叩きこまれたのは左の拳だった。


「!!!」

やられたと思う間もなく、パーシバルの脳がぐらりと揺れた。


いきなりコンセントを乱暴に引っこ抜かれたテレビのように、彼の目の前の世界は真っ暗に遮断されてしまった。


 脳に伝えられる筈の痛みの電気信号は一切の伝達を断った。


*       *       *       *


『よっしゃー!幻の左!』

『何を言ってんだか…それより、もうひとりはダリアさんか?』


『うん、確かにダリアさんだ。伸びている二人は…うん、大丈夫、心配ないようだね。ダリアさんには、そこに冬眠中の蛇がいるから使ったら?』


 セリオンさんはあたしの促すまま、木のまたに潜んでいた冬眠中の蛇を苦も無く捕まえた。

引きずり出した蛇には迷惑だろうが、ちょっと参加して貰おう。


正確な位置を教えてあげると、彼は素晴らしいコントロールでダリアさんの潜んでいる藪に投げ込んだ。


「ぎやああああああぁぁー!」

もの凄い勢いですっとんで来たダリアさんが、セリオンさんに泣き縋った。


「取って!取って!蛇!きゃああー!取って!!」


彼女の首に引っ掛かっていた蛇は暖かな首筋に巻き付き始めている。


蛇は半覚半醒のまま、ノロノロした動きで寒風を避けようと、首筋に巻いたマフラーに潜り込もうとして、冷たい鱗を彼女の肌に押し付けた。


「ひいいいいいいいー――!!!」


セリオンさんは、完全に泣いて半狂乱になっているダリアさんの首元の蛇を掴んで引きはがすと、彼女の額にデコピンした。


「俺に石投げて来たお返し。今度やったら一匹じゃ済まないからな」


「しません!しません、もう、しません!!やれと言われたら退職して故郷に帰ります!!」(涙)


彼女は、ぼろ泣きしてセリオンさんに謝罪しつつ、彼の手に捕まったまま、のらり、と、のたうつ蛇を怯えながら眺めた。


 セリオンさんは蛇をもと居た木の根元に戻してやると、枯れ葉を少しばかり押し込んで、「ごめんな」と、穏やかな眠りを妨げられた被害者に謝罪した。


*      *       *       *


 市場が見えるカフェの静かな二階でカラブリア卿はディオの様子を眺めていた。

本当に町に溶け込んでいる、客の相手をしている息子はとても楽しそうだ。


そのうち、クイージがアンジェを連れて迎えに来た。

ディオはアンジェを渡されると頬擦りして胸に抱いて話しかけている。


―わしの考えが甘かったな…短い期間でも紡がれる絆はあるということだ…

これからは、わしもお前のことをディオ呼ぶ。


帰り支度をするディオを見たカラブリア卿は、なかなか戻ってこない従者達を思い出して心配になって来た。


騎士でもないセリオンの力試しに、パーシバル達3人を遣ったが、どうも遅すぎる。

イライラと待っていたが一向に帰って来ない彼らに痺れを切らし、支払いのため騒がしい一階に下りて行った。



 目が覚めたパーシバルには、拳が襲ってきた記憶はあるが、その後のことはダリアが起こしてくれるまで、ぷっつりと途切れていた。


ゆっくりと起き上がった彼を、彼女が心配そうに覗き込んだ。


―まったく、あんな軽そうな体で、なんて重い一撃を叩きこんでくるんだ。常識外れにも程がある…


「だ、大丈夫ですか?パーシバルさん」

「ああ、お前は?」


「あの人、あたしの潜んでいるところに蛇を投げて来て…出て来たところをデコピンされました」

ダリアは涙目であった。


 才能はあるが、この娘は実戦向きじゃないなとパーシバルは残念に思う。

彼は立ち上がって、ポンポンと自分の服についた汚れを叩いていて、胸ポケットに手をやってから、はたと気がついた。


―財布がない?可笑しい、確かに持っていたのにない…ないない!!何処を探してもない!


服についている全てのポケットを探り、そこいらをウロウロと探し回った。


「パーシバルさん、どうしました?」

「ダリア、あいつ俺の財布を持って行ったのか?」

ダリアはキョトンとして首を振った。


「そんなまさか、あの人倒れたパーシバルさんに近寄りもしませんでしたよ。もちろん、スレイにも…あ、あれ?」


「どうした?ダリア」

頭を抱えたダリアは涙声で叫んだ。


「わたしの財布もないですぅー!!!」

コートとジャケットのポケットを裏返して、ダリアが顔を引き攣らせた。


それを聞くと、慌ててパーシバルはまだ伸びているスレイを起こした。

「おい!スレイ!お前の財布あるか??」


「あう、面目ありません…財布ですか?あ…あれ?」

スレイの財布も消え去っていた。


 その頃、市場に近いカフェでは、一向に帰って来ない従者たちに業を煮やしたカラブリア卿が、店の勘定を払う段になり財布が無いのに気がついた。


店の主人と言い合いをしていた卿は、巡回していたガイルに無銭飲食の罪で突き出された。



 財布をすった相手を知っていたガイルは、笑いをかみ殺して彼をルトガーの執務室に連行した。



「豊な財力のカラブリアの領主が無銭飲食とは。バッソでは貴族でもきっちり公平に取り締まりますが、ここにサインしてくれれば初犯だから多めに見ましょう」


「………」


ルトガーはニヤニヤと楽しそうに、カラブリア卿に取り調べ調書にサインを求め、卿は苦虫を嚙み潰したような顔でサインに応じた。


 皆の財布はハイランジア城に届けられ、他所の領民に勝手なことをしたことは、カメリアの知るところとなり、ガミガミと怒られたカラブリア卿は、娘が死んだ妻に似てきたなあと実感するはめになった。



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