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いざ高き天国へ   作者: 薫風丸
第2章 動き出した運命
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第50話  紋章院長官の最終判断

 屋根の上にいる小さなディオが体を震わせて泣いている、胸に抱きしめている赤ん坊の妹と別れたくないと泣きじゃくっている。


グリマルト公爵は深い溜息をつき、静かに息を吸い込むと、横にいた共の者にいきなり向いて手を出した。


「ナイフはあるか?」

「はい、閣下」


彼の従者が両手で短剣をささげ渡すと、彼は自分が出した紋章院の裁定書を書記官からいきなり取り上げグサリと穴をあけた。


*グサリ グリグリ*


「うーん、さすが羊皮紙、丈夫じゃな」

「こら!テオドール!裁定書に何をする!!」


手を伸ばしてカラブリア卿が奪おうとするが、その手は公爵の護衛に阻まれ、裁定書をは無残にもナイフで縦に切り裂かれた。


「これはもう無効じゃな」と、涼しい顔でグリマルト公爵は言うと「廃棄せよ」と従者に渡した。


「まあ、わしとしてもこんな物を作らせるくらいなら、人の話をちゃんと聞いておけよ、と思ったがな…」


あっけにとられていたカラブリア卿が、見る間に顔を赤くして怒鳴る前に公爵は友人を(いさ)めた。


「サルバトーレ、諦めろ。お前の息子は自分の人生を選んだ。無理に連れて帰らずとも、お前が父親であることは確かであろう。

どうせ嫡男ではないし、バッソにいるならお前の眼も届くではないか」


「むううううう」


「ルトガーさんの子供になれるのですか?アンジェとバッソで暮らせるのですか?」


ディオ兄は興奮して屋根の上から下の公爵様を覗き込んだ。喜びが一瞬の油断と危険を呼んだ、ぐらりと前のめりに重心が揺らいだ。


「わ!ディオ!危ない!」


それまで慎重に近づいていたセリオンさんが絶叫して一気に間合いを詰めた。


落ちていく寸前の彼を、セリオンさんが右手であたしを括りつけているテーブルクロスの結び目を捕まえた。


『ぐえ!く、苦しい!』

上から掴まれた布はあたしの体をディオ兄の胸にギューギュー押し付けた。


苦しい、苦しいが、セリオンさんの体も半身がせり出している、左手で屋根の鉛製の雨どいを掴んでいるがかなり危なっかしい。


しょうがないわね、人前で力を使いたくなかったけど、セリオンさんにちょっと手を貸すくらいなら誤魔化せるでしょう。


と、思ったのだが…どういうわけか力が全くでない?!

ど、どうして?まさか、さっきギャン泣きしてイメージ駄々洩れにした影響なのかな?


あう、さっきのイメージ、もしかしてここの人達は皆が見たのかな?

………間違いなく見たな…だってそれで神父さんにバレたんだものね…


どっちにしろ、あたしはかなりやばくなってしまったらしい。


うう、お願いします神様、仏様。この際、悪魔であろうと何でも良いですから、ディオ兄とセリオンさんだけでも助けてあげて下さい!


アーメン、南無阿弥陀仏、エロエムエッサイム?だっけ?誰でもいいからどうぞ助けてー!!! (泣)


*      *       *       *


 ルトガーはディオの部屋にいくとキョロキョロと何かを探した。

部屋のカーテンの陰に置いてあった、ディオの今は使われていない発明品のロープベッドを見つけた。


「よし!待ってろよ3人とも!」


ルトガーは護身用のナイフを取り出すとすぐにそれを解体した。

そしてロープを体に巻き付けると、ディオに一番近い窓を探して部屋を出た。


その頃、屋根の上ではセリオンが懸命にディオの体を支えていた。


「わー!青年頑張れ!!」書記官が叫ぶ!」

「だ、誰か!屋根に上がって加勢しろ!」慌てふためくカラブリア卿が叫ぶ!


下で見あげている人々はやいのやいのと叫ぶが、手をこまねいているだけで何もできなかった。


パーシバルとスレイが動く前に、小さな手すり窓から出て来た男が皆の視界に入った。


ルトガーは手すり窓にロープを括りつけ、危なっかしく縁に足を乗せて、ディオ達に向かって壁に張り付くように横に歩いていた。


屋敷の壁面はモルタルでくっつけた石板だ、そこに手指を掛けて、足元は屋敷の高い2階層の縁に慎重に足を乗せている。


身体に巻いているのはロープだ。ジリジリとセリオンの下まで来てディオの体を受け止めようと左腕を伸ばした。


*      *       *       *


 セリオンさんがあたしの眼を見て訴えかける。


『おい、何しているアンジェ!お前も力をかせ』

『ごめん、さっきの思念が駄々洩れで力が出ない…』


セリオンさんは隠すことなく眉をひそめて小さく吐き出した。

「お前は要らんとこで力使うなよ…」


使えねえ奴と恨めし気に見ないでよ!てか、わざわざ口に出して言うな!


そこへ、ルトガーさんが壁面に取りつきながら真下までやってきた。


「よく頑張ったセリオン。3人共おれが助けてやるからな」

下からガイルさんが声を張り上げる。


「セリオン!アンジェだけでも先に落とせ!俺が絶対受け止めるから!」

「だ、だめなんです!掴んでいるのがアンジェを包んだ布なんで…」


そこにクイージさんが、アルゼさんに依頼された柿渋染めをしていた漁網を持って来た。


「坊が漁網を染めていた、これ!使えないかガイル?」

クイージさんが柿渋色の漁網を重そうに持ってガイルさんに見せた。


「おお、クイージさんでかした。よし皆で持って下にいよう。落ちてくるかもしれない。脇を閉めてしっかりピンと張るように持って立ってくれ!!」


ガイルさんがその場にいた皆に、網を広げて持つように言った。


「ルトガーさん!頑張って!落ちても受け止めてあげますよ」


おお!とルトガーさんが返事をしたとき、あたしにはかすかに嫌な音が聞こえた。

「よし、セリオン。受け止めるからディオを離せ」


静かに頷くセリオンさんが手を離すと、ルトガーさんの左手が、ずり落ちて来たディオ兄とあたしを受け取って、グイと抱き寄せた。


「おお!やった!坊ちゃまが助かった!」

「ディオしっかり抱きついてろよ!セリオン大丈夫か?!」


*ギシギシ*

ロープが軋む、その瞬間、セリオンさんが掴んでいた鉛の雨どいがガクンと剥がれ、彼の体がずるりと落下した。


「うわ!」

「セリオン!!!」


咄嗟に青い顔のルトガーさんは狭い足元を蹴り、精一杯伸ばした手が、大きく広げられた指が、セリオンさんの体を掴み寄せた。


ディオ兄の体を右手に抱えたまま、左手でセリオンさんを抱きかかえた。

手を離したルトガーさんは当然のごとく勢いよく落下を始めた。


全員の重みが掛ったロープは、グーンと勢いよく大きな振り子のごとく振れて、ルトガーさんのお腹にロープがグイっと食い込む。


「ぐうぅ!」いきなりお腹に喰いこんだロープの苦痛で、ルトガーさんが目を剥き呻き声が出た。

*ぶつり*嫌な音を立ててロープが切れた。


あたし達を抱え込んだルトガーさんの体は、反対側にぶんと振れて飛んだ。


「「「「「うおおおおおおぉぉ!」」」」」


雄たけびを上げてガイルさんがダッシュする!一緒に網を持っているパーシバルさん達がそれに続く!


「ぐわー――!!」


空中で弧を描いて投げ出されたルトガーさんの身体は、ガイルさんが広げた網の中へと放り出された。

*ドサッ!!!ガッツン!*


網に絡み取られたが、セリオンさんとあたし達を抱えていたルトガーさんはしたたかに屋敷の地面に体を打ち付けた。


お陰であたし達は衝撃から逃れることが出来た。

ゆっくりと上体を起こしたセリオンさんの口から呻き声が上がり、ルトガーさんは白目を剝いていた。


ディオ兄は泣きじゃくってセリオンさんの首に縋りつき腕を絡ませた。

セリオンさんはディオ兄と共に、倒れているルトガーさんを心配して覗き込んだ。


『だ、大丈夫みたいだよ、ルトガーさん生きてるよ…』

そうふたりに伝えると、安堵の溜息がふたりから零れた。


ガイルさんが駆け寄り、彼の介抱をすると、暫くして頭から血を流したルトガーさんがふらりと立ち上がり、あたしを抱きしめているディオ兄の頭を自分の体に寄せて大きな手で撫でた。


「馬鹿なことをしやがって、あとでみっちり説教するからな」

「うん…ごめんなさい…ルトガーさん」


その様子をカラブリア卿は声もかけずにしばらく黙って見つめていた。


「そんなにバッソがいいなら、もう勝手にせい…」

サルバトーレさんことカラブリア卿は寂しそうにポツンと言った。


もはや紋章院の裁定書も破られて効力は持たない。

彼はディオ兄に近寄ると言った。


「お前がハイランジア性を名乗っても、わしの息子であることは間違いない。

ルトガーのところが嫌になったら、いつでも迎えてやるぞ」


「俺は妹とバッソにずっといます」 *キッパリ!*


 即答されて色を失ったカラブリア卿が気の毒になったあたしは、ディオ兄の腕の中から手を伸ばして彼に向ってひと声かけた。


流石に気の毒になってしまったのだ。せめて別れの挨拶をしよう。


「じいじ あいあい」

くそ!バイバイと言いたかったが言えん!もどかしいな赤ん坊!


一瞬の静寂に包まれて、やっと何かやらかしたらしいと気が付いたら、周りからドヨドヨと驚きの声があがっていた。


も、もしかして、また何かやりましたか?ひい!


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