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いざ高き天国へ   作者: 薫風丸
第2章 動き出した運命
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第48話  紋章院の裁定

 バッソのルトガーの執務室にいつものようにアルゼがやって来た。


彼を見ると、ルトガーは満面の笑みで椅子から立ち上がり、握手を求めてきた。

アルゼは彼の暑苦しいほどの大きな手にブンブンと握りこまれ苦笑した。


「お前も人が悪いな、親父殿の言いなりかと思っていたのに。まさかディオに味方していてくれたとは」


「あんな可愛い兄妹を引き離すなんて僕にはできないよ。それに、僕はあの子の才能を買っている、伸び伸びできる環境のほうがディオ君のためになると思ったんだよ」


しかしね、というと王都から委ねられた文書を渡した。


「友人のコネを使って特別に僕が通達を持ってきた、少しは早く対応できると思って」


見せられたルトガー宛の書類には、紋章院長官の名前が記してあった。

ハイランジア家の件で紋章院が改めて養子のディオについて(あらた)めたいことがあるという。


「なんでバッソくんだりまでして紋章院が来るんだ?」


「父上がハイランジア家の養子について異議申し立てをしたそうだ。攫われた自分の子だと言って、紋章院長官、グリマルト公爵に直に。他の貴族の耳には入らないように内密に処理できる父の親友だよ」


「あのジジイ!コネを使ったのか…」

「アンジェちゃんだけは問題なくハイランジア家の娘になっている。これだけは問題ないが…ディオ君は…」


アルゼが申し訳なさそうに肩を落とすと、ルトガーも悔しさに顔をゆがめた。


*      *       *       *


 バッソに紋章院の使いがやって来たのはそれから数日後だった。


あたし達が住む、侯爵様名義である修繕が終わった屋敷に皆が集まった。


ルトガーさんとガイルさん、セリオンさんの他はカラブリア卿とアルゼさんとその護衛や従者の人達が揃っていた。


ルトガーさんとカラブリア卿、そしてアルゼさんだけが客間に残り紋章院から通達を携えた公爵を迎えた。

従者や侍女達は専用の控室で待機することになり、護衛は客間の外で待つことになった。


ディオ兄はかなり不満だった。自分のことなのに少しも関わることができないのは変でしょ、と言っても、子供は待っていなさいと皆がつれなかった。


「今日はアンジェ様のために乳母を用意しました。坊ちゃま、信じてお待ち致しましょう」


ディオ兄の肩に手を置いたのは侯爵様の老侍女のアイリスさんだった。


*       *        *       *


 普通だったら長官クラスが来ることはないのに、カラブリア卿の友人ということで、長官のグリマルト公爵が部下の書記官と共にいた。


その長官の裁定を書記官が羊皮紙を広げて読み上げた。


「それでは、紋章院長官、テオドール・グリマルト公爵の裁定を申し付ける。


カラブリア領、ドットリーナ教司祭ジャウマ・バルバの証言によって、カラブリア卿のたっての希望で、子息の母親が氏の無い市井の女ゆえ、庶子の子息の身分を、卿が自分の子と確かに認識していたことを示すために、教会では出生証明書に子供の髪の色をカラブリア卿から、眼の色のアイスブルーを母親ゆずりであると記録した。


よって教会立ち合いの元、子息の身体的特徴を記録と突き合わせて、子供の髪の色、眼の色は一分の間違いもなく、カラブリア卿の息子、オルフェウスであり、彼がカラブリア卿、サルバトーレ・エルハナスの子と認める。

 

故に、ハイランジア家ではデスティーノの養子縁組を直ちに解消し、その身を速やかにエルハナス家に帰すことを命じる。


紋章院では子供の身柄がカラブリア卿に戻された時点で、ハイランジア家の第2位世継ぎの紋章認可を却下する」


「紋章院の認可したものは覆らないのが常識だ!そんな後出しの申請などあるか!紋章院はカラブリア卿を依怙贔屓(えこひいき)する気か!」


ルトガーが声を荒げて抵抗するが、グリマルト公爵は冷ややかに切って捨てた。

「常識の外にあるものは、紋章院でも再考しなければならないと信ずる。


ドットリーナ教司祭も洗礼式でオルフェウスの身体の特徴が極めて稀な髪と眼の組み合わせであると明記している以上、これは疑いないとし、カラブリア卿の言い分を聞きいれた。


男爵はその裁に不服を申すのか?!」


ギリギリと歯噛みするルトガーに、カラブリア卿が勝ち誇った眼差しを向ける。

ざわざわと騒ぎ立てるドアの外に、呆然とアンジェを抱きしめるディオが立っていた。


*      *       *       *


「坊ちゃま、お部屋に戻りましょう。大人の話を邪魔してはいけませんよ」


侯爵様の侍女のアイリスさんの誘う声は彼の耳には聞えなかった、ディオ兄は前に進み出た。

そして、その場のカラブリア卿達に大声で問いただした。


「どうして何ですか?どうして本当の子供だというなら、何故今まで見つけてくれなかったのです?

髪も眼も珍しい色だというなら、触れ回れば、本気で探したなら、とっくに見つけたのではないですか?


大っぴらに出来ない事情があったと、俺の母親がただの平民じゃないのだろうと、俺にだってわかるじゃないですか!!


人に知られたくない子供なら放っておいてくれ!

今さら、いたから父親だなんて!俺はカラブリアなんかに行きたくない!

俺はアンジェとバッソで暮らしたいんだ!」


行く手を遮ろうとしたカラブリアの使用人達の手をクルリとかわし、するするとすり抜けて、そして人垣を潜って、ディオ兄は走り出した。


「ディオ!おい!落ち着け!」心配のあまりルトガーさんが叫ぶ!


「その子を!オルフェウスを捕まえてくれ!」

カラブリア卿がすがるような声で叫ぶ、人をかき分け追いかけてくる。


沢山の使用人がわらわらと出て来て捕まえようと手を伸ばしてくる。

廊下で挟み撃ちになったディオ兄はそばのドアの中に逃げ込んだ。


その部屋には火の入っていない暖炉があった。


ディオ兄は部屋にあったテーブルクロスを(はが)すと、素早くあたしを包んで結び目を固く締め、袈裟懸(けさが)けにして胸前にぶら下げた。


「旦那様!この部屋に逃げ込みました!もう袋のネズミです!」

「馬鹿もん!わしの息子だぞ!なんだその言い草は!!」


「ハッ!申し訳ございません!オルフェウス様はこの部屋に御隠れです。もう何処へもお逃げになられません」


「よし!踏み込め。息子を連れてカラブリアに帰るぞ!」

「ちょっと待て、ジジイ!ディオが嫌がっているのがわからんか!!」


「貴様!いうに事欠いて!ジジイとはなんだ!それにわしの息子のことを呼ぶならオルフェと呼べ!」


「貴族の面子を優先するような奴が偉そうに父親面するな!」


「旦那様!それどころじゃありません!坊ちゃまがおりません!」

何だと、と、その場にいたルトガーとカラブリア卿、紋章院のグリマルト公爵が声をあげた。


*     *      *      *


『ディオ兄どこいくの?屋根出ちゃうの?』


ディオ兄はクライミングでいう、チムニーという技を使って暖炉の中を上に登っている。


もっとも煙突掃除がこの技の名前の由来だけどね。

狭い煙突の中を手と足を突っ張って、身体を支えて移動する技だ。


屋根の上に出て逃げる気なのか、ディオ兄は煙突掃除屋に仕込まれただけあって屋根の高いところも平気で登れる。


煙突の雨除けを外してディオ兄が屋根に這い出た。屋敷の外で見上げていた使用人が悲鳴をあげた。


「屋根から降りなさい!いや、危ないからそこを動くんじゃない!」


大人達が口々に降りろ、いやジッとしていろと騒ぎ立てている。

屋根の上で仁王立ちしたディオ兄があっかんベーをした。


「俺は今まで自力で生きてきた、今更になって父親だからと、俺の気持を無視して言いなりになれなんて。それを黙って従う謂われはない!勝手なことされてたまるか!」


「だーだー!ぶー!!」

そうだそうだ!いつになく強気のディオ兄にあたしも興奮する!


「ゴミを漁っていたのが恥だって!?ふざけるな!俺は精一杯生きるためにゴミ捨て場から食べ物を漁ったんだ!俺は今まで悪い事なんか一切してない!


しないために、ゴミ捨て場や川や原っぱで食べられる物を漁ってたんだ!


死んだモグラも焼いて食べた、あいつは血なまぐさかった。まずい!!!

セミは成虫だとエビの殻みたいだったけど、サナギは本当にエビみたいだった。旨かった!!


それから蛇なら捕まえた中ではシマヘビが良かったが、ジムグリの産卵前の卵は木の実みたいにコクがあって美味い!カエルはやっぱり後ろ脚が最高!」


ディオ兄、具体例をあげるのはそろそろ止めよう。下で聞いている御婦人方が青くなってゲロリそうだよ。

…訂正、紋章院のおじさん達も真っ青でゲロリそう。


「それをしなかったら今頃とっくに死んでいた!ここに居る俺はデスティーノだ!


貴方達の言っている誇り高いオルフェウスは元から存在していない!いたらとっくに飢え死にしている!!

俺は…アンジェリーチェの…兄のデスティーノだ…」


酷いよと言いながら泣きじゃくる様子はこちらの胸が痛くなる。


「俺に任せて無茶するなよ、ディオ。そこを動くな」ルトガーさんが下から叫んで中に入る。


「ディオ!落ち着け!俺たちが何とかしてやる!」

ベランダから屋根に上がったセリオンさんも、大声でディオ兄にジリジリと近寄っている。


セリオンさんが慰めるも激しく泣き出したディオ兄の涙が止まらなくなった。

孤児だから子供だからと、自分のことなのに、頭の上でかってに決められて怒っているのだ。


「俺は…アンジェと…いた い …」


 彼の最後の言葉の語尾は嗚咽で喉から絞り出すのがやっとだった。


あたしはつられて泣き出すと、辛うじて押さえていた感情の波が堰を切ってその場の人々を飲み込むように溢れだした。


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