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いざ高き天国へ   作者: 薫風丸
第2章 動き出した運命
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第47話  怒る新旧の侯爵

 ルトガーはカーテンを寄せて執務室の外の雪を眺めていた。

どうやら降りやみそうだ、思ったより道も荒れないですむだろう。


持ち場の掃除屋たちが、馬車から降りる女性のドレスの裾を、泥だらけの道で汚さないようにマットを敷く仕事がなくなり、チップが減って残念がっているだろうなと思いを馳せた。


 先程、ディオのいる屋敷にカラブリア卿が現れたとセリオンから連絡がきた。

名乗らずに落ち着いて話していたということは、今までのこちらの動きはバレていなかったようだ。


しかし、今まで探していたというのに、まだ貴族の体面は重んじるか。

これが、市井の親だったら、見つかったところですぐに抱きしめて連れて帰るだろう。


「頼むぞ、カメリア。お前の小さな弟のために親父に負けるなよ」




 旧王都であるフォルトナ、旧王城であるハイランジア城の家族用の応接室で侯爵カメリア・エルハナスは、今は隠居の身である父親のカラブリア卿、サルバトーレと会談していた。


ようやく、「その子の目はまさしくアイスブルーだ」と伝書鳩の脚に返事をつけて送ると、父は馬車を使わずに馬に乗って護衛と供の者を連れてやって来た。これはもう決まりだわ。


 カメリアは心を平静に保つため深呼吸して父に問うた。


「お父様には隠し子がいたのですか」

「すまん、お前達に黙っていたがその通りだ」


―あらまあ、ぬけぬけと!


「飢餓革命のとき失脚した貴族の残党が起こした意趣返し、糾弾した側の貴族の子供を攫った事件、そのなかにお父様の隠し子がいたのですね?」


―よくもまあ、平然とした顔で暮らしていたことですこと。


「すまん、あの当時はマヘリアがまだ生きていて言い出せなかった…」

当時、闘病生活だった母親を言い訳に使われてカメリアの頭に血が上った。


「何故黙ったままだったの!!!」

ガシャン!と激しくテーブルを叩いて,激高したカメリアは椅子から立ち上がって父に詰め寄った。


「なぜ?なぜ放っておいたの?あたしの弟になるのでしょ?」

「相手は元伯爵令嬢デルフィーナ・バスキアだ。私の立場でそれは公表できないことだった」


自分が処刑台に送った男の娘、それは大したスキャンダルだ。

そして妻のマヘリアは病気で長く患っていた時だった、それは最悪のタイミングだった。


「あの頃、わたしはデルフィーナを、使用人をつけてカラブリア領の静かな屋敷に住まわせていた。

8年前、彼女はそこで男の子を産んだ。

私と同じ髪の色で、彼女と同じアイスブルーの瞳の可愛い男の子だった。」


「もしかして、父上がよく遠乗りに出かけていたのは、デルフィーナに会いに行くためでしたの?」


「すまん…そういうことだ。そして6年前、息子が2歳のとき屋敷が襲われ、そこにいたものは全て殺された。息子の死体は無かったから生きているかもしれないと、今も捜索を続けていたが行方はようとして知れず…」


「それで6年前いきなり引退すると言ったのは弟の捜索に専念するためだったのですね?」


なんてことだとカメリアは額に手をやった、デルフィーナのことは記憶にある。


伯爵家に婿に入った守銭奴のような父親と違って、彼女はおっとりした気の良いご令嬢だった。年が下だったので、付き合いはなかったがアイスブルーの瞳が珍しくて評判の良い美人だったのを覚えている。


飢餓革命の騒乱の元になったことで、爵位を剥奪された父親が処刑された後、16歳の彼女は結婚寸前だった婚約者とは破談になり、遠い親戚を頼って国外に出たと聞いていたのに。


「まさか父上が囲っていたとは…どういう経緯でしたの?」


「カラブリアの港から国外に出す者達は私が采配をしていたので、皆、家の別邸か一族の屋敷で預かりの身にさせて送り出していた。

だが、彼女だけ、向こうの親戚が断りを入れて来たのだ。そこで行く先の無くなった彼女を…」


「立場の弱い16の娘に妾にならないかと声を掛けたのですね…」


―このスケベ親父!!!娘より若い妾を作るか!?


腹の中が煮えくり返るほどの怒りを、色にも出さず隠したまま、カメリアは自分の椅子を侍女のアイリスに引かせると、滑るように歩き、父の傍らに立ち、冷ややかな目で見下ろして言った。


「私達を謀り、腹違いの弟をむざむざと危険に晒して攫われたこと、私は本当に怒っておりますのよ。


父上への逆恨みに巻き込まれて殺された使用人とデルフィーナ、貴男が面子を捨てて素直に彼女の出自を告白していれば、皆は死なずに済んだのですよ。


残党の中には,デルフィーナの縁者だっていたかもしれないのですから。

今は亡き母上なら意気地のない父上の行動に特別お怒りになられるでしょう。


父上が貴族の体裁を第一に考えたため、ディオは無駄に苦労をしたのです。

もう諦めて、あの子の今ある幸せを壊さないで下さい」


「あの子はオルフェウスだ!ディオなんかじゃない!!」


激しい怒りを爆発させた父親と、それを静かに見据えるカメリア、従者たちが身を固くして息を呑んだ。

しかし、彼女の声はあくまで冷静なままだった。


「いいえ、あの子が王都から流れて来た時、バッソのレナート神父が、あの子はバッソから領地移転した知人の忘れ形見だと証言し、代理親を買って出ました。


領主であるルトガーはその男の抹消戸籍を復活させ、遺児としてバッソの戸籍を与えたのです。

あの子はもはや浮浪児ではなく、バッソの領民です」


「何を言っている、オルフェは市民権の無い孤児のはずだ。わしとてちゃんと捜査しておった」

カメリアは首をふって説明した。


「オルフェ、いいえディオは、あの子は、もうただの領民では無いのです。

ルトガーは、彼の妹のアンジェリーチェを実子として戸籍に入れました。


そして、ディオを養子として迎え、跡継ぎ2位を与えたのです。有望な子供なのでアンジェの婚約者として育てるそうですわ。


今のあの子は、ハイランジア家の長男デスティーノ・ハイランジアです。


ハイランジア家は紋章院から認可の承認書を頂きました。つまりはプロビデンサ王国の、国王のお墨付き頂いたということです」


「なんだと!!それでは…あのときのグリマルト公爵の話は…」


カラブリア卿ことサルバトーレ・エルハナスは、もはや自分の実子であるオルフェウスが他人の子になってしまったことに激怒した。

立ち上がった激しい勢いで椅子が床にひっくり返った。


彼は目の前に立つ娘に手を挙げようとして、寸でのところで手を止めた。

彼女は少しも動揺せずに、真っすぐ父親の眼を見つめて、その怒りを受け止めようとしていたのである。


―こやつが女でなかったら、国の内外に聞こえる傑物になったであろうに…


 カラブリア卿は引きつる顔の自分の従者と護衛に声を掛けた。

「帰るぞ!!!」

そして、靴音も高く荒々しく部屋の外に出て行った。


彼の従者たちはカメリアに慌てて一礼すると後に続いた。

素早く反応した執事が急ぎ足でその後を追うと、彼女は声高く言放つ。


「お父様のお見送りをよろしくね」

平然としたカメリアは少しの動揺もしていなかった。


「アルゼ、もう出て来ていいわよ。お父様はお帰りになったわ」


隣の部屋で息を潜めて聞いていたアルゼが、奥から緊張した面持ちのまま出て来た。


「はあ、父上凄く怒っていたね。僕は大丈夫かな?姉上の味方をしていたなんて分かったら、僕の商会の資金援助を打ち切られるかも」


「アルゼったら現侯爵はあたしなのよ。いざとなったら協力するわよ」


アルゼの商会がガラス工房を立ち上げたが、研究ばかりで売れる商品が出せず大赤字を出した為、現在資金援助をしている父親に頭が上がらなかった。


なので、ディオを良く知るアルゼは、不本意ながらも父親に従い、裏でこっそり姉に加担していたのだった。


「姉上、ディオがバッソの領民の忘れ形見って話は本当?」


「嘘にきまっているでしょ。レナート神父が教会の出生証明書に手心を加えてくれたのよ。このままじゃディオが不憫だって。ルトガーに快く協力してくれたわ」


「うわー、それ知ったら怒るぞー!国教教会本部は大丈夫なの?」


「バレても、あんな小さな領地の一市民のことなど歯牙にもかけないわ。父上が声高に自分の息子を取られたと言わない限り、無理でしょう」


姉上も腹黒いなあというアルゼに、カメリアはまだ油断はできないと思った。


*      *       *       *


「旦那様、カラブリアへ行くのですか?」

キッと睨むように振り返ったカラブリア卿は吐き捨てるように答えた。眼は怒りに燃えている。


「王都エルラドへ!紋章院に異議申し立てをする!スレイは戻ってランベルに紋章院に提出するオルフェウスの出生証明書と戸籍を出させろ。受け取ったら王都のタウンハウスで合流だ」


―息子は絶対に取り戻す!オルフェウスはわしの息子だ!!


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