第46話 もどかしいお茶会
ディオ兄の父親が貴族だと分かった後の雪の降る寒い日、身なりの良いお爺さんとその従者3人が尋ねて来たが、ディオ兄の暮らしぶりを聞いて何故か興奮しだした。
「だ、旦那様…落ち着いて下さい」
「まったく風呂くらいさっさと作ってやればよいものを…他に?君は学校には行ってないのか?」
「学校は…俺の身分じゃ行けないですよ。読み書きや計算は習ったからできますけど、でもできれば魔法陣や魔石とか面白いから勉強したいですね。
できればもっといろいろと勉強をしたいです」
ディオ兄の夢は魔法陣や魔石の研究をすることなんだよね。
学校に行ってないと聞いてサルバトーレさんは嘆くように頭を抑えた。
「よし、アルゼに「旦那様!」なんだ?うるさいぞ、パーシバル!」
パーシバルさんは困った顔をして溜息を軽くついてから意見を述べた。
「アルゼ様はこの屋敷の敷地に、別に管理人小屋を建てるために人足を集めております。それに協力して差し上げたらどうでしょう?」
「おお!そうじゃな。アルゼの話だと、今のこちらは仮の部屋だと言っておったな。うん?しかし管理人なんてもう要らな「旦那様!」」
パーシバルさんは冷や汗をかいてサルバトーレさんに進言した。
「と、とにかく、勝手に来たことがバレたら大変ですよ。今日のところはお暇致しましょう。ディオ君とても美味しかったですよ、御馳走様でした」
「おい!せっかく来たと言うのに…」
「「御馳走様でした」」
パーシバルさんはコートを受け取るとドンドン帰る支度を進めてゆく。
そして、嫌がるサルバトーレさんを急き立てると、護衛の2人に馬車を外に回すように言いつけ、なおも渋る彼をまた来ましょうと慰めて席を立った。
「オルフェ…じゃない、坊やまた来る。その時は、今日の礼に何か持ってくるからな」
「お気になさらず、どうぞまたいらしてください」
ニコニコしたディオ兄の顔は本心から言ったものだろう、それを聞いたサルバトーレさんは感激したようで、いきなりディオ兄の左肩に右手をぐっと力を込めて置くと言った。
「きっとまた来る、必ずまた会おう」
ディオ兄を見つめる瞳には強い光が込められていた。
―なんだか、この人に会った気がする…不思議な気持ちだ…
ディオ兄の動揺が背中に張り付いたあたしにも伝わってきていた。
何を思っていたのか分からない。伝えたいことしか考えていることは伝わらないから。
『ディオ兄どうしたの?』
『あ、ちょっとびっくりしただけだよ』
なかなか肩から放してくれない手に、どうして良いのか目を白黒させているディオ兄は、焦ったパーシバルさんが引き離してくれるまで解放されなかった。
セリオンさんは黙っていたが、少し困ったような表情を浮かべていた。
「今日は本当にありがとう、必ずまた会おう」
「は、はい。お待ちしています」
帰るのを渋っていたサルバトーレさんは、遠ざかる馬車の窓から何度も顔を出して、手を振って去って行った。
ディオ兄はそれを見ながらポツリと言った。
「結局、屋敷の中を全然案内しないうちに帰っちゃったね」
『うーん、もしかしてボケたお爺ちゃんだったのかもね』
「年寄には多いからな、御付きの人達も苦労してそうだったじゃないか?ディオは優しいから上手く相手をできたな。えらいぞ」
セリオンさんがディオ兄の肩を労うようにポンポンと叩いて、遠のく馬車の様子を眺めながら言った。
「そうかあ、護衛の人達も大変だね」
木立から冷たい風がすうっと吹くと、のんびりした声でディオ兄は、腕のなかにいるあたしの産着の襟を直してくれた。
本当は思っていることを3人共あえて口に出さなかっただけだ。
きっと何か揉める事になっても、ルトガーさん達が何とかしてくれると期待しているからだ。
それに、口に出すのが怖かったのもある、ディオ兄の本当の親が出てきたら、素直に良かったねと言えないかもしれない。
そんな自分がこの身体と同じ位に矮小な存在のように思えて情けない。
―別れることになったら辛いだろうな…
セリオンさんと眼が合った、同じ思いを抱えているのが伝わったのか、彼は困ったなとばかりに苦笑いを浮かべた。
屋敷に戻って調理場に声を掛けるとクイージさんが出て来た。
「お客の御機嫌はどうだった?」
「怖そうな人かと思ったけど、優しい人みたいだったよ」
最近、クイージさんへの親近感が増したディオ兄は事も無げに答える。
ルトガーさんは屋敷の修復が終わったら越してくると言っていた。
そうしたら、仕様人を集めて男爵家に相応しい家にするらしい。
クイージさんの部屋は、今は食堂のそばにあるが、修復が終わったら別の部屋に移動するかもしれないそうだ。
屋敷が終わったら、今度は庭に家族持ちの使用人のためのコテージを作るらしい。
そんな話をわざわざして、あえて今日のお客さんについて誰も触れなかった。
晩御飯が済むとセリオンが申し訳なさそうに深緑の髪のうなじを掻いて口を開いた。
「あのなあディオ…お前に言わなくちゃならなかったのに、俺は…」
「セリオンさん、分かっているよ。俺の期待していたような出会いじゃなかったけど、かえってすっきりした」
そう言うとディオはにっこり笑った。
* * * *
温かい布団をかぶって寝床に着いたディオはその日はなかなか寝つかれなかった。
今日会ったあの人から懐かしいような気分を思いだしていたが、割り切れない寂しさも感じていた。
―自分の想像していたものと違うからかな?
向かいのソファーに寝ているセリオンの横顔を見て、傍らに眠るアンジェをみやる。穏やかな寝息が聞こえる暗い部屋は安息の場所だ。
―ふたりと一緒にいるときみたいな心地よさだったけど、やっぱりちょっと違う。
そう思ったら、ルトガーに初めて会った頃、褒められて撫でられたことを思い出した。掃除をしているとき、何度もガイルが様子を見に来てくれたことも。
―やっぱりバッソにずっと居たい、みんなと一緒に。
ディオは知らないうちに眠りに落ちて行った。
積もると思われた勢いだった雪は3センチも積もらないうちに、みぞれ雨になったと思うとすぐに止んでしまった。
翌日、嘘みたいな晴れで、午後になる頃には昨日の雪の痕跡など少しもなくなっていた。
ディオが元気よく市場に出かけた後、レナート神父が職人たちの待ち構えている屋敷に訪れた。
屋敷の2階の改装はいよいよ後まわしにしてあった鍵のある部屋に及び、図書室兼、礼拝室に改装することになった。
それに伴い、職人さん達に乞われてレナート神父が屋敷に来た。
最後の部屋は気味の悪い噂のあった部屋で、職人さん達の不安を払うため、神父がお祈りをすることになったのだ。
神父は庭を探して冬に美しく咲く目当ての花を見つけた。
この屋敷の他では見ないつやつやとした濃い緑の輝葉を持つ大ぶりの白い花。
「今年も綺麗に咲いたのだね。一枝切らせてもらうよ」そうひと言、花盛りの美しい木に伝えると鋏を入れた。
レナート神父は部屋に入ると仮の祭壇を設け、先程切ってきた花の一枝を花瓶にさして香を焚いて祈り始めた。
屋敷に迷っているという霊のために祈りを捧げ終わると、仮祭壇を片付け始めた。
神父は祭壇にあった花瓶の花を改めて眺めた。「綺麗な花だが何という名前かな?」
答える人がいないひとりごとの筈だったのだが、部屋の中の人影が答えた。
「それは椿ですよ」
部屋のなかにひとりだと思っていたレナート神父が驚いて振り向くと、そこには銀髪の少年がいた。
美しい面立ちの身なりの良い子だ、富裕層の子供だろうか。
バッソにこんな子供がいたとは知らなかった。教会に来ない家も多いから、そういうことで見なかったのかもしれない。
しかし、この寒い季節だというのに、白い絹のシャツだけとは寒くないのだろうか?
「君はどこの子だね?ディオの友達かな?」
「そうですね。僕にとって彼は大切なお友達です」
「それは良かった、彼は働いているから同年代の友達がいないと思っていました。仲良くしてやってくださいね」
「もちろんです、ウフフ。僕はアンジェとも仲良しですから」
その言葉に、奇妙な緊張を覚えたレナート神父は目の前の子供を改めて見た。
さっきまで好印象だった子供は豹変していた、小首を傾げてニヤニヤと人を食ったような態度で金色に光る眼差しを神父に向けた。
「愚かしいことですよね、人というのは、神の名において戦もすれば、殺し合いもする。いい加減祈っても何もしてもらえないと目を覚ませばいいのに」
ギラギラと光る眼が神父の体をこわ張らせた。
「君は一体…誰なんだ…?ディオの友達というのは本当なのかい?」
さあどうだか、というと彼は身を翻して高笑いと共に部屋を出て行った。
金の眼で射すくめられていたレナート神父は、我に返ると慌てて彼を追いかけたが既に姿は見えなくなっていた。
レナート神父は時間がたつにつれ何故か不安と怖ろしさがこみ上げた。




