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いざ高き天国へ   作者: 薫風丸
第2章 動き出した運命
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第45話  お行儀の悪い訪問客

 布を裂くような女性の悲鳴でちょっと動揺が広がった部屋に、足音高くズカズカと女性を横抱えで入って来たセリオンさんが、彼女をディオ兄のベッドに寝かせた。

驚いたサルバトーレさんとお供の二人は腰を浮かした。


セリオンさんはお客さんのほうに振り返ると、立ったまましかめっ面で話し出した。


「あんたら、ディオが侯爵様から管理人を仰せつかっている屋敷で、怪しい奴らを送り込むなんて、何を考えてる?

外の奴、痺れているからあのままだと凍えて死ぬ、迎えにいってやれよ」


それを聞いて中年の男性が慌てて、サルバトーレさんに謝罪して出て行った。

セリオンさんはベッドの女性の様子を伺い、どっかりとディオ兄の隣のイスに腰を下ろすと渋い顔を向けて早速注意した。


「知らない奴を家にあげるなといったろ?」

「ごめん、でもルトガーさん達が見逃したから、大丈夫と思ったんだよ」


黙っていたサルバトーレさんが思いもよらなかったという顔で聞いた。

「ルトガーはそんなに町で信頼されているのか?」


「この町でよその貴族が入ってきたら、ルトガーさんから皆に注意するように連絡が入る。どんなトラブルがあるか分からないからな。

来ないってことは侯爵様の関係者だと思ったんだろ?ディオ」


ルトガーさんがいるからこの町は安心だと町の人は思っている。

「ルトガーさんは俺にとっては頼れる父親みたいなひとです。そして、この俺の妹にとっても」


腕の中にいるあたしを覗き込んだまま答えたディオ兄に、何故か老紳士は思いっきり不機嫌な顔になったが、またすぐに、表情を戻してにっこり微笑んだ。


 中年の男性の肩をかりて、外にいた若い男性が気落ちした様子で戻ってきた。

痙攣(けいれん)しているのか手を借りないとまともに歩けない。

顔を上げたサルバトーレさんはテーブルにつくように告げた。


「パーシバル、スレイを座らせたらダリアを起こせ。人の部屋でいつまでも寝ていたら失礼だ」

「ちょいまち、パーシバルさんとやら、これ!」


パーシバルと呼ばれた中年の男性にセリオンさんが小さな薬瓶を投げた。

左手で瓶をパシッと受け取ると彼は瓶を改めて見た。


「毒消しの薬だ。飲ませないと小一時間は痺れたままだから」

「信用してくれるのか?武器を持って侵入させた相手だぞ」

その言葉にセリオンさんがクスリと鼻で笑う。


「あんた達でない、ルトガーさんを信じているんだよ。それに、俺は大丈夫」

「腕に自信があるのか?」

パーシバルさんから生意気な奴だというように片眉がぴくっと動いた。


「まあね、何なら試してみてもいいぜ」

そう言うと、セリオンさんはあたしの方に目をやってニヤリと笑った。

うふふ、いざとなったら、あたしも隠れた戦力だもんね。


「皆さん、お茶の用意をして来ますから、どうぞごゆっくり」

「ああ、ディオ、俺も手伝うよ。あんた達は適当に寛いでいてくれ」


セリオンさんとディオ兄は出来たばかりの調理場に入ると、調理場の奥にある半地下から息を潜めたクイージさんが出て来た。

「やれやれ、肝が冷えたわい。どれ、茶の用意をしよう」


冷魔石が仕込んである冷蔵庫からスイートポテト6個と小さなフォークをお皿にのせて、セリオンさんがディオ兄にトレイを持たせた。


「ディオ、先に菓子を持って戻れ。俺が茶の用意をするから」

「美味しい御茶を淹れる練習?」


「そうそう、従者には必要な知識だよ」

にっこり笑うと、さあ行けと背中をポンと軽く叩き送り出した。


*      *       *       *

 

 湯が沸いているコンロの前で、クイージが肩をぐるぐると回しながら、セリオンに口を開いた。


「カメリア様が言ったとおりにいらっしゃったな」

「あんたはまだ隠れていてくれ、相手はまだ身分を明かしていない。ルトガーさんのいないところでトラブルは避けたい」


「ああ、カラブリア卿が様子を見に来ただけなら、その方が良いじゃろう」


セリオンが茶の道具を乗せた盆を持って立ち去ると、クイージは調理場の隣の階段を下りて、半地下の食料貯蔵庫に戻ると、暖かい茶を飲みながら部屋の中にあったタライの中を眺めた。


「しかし、貴族のアルゼ様がこの魚をお好きとは意外だったな。こんな庶民的というか、庶民でもあまり食べない醜い魚なのに…」


タライの中で悠々と泳いでいたナマズがぶわりと大口を開けた。

「まあ、食えば美味いやつじゃがな」


*      *       *       *


 セリオンがお茶のセットを乗せたお盆を運ぶとテーブルに置いた。

そして、ダリアに近づくとぶっきらぼうに、濡れタオルを差し出した。


「ぶつけたところ冷やした方がいいだろう」

「あ、有難うございます」


顔をあげたダリアさんはズキズキする頭頂部に冷たいタオルを当てた。

俯いている彼女の顔は青ざめて唇は小刻みに震えている。


―あれは子供の首だった。銀の髪に金の瞳、あたしと眼が合った

 怖い怖い、やっぱりこの屋敷は噂通りの幽霊屋敷だわ


あんた、あんた…

ハッとしたダリアはやっとセリオンに声を掛けられていることに気がついた。


「頭がぼうっとするのか?眩暈とかあるのか?大丈夫か?」

「あ、はい、大丈夫です。有難う」

ダリアはようやく背筋を伸ばして気持ちを落ち着けた。


―そうよ、見間違い。怖いと思っていたからよ。あたしが怖がりだから…


*      *       *       *


 サルバトーレさんは持ってきたケーキを興味深げに見た。お金持ちには飾り気のない素朴なお菓子でしょうね。

「見たことが無いケーキだけど、どこで買ったのかね?」

ディオ兄が悪戯っぽく笑うと菓子皿を配ってから言った。


「俺が作ったケーキで名前はスイートポテトです。来年から売ろうと思っている試作品です。良かったら召し上がって下さい」


サルバトーレさんは驚いてサツマイモで作ったスイートポテトの皿を手に取ってみた。

蒸したサツマイモの中身をくり抜いて、砂糖とバターと生クリームでこねてから、皮に戻して卵黄を表面に塗って焼いたものだ。


アルゼさんが調理場を急いで作ってくれと大工さんに頼んでくれたので、そこで料理ができるようになったのだ。


 どうぞと勧められ、毒見のつもりかパーシバルさんがすぐに手を出した。

ダリアさんもお茶を口に含んだ、すぐに飲み下さないのは、やはり毒見という事なのだろう。


だが、その二人よりも素早くスイートポテトをフォークで口に入れ、二人を慌てさせたのは、サルバトーレさんだった。


「おお、これは気に入った」

甘さ控えめでクリーミーなサツマイモのお菓子は気に入って貰えたらしい。


「ええ本当に、舌触りも滑らかでとても美味しいですよ」

「このお茶も香ばしくて美味しいです、何のお茶でしょう?」


サルバトーレさんとダリアさんの言葉に、機嫌良くディオ兄が答える。


「サツマイモを裏ごししたので市場で売るものより滑らかになってます。

お茶も俺が作ったお茶で、玄米薬草茶と言います」


「美味しい、坊やはお料理が上手なんですね」

パーシバルさんが売り出したら買いたいと言ってくれた。


サルバトーレさんに至っては何だか涙ぐんでいるように見えた、そんなに甘いものに飢えていたのだろうか?良かったねえお爺ちゃん…


「美味かったですねえ…」

先程まで痺れていた、スレイと呼ばれていた青年が空のお皿を残念そうに眺めた。


お茶を飲んでいたセリオンさんが「俺の良かったら食うか?」というと、尻尾を振らんばかりの勢いで「良いのか?すまん」と答えた。


くすりと笑ったセリオンさんは皿を彼の前に差し出した。

「さっき蹴り倒したからな、詫びだ」

そのやり取りを苦笑して見ていたサルバトーレさんは、ディオ兄に尋ねた。


「君はここで暮らしているが、親がいなくて困った事とかあるだろう?」


「うーん、今はご飯がちゃんと食べられるようになったし、真冬はひとりで出店が出せそうですし、不便なことは…お風呂はアルゼさんが作るよう手配してくださっているし」


「風呂?ここには無いのか?」

「川で水浴びか庭で水を被ったりしています。でもお風呂はもうじき使わせてもらえるので助かりました。

これから妹が大きくなったらちゃんとしたお風呂じゃないと可哀そうで」


「なんと、アルゼの奴何をしている!」

なんで、そこで憤慨するんですか、おじさん!しかも、アルゼさんを呼び捨てなんて、侯爵様の弟に不遜ですなあ。


 サルバトーレさんの指のアイスブルーの宝石がキラリと光って見えた。

まさか…ルトガーさん達が言ってた貴族の父親って…この人もしかしてディオ兄のお爺ちゃんなのかな?


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