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いざ高き天国へ   作者: 薫風丸
第2章 動き出した運命
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第44話  冬を知らせる雪

 数日後の朝は曇りがちだった、そのうえやけに冷え込んでいる。

こんな時が一番店を出すべきか迷う。


ダミアンさんとポルトさんも今日は迷った末に市場に来たのだが…

「こりゃ、早いところ帰った方がよさそうだぞ…」


チラチラとしていた雪は二人の読みをすっかり外して、どんどん雲が厚くなりこのままだと積もるのではないかという状況になってしまった。


もともと今日は人通りが少なく、周りもどんどん店を畳んでいる。

ふたりが諦めて店を畳んでいる間にもシャンシャンと雪は降り続けた。


「くっそー!今日は読み間違えたな」ブルッと身震いしたポルトさんが呟く。

「ディオ、サシャさんと連絡したのか?」

ダミアンさんが冷たい雪のなか来るかもしれないサシャさんを気遣う。


「はい、朝の授乳のとき、今日は雪になりそうだからお断りしておきました」

「そうか、じゃあポルト、急いで帰ろうか。ディオこれ持って帰れ」


ダミアンさんがディオ兄の手に次々と野菜を渡した。

ポルトさんも豚肉の塊を手渡して、ディオ兄に言った。


「冬に泊まりに行くから美味い保存食料作って教えてくれよ。これは練習台に使ってくれ」


「はい、有難うございます。お二人とも気を付けて帰って下さいね」

「おう!お前も今日は寒いから風邪ひくなよ」

「明日も雪降っていたら来なくていいぞ。じゃあな!」


 市場は人がいっきに引いてまばらになってしまった。

ディオ兄も背中にあたし、貰った食べ物を胸に抱え雪の中を慌てて家に戻った。

大工さん達はいない筈だ、お天気が悪いと帰るからだ。


大工の棟梁は仕事が終わると、屋敷と門の合い鍵を掛けて帰る。

門の鍵はアルゼさんがディオ兄のことを心配してつけてくれた。

その門の鉄柵を男の人が両手で掴み、中を覗き込むように佇んでいる。


「誰だろう…?」

近づいたら白髪のお爺さんだった、あれ、顔はお爺さんというほどではない。

おじさんで良いかな、皺とかはあまりないようだけど。


とても悲しそうな、寂しそうな顔をしている。少し離れたところに辺りを窺う護衛らしい男性がひとりいる。


『あまり危険な人には見えないね』

「うん、そう見えるね」


こんなに雪が降って寒いのに佇んでいる、訳アリにしか見えない。

毛織の厚いコートを着た紳士だ。乗馬用のしっかりしたブーツを履いて、襟元を暖かそうなマフラーでしっかり巻いている。


ああ、庶民じゃないのは間違いない、門の鉄柵を掴んでいる手には銀の指輪にアイスブルーの宝石が付いている。ディオ兄の瞳の色と同じ色だ。


「こんにちは、ここに何か御用ですか?」

はっと振り返った彼の目には涙が浮かんでいた、ディオ兄の姿を目に留めるとさらに驚いて、一瞬感極まるような表情を見せたが、直ぐに咳払いをして質問してきた。


「君はこの屋敷に住んでいるのかな?私は昔、ここの人と知り合いだったので来てみたのだよ」


「そうでしたか、俺はここの管理人をさせて頂いています、デスティーノです。もし中をご覧になりたいのならご案内しますよ」


「良いのか?すまん。私はサルバトーレだ」老紳士はとても喜んで感謝した。

「どうぞ、熱いお茶でもいれますよ、お供の方もどうぞ」


ディオ兄は鉄柵の開錠をして中に入るように促した。

「昔は素敵なお庭だったのでしょうけど、何しろ敷地が大きくて目立つ雑草を取るくらいしかしてないのです。管理を任されているのに申し訳ないと思っています」


「無理ないだろう、庭師がいないなら。ここの屋敷では昔は見習いを含めて5人の庭師がいた。

大きな庭園がある屋敷なら20人くらいは珍しくない、なかには40人というところもある」


ディオ兄はどれだけ大きい屋敷か想像できないと笑って嘆息し、屋敷の表玄関の床の枯れ葉に目を落とし、ドアに鍵を差し入れた。


中に入ると玄関ホールの隅に修理の材料の木材や石材などが古絨毯の上に重なっておかれている。

「修理中なので御見苦しいです」と、すまなそうにディオ兄が微笑んだ。


「いや、押しかけて来たのはこちらだ、すまない。そのうえ共の者までお邪魔して申し訳ない」

老紳士のお共の中年の男性はディオ兄に丁寧に頭を下げた。

ディオ兄は慌ててペコリと頭を下げて2階に誘った。


「とにかくタオルを出しますから奥にどうぞ」


あたし達が使っている2階の部屋に案内して暖炉に火をつけた。

この部屋は台所と共に一番先にアルゼさんが直してくれた、ディオ兄が以前から使っていた部屋だ。


アルゼさんの厚意で椅子やテーブル本棚、ベッドなど一通りの家具がすでに入っている。部屋を見た時、ディオ兄は夢みたいだと喜んだっけ。

老紳士は部屋をぐるりと見渡してから、ディオ兄を振り返って言った。


「君はここに管理人として住んでいるのかい?」

「はい、侯爵様からご厚意を頂きまして、有難く住んでいます」

「両親と暮らしたいとは思わないのかね?」


背中越しに彼から触れて欲しくないという空気を感じた。

「ルトガーさんに初めて会ったとき、濃紺の髪の色はとても珍しいのに3人目を見るなんてと驚かれました。瞳の色も滅多に見ないアイスブルーだと…」


「ああ、そうだね。君の瞳の色はまれにみる色味だ。私もその色が好きでね。

ご覧、指輪に同じ色の石をつけているのだよ」


まさか…ディオ兄の親のことを何かしっているのかしら?


「そんなに特徴のある色の髪と目の色なら、生き別れになったなら、とっくに見つけてくれたでしょう。俺は捨てられたというほうが納得します」


びくりと眉を動かし、そうかと答えると、紳士は続けて、そう思うかと呟き苦い溜息を吐いた。

ディオ兄はタオルを差し出し、コートを掛けると向き合って問いただした。


「ところで、なんで家の中と外に人を潜ませているのですか?」

「「!!!」」

しばらく驚いたまま動かなくなっていた紳士は信じられないといった面持ちで聞いた。

「何故、分かったんだい?」


「いつも見える松の胴の部分が見えない、誰か隠れるために重みでたわんでいるのか、または、木の枝を曲げて登っていると思いました。


中に潜んでいる人はドアに入るときに挟んであった藁が落ちていたので分かりました」


「たいしたものだ。確かにふたり護衛がいる」

中年男性は色を失い、頭を下げて、サルバトーレさんに面目御座いませんと告げた。

いや、住居不法侵入したんだから、ディオ兄に頭下げなさいよ…


ふと気がつくとセリオンさんが身を潜めているのが見えた。

『あ、くせ者を捕まえたwww』

木の上からズルズルと落ちてきて、ドサンと植え込みの上に落ちてもがき、腰の短剣を出そうとしている若い男をセリオンさんが地面に蹴り落とばすと、後ろ手に縛った様子をディオ兄にも脳内イメージで見せてあげた。


『セリオンさん、お疲れー!』

『おう、他にもいたら教えてくれ』


セリオンさんは男に猿轡を噛ませると、さっさと玄関に向かった。

そのときドアの音に慌てた女の人が応接室に滑り込むのが見えた。


『応接室、女の人みたいだよ。ねえ、ここ幽霊屋敷で有名だったよね?』

「そうだが?」


意識を飛ばして念視すると、居間に潜んでいたのは、長いキュロットスカートと短めのジャケットを羽織ったうら若い女性だった。


彼女がいる広い応接間にはソファーやテーブルといった家具が白い布を被せられ静まり返っている。


セリオンさんが、知らんぷりをして応接間に入るとひと言呟いた。

「いつ来ても辛気臭いところだ、まあ、幽霊が出るのはこの部屋だけだから問題ないか」


そういうとさっさと外に出て、さも遠ざかるように足音を立てると、足音を忍ばせてすぐにドアノブを押さえ、いたずらっ子みたいな笑顔で連絡した。


『よし!いいぞ、アンジェ。思いっきり脅かしてやれ!』


勝手に人の家に入って隠れているのはいけないことですよ、という訳で、お仕置きと参りましょう♪ どんなお化けを見せてあげようかな。ウヘヘ


*      *       *       *


 白い布を被ったマホガニー製のテーブルの下にいたダリアは怯えていた。


彼女は幽霊の類が大嫌いなのである、幽霊屋敷が怖いと言ったら上司のパーシバルに怒られて、屋敷の中に先に入って探るよう言われてしまった。

まるきり嫌がらせじゃないですか!と胸のうちで毒づいた。

得意の鍵開けで家の中に入ったがどうもこの家は嫌な気配がする。


―大丈夫、大丈夫、子供がひとりで住んでいるくらいなのよ!

 幽霊なんて出るわけないわ!私は大丈夫!


 そう自分に言い聞かせてテーブルの下から這い出そうとした瞬間、大きな塊が凄い勢いで、彼女の床についた手にぶつかり跳ね上がった。

*ゴロン*

床についた両手の間に止まったのは、銀髪のうつろな金の眼を向けた子供の頭だった。


「ぎゃああああああああああああああ!」

悲鳴を上げたダリアは思いっきり立ち上がろうとして、分厚いテーブルに頭頂部をしたたかに打ち付けてしまった。

*ぐあああああん!*


『アンジェ、すげえ悲鳴と物音が聞こえたけど大丈夫か?』

『あたしまだ何もしてないんだけど…おかしいな?』


セリオンがそっと中を窺うとひっくり返ったテーブルの脇でダリアが白目をむいて倒れていた。


「このマホガニーのテーブル、こんなぶあついのを…これをひっくり返したのか?ものすげえな…」


セリオンがやれやれとばかりに気絶した彼女を横抱えにして去ると、誰もいないはずの部屋の中でクスクスと子供の忍び笑いがしたが、それを聞きとめる者はいなかった。


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