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いざ高き天国へ   作者: 薫風丸
第2章 動き出した運命
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第40話  骨を買う人

 いつもの市場に寄って買い物を済ませたクレアを、家で3歳の娘と5歳、7歳になる息子達が待っている。


「ただいま、みんなお腹空いたでしょう?すぐに支度するわね」


一部屋しかない開放型の借家はただの窓付きの空間であって、子供3人の夫婦にとっては非常に狭い部屋だった。


母ちゃん!と、夫が作った棚のような3段ベッドから声があがると、わらわらと子供たちが集まって飛びついてきた。彼女が3人の子供たちを抱きしめていると、彼女の夫が足を引きずってベッドから立ち上がった。


「お帰りクレア、すまねえな。疲れたろう」

「大丈夫よ、それよりも、今日はパンとスープだけじゃないわ。こんなに大きなお肉があるのよ!」


麻布に包まれたものが塊肉だと知ると子供たちに歓声が上がった。


「わー!すげえええ!」「うわー!」「一杯あるー!」

「お前どうしたんだよ、これ?」


「肉屋さんが燻製を失敗したから、良かったらタダで良いから貰わないかって言われて、貰ってきちゃったの」


夫のエルムは話を聞いて、やっと安心して肉の塊を喜んで眺めた。

肉の塊がゴロリと包みから転がり、その姿を現すと家族にどよめきが起こった、何しろ塊肉など本当に久しぶりだったからだ。


中級以上の暮らしなら、毎日肉が夕の食卓に上がるだろう。


貧しくなると肉は週に一度くらいに限られる、その下の家庭では僅かばかりのベーコンの切れ端になり、さらに下の家庭では肉は口に出来ない。


なんとかチーズやミルクを手に入れて動物性たんぱく質を補充するのである。


市場で買った骨に付いている肉をそぎ落とし、砕いた骨の中のゼリー状の骨髄を何度も血を抜きをして食べている一家にとって、少しばかり、焦げ臭い匂いが付いていようが、そんなことは皆気にしなかった。


「ちょっと待ってね、あんた達は外側の肉は硬すぎるから表面を削るからね」

彼女はそう言うと燻製肉の焦げ臭く、酸味のある表面を丁寧に削った。


赤ん坊を背負った売り子の少年が包んでくれた野菜くずには、ドライトマトと香草が入っていた。

少年はこれをスープに入れれば、匂い消しになるからと包んでくれた。


―優しい子供だわ。うちが貧しいのをきっと分かっているのね。


子供にまで同情されることは情けなかったが、今はただ有難いだけだ。

最下層の一家にとって、バッソは有難い町だった。


 以前、一家は他の町に住んでいたが、ここの評判を聞いて街道を歩いて流れ着いた。

彼女の夫、エルムは、前は大工をしていたが、足場から落ちて脚を骨折して以来杖が無いと長くは歩けなくなったため、大工を諦めた。


夫が日雇いの仕事を探している間、クレアがなんとか下女の仕事をしていたが、女の賃金は半分という不文律がある町では、3人の子供と障害を負った夫と暮らすには足りなかった。


救貧法や乞食・浮浪児禁止法があるので、住処を追われたら子供を育てるに値しない親として、家族はバラバラにされるかもしれない。


無理をして安部屋にしがみついているうちに、一家は糊口(ここう)も凌げないありさまに陥った。


―孤児院の子供の方がうちの子達より幸せだわ…


孤児院は貴族が金を出して運営するところも多い。そんなところでは3食の食事が出て、着る物も寝るところもクレアの子供よりも上等だ。


貴族が孤児院に金を潤沢に出すため、親のいる貧しい家庭の子供たちは冬でも裸足で外を歩いているのに、孤児院の子供たちは靴を履き、暖かい服に包まれているという、何とも皮肉な光景が町で見られるようになった。


 いよいよ、借家を出ないといけないところまで追い詰められたとき、仕事を探していた夫が町でバッソの噂を聞いて来た。


―思い切って町を出てバッソに行かないか?領主は新興貴族で、爵位の無かった生まれのため市井の暮らしに理解があるらしい。


 どうせ、この町に居たら子供は孤児院に入れられ、夫婦もバラバラの強制施設に入れられるだけだと割り切って、町を出た。

季節は初夏になっていて宿を取る必要が無いのが幸運といえる。


街道沿いの林で、家族で身を寄せて野宿しながら、希望だけをたよりにバッソへと足を向けた。


金のないクレア達は街道をひたすら歩くしかなかったが、道中の荷馬車にときたま助けられる幸運もあり、ひもじさに耐えて何とかバッソに辿りついた。


 町に辿りついたものの、穏やかに微笑んで歩くよその家族を見て、裸足で流れて来た痩せた自分たちが何とも惨めで、この先をどうしたものか、市場の近くで、疲れ果てて座り込んでいたところをガイルに声を掛けられた。


「こんちは、あんた達は、家族はバッソに着いたばかりだろう?住むところも仕事も見つかってないなら付いてきな。悪いようにはしないよ」


 もはや疲れ果てていた家族は、警戒感すら思い浮かぶことも出来ないありさまだったのは、かえって幸運だったと言える。


ルトガーに引き合わされた一家はバッソの救済措置で、長屋の貸部屋をひとつきの間、住宅免除を受けられた。

1ヶ月分の支度金を無利息で貸してくれた事も本当に有難かった。


仕事も斡旋してくれたが、夫の脚では長い間立っている仕事が無理だと話すと、住んでいる共同住宅の共用部分を掃除し、修繕と管理する仕事を提案された。


この仕事をしてくれれば月1万スーの家賃を払わず、少々なら賃金も出すし、修繕の必要があるときは、追加の手間賃を別に出すと言われて夫は引き受けた。


共同の炊事場と共同のトイレがあるだけの長屋だったが、これは他では見ない設備だった。

その頃の貧乏な借家では台所が無く、外で火を焚いて焼くだけ、トイレはその辺に穴を掘るだけのものだからだ。


部屋は開放型の一部屋しかないが、冬が来る前にやっと落ち着ける場所ができた一家の喜びは大きかった。


「おい、クレア」

過去を思い出していた彼女はハッとすると、夫が心配そうに顔を見ている、そして彼女の食べていた外側の肉の部分を指さしている。


「それを俺にも寄こせ」

「あら、足りなかったの?」

それならと彼女が別の肉を出そうと腰を上げるのを彼は制止した。


「違うよ、お前だけ焦げ臭い肉を食わなくても良いだろう。俺と半分づつ交換しよう、寄こせ」そういうと夫のエルムは微笑んだ。


いいの?と彼女が夫の皿と自分の分を半分交換すると、夫は早速焦げ臭い燻製を口に入れる。


「苦!なんで酸っぱ?!!焦げ臭い!」エルムが盛大に顔をしかめた。

クレアは大笑いしてそれを眺め、夫も子供達もつられて笑い出した。


「にがー!」「すっぱ!」「焦げくさーい!」

父親を真似て、母親の皿の肉を口々に放り込んだ子供たちはゲラゲラ笑った。

その様子を眺めて小さいが利発な売り子の少年を彼女は思い出す。


―そういえばあの子はお祭りでくじ引きをすると言ったっけ。年越しのお祭りくらいちゃんとした物を買ってあげよう。

 あの子ひとりで店を出すって言っていたわ。うちの子達の刺激になるかもしれない、家族を誘って見に行ってみましょう。


赤ん坊の妹に頬擦りして、会話をするように話しかけていた少年を、クララは思い浮かべて微笑んだ。


*      *       *       *


 いつも背中にアンジェを背負っていると、腰を痛めると皆に心配されてしまい、ディオ兄と引き離されてしまった。 (泣)


これから寒い季節に温かい背中とおさらばしてしまい、真に残念だったが確かに段々大きくなってきたのだ、ひっつきっぱなしというのも申し訳ない。


ディオ兄の背中から降ろされるとき、彼が腰を伸ばしてトントンとさすっているのを見て、少々ショックだったが…


それ以来、クイージさんが頻繁に子守をしてくれるようになった。

「嬢や、今日はじいじと絵本を見ような」

うーん、クイージさんすっかり好々爺になってきたな。


膝の上に座らせてもらって、開いて貰った絵本を眺めた。

おお!綺麗な絵本、楽しそうだ!ディオ兄の読んでいる本は固い本ばっかりで眠たくなってしょうがなかったから嬉しい。


?あれ?あたし大人のはずだけど、今の、ちびっ子の考えっぽいな?


「そしてお姫様は、怪物を退治して王子様の求婚を断って勇者になりました。おしまい…なんかわしの知っている絵本とだいぶ違うな…」


*パチペチパチ* 拍手!拍手!

たまには、いつもお世話になっているクイージさんにサービスしないとね。

「おお、気に入ったのかな?」

「あーい!じーじ」


いつもいつも、男の脚を引っ張るだけの、弱っちいお姫様の話なんか食傷しているのよ。

ナイスセレクト!クイージさん!


ハッ!やばい「じーじ」はやばいかも!あたしは7月生まれくらいなのに、言葉早すぎだよね?!

と、思ったらなんか上から降って来た。なんだこれ?涙??


「あれ?クイージさんどうした?」

部屋に入って来たセリオンさんが不思議そうにしている。


「わ、わしに…孫ができた…」

家族を持てなかった彼には、「じいじ」の言葉は胸につまるものがあった。


 その日から、クイージ爺ちゃんに溺愛され、セリオンさんにジジイ転がしと言われるようになった…


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