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いざ高き天国へ   作者: 薫風丸
第7章 天国への階段
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第4話   バッソの女達

 外に出るとやけに涼しくて、あたしは寒さを感じるくらいだった。

ディオ兄は丈夫そうな大きな布を出して、袈裟懸けに自分の体に結ぶと、あたしの体をそこにすっぽり入れた。


「これからシャサさんの家でお乳をもらうことになっているけど、まだ朝が早すぎるから我慢してね。その前に洗濯しないと」

「あぶ~」

『大丈夫だよ~』

「アンジェは本当に聞き分けのいい子だね」


朝から美少年にほっぺをスリスリされるなんて、ああ、とても幸せな気分です。

ちがう、違うわよ、ショタじゃないよ。


洗濯籠らしき小さな籠を持って廃墟の外へ出て行く。

『ディオ兄は朝ごはんを食べないの?』

「うん、早いお昼と夜の2食だよ。3食を食べられるのは余裕のある家だね」


そうか、朝を食べる余裕がないのか…

日本も江戸の前半になってからやっと3食を食べるようになったらしい。

あたしは改めてディオ兄の体付きが痩せていることに思いをはせた。

成長期にしては明らかに栄養が足りてない、このままだと心配だわ。




 町にある共同洗濯場は川のそばにあり、木造の屋根と柱だけが組まれている壁なしの建物だった。


洗濯するところは石で組まれた浅く平たい流し場になっていて、擦り洗いしやすいように、手前から斜めに埋め込まれた平たい岩が突き出していた。


川から引いた水が水道管からさらさらと流れており、汚れがひどいときや予洗いをするときは流しの排水側を使い、仕上げ洗いを水道管側で行う。

最後のすすぎをするところは、同じように石で組まれた水桶があり、違う水道管から綺麗な水が注ぎこんでいた。


使用するには、ここを仕切っている女たちの許しが必要だった。


 以前、酔った男がこの洗濯場で小便をしたとき、怒った女たちが酔っぱらいを、叩き洗いの洗濯棒で叩きのめし、半裸にして縛り上げ、広場で晒し物にした事件は、バッソの女の気の強さを語るひとつになっている。




 ディオ兄が町の共同洗濯場に向かうと何人か先客がいた。

洗濯を生業にしている女性達のようだ。

ディオ兄は洗濯籠を抱えたまま、どうしようか躊躇っている様子だったが、勇気を出して洗濯場に入って行った。


「お早うございます、皆さん」

顔をあげたおばちゃん達は口々にお早うと返した。

「あら、その子は?」

少しばかり身を固くしたディオ兄の反応に気がついたおばちゃん達は、「女?男?」と優しく聞いた。


「女の子です。アンジェリーチェと名付けたのでアンジェと呼んでやってください」

「まあ、可愛い子ねえ。こんにちはアンジェちゃん」


わらわらと、洗濯の手を止めたおばちゃん達にすっかり取り囲まれた。

しょうがない、ここはひとつ愛嬌を振りますか!


*あぶうぅ*

(お早うございます)

*あっぷうあ、あうあい~*

(初めまして、アンジェです~)

そして天使(アンジェ)スマイル!!!にっこにこ~♪


「あら、ご機嫌ね。かわいい、笑っている」

「うわー!なにこの子、天使みたい!可愛い!」

「綺麗な金髪、目は菫色なんて珍しいわ。本当に器量よしね」

「可愛い妹ね、リヒュート」


「あ、俺の名前、良くない意味だと言われたので、俺の名前変えました。

新しい名前はデスティーノなので、ディオって呼んで下さい」


「良くない意味?何て意味だったの?」


「えっと、リヒュートはゴミという意味だそうなんで、学のある人に、俺が名乗ったら怒られてしまって、その人がすぐに名前変えろと…それで、俺の新しい名前を考えてくれたんです」


まあ!とおばちゃん達は雷に打たれたようにショックを受けた。

そして、怒りで弾かれ大、声をあげた。

「「「「誰よ!前の名前つけた奴!」」」」


信じられないくらいピッタリとシンクロしましたね、奥様方。あたしもまったく同じことを考えましたよ。

こんな美少年になんて名前つけるんだ、どあほう!そんな気分でした。

額縁に入れて愛でたいくらい可愛い少年に、なんて名前を付けるのだ!

呪われろ!名付け親!!


「特殊な古語だそうです。たぶん親がつけたと思います」


「名づけ親がいたのかしら?意地の悪い奴に親は騙されたのよきっと!」

「きっとそうね」


それからはギャンギャン言うおばちゃん達に落ち着いてもらうと、ディオ兄は胸側にいたあたしをそのままに、やっと洗濯を始めた。


「あんた、いや、ディオだったわね。それじゃあ洗濯しにくいでしょう?家に使わなくなったおんぶ紐があるから、持って来てあげる。

ちょっと待っていて、直ぐ近くだからすぐ持ってくるわね」


マリラというおばさんが、急いで家からおんぶ紐を持って来てくれて、あたしを背中に背負わせてくれた。

おお、おんぶ紐とはいうけど、これお尻から背中、首の支えまでスッポリあっていい具合です。


*きゃきゃきゃ*

『楽ちん~!』

パタパタと小っちゃな手を振って喜んで見せると、おばちゃん達は思い切り和んだ顔をしてくれた。


「良かったね、アンジェ。助かりますマリラさん、有難うございます」

背中に回ったことで、あたしは周りを前より見渡せるようになった。


 石鹸は無いんだね。ディオ兄はよく洗濯しているようで、ジャブジャブと岩の上で手際よく擦り洗いを始めた、次々と洗い終わり濯ぎ、絞りを始めた。


「赤ちゃんのお乳はどうしているの?」

マリラさんが、洗濯籠に洗い物を取り込むディオ兄に聞いた。


「サシャさんに昨日頼みました。これから行くところです」

「良かった、ミルクのあてがあるのね」

「はい、助かりました、それじゃあ、俺、お先に失礼します」

「ちょっと待って、ルトガー親分に赤ん坊を会わせたかい?」

「はい」

「彼の許しがでたの?」


ディオ兄はルトガーさんの身元預かりになっているから孤児院に入らないで済んでいる。ルトガーさんから赤ん坊を育てる許可が無ければ、乳児院に取り上げられる、彼女はそこを心配したのだろう。


「はい、俺が育てるお許しを頂きました」

「それなら、誰に聞かれても自分が育てている妹だと堂々としてな、ルトガー親分が許したなら、誰もあんたの妹を取り上げる奴なんていないよ」


 晴れ晴れとした笑顔で、ディオ兄はハイと答えて、おばちゃん達に別れの挨拶をして家に戻った。


*          *           *          *


「新しい名前はディオ?だっけ…あの子は本当にいい子だねえ」

「何で元が浮浪児なのにあんなに上品なのかしら?」

「その前は孤児院でしょ?またその前は煙突掃除だっけ?」 


「もしかして、元は貴族の子じゃない?以前、貴族の子が攫われて煙突掃除屋に売り飛ばされていた事があったじゃないの!」


「最近は貴族の子が攫われたなんて聞かないわよ」


「じゃあ血筋よ!ほらブルーブラッドっていうじゃない?没落貴族のなれの果てとかさ、あり得るでしょう?」


「アルバの大飢饉革命のとき、かなりの貴族が処分を受けたから有りえない話ではないわね…」

女達のお喋りは止まることが無かった…




住処の廃墟の木に洗濯物を掛けて干して籠をしまうと、大急ぎでサシャさんのところへディオ兄が走る。


「早くしないとアンジェが飢えちゃう」

『ディオ兄、焦らなくてもいいよ』


 息を切らせて家に着くと、サシャさんは家からすぐ出てきてくれて、今は旦那さんが寝ているから外で待っていてとディオ兄にいうと、あたしを奥で授乳させてくれた。

 背中をとんとんと優しく叩いてけっぷを出させると、本当に可愛い子ねとオデコにキスした。


「その子は?」

ノロノロとベッドで起き上がった旦那さんがあたしを見ている。

「ルトガーさんのところのディオの妹だって、親がいないから頼まれて、代わりにお乳をあげてるの」


へえ、と旦那は息をついた、覗き込んでしげしげとあたしを見ると溜息をついた。


「俺の子はどうして死んじまったのかな…」

「バスク、もう言わないで」

「だってよう、親のない子が生きているのに、俺の子は…」


 まとわりつく旦那さんを、サシャさんは肘で押しのけてさっさと外で待っているディオ兄にあたしを渡した。


「お待たせ、さあ、背負うの手伝うわね」

そして、小声で旦那は酔っているから何を言われても気にしないでと囁いた。


「なあ、小僧!お前じゃ育てられないだろ?その子を俺に…ぐはあ!!」


 みなまで言う前にサシャさんのボディーブローがさく裂した。

ぐえええと地面に転がっている旦那を見下ろして、サシャさんが冷たく言い放った。


「あたしはこの子から大銅貨をもらって乳をやっているのよ。言わばこの子はあたしの雇い主。 

あんたと違って働いて妹を養っているの!子供だと馬鹿にしているとあたしが許さないわよ!!

この宿六!!!」


旦那が地面に腹ばいに突っ伏したまま、サシャさんを見上げて恨めし気に言葉を漏らした。


「どうして何だ…」

「何よ?」

「なんでサシャはあっさり息子のことを忘れられるんだ!俺なんかこんなに悲しいのに!サシャは薄情すぎる!ぐは!!!」


 2発目は足蹴りが旦那さんの背中に入ったとき、サシャさんの、か細い体から恐ろしいほどの怒気と涙があふれ出した。


「この馬鹿!悲しいのはあんただけじゃないわ!悲しい悲しいって嘆いてばかりじゃ生きていけないのよ!あたしはあの子のせいで悲しくて働く気が起こらないなんて、泣き言を言わないわ!

それじゃ、あの子があんまりにも可愛そうだもの!死んじゃって、その上、怠けているのはお前のせいだなんて!」


 呆気に取られて、ことの様子を眺めていたディオ兄に、震える手を握りこんで怒りに耐えている彼女が、やっと言葉を継いで言った。


「坊や、これ以上いると教育に良くないからもう行きなさい。今日、あたしは手仕事を家でしているから、いつでもいらっしゃい」

「は、はい。有難うございます、それじゃ失礼します…」


 そそくさとディオ兄が立ち去るなか、あたしはその後が気になって意識を飛ばすと、旦那さんはあの後もサシャさんにボコられているようだった。

南無~、まあ、あんな言い方されたらブチ切れてあたりまえでしょうね。


しかし、バッソの女は気が強いと聞いたけど、本当だね。

あたしも…いやいや…ディオ兄を絶対ボコったりしないからね。


 次に辿り着いたのは市場だった、広場に着いたばかりの荷馬車が野菜や肉、魚、その他色々なものを商いするために集まっていた。


『買い物するの?』

『いや、仕事を貰うんだよ』


 ディオ兄は荷を下ろしている一人一人に声を掛けてまわったが、なかなか子供を雇ってくれそうな所は無かった。

背中のあたしを見て興味は持ってくれるのだが、そこまでだ。

無駄に愛嬌を振りまいてしまった。


「やっぱり、子供じゃ仕事はなかなか見つからないか…定期的に働けるような仕事が欲しいけど、やっぱり大人の紹介でもないと無理なのかな」


『ルトガーさんのお掃除の仕事の他はどうやって探していたの?』


「忙しい時期に仕事先が、日雇いをルトガーさんに頼んで来て、ルトガーさんが募集をしたり、俺らに直接仕事を回している。

仕事内容は、掃除以外はまずないよ。孤児に客商売は絶対ないね。

信用がないから、お金を扱うような仕事は特にね」


 ルトガーさんが紹介してくれる掃除の仕事は子供に頼む仕事にしては高収入なほうらしい。

ディオ兄の話によるとこの世界は、成人男性の報酬が100だとすると、女性は半分の50、子供は25だそうだ。


 力仕事でないなら、不景気になると安く雇える女、子供を雇用するところが増え、その結果、男が仕事にあぶれて、子供を養えなくて捨て子にしてしまう事が大問題になった。


捨て子になった子は、文句を言う親がいないのでさらに安く雇われて、使い捨てにされて、また男が仕事にあぶれるという悪循環におちいり、不景気が止まらない。


 そのため、その雇用報酬の現在の基準を撤廃する法案が通ったが、まだまだ市民の感覚には広がっていないらしい。


「ルトガーさんに仕事を下さいと頼むわけにはいかないし…」


 しょんぼりしているディオ兄を慰めようとしていたら、その先にトラブっているおじさん達が声を上げているのが目に入った。


『喧嘩かしら?ディオ兄巻き込まれないように気を付けてね』

「うん、大丈夫気を付けるよ。あれ?あのお兄さんは…」


 視線の先には、せっかちそうな乗合馬車の御者と20代の男の人いた。


大声を上げているのは御者のほうで、男の人は困った顔で相手を落ち着かせようとしている。

その人の足元には野菜が入っているらしい木箱がいくつもあった。


『ディオ兄の知り合い?』

「ううん、見かけたことがある八百屋さん。前にね、市場のごみ捨て場で食べられるものを探していたら、あの人が捨てに来たの。


まだ食べられる物ばかりで、干した果物とかトマトとかパンまであったんだよ。

ゴミを捨てるふりして、たぶん俺に恵んでくれたのだと思う。

あのとき、俺、幻覚が見えるくらいひもじくて、骨だと思って棒かじってたんだよ。アハハ」


それ、笑いごとじゃないでしょうが!笑えないどころか、こっちの精神ダメージが大きすぎるわ!(泣)


「あのとき食いつなぐことができたから、セリオンさんに出会えて、ルトガーさんのところで雇ってもらえたから。

あの八百屋さんが困っていたら嫌だな、ちょっと気になるから行って様子を見てみるよ」


 ひゃあ、自分から揉め事に首を突っ込むの?まあ、それがディオ兄なんだよね。でなきゃ、捨て子のあたしを拾わないよね。

大人の喧嘩なら巻き込まれて怪我する前に、他の人を呼んですぐに逃げるんだよ…いざとなったら、あたしが念話で精神攻撃でもしちゃうか!


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