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いざ高き天国へ   作者: 薫風丸
第2章 動き出した運命
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第38話  白身魚と板ガラス

 市場にお昼の鐘が響く、木箱の即席テーブルの上に、柿渋で薄く染めたベージュの布を広げると、ディオ兄がさっさとお弁当を籠から出して並べた。


簡易コンロで湯を沸かして、持ってきたカップでお茶を淹れて皆に勧めた。

今日のお弁当はバーガー2種だ。先ずは照り焼きチキンバーガーだ。


鶏胸肉のバーガーはこんがり焼いた胸肉に甘辛い照り焼きソースが絡み、生玉ねぎのスライスがシャキシャキ感を口の中で生んでいる。


青紫蘇の葉の香り、甘酢に漬けたカブの酸味が口の中で立つ、そして卵黄だけで作ったコクのあるマヨネーズが畳み掛ける、皆が初めて出会う味だった。


 クイージさんはディオ兄がお願いするがままに手伝っただけで、あくまで手伝いに徹し、ディオ兄の作る料理を楽しそうに眺めていた。


ポルトさんがガツガツと鶏胸肉の照り焼きバーガーを咀嚼してから言った。


「うん、ディオの飯はやっぱ美味いなあ」

「まったく、最近はこれが楽しみなんだ、今日は食べられないのかとがっかりしたところだったが良かったよ」ダミアンさんも頷く。


はじめは戸惑った徴税官の二人も勧められたまま鳥胸肉の照り焼きバーガーを食べ、そのおいしさに驚いていたのだった。


「これ、本当に君が作ったのかね?」

「子供の料理とは思えないな。フォルトナで売って欲しいですね」

「そうだろう?ディオ君の作る料理はうまいんだよね。僕はいつも楽しみに食べているんだよ」


アルゼさんが徴税官のふたりにそう話すと、ふたりは、なるほど確かにこれは美味いですよ、と返している。ふふ、ディオ兄はとにかく呑み込みが早くてすぐ上達するのよ。あたしの自慢のお兄ちゃんなのよ!


護衛のジョナスさんもがつがつと食べているね。あ、指舐めている。

それにしても、さっきから食べながらブツブツ言っているが怖いわ。


「アルゼも早く屋敷の修繕終わらせてやれよ。そうすれば、ディオ君のご飯がいろいろ食えるのに!今日はやっと温かいのを食えた。うん、これは美味い…むぐ…お茶お茶」


皆の食欲を見てディオ兄はニコニコ顔で次を勧めた。


「良かったらお代わりの白身魚を揚げ焼きにした、タルタルソースバーガーがあります」

全員が「お代わり!」と応じた。


「いやあ、庶民の町も美味しいものがあるねえ」

「それは良かったです」にっこり顔のディオ兄が言った。


 御貴族様が美味しそうに食べている白身魚のフライを目に、あたし達はひそかに脳内で会話した。


『アルゼさんには先入観を消すために、たっぷり味わってもらってからこの魚のことを教えてあげようね』

『うふふ、アンジェもそう思う?』


 喜んで食べている御貴族様達をみて、あたしは、この魚の正体はしばらく黙っておこうとディオ兄と申し合わせた。

美味しいから存分に謎の白身魚を味わってね♪


*      *       *       *


その夜、アルゼさんはディオ兄の仕事を手伝ってくれた後、屋敷に帰ると、細部に至るまで指摘し、ディオ兄の図面について納得がいくまで質問して紙に描き起こした。


そして、図面が書き終わると、ジョナスさんと共にまた家に一緒に泊まることになった。


翌朝、アルゼさんは帰る前に屋敷の修理の進捗具合を見て回った。


屋敷の屋根は新しく鉛板に葺き替えられて、雨どいや排水管も付け替えられ、外壁も終わっていたので、足場は取り払われていた。


外観だけはすっかり綺麗になったと言える。内装もかなり進んでいるが、生活するに充分とはまだ言えない。

侯爵様が遠乗りに使うらしいから、内装も凝った部屋も作るのだろう。


「ディオ君はここが馬で遠乗りする中継地になったら、他に何か必要になりそうなものがあるかい?」

「うーん、お風呂ですかね。汗だくになって皆さん来るかもしれないから。

いっそ皆で入れるくらいの大きなお風呂」


「なるほど、あ、君は今どうしているの?」

「川にいくか、井戸で水を被ります」

「ええ!それじゃ、冬はどうするの?」


「冬は体を濡れた布で拭きますが、ときどき水を被ってます。

服や身体が清潔でないと「浮浪児だ!」といきなり殴られたりするから」


アルゼさんはそれを聞くと「ひゅう」と訳の分からない声を喉から漏らすといきなりディオ兄をひしと抱きしめた。


「すまない!気がつかずに悪かった!!!」

「はい???」


「クイージ!クイージ!ああ。来たか。これからディオ君が生活に必要なものや屋敷で改善すべきものは君が報告するんだ。頼むよ!」


「お任せください、アルゼ様」


 クイージさんが狼狽(うろた)える程の勢いで頼み込んだアルゼさんは、ひと騒ぎすると、またディオ兄に聞いた。


「それで、君としては他にこうしたらいいと言うものが有るかね?」


『ディオ兄、アルゼさんに、この間、思いついたことを言ってみなよ』

「あ、あの間違っているかもしれないですが…」おずおずと彼は口を開いた。



 ディオ兄は以前あたしに疑問をぶつけたことがある。


「ねえ、アンジェ?どうして窓のガラスって小さく枠に入っているのかな?大きいのは使っては駄目なのかな?」


屋敷の窓に嵌まっている窓ガラスは20センチ位の板ガラスが鉛の枠でつなぎ合わせて固定されていた。

『たぶん、吹きガラスという工法では限界の大きさなんだと思うよ』


昔の板ガラスの製法は、管で息を吹き込み風船状にした後に端を切り取り、管を手早く回して平らな円盤状に伸ばした。


そして、管を取り外してガラスを冷ますと、赤熱した尖った鉄の棒で切断していた。

人の息を吹き込まねばできないから、大きさにはどうしても限界があった。


ヴェルサイユ宮殿の鏡の間も全て大小の鏡の張り合わせでできている。

1メートルを超える物は無い、せいぜい70センチくらいだ。


あたしの説明を聞くと、ディオ兄は屋根職人から鉛板の作り方を聞いて、もっとガラスを大きくする方法を思いついたけど、違うかなと言った。


そこで、今回アルゼさんに話してみることを勧めたのだ。


「あの、板ガラスを大きくする方法なんですが」

アルゼさんが獲物を見つけた鷹のように眼を見開いた。


「屋根職人さんから鉛板の製造を聞いて、利用できるかなと…」

「そ、それはどんなことかな?」


アルゼさんが接近してきた、あたしの頭の上で荒い息遣いがする、怖い!


「えっと、枠組みを作って鉛を流し込みます。それが冷えた後、溶けたガラスを流し込めば、冷えたら板ガラスが出来るかなと思って。俺の頭で考えたことなので本当に出来るかは…ぎも……ん??」


「ふほおおおおおおおおおお!!!」

突如、仰け反ったアルゼさんが奇声をあげた!!


怖い!怖すぎる!!ついにご乱心か?

ディオ兄がアルゼさんを怒らせたと思い、あたしを抱っこする手が緊張して力が入っている。苦しーい!


「わ!馬鹿!アルゼ気でも触れたか!?」

「アルゼ様??如何いたしました??」

びっくりしたジョナスさんとクイージさんがアルゼさんの腕をとった。


「君たち、今偉大なる発明家が誕生したぞ!」


そういうと、抑えが効かないアルゼさんは図面を持って興奮したまま、お迎えの馬車に乗って帰って行った。

一体なんだったのだろう?


*       *        *        *


 馬車が帰るとディオの住む廃墟の周辺を担当する掃除人が、巡回してきたガイルの手下にすぐに報告した。


「昨日、報告した弟様が、ただいま馬車で護衛とお帰りになりました。」

「そうかご苦労、定時の教会の鐘がなったら引き上げてくれ」

「はい、お疲れ様です」


 ルトガーの執務室にガイルが帰って来た。ルトガーが労いの言葉を掛けると一緒にワインの瓶を開けようとグラスを渡した。


そして、ルトガーが上機嫌で、王都の紋章院からハイランジア家の紋章許可書と認定書、そして他の書類を彼に見せた。

それらをざっと読んでガイルは良かったですねと安堵の笑みを零した。


「ようやく一安心ですかね?」

「ああ、もう一組の認定書ができれば、ジジイを出しぬけそうだな」


「ルトガーさん、先の事を考えてセリオンを護衛に付けてやっちゃあどうですか?エルハナス家から護衛が付くようになったら、うるさいでしょ」


「そうだなあ…どうせだし、そうするか。よし、セリオンをアパートから追い出そう!」

「はい?」


*      *       *       *


「セリオンさん、まえの家が住めなくなったって本当?」

「ああ、いきなり家主から追い出された。アハハ」


しばらく黙り込んで遠い目をしたセリオンさんは「居候させてくれ!頼む!」とディオ兄に頭を下げた。


翌日からクイージさんに続き、セリオンさんが屋敷のあたし達の部屋に暮らすようになり、警備が強固になった。



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