第34話 スープ骨と女中膝
「あの、そのスープ用の骨下さい…」
客の中でもとりわけ貧しそうな女の人がおずおずと声を掛けてきた。
新顔のお客さんだ、まだ30歳にはなってないかも。
肉屋のポルトさんは優しい人だから、買う人が恥をかかない様に、骨を売るときは必ずスープ用と断りを入れて売っている。
骨の中の骨髄を食べるのは最底辺の貧民だというのが一般人の認識だからだ。
以前、ポルトさんはディオ兄にこんな話をしてくれた。
* * * *
ポルトには子供の頃忘れることが出来ない記憶がある。
それは飢餓革命の前の年だった。たまたま父親と行った王都で痙攣をおこしている子供を目撃した。
その貧民の子は飢えに耐えかねて、白や青のかびが生えた骨をかじって、あたったのだ。
横ではその子の母親が、父親がいなくなり、雇ってくれる仕事が無いので、何も食べるものが無いから骨を拾ってきて与えたと、彼女は泣いて腕を掴んでいる警備兵に訴えていた。
泣きじゃくる母親は警備兵に連行され、子供は保護官に連れていかれた。
救貧法のもと、子供をちゃんと育てられない親は子供を取りあげられる。
親は貧民を助けるためのワークハウスと呼ばれる、名ばかりの過酷な強制労働施設に送られる。
「育てられない子供を作ったのが罪だというなら、母親だけじゃ片手落ちだろうが…やることだけやって逃げた奴を捕まえやがれ!木っ端役人め」
「どういうこと、父ちゃん?」
「あ、いやお前にはまだ早いな。うーん、男だったらな、生まれた子供をちゃんと育てて、稼げってことよ」
一緒にことの成り行きを見ていた父親はそう言っていた。
「堕落した親」がその子供に感化をさせないように家族はバラバラにされる。
それを聞いて、怖くなって父親の脚にしがみついたら、父親の大きな手がポルトの頭を温かく包んだ。
「お前も大人になったら頑張って良い父親になれ。こんなに食うに困る人達が溢れる国では、そんな当たり前のことが難しい。だから、俺はそれ以上のことをお前に望まんよ」
ポルトは父親に抱きあげられると、なんだか切なくなって父親の胸でめそめそと泣き始めた。あの子はその後、母親と暮らせるようになったのだろうか。
* * * *
その光景を見てから、ポルトさんは貧しい人がましな骨を買いやすいよう、肉を綺麗に落とさず売っているそうだ。
そして、木札にスープの絵をかいて値段を出し、買いやすくしてある。
この町の人もポルトさんの意を汲んで、肉が付いていてお得だから買うなんて無粋なことはしないのだ。
「はい、40スーです。あとこれ、おまけの野菜くずです。スープの肉の臭みが取れて、具にもなりますよ」
にこやかに、ディオ兄が大きな笹の葉に肉付きの骨を野菜と一緒にくるくると巻き、笹の葉の紐で縛って渡すと鉄貨を4枚もらった。
野菜くずを選んだのはディオ兄だ、少しでもお腹の足しになるようにと捨てる野菜のよいところだけ選んで、ダミアンさんの了解を得ておまけにつけることにしたのだ。
ディオ兄も飢えたことが有るのでそういう人たちに同情的なんだね。
「ありがとう、坊や」
「有難うございました、またどうぞ」
あたしも精一杯の笑顔でバイバイをする、お客さんは小さく手を振り笑顔を返してくれた。
最近ではサシャさんが授乳の出張をしてくれるようになり、ディオ兄が凄く助かっている。忙しい彼に少しでも時間ができるのは喜ばしいことだ。
既に季節は11月後半になっている。
今朝の洗濯場も近所のおばちゃん達でにぎやかだ。
「これからは水がだんだん冷たくなって嫌ねえ」
「洗濯していて服が濡れると寒くてさ。あたし、冬は大嫌いよ」
『冬のお洗濯は大変だよね。ここに温水が出るといいのにね』
洗濯機なんて便利な物を使っていたあたしは、思わず洗濯場の人達に同情して言うと、ディオ兄も同調して言った。
「そうだねえ、水道に温魔石の仕掛けでもあると良いのにね」
ディオ兄があたしに声を出して返答すると、自分に話しかけられたと勘違いしたマリラさんが答えた。
「温魔石は高いらしいからね、ここらじゃ買う人もいないよ」
あれは高いのか、ここにあればさぞかしみんな楽になるだろうに。
マリラさんがそのまま話を続けた。
「でもあたしだったら、洗濯よりつらいのは床磨きだね。
あたしは洗濯が済んだら商家の床磨きに行かなきゃならないのよ。だけど、長い事やっているから膝を痛めてしまって。
冬は膝が余計に痛くてつらいのよ。それでも生活のためにやらないとね」
それはかわいそうだ、膝を酷使して炎症を起こすと歩行にまで支障をきたす、ひどい炎症のせいで歩行が思うようにいかなくなると、今度は膝周りの筋肉が落ちて軟骨まで減りだして歩行障害と痛みは悪循環に入る。
「床磨きで膝を痛める人は沢山いるそうですね」
「多いわね、本当に。下働きの女は程度の違いがあるけど膝を痛めるわ」
こちらでよく聞く女中膝という職業病だ。
女中の仕事は専門に分かれているため、床は床磨きの下女の仕事で、膝をついたまま一日中這いつくばって掃除するせいで、多くの床磨きの女性達が膝の炎症を起こして悪化させてしまっていた。
『マリラさんの膝が悪くならないようなもの、何かないかなあ』
あたしがそう念話で話すと、ディオ兄はつい口に出して返事をしてしまう。
「うーん、膝をつかないで掃除できる道具があれば良いのに、何かできないかなあ」
「ふふ、ディオ、あんたは頭が良いって評判だものね。いいものが出来たらあたしにプレゼントして頂戴ね」
マリラさんは期待しているよと、にっこり微笑むとディオ兄の頭を撫でた。
ディオ兄ったら危ないなあ、あたしと話しているときは念話で返してくれないと、不審がられるから気を付けないとダメだよ。
しかし、膝をつかずに掃除できる道具か…何かありそう…ん?
あ、あー!あるかも!すぐ出来て床磨きに役に立ちそうなもの!
あれがあるじゃないのよ!
『ディオ兄!家に戻ったら何かにあたしのイメージを描いて!
マリラさんにプレゼントできるよ!ついでに他にも人の役に立ちそうな道具を作ろうよ!』
あたしのイメージを受け取ったディオ兄は、頭の中でそれを見て、これならマリラさんの役に立ちそうだと喜んだ。
家に帰って洗濯物を干すと、すぐにディオ兄は板にイメージを炭で引っ搔いて描きいれた。ディオ兄は貧乏性なので紙を使う気が無い…
『人に見せるんだから、ちゃんと分かりやすく紙に書きましょう!』
「うーん、なんだか勿体ないけど後で清書するね」
そうそう、人に見せるのだからちゃんと描こうね。
『これをルトガーさんに見せて作ってくれる職人さんを知っているか聞いてみよう?これならすぐに既存のもので作れるから簡単だよ』
ディオ兄は感心したようにそうだねえと何度も頷くと、そのうちハッと思い出して、あたしに問いかけた。
「ねえ、アンジェ、ダミアンさんの誕生日が1月なんだって。俺、お世話になっているお礼になんかプレゼントしたいんだけど、何かいいものない?」
あるよ~、イメージ送るから図面を描いてね。
あう、炭だと分かりにくいな、細かいところは拡大図で描いてね。
でも誕生日に間に合うように作れるかな?




