第32話 ふたりのゆくえ
カメリアの使用人が、食事のマナーを学ぶための専用の食堂へ通されたルトガーは、アイリスが茶の用意をしてさがるとすぐに本題を口にした。
「カメリア、実は子供をふたりハイランジア家に引き取りたいと思う。そのまえにお前に聞いておいてもらおうと思って…」
言うが早いか、それまでに上機嫌で彼を見つめていたカメリアがいきなりテーブルにバン!と手をついて立ち上がった。
「はああ?それまさかあなたの子供じゃないでしょうね!まさか母親セットとか言わないでしょうね!!!」
一瞬で目が座ったカメリアの剣幕に恐れおののいた彼は頭を必死に巡らせる。
―しまった!話す順番を間違えた!
背中にぶわっと汗が浮いてくる、ルトガーのために偽装離婚までしてくれた妻だが、元々の気性が激しいうえに性分だった悋気がいっそう酷くなった。
昔からカメリアが浮気を疑ったときの迫力は身の危険すら感じる。
―お前を裏切る度胸が俺にあるわけないだろう!
「ち、違う!俺が後見している兄妹が良い子で、孤児なんだが…実は出会ったときに神のお告げが有って、その子らを守れと天命を受けた!それで、いっそのこと引き取ろうと思って」
席を立って詰め寄ってきたカメリアに、椅子を倒して反射的に後ろに飛びのいたルトガーは必死に弁明をした。
―怖い怖い怖い!こうなると本当に怖いのだ!飢餓革命のときもそうだった。
切り込み隊長を自認する俺を置いてきぼりにしそうな勢いで、敵陣に突っ込む暴虎馮河の勇!
何をしでかすのか分からないのが怖い!
飢餓革命に乗じた革命軍が王都に攻めこみ市門を閉ざしたとき、彼女はルトガーと共にカラブリアの軍を指揮して、近在の貴族が保管していた破城槌(古くから使われた城攻めの大型兵器)を奪い取った。
そして、王都の城壁の外、破城槌から振り子のように撃ちつけられた巨大な丸太が市門を打ち破って、ルトガーを先頭に一気に王都に攻め入ると、騎馬に乗り、共に先陣を切った彼女は、尖塔や城壁の上にいた敵のクロスボウの射手が味方に2本目の矢をつがえる前に、イチイの木の弓を揺れる馬上から4本の矢を放って射手達を射殺した。
たとえ斜めに刺さっても鎧を貫通するほどの威力を誇るクロスボウの射手を、味方を鼓舞しながら弓で次々に葬り去るカメリアの姿に、激しい熱を孕んだカラブリア軍は怒涛の如き進撃をした。
切り込み隊長を買って出たルトガーがすっかりかすむ程のカリスマが誕生した瞬間だった。
気色の悪い冷や汗を額に浮かべたルトガーは、素早くカメリアの手を握って懇願した。
「離婚したときに神に誓ったろう?籍は抜いても夫婦のままだと!頼むから信じてくれ」
「本当に神に誓ってあなたの子じゃないのね?」
ルトガーの信心深い事を彼女は誰よりも良く知っている。
拗ねた声で唇をすぼめるように聞くと、長いまつ毛に縁取られた若緑の眼はすでに落ち着きを取り戻して彼を見上げている。
―よっし!これなら助かったぞ!
「当たり前だ!神に誓ってお前以外の女に産ませていない!」
「はい?まさか、浮気だけはしているのかな?」
その刹那、しな垂れかかっていたカメリアが狙いをつけた蛇のようにゆっくりと鎌首をあげた。
「し、してない!してない!絶対に浮気もしてない!神に誓ってしていない!!」
ルトガーは緊張のあまり干上がった喉から声をしぼりあげた。
「なら良いわ、OKよ。いっそのことあたしが産んだことにする?」
やっと、にっこりと微笑んだカメリアにルトガーは胸を撫でおろした。
「いや、上の子と下の子は実の兄妹じゃない。妹のほうは男の子が拾った子で、生まれたばかりの赤子なのに町の者が感心するくらい上手に育てている。
俺はふたりが結婚する可能性も考えておいてやろうと思っているんだ」
「ふーん、なるほど」
「上の男の子はお前と同じ濃紺の髪色だから誤魔化せるかもしれないが、いきなりそんな大きな子ができたら可笑しいだろうが」
「うん?今もしかして、あたしと同じ髪の色って言ったかしら?」
「ああ、お前と義父殿と同じ深い紺色だ。珍しいだろう」
「ちょっと待ってそれじゃあ目の色はもしかして…」
「「アイスブルー」」
ルトガーとカメリアはお互いの情報を突き合わせてから、その場に料理人のクイージを呼んで、クイージが偶然耳にした話の内容をカメリアに聞かせた。
「わしはアルゼ様に依頼されてアルゼ様の屋敷の晩餐会の打ち合わせに行きました。奥様との会食の打ち合わせが終わり、帰る前にお庭を眺めさせてもらっていたら、アルゼ様とジョナスさんの話を偶然聞いたのです」
* * * *
「ディオ君にエルハナスの姓を名乗らせるのか?」
「ああ、以前、ディオ君の発明を登録するのにエルハナス家の後見する使用人として登録したが、落ち着いたらそう考えているよ」
「落ち着いたら?どいうことだよ?」
「あの子はね、多分父上の隠し子だ。髪の色と眼の色で間違いないとさ」
「ほんとかよ!だって孤児だったんだろう?」
「6年前、カラブリアで屋敷の女主人と使用人が強盗に殺された事件あったろう?そこが父の妾宅だったんだよ。父は必死に探していたらしいが、僕らに秘密で隠していた」
「な、それでアンジェちゃんも引き取るのか?」
「うーん、それについては父が難色を示している。さすがにゴミ捨て場にいた赤子というのがバッソで大っぴらになっているからね。
父としては自分の子がゴミを漁っていたなんて不名誉を、他人に知られたくないのさ。
保護したら過去は捨ててもらって、カラブリアに隠し子として、ずっと別邸で暮らしていたことにするつもりらしい。
アンジェちゃんをディオ君が可愛がっているから離さないというなら、僕の屋敷の使用人に育ててもらう。将来はディオ君の侍女にしてやろうと思っているよ」
「なるほど…アンジェちゃんが一緒だとディオの君の素性も隠蔽しにくいからか」
* * * *
クイージの話を聞いてルトガーは激怒した。そしてカメリアも。
―ふざけるなよ!領主の俺を爪はじきにして、子供の頭の上で勝手に将来を決めようなんて俺が許すものか!
―貴族なら妾が囲わないほうがむしろ珍しい。それなのに母が死んだ後も妾の子の存在を徹底的に隠したのはおかしい!父が攫われた子を秘密裏に探していたというなら、それはスキャンダルがらみだわ。
それにアルゼもアルゼよ!なんで私に何も言わないの!
ルトガーの知るアルゼはエルハナス家のためなら何でもやる男だ。
騎士をまとめ上げる度胸と器があり、飢餓革命のおりに、若干18歳にして父親と共に鎮圧の先頭に立った姉カメリア、父親の望むような男になれなかったひ弱な自分を恥じ、自分が継ぐはずのエルハナス家を辞退して姉に譲ったくらいだ。
爵位を継がないと言ってカメリアを激怒させたときのことは記憶に鮮やかだ。
あいつは優しいし物腰は柔らかいが変に腹黒いところがあるからな。
一本気なカメリアや貴族の体裁ばかり気にするジジイとはまた違う人種だ。
ディオは孤児、俺が親代わりになって一番良い方法を考えてやらないといけないのだ。
…あのふたりにとって一番幸せな形を考えてあげたい。




