第31話 探り合う腹のうち
ルトガーは思案していた、こういう考え事は苦手なんだ。
机の上には書庫から出してきた戸籍書類が出ていた。
バッソの孤児はルトガーが作った団体が親代わりとなって後見している。
ここが親の代わりになって、孤児を受け入れバッソの住民として戸籍を作ってやっているのだ。
だが、ディオは孤児のための寮に入ることを拒み、ひとりで生活することを選んだ。
ルトガーはセリオンから大人を怖がっていると聞いていたので、無理はさせずに様子を見ることにした。
そのためにディオは非常に危うい存在となっていた。
エルハナス家が廃墟に住むことを許可してくれたので、借りの住民として記録をしたが、そこにアンジェを拾って来たのだ。
赤ん坊の世話をしながら仕事を得るなど出来ないだろうと、高を括っていたら町の大人が感心するほど真面目に仕事をこなしてアンジェの世話をみている。
ディオが戸籍を作っていないので、アンジェもまだ作られていない。
何処の者でもなく、領民として存在が認められていないということだ。
未成年を戸籍主にすることは出来ない、いい加減ディオを説得せねばと思っていたところにアルゼ達が急に妙な動きをし出した。
「アルゼの奴、またディオのところに来たのか?」
「ええ、このところ頻繁ですね」
ルトガーは、以前からアルゼがディオに会いに来ているというガイルの報告を聞いて、ディオが注目されたのは嬉しくもあったが、アルゼの動きには不安を感じていた。
―しかし、アルゼはちょっと来すぎではないのか?
いったい何を考えているのか?どうもおかしい、ディオが目的はわかる。
しかし、バッソにいる孤児は全て俺のところで後見しているのに、何も話を通してこないのが気にかかる。
一般的に、使用人を雇うとなると使用人の子供か領地の子供から雇って育てる。
その気があるなら、ディオのような優秀な人材に育ちそうな子供は早く囲って教育するのが一番なのだ。
なぜ、さっさと雇い入れないのだ…?
そんな折に、バッソ出身でカラブリアに雇い入れられた青年トバイアスが里帰りしていると挨拶に来た。執事がカメリアの手紙で興味を持ち、ついでにディオを観察して来いと言われたという。
どうも怪しいのでセリオンに探らせたら、どうやら一番の関心はディオの眼の色にあるらしい。
「俺はバッソと直接は関係無いと思い、執事のランベルさんに指示されたとおりにして、ルトガーさんに話しませんでした。申し訳ありませんでした」
バッソを故郷とするトバイアスはしょんぼりして反省していた。
ライティングデスクに広げられた書類を前に、トントンと人差し指でうるさく叩きながら、ルトガーはまた考えを忙しく頭の中でまとめている。
―大変有能な子供らしいので見てこいと…なのに必ず確認しろと言われたのが眼の色だなんて。
深い紺の色の髪、俺が今まで出会ってこんな色の髪はディオの他には二人だけ、カメリア・エルハナス と引退した元侯爵のサルバトーレ・エルハナスだけだ。
カラブリアの執事が気にするわけだ。
あのジジイは若いとき、かなり浮名を流したらしいからな、執事は心配だったのかもしれない。
トバイアスには普通に報告をあげて、こちらに話がもれたことは黙っているように指示した。
―これは、カメリアに報告しなければならないな。
* * * *
『髪はお父様と同じ深い紺色ですの。お父様、覚えは御座いまして?』
その頃、ハイランジア城にいたカメリアは以前書いた手紙のことを考えていた。ちょっとした戯れにそんなことを書いたのだが、それがこんなことになるとは思わなかった。
送った手紙に、父はすぐに反応した、手紙が到着した頃から数日で、すぐさま伝書鳩が飛んできたのだ。
こんなことは滅多にない、父は美しい伝書鳩を訓練はするが実際には使いたがらないのだ。
「そこらの糞を垂れ流す鳩と違うのは、この鼻こぶの美しさ、目の瞼のところがクッキリと縁取られていて…また目が特別澄んでいて美しい…云々かんぬん…こういうのが、頭が良いのだ」
あの止まらない鳩自慢の父が鳩を飛ばしてまで聞きたいこと、それがこれ。
『その子の目の色はアイスブルーか?』
それはもう嫌な予感しかない一文をこんなにも直球で聞いてくるなんて。
でも浮浪児だった子なのに、そんな訳ある筈が無いと思っていたのに。
そこに、ルトガーからの連絡、カラブリアから父の配下の者が休暇で来たと報告があった。
執事から言われてカメリア様の御子息の配下に相応しい子供か、ついでに見に来たと話したという。
父の従者のひとり、トバイアスはバッソの出身でルトガーもよく知っている相手だ、不自然ではない。
これだけだったら、何の気にも留めなかったろう。
しかし、この父の伝書鳩で全てが不自然になった。
腹が立って「存じません」の返事をつけて鳩を飛ばした、しばらく無視していたら矢の催促をされた。
いまだ無視している、最近は大人しいが次はどう出てくるかだ。
数日後、その日のハイランジア城はなんとも慌ただしかった。
今日はカメリアの愛する夫が久々に城にやって来る。
毎週土日は必ず会いに来て泊まるのが常だったが、このところの急な仕事でなかなか会えなかったのだ。
彼女の夫の先祖は大国のリゾドラート王室の祖となるハイランジア家、まだ新興国のプロビデンサの王家に先祖が輿入れするときの持参金として作ったのがハイランジア城だった。
「今日の料理はクイージが考えてくれたのでしょ?なら旦那様のお好きなものはよく分かっているわね。良かったわ、最近もう引退だからって出掛けることが多くなっているから心配だったのよ」
カメリアはもうソワソワして落ち着きがない、しかし、今日の会見は何故か妙な事が書いてあった。
いつも使うカメリア専用の応接間ではなく、できれば使用人の部屋で会見したいと言って来た。
もし、アルゼが来ても見つからないよう会見したい、くれぐれも頼むと…
「カメリア様、それより旦那様がそろそろお着きになるそうです。お迎えに…城内は走らないで下さい!!」
アイリスが言う端から早々と彼女は夫を出迎えに行ってしまった。
ハイランジア卿とカメリアはかつて結婚していたが、現在は離婚している。
彼が現王からバッソと周辺の領地を賜ったとき、リゾドラート王国では嫡男がいないハイランジア家はとうに絶えてしまっていた。
傍系だった彼の祖父と父はそれをずっと悲しみ残念がっていた。
彼も出来ればハイランジア家を再興させたいと願っている。
そのことを知っていたカメリアは、国が治まったころ合いで、新国王が領地の他に恩賞に望みがあるか打診されたとき、彼にリゾドラート国王と紋章院から家名を継ぐことの許可を頂き、婿であった彼に離婚してハイランジア卿を名乗るよう勧めたのであった。
離婚後、彼は男爵位とフォルトナの隣の土地を領地として与えられた。
故に、カメリアは嫡男を得た後に夫と事実婚の道を選んだのだった。
―アルゼが侯爵家の跡取りになっていれば離婚する必要はなかった。
本当にへそ曲がりな弟よね…
「突然で済まない、今日、クイージは来ているだろうな?」
「ええ、それよりアルゼが絶対来ない部屋を用意してくれって何かあったの?」
「ああ、実は君に承諾して欲しい相談がある」
暗めの赤髪をかき上げる夫を見上げて、カメリアはまさか再婚するとか言わないでしょうねと不吉なことを考えながら、夫のベルトガーザ・ハイランジア男爵ことルトガーの横顔を見つめた。




