第30話 カラブリアからの使い
最近、食わせろおじさんが来ないなとポルトさんが呟いた。
確かに、最近みないなあ。得体の知れない人だが、ディオ兄のお駄賃が増えるしダミアンさん達も売り上げが増えるし、良い事ばかりなのに真に残念!
そんなことを悶々考えていたら目の前に見た事のないお客さんが現れた。
「焼き芋下さい」
「はい、いらっしゃいませ」
来たのはまだあどけなさが残る青年だった、セリオンさんと同じ位かな。
身なりは普通の市民のようだが、お祭りでもないのに上から下まで新しい服なのが不自然だ。
キチンとカットされた栗色の髪、靴もまだ新しいようだ。
『ディオ兄、この人さ、市場を3周は回ってたよね』
『うん、こちらばかり見てた。普通の買い物客じゃないみたいだね』
さすが、セリオンさんの弟分だね、密偵が本職のセリオンさんはルトガーさんのもとで町の治安を守るために情報収集をしている。
セリオンさんはディオ兄に怪しい人の見分け方を伝授済みだ。
もっともあれだけ見え見えだと誰でも分かるね。
『ディオ兄を観察していたみたい』
「150スーです、有難うございました」
さりげなく焼き芋を買った青年は、去ったふりをして他の出店の陰でこちらを窺っている。
下手くそだなあ、偵察しているのがバレバレだよ。
「馬鹿だなあ。古着屋で服を買っておけば良かったのに、完全に浮いてるよ。どこかの良い貴族の従僕見習いかな?」
「よく気がついたな、ディオ。後は任せておけ」
「セリオンさん?」
荷箱の陰からの声に気がついたときにはもう彼はいなかった。いつから潜んでいたのかしら?
さすがセリオンさんだね、このくらいじゃないとルトガーさんの下では勤まらないよね。
* * * *
青年トバイアスは張り切っていた、侯爵家の下男の身から、従僕見習いの格上げ試験として初の単独任務を仰せつかったのだ。しかも行く先は自分の故郷バッソだ。
馬車が街道をとばした為、到着した時には馬車酔いでえらい目にあったが、懐かしさで酔いの不快感もすぐに消え去った。
執事のランベルに言われた仕事は、まず家に戻り母に会った後、ルトガーに挨拶に行き、体調を崩したので里帰りしたと暫く町に滞在することを伝える。
後は、執事のランベルに言われた通り、侯爵が書き送ったディオという少年が、どんな子供か代わりに見て来ればいいだけだ。
しかし、ルトガーに不信がられないように自然にふるまえと言われたがどういうことだろうと、青年トバイアスは首をひねった。
そのうえ、市場に行きよく少年を観察して、とくに目の色と髪の色を確認する命令を受けた。
「髪の色は確かに濃い紺だったな、遠くで見てると黒かと思ったくらい」
重要な任務と言われた割には簡単な仕事だった、不思議に思ったが自分は言われたことをするだけだ。
「別に普通の子供みたいだったけどな…綺麗な顔立ちだったな、目の色はもう少しよく見たかったけど確かにアイスブルーみたいだった」
「お前、何処の貴族の手下か知らないが、相当マヌケだな」
後ろから囁く声と共に首元に刃を押し付けられた。
呑気な気分で子供の観察をしていたトバイアスは一気に体中の血の気が引いた。
相手はそのまま何も言わない、緊張で口の中が徐々に渇いていく。
「よう、トバイアス久しぶりだな」
首に当たっていた刃が離れ、ポンと肩を叩かれた。
急に明るくなった声に振り返ると、子供のときからの顔馴染のセリオンが笑っていた。
はー、と大きく息を吐いたトバイアスは恨めし気にセリオンを見た。
「脅かすなよ、俺寿命が縮んだぞ…」
セリオンは微笑んだまま親し気にトバイアスの肩を組んできた。
久しぶりに会った彼は愉快そうな声でからかうように言った。
「お前が子供にも分かる怪しい動きをしているからだよ。偵察するなら町に馴染む格好をしろ。
平日なのに新品の服なんて着て、如何にも上位貴族の奉公から来ましたって子供でも分かるぞ」
そう言うと彼はグイっと肩を引き寄せて抱えると、逃がさねえぞとばかりの冷気を帯びた言葉を耳元で囁いた。
「さあ、誰の命令でディオを見張っていたのか教えてもらおうか」
「ひいっ!」
脇腹には短剣が突き付けられていた。
* * * *
しばらくするとセリオンさんが戻って来た。
「安心していいぞ、あいつはガイルさんに引き渡しておいたから。俺は行くけど、ガイルさんがすぐ戻って来るから大丈夫だ」
良かった、また変な人が来たら面倒だからね。
『もしものときはアンジェも頼むぞ』
「あーい!」『ふ、任せて頂戴!』
はた目から見たら可愛い赤ちゃんが上機嫌で手足をバタバタやっているだけだ。
セリオンさんはにっこり笑うとあたしとディオ兄を撫でて去った。
「ありがとうセリオンさん」
あたし達は彼に手を振って見送った。
市場の午後、見慣れたドアーフみたいなおじさんがやってきた。
いつも食わせろとか言ってたのに今日は何だか元気がない。
「なんだあんた?今日は遅かったな、もう昼飯は終わったぞ」
おじさんが来ないから、お昼が余ってしまい今日はガイルさんに食べてもらったのだ。
ダミアンさんの声が聞こえないのか、おじさんはいきなりディオ兄に声を掛けて言った。
「わしの名はクイージだ。エルハナス侯爵家で長年料理長をやっているが、そろそろ引退する気楽な身だ。わしに妻も子供もいない、フォルトナの家で使用人を除けば独り暮らしだ」
『なんで身の上話をし始めたのかな?前置きはいいから本題、本題!』
『アンジェ、お爺さんには優しくしないと駄目だよ』
いや、ディオ兄、この人そこまで年寄じゃないと思うよ?
クイージさんは真剣な目で語り掛けた。
「おまえ、わしの養子にならんか?お前には才能が有る、俺の元で料理の修行をすれば上級貴族から引き合いが来るような立派なシェフになれるぞ。俺が仕込んでやるから俺の息子になれ」
いきなり養子の話!相変わらず強引な人だなあ。
でもディオ兄はお料理が楽しいって言ってたから、それもいいかもしれないね。ディオ兄の気持ちしだいだけどね。
「おお、いいんじゃないか?ディオ、貴族の使用人の中ではシェフは上級職で、執事と同じ位の高給取りなんだぞ!評判になるような晩餐会をしきれるシェフだと執事の3割から5割増しらしいぞ!」
ポルトさんが興奮気味に語ると、ダミアンさんも熱のこもった声でディオ兄の前に屈み、その小さな両の肩に手を掛けた。
「ああ、きっとお前なら良い料理人になれるな。クイージさん、後見人の親分に相談してみたらどうだ?ディオなら賢いしきっと良い息子になるよ!」
思いがけない話にディオ兄はどう答えていいものか困っていたが、ハッと気がついて、「アンジェは?アンジェが一緒でないなら俺は嫌です!」
「勿論ふたり共、養子にするつもりだ。お前の可愛がっている妹を引き離すなんて不憫で堪らん。
俺はそれが気の毒で、弟子ではなく、息子にしようと考えたんだからな」
それってどういうことですか?気の毒とは?
「クイージさん、その話は執務室で聞こう。一緒に来てくれ」
市場の賑わいのなかに紛れて、ルトガーさんとガイルさんがいつの間にか近寄って話を聞いていたらしい。
上背の高い彼は眉間の刀傷がゆがむ程の難しい顔でクイージさんを見下ろしていた。
「ああ、親分さん、こんにちは、お世話になってます」
「こんちは、親分さん。丁度良かったなクイージさん、この方はディオの後見人をしているルトガーさんだよ」
ダミアンさんの言葉を聞いて、かなりの動揺した様子のクイージさんは何か言いたげだったが、ルトガーさんが唇にチョンと指を当てると押し黙った。
余計なことは話すなという仕草に見えた。
「さあ、クイージさん行こうか。話は俺の執務室、そこでじっくり聞かせてもらう」
クイージさんは頷いてルトガーさんとガイルさんに促されて、何度かディオ兄を不安そうに振り返りながら去って行った。




