第28話 遺留品
市場も大工さんもお休みの雨の午後、のんびりお昼寝をしていたら騒がしい声で起こされた。
寝起きのぼんやりした頭に呼びかけていたのはセリオンさんで、ディオ兄の顔を覗き込んで肩を揺らして起こしていた。何をそんなに焦っているのか欠伸交じりに様子をみた。
「ディオ!おいディオ!アンジェ!大丈夫か?」
「ふあ?あれ?セリオンさん?どうしたの?」
『何を焦ってるのセリオンさん?』
大声であたし達を起こしたセリオンさんに、寝ぼけ眼でディオ兄とあたしが返事をした。
セリオンさんはディオ兄が怪我をしていないか確かめると、やっと長い息をつき、安心したようだった。
目をこすって起き上がったディオ兄は何かあったんですかとのんびりとした声で質問した。
「お前の後に入った浮浪児、スカルトと言うんだが。そいつ、とんでもない悪党の手先で、お前が受け持っていた地区で問題を起こして逃げた。以前、お前のことを噂に聞いてな。
何処にいて、どのくらい稼いでいるのかしつこく聞いていたそうだ。
それでお前のところに来ていないか様子を見に来たんだよ」
それを聞いたディオ兄が顔を青くしてあたしを胸に抱き寄せた。
「何で俺のところになんか、もしかして、俺とセリオンさんが捕まっていた奴らの仲間?」
「ああ、仲間らしい。だけど、一度売り飛ばしたお前の様子を見に来たとは考えにくい。お前は名前を変えたし、多分、子供のお前が金を持っていそうだと目を付けただけと思う」
「どうしよう、セリオンさん。俺だけならまだしも、アンジェがひどい目に合うかもしれない」
「大丈夫だ、今日は俺が一緒にいてやるから安心しろ。すぐに捕まるさ」
セリオンさんは気楽そうにわざと答えるとディオ兄の頭を撫でてくれた。
その言葉でディオ兄は安心したのか、外の水を汲んでくるねと外に出ようとしたら、すかさずセリオンさんが付いてくる。
結構心配性なのかもしれない。
水桶を持って部屋から廊下に出るとセリオンさんが他の部屋は使っているのかと聞いた。
「俺は、ここ以外は使わないよ。他の部屋はときどき掃除をしている。
住まわせてもらっているから、そのくらいのお礼をと思って、でもね、鍵が掛かっている部屋は入れないからそのままにしている。」
「なるほど、鍵のある部屋はどれだ?」
「あの一番奥だよ、この間アルゼさんと開けて中に入ったけど、窓が割れていて一番痛んでいたから、アルゼさんの従者の人が雨除けに板だけ打ち付けておいた。今も、また鍵がかかっているから誰も入れないよ」
ディオ兄が指さしたのは西側にある一番奥の左の部屋だった。
そういえば、アルゼさんはなんでここだけまた鍵を掛けて帰ったのだろう。
「ここは最後で良いでしょう。ディオ君もこの部屋だけは改装が終わるまでは近寄らないようにね。入っちゃ駄目だよ」
いや、鍵掛かっているのに入れませんよと、あたしは心の中でひとり突っ込みをしてしまった。
セリオンさんがそのドアに向かって歩き出そうとしたとき、下の階から呼びかける声がした、ガイルさんが見回りついでに様子を見に来てくれたのだ。
「セリオン、ディオは無事だったか?」
2階に上がって来たガイルさんはディオ兄の無事な様子を見てほっとしたようだ。
「俺も今来たばかりですが、ドアから灯りが漏れていたので、もしも来ていたらすぐさまこの部屋に入ったと思うんです。ディオはずっとここに居たけど見ていないそうです」
ふたりは1階と2階を別れて調べてくれたが誰も潜んではいなかった。
ガイルさんは当てが外れたようだが、気を取り直すとセリオンさんに後を頼んだ。
「今日はディオと一緒にここで過ごせ。スカルトの連れは大人だから、ディオだけじゃ危ない。
これ、アルゼさんが土産に菓子を持ってきたから、お前たちにも食べさせてやろうと思ってな。二人で食え」
「おお、すいません。頂きます」
「ガイルさん有難うございます」
じゃあな、と、ガイルさんは帰っていこうとするとセリオンさんが玄関まで送りますと動いた。
ガイルさんはちょっと意外な顔をしたがセリオンさんの顔を見るとそうしてもらおうと二人で下の階に下りて行った。
「怖いねえアンジェ」
『ディオ兄心配しないで、セリオンさんが泊まってくれるし、あたしもいるから大丈夫よ』
ディオ兄の綺麗なアイスブルーの瞳が大きく見開いたが、直ぐに微笑んであたしを抱きしめた。
そして小さく呟いた言葉はあたしには聞えなかった。
―アンジェを守れるようになりたい
* * * *
玄関に着くとセリオンがポケットからハンカチの包みを出した。
「庭でさっき拾ったんですが、この銀のネックレスはスカルトの仲間のですかね?」
セリオンがハンカチに包んだ銀のネックレスをガイルに見せた。
「ああ」とガイルは声をあげると、「見かけた連中の話では銀の派手なネックレスと言っていた、たぶんこれだろう。どこで見つけた?」
ハンカチにのせられたジャラジャラとペンダントヘッドが付いた銀のネックレスは泥が付いていた。
ガイルとセリオンは手の中のネックレスの異常さに眉をしかめた、鎖の部分には少量の血と皮膚の小さな欠片、髪の毛が付いている。
―気味の悪い落とし物だ、ディオに気づかれずに拾っておいてよかった。
セリオンが庭で拾い上げた時、血はまだ固まっていなかったとガイルに話すと、彼は嫌な顔をした。
「既に来ていたのか、でもなぜディオのところに行かなかったのかな?」
そう言うとガイルはまたネックレスを見た。
何個ついているのか分からないペンダントヘッドの中にひとつだけ金の物があった、これらは寄せ集めて鎖に付けたのだろう。
こんな趣味の悪いネックレスはそうそうないだろう。
「血…ちょっとこれは…ルトガーさんに見せよう」
ガイルはネックレスを包んだハンカチを受けとると、ショボショボと降る小雨の中を急いで戻って行った。
* * *
「そうか、ディオは無事だったか。良かった、セリオンが付いていてくれるなら大丈夫だろう。警邏兵からも連絡なかったか…後手にまわっちまったかな?人攫いの仲間なら逃がすわけにはいかん、他の町にもすぐに報告をしてくれ」
ガイルの到着より先に、彼の部下から報告を受けたルトガーが、執務室で御尋ね者の手配を済ませると、突然の客であり、胸を撫でおろしているアルゼに向き直った。
彼はディオのところに悪党が向かったと聞いて大騒ぎに騒いだ。
本当に心配していたのがその様子で分かった、しかし…
彼は探るような眼でアルゼを見つめると問いただした。
「なあ、アルゼ最近やけにバッソに来るな?ディオをそんなに気に入ったか?」
アルゼの眉がピクリと動いたことをルトガーは見逃さなかった。
―なんで動揺するんだ?…
アルゼはいつものように穏やかな表情でにこやかに答えた。
「ああ、優秀そうな子だからね。注目しているよ」
「ふうん、そうか」
―アルゼの奴、本心を隠しているな。
ルトガーは相変わらず腹を割って話さないアルゼをもどかしく思ったが、あえて口に出さなかった。
ふたりは取り留めのない話題を選び、穏やかに会談をしてアルゼは帰って行った。
―カメリアは何か知っているかな?教えてくれるだろうか?
ルトガーは深い紺色の髪の美貌の侯爵を思い浮かべた。