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いざ高き天国へ   作者: 薫風丸
第7章 天国への階段
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第26話  銀髪の少年

 静かな雨音が聞こえる、この部屋は修理を急いでくれたので安心できる。

このところ、一雨ごとに温度が下がってきて秋も深まるばかりだった。


「お疲れ様、アンジェ疲れちゃった?今日はよく頑張ったね。お昼寝でもするかい?」

『うう、眠くなっちゃった…お昼寝するよ』

うーむ、頭は大人でも体は赤ちゃんだけあって、すぐに眠くなるのよね。


「洗濯の取り込みも今日は無いし、たまにはのんびりするかなあ…」

ディオ兄もうつらうつらしだしている。無理もない大人と一緒に働いてあたしの世話をして、勉強もしているのだ。


 児童が一日に10時間も働くなんて以前の日本からは考えられないが、前の世界だって、100年程前なら児童労働は15から16時間なんて当たり前だったのだ。ここはそれよりも文明は進んでなさそうだし、ディオ兄はましなほうなのだろうか?

そんなことを考えながらいつのまにか、眠ってしまった。


*       *       *       *


 外で激しい雨音が聞こえるなか、忍び込んだスカルト達が廃墟の1階の部屋を調べていた。

「やっぱり、上の階に住んでいるのか。下の階は人が住んでいる気配がない」

青年のほうが声をかけると、窓の外が目に入り嫌な顔をした。


窓の外には、手入れをされていない伸びたい放題の枝を広げた暗い林があり、その傍に、まだそれほど古くない墓地があった、7本の木の杭で作られた十字架に枯れた花輪が引っ掛かっている。

びちゃびちゃと雨でぬかるんだ地面の跳ね返りをまとい、陰鬱に立っている。


「幽霊騒ぎはあれのせいじゃないか?墓地があるぞ」

「うわ、暗くなったら気味が悪い、早いところ金を探して帰ろうぜ」


2人がその墓を眺めていたら、昼下がりの空が尚も暗くなってきた。


「雨が強くなってきたが、ここに長居するのは危険だ。早いところ済まそう」

青年の方が階段に向かって小走りにあがり始め、スカルトもそれに続いた。


壁に飾られた陰鬱な顔の肖像画を横目に2階に駆け上がると、たまたま小さな男の子が左の一番奥の部屋から体を出して様子を伺っているのが見えた。

子供はこちらと目が合うと怯えた顔で大きな悲鳴を上げて慌てて部屋に引っ込んだ。


「あいつだ!捕まえろ!!」

2人の悪党は子供が逃げ込んだ部屋へ一直線に走った。


ドアの向こうで子供が「嫌だ!来ないで!」と、ドアを必死に抑え泣き叫んでいる声が聞こえるが、ふたりの盗人は笑って、「今そこに行くからな!たっぷり痛めつけるから覚悟しろよ!」そう言って無慈悲に子供の恐怖を煽った。


「助けて!嫌だ!誰か助けて!」

「誰も来やしねえよ!喚くだけ無駄なんだよ!」


入らせまいと抵抗していたようだが、子供の力ではドアを蹴破る青年の力に何の足しにもならず、ドアはあっさりとガーンと乱暴な音をたてて開いた。


スカルトと青年が部屋の中に雪崩れ込むと、蹴破った弾みで後ろのドアがバタンと勢いよく閉まった。


 部屋の中は廃墟だったとは思えない程立派なシャンデリアが吊られた豪華な部屋だった。人の背丈ほどもある真っ白な大理石の暖炉が壁に張り付いている。


反対側の隅にある小さなテーブルに銀の燭台があり火が灯っていた。

部屋の天井部は透かし彫りの彫刻のある欄間になっている。

直接見えないように、隣の小部屋で楽器奏者が演奏し、この欄間から音楽が部屋に流れるようになっているダンスホールも兼ねた広間のようだった。


壁には見事な葡萄蔓や鳥、鹿などの彫刻が彫られており金箔が張られている。

その豪華で、広く、薄暗い部屋の中央、項垂れた男の子がひとり立っていた。

もはや泣いても喚いてもいない、静かに声もなく立っているだけだ。


白いシャツの袖口にフリルがあしらわれ、まるで貴族の子が着るシャツのようだ。シャツだけではない、靴もズボンも襟元のリボンタイも。

みな上品でひとめで高級なものだとわかる。


―こいつ絹を着てやがる!!


スカルトはディオが市場で可愛がられて客が古着を恵んでくれた話を思い出した。同じ孤児のくせに目を掛けられているディオは増悪の対象だった。


―大人におもねるいけ好かないガキ!俺はこいつと比較されて胸糞悪かったんだ!この際、うんと痛めつけてやる!

ズカズカと足音を立てて子供の前に立つと胸ぐらを掴んだ。


「おい、金を出せ。大人に媚びを売って気に入らねえ奴だと思ってたんだ」


スカルトは左の手で胸ぐらを掴んだまま右の拳で殴り始めた。

連れの青年はニヤニヤして眺めながら、周りに金目のものが無いかと部屋の中を見回し始めた。


「女のほうが良かったがなあ、次は俺だが、俺のやり方は、そいつとは違う。お前、女みたいな顔をしているから、楽しみだぜ」


そういうと、青年の方は下卑た笑みを浮かべて部屋の中のものを物色し始めた。青年が銀の枝付き燭台を手に取り撫でまわしながら、これは高い金になりそうだと思わぬ収穫に喜んでいた。


「さっさと金を出しやがれ!」

恫喝する声に何の反応もなく、ただただ殴られるだけの少年、悲鳴どころか呻き声すらあげない。

光の無い金の瞳が無表情のままこちらをみつめるだけでまるで人形をいたぶっているみたいだ。

スカルトは段々気味が悪くなってきた。

何でこいつは平気なんだ、何故さっきみたいに怯えない?

何故やめてくれと乞わない?何故痛がらない?何故悲鳴をあげない?


「こいつ痛みを感じないのか?やせ我慢しやがって!気味悪い奴だ!」


そのとき、眉ひとつ動かさずに殴られるままだった子供が、スカルトを睨みつけ、がくんと有りえない程に口を大きく開いた。


「ぎゃああああー!」


悲鳴に驚いた青年が後ろを振り返ると、スカルトの拳が、男の子の蛇のように外れた顎の口の中に入っていた。あっけに取られて眺めている間に、ごきり…めき…がりん…と嫌な音を立てて拳が砕かれ始めた。


腰が砕けたスカルトは引きつった顔でひたすら悲鳴を上げるが、相手は光の無い金の瞳で彼を睨んでいる。

悲鳴を上げながら、スカルトは恐怖で腕を伸ばしたまま床に崩れて腰を落とすと、子供はがきりと外れた顎のままかみ砕いた拳をごくりと飲み込んだ。

蛇の腹のように伸び縮みした喉が、かみ砕いたスカルトの拳を胃の底に落とした。

やっと腕が嚙み切られた瞬間、仰け反る拍子にばらまかれた血が青年の頬にもぴちゃっと一滴飛んできた。

「いてええええよおおおお」


手首から先を失ったスカルトが、恐怖と激痛に悲鳴をあげたまま床に転がり回った。震える青年が声をも出せずにその光景を見ていると、噛み千切られた右の手首から血がどくどくと流れて床の毛足の長い絨毯を汚した。


「名前負けだなブルート(乱暴者)…」


血だらけの口を開いた子供が、青年ブルートに蛇を思わせる金色の眼を向けた。

名乗らなかった自分の名を口にされて、とうとうブルートは銀の枝付き燭台を放り投げ、悲鳴を上げて部屋を飛び出した。


「助けてくれよう…兄貴…」

ブルートは、もはや床に転がっている血だらけのスカルトを捨て置いて、逃げることしか頭になかった。


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