第25話 名の語る悪行
「今、スカルトって言いました?そいつどこにいます?」
ルトガーが部屋の入口に目を向けるとセリオンが立っていた。
遠方からの帰還を挨拶することも忘れて焦ったように、また聞いた。
「どこにいるんです!そのスカルトって奴は!どんな奴ですか?」
「ディオの代わりに掃除に入ったガキだが、今は逃げ出してどこにいるんだかわからん」
顎の前で手を組んで溜息をついたルトガーが答えると、ガイルも大きく頷いた。
それを聞くとセリオンは激情に駆られる様に半ば叫ぶように言った。
「俺とディオを捕まえてた奴らの仲間だ!あいつらから逃げた時、一緒に逃げた俺の友人だったリヒュートは殺されました。ディオが同じ名を名乗ったとき、同じ奴らに育てられた子供だとすぐわかったんです」
「そうだったな。それでディオが来た時自分に面倒見させろと言ったんだよな…お前に会ったとき名前をくれと言った理由を聞いていれば…」
ルトガーはセリオンが来たころのことを思い出していた。
バッソでスリを働いたボロボロの浮浪児の少年をルトガーが保護したのだ。
保護された少年は新しい名前を自分にくれと言った。
ルトガーはセリオンと言う名前を彼に与えた。
何故新しい名前を欲しがったのか、あの時何故聞かなかったのか、聞いていたら今頃、人攫いの組織の事はもっと調べが進んだろうに。
飢餓革命が鎮圧された後、廃爵などで消えた貴族やその使用人が憤り、処分した側の関係者を襲い、子供を攫う事件が多発した。
攫われた子供は行方不明か、見つかっても生きている事はなかった。
必死の捜査の末、首謀者は取り押さえられる前に自決したが、残党は今もって動いている。
ディオが町に来た時、その話が出て、やっと事情を聞きだしたルトガーは悔やまれてならない。
「あいつらの手先かと思って…でも違った。ディオは組織に残されず売り飛ばされただけの子供だった、正直ほっとしましたよ」
「ねえ、セリオン、その組織の奴ら、子供に自分の名を捨てさせて違う名前を宛がうのかい」
戸口に立っていたアルゼがセリオンの後ろから姿を現した。
「そのリヒュートの意味はゴミだ。他の意もあるが全部マイナスの意味だね。
今回の子はスカルト?意味は“ろくでなし”だな。変なところで神代言語を使うやつらだ。他に名前はどんなのがあるの?」
セリオンが懸命に思い出して、覚えている名前をアルゼは次々と意味を明かした。
「クレティーノ」「“あほう”」
「ストロンツォ」「“クソ野郎”」
「シェーモとシェーマ」「“馬鹿”の男と女」
「スポルチーツィア」「ごめん、それについて僕は訳せない…」
顔を赤らめているアルゼの様子からどうやら訳せないのでは無く、訳したく無いと言う事らしい。
そいつは女だったとセリオンがいうと、アルゼは一層赤くなって、うん分かっていると目を泳がせた。
苦々しい顔をしたセリオンがまた覚えている名前を口にした。
「中でも情け容赦が無いやつにつけられた名前が“ビッツィオ”だった」
「それは“悪徳”だな」
聞くたびにセリオンの顔に動揺と増悪が浮かんでいた。
ルトガーとガイルの表情も強張った。
「それで君は何だったの?セリオン」
「おい、アルゼ」ルトガーがセリオンの様子を心配して止めようとしたが、彼が首を振った。
「俺はルトガーさんにセリオンと名前を付けられたとき過去を捨てました。
あの頃、俺が呼ばれていたのは“アバンツォ”です」
「“半端物”か、でも君のだけ他にいい意味があるよ。“利益”だ。本当に君が来たことは僕らにとって“利益”だったよ、セリオン。お陰で侯爵家が探している敵がどんな奴か少しわかった」
アルゼはにやりと笑って言った。
「神代言語を少しばかり使えることで教養をひけらかしたい間抜け(イディオータ)だ。
わざわざ自分の手下に判り易い名前を付ける馬鹿野郎さ。そして、その間抜けのお陰で僕らは警戒すべき相手が予測できる。それじゃルトガー、覚えてもらおうかな」
「何を?」
「神代言語の悪口だよ、そして罵詈雑言の数々!敵側の人物だって名前ですぐにわかるだろう」
「え?俺この年で王立学校の選択科目でも取らなかった神代言語なんて覚えなきゃならないのか??」
「やだなあ、情けない事いうなよ。ちょっと悪口覚えるだけだよ、ハハ」
「お前と頭の作りがちがうんだぞ!俺は肉体労働派なんだ!なんでお前は神代言語の悪口まで覚えられるんだ!普通そこまで覚えようと思うか?!」
ふたりの掛け合いにガイルが堪りかねて口を挟んだ。
「それよりスカルトを探しましょう。まだいるかもしれない。
スカルトと一緒にいた奴は、首に銀のネックレスにペンダントヘッドをじゃらじゃらと付けていたそうだから、人の記憶に残りやすい。
ふたりの事は警邏兵に伝えておきましたが、探すのは多い方が良い、街道沿いは固めて有ります、まだ町にいるでしょう。
俺は市場の近くを探します、セリオン、お前ディオのところに行って様子見てこい。
スカルトの奴、ディオが大人並に稼ぎがあるというのは本当かと聞いたそうだ。
ディオから金を取り上げる気かもしれないぞ」
「わかりました、俺はディオのところに寄ってみます」
セリオンはガイルにそう言うと身を翻して部屋を出て行った。
* * * *
「おい、スカルト。こんな廃墟にほんとうに金があるのか?」
銀の派手なネックレスをした青年がそばかすの少年に尋ねた。
雨が滴り落ちる木立の中でふたりの小悪党は、ディオとアンジェが住む廃墟を裏庭から見上げていた。
「ああ、ここのガキは俺の掃除場所を前にやってた奴で、やたらと比較されて頭にきてたんだ。
今じゃ大人の男並みに稼いでいるらしいから、ごっそり頂こうぜ。兄貴」
「手ぶらで帰るのも癪だしな…ガキ相手なら殴るだけで金を渡すだろう」
「へへへ、この町での置き土産にたっぷりいたぶってやる」
勢いよく走り出したふたりは、ちょうど開いていた窓から中に忍び込んだ。
中は修理中で大工や内装屋が入っていると聞いたが、少しもそんなことを感じさせるような雰囲気ではなかった。
相当長い間、管理されずに放っておかれたのかもしれない。
廊下も壁もシミが浮いていて壁の漆喰が剥げている、長い廊下には木の葉や壊れた木っ端と虫の死骸が落ちている。
蹴破られたように外れたドアの部屋に入ると、ガタガタになっている鎧戸やボロボロになったカーテン、引き倒されて砕け散った彫像が床に転がっている。
目の部分に窪んでいる箇所が、瞳に見えて気味が悪かった。
本当にここは子供が住んでいる廃墟なのだろうか?疑問に思いながら二人は奥に進んだ。
空が重く垂れさがり、雷が淀んだ空気をビリビリと振動させると地面を穿つほどの激しい雨が降り始めた。
次回ホラー回ですけど、そんなに怖くはないです。よろしくお願いします。




