第24話 忍び寄る悪意
ころりん、ころりんと寝藁のベッドの上で寝返りの練習です。
いや、まだ完全にはできないですけどね。
はためにはジタバタしているだけにしか見えませんね、はい。
添い寝をしたディオ兄はニコニコと練習を見守っている。
はう、ただいま温かい目で監視されております。
「ふふ、アンジェうまくなったね。やっぱりちゃんと体力を使って動かないといけないよね。早く大きくなってね」
『目が回ってきちゃった。休んじゃ駄目?』
「じゃあちょっと休んだら再開だね」
『……』
最近、横着をして念動力で動いているためディオ兄に怒られてしまった。
だってこの方が楽しいんだもんと言ったら身体が成長できないでしょとコンコンと諭された。
でもね、風船みたいに身体が浮かんだときは感激しちゃったのですよ。
ここまでできるんだー!と大喜びして浮かんだまま、あっちにフワフワこっちにフワフワして動きまくってディオ兄を焦らせちゃったのです。
あまりに嬉しくて浮かんでばっかりいたら、怒られちゃいました。
レナート神父だったから良かったものの、また他の誰かに見つかったらどうするのと激怒られましたよ。すいません、反省してこれからは真面目に運動します。
という訳で、真面目に赤ちゃんのやるべき運動をしております。
今日は雨のため大工さん達はお休みとなったため、あたしたち以外は誰もいない静かな廃墟、こんな日はディオ兄のご機嫌を伺って過ごすことにした。
* * * *
その頃、ルトガーの執務室に困り果てた老人がガイルに連れられて、相談に来ていた。
老人は高級そうなソファーに腰を下ろすように勧められ、尻の落ち着き具合が悪そうに緊張して座ると、いきなり本題を切り出した。
「あんたがよこした新しい子供な、あいつはどうしようもない奴だぞ」
老人は、以前ディオが掃除をしていた飲食店街の代表をしている。
ディオはいつも掃除の始まりと終わりは彼に挨拶をして仕事をしていた。
「前の子供は真面目に馬糞を集めて捨てに行った。ドブが匂うとドブ攫いも言われなくても自分でしてくれた。ちゃんと攫った泥も空き地に埋めに行った。
そりゃあもう皆が感心したくらい真面目な子供だったよ。
だから、次の子もあんなふうに良い子だろうと気を抜いちまったんだ。
しかしなあ、今度の子はそうじゃない、あいつはゴミも馬糞も全部ドブの中に落としていやがったんだ。最近やたらとドブが溢れると思ったら、あいつのせいだったよ」
苦々し気に語る老人は思い出しても腹が立つとばかりに、膝の上に置いた拳をギュッと握りこんで口をへの字に曲げた。
眉間にある刀傷を大きく歪めてルトガーは老人に頭を下げた。
「悪かった、こちらの監督が行き渡らなくて、よく言って聞かせる」
頭を下げられて言われた言葉に、直ぐに老人はもう沢山だと言わんばかりに打ち消すように手を振った。
「いいや、もうあの子を寄こすのは止めてくれ。最近、盗難があって、あんたに相談しようかと思っていたら、あいつだった。商店で盗みをしたんだ」
ちらっと老人はルトガーの横に立つガイルのほうに目をやる。
「ガイルさんが捕まえに来たんだが…」
ガイルがちょっと前に出て申し訳なげに言葉を継いだ。
「あいつ、今日、昼飯の仕込みで忙しい時間を狙って店の中に上がり込んで、家探しをしてたそうです。俺が行ったときはひと騒動起こして逃げた後でした」
ガイルは店の人から知らせを聞いて捕まえに行ったが、店先で隠し持っていたナイフを出して暴れ、逃げ出した後だった。
「他に仲間がいますね。市場の外れで仲間らしい男と会っていたのを何人かが見たらしくて。金のありそうなところを探す手先だったようです」
街の世話役の老人はやっぱりなあ、と呟いてソファーから腰を上げた。
ルトガーは謝り、今度はまともな子を派遣するからと、帰る老人に約束して見送るしかなかった。
身寄りのない子供達がまともな大人に育つように手を貸すこと、ルトガーが常に気を付けていることだ。
貴族が資金をだしている孤児院では3食と寝床と教育が確保できているが、平民の経営している孤児院では子供ひとりに対する政府からの支給金目当てで経営されていることが多く、院内の環境は最悪なところも多かった。
なかには人買いの中継地になっていたケースもあった。
平民の子供は10歳くらいになると、どこかに弟子入りすることが多かったが、親のいる子と違い、孤児には厳しい親方も多く、ここでも孤児に対する政府の自立支援の支給金目当てが多かった。
支援金が貰えれば、後は怒鳴り込む親がいない孤児は、たちの悪い大人にとって使い勝手のいい道具でしかないのだ。
ルトガーのところでは、身寄りのない子供に寮生活をさせ、彼が交渉して大人並の賃金を支払う場所で掃除をさせていた。
寮に入っている間に、子供の志望する業種に応じて武術や教育を仕込んで、将来に繋げられるように世話している。
たとえ子供の掃除人でも、町の治安を守る警備隊と情報を共有するので、雇う側にも安心をもたらすと、説得して雇って貰っていた。
ルトガーが、子供が搾取されないように、大人と変わりのない仕事をするからと掃除の依頼主に頭を下げて頼んでいたことが、今回、一人の子供のせいで信頼関係が崩れそうになっているのだ。
「盗人の手引きか…ガキなのにそこまで腐っていた奴だったか…」
額の傷が大きくゆがむほど眉間に皺を寄せたルトガーが苦々しくはいた。
ソファーに座って組んでいた脚を下ろした拍子にドカンと床を踏み鳴らすと
唸るような声で聞いた。
「それでどこ行った、スカルトは?」
「今、スカルトって言いました?そいつどこにいます?」
ルトガーが部屋の入口に目を向けるとセリオンが立っていた。
いつになく激しい激情に揺さぶられたセリオンは、吐き出すような声をあげて部屋に入って来た。
「スカルトという奴はどこにいるんですか?!そいつは人攫いの仲間です!!」