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いざ高き天国へ   作者: 薫風丸
第5章 うわさのハイランジア
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第198話 アンジェの組合

 お兄様は先程別れた後、マルヴィカ卿達と乗馬に行ったようだ。

事件の関係者が全て捕まり、後は取り調べが終わるだけだなあ、そんなことを考えていると、厨房につながる廊下で、あたし達はクイージさんに声を掛けられた。


「おお、犬神さま」

クイージさんはしゃがんで手を合わせ、お座りして尻尾を振っているわんこ神を拝んだ。


『爺は信心深いのう』

いつも遭うと拝んでくれるので、神威が高まるとわんこは喜んでいる。


「あら、お嬢様。セルヴィーナ様とセリオンさんですよ」


 セリオンさんの腕から、手を放したセルヴィーナ叔母様が、屈んで手を広げてくれている。

遠慮なく抱きついてクンクンと呼吸していると、とても気分が落ち着くから好きだ。


「クイージさん。明日のプリンはよろしくな」


「勿論じゃ。しかし、あんなに多い数を作らにゃならんとは。ここの屋敷の冷蔵室が大きくて助かったわい。

それじゃ昼前には全て注文の数を作っておくからな」


クイージさんが去ると、セリオンさんがニヤリと笑って、あたしの前に立った。

「アンジェ、明日、おまえの歌をやってくれ」


え~、前やったときは、しこたま怒ったくせに~。

口を尖らせてぶうぶう言っていると、敵は宥めすかせてきた。


「まあ、そういうなよ。アンジェの才能が最大に活かせる方法が見つかったんだ。人の役に立つんだから頑張れよ。ルトガーさんも喜ぶぞ」


むう、パパが喜んでくれるなら、張り切って歌うしかない。


「ルビー、伴奏はよろしく」

「ええ、お任せ下さい。アンジェ、一緒に頑張りましょうね」

「あい!」


『なあ、セリオンは船に乗っているとき、セルヴィーナさんと呼んでいたのに、いつからルビーと呼ぶくらい仲良くなったんじゃ?』

「うう!」


「あれ?セリオンさんは、どちらも呼んでいるよ」

「そうでちゅね。アンジェも両方の呼び方で聞いてまちゅよ」


『その理由は、わしが思うに…』

「「「ほう!」」」

ダリアさんとディオ兄と、3人で思わず喰いついちゃったよ。


*ドキドキドキ*

『手を握れるようになってからじゃー!』


おお、なるほどそういえば、セリオンさんは人が見ていないと思って、セルヴィーナ叔母様の手を握っているときがよくある。


「じゃあ、手を握った後は「ルビー」なんでちゅね」

俺の彼女―!って感じで「ルビー」だったのか。

セルヴィーナ叔母様が恥かしそうに、赤く染まった両頬に手を当てている。


ディオ兄がひそひそと耳うちをした。

「手を握ったくらいで態度が変わっちゃうなんて。セリオンさんって結構奥手なんだねえ。意外だねえ」

「性格はひねてまちゅが、色恋は素直でうぶでちゅね」


「おまえらガキのくせに何をしゃべっているー!」

真っ赤な顔のセリオンさんが、狼狽えていると、ダリアさんが、何を今さらと不思議そうに言った。


「あら、セリオンさんは騎士叙勲式に合わせて、入籍したはずですよ。ダリアはそう聞いていましたよ。


エルハナス家の実子届、セリオンさんの騎士紋章、セルヴィーナ様との結婚によるオルテンシアの婿入り、どれも紋章の変更が必要になって来ます。


これらをいちいち紋章院にやってもらうのは、手続きが複雑になってグリマルト卿に悪いという事で、一度の紋章手続きで済ませるため、一緒に登録したと聞いています」


「それじゃ、セリオンさんは、セルヴィーナ叔母様と既に結婚したことになっているの?」

「そういうことです」


「そ、それじゃ、俺たちはもう夫婦なのか?」

セリオンさんの顔が、真っ赤になったと思ったら、微妙に口元がにやけてきている。いつもはニヒルなのに、てれてれと…。


「セリオンさんも男だったのにぇ…」

「なに言ってるのアンジェ?」

ディオ兄はお子ちゃまなので、意味がよく分からないようだ。


「セリオンさんのせいで、お子様の教育に悪いです」

ダリアさんが、男の業を背負ったセリオンさんを、冷ややかな眼で見ている。


「そんな不埒なことを考えたのなら、親としてお仕置きせねばならんな」

いつの間にか、ぬうっと現れたカラブリア卿のアイアンクローが、セリオンさんの顔をがっちり捉えた。


「いだだだだ」

*ギリギリギリ*

カラブリア卿の指が、セリオンさんの顔を覆ってめり込んでいく。


「カラブリア卿は俺より少々背が低いが、手は俺より大きい。俺も子供のときはよくあれでお仕置きされたもんだ」

パパが後ろから現れて、懐かしそうにいった。ママもニコニコして一緒に立っている。


「で、でも父上が、セリオンさんの騎士の反撃を受けちゃう!」

「それは出来ん。何故ならわしはセリオンの父親だからだ」


騎士の反撃は赤の他人の敵のみ!身内は対象外だ。

いくら先にやられたとしても、へたに親や女性に反撃なんかしたら、騎士道どころか世間から非難される。


「オホホ、そういうこと、私も姉だからセリオンは反撃できないのよ」

カメリアママが楽しそうに笑った。何か企んで…い…る。

手に鞭を持ってるー!!!


「オホホ、セリオ~ン。騎士は女性に品行方正な紳士として接すべし。

来年の春に正式に結婚式を挙げるのだから、まだまだ煩悩垂れ流しちゃだめよ。

次はこの姉の教育的指導を受けなさい」


 そういうとママは手にしていた鞭をセリオンさんに向けた。

*ピシィィィーーーン*

「ひえええええぇぇ」


 その後、セリオンさんは、子供の前でヘラヘラと鼻の下を伸ばしたという事で、騎士道に反するとパパにガッツリ怒られていた。


*      *       *       *


 船長は戸惑っていた。

捕らえられた牢から取り調べ室に呼ばれて、何故か今まで味わったことが無い美味い「プリン」とかいうものを食べさせられた。

聞けば今回捕まった犯罪者に全て振舞われたらしい。


食べていると、取り調べにセリオンという男がやって来た。

彼がオルテンシア家の婿だと、後から聞いた。


もう逃げも隠れもするつもりは無いので、質問には正直に話した。いや、何と言うか話さずにはいられなかったのだ。

心の底から、みんな話してしまいたくなったのが不思議だ。


牢に戻ると、仲間はみな同じように、プリンを食べてから取り調べを受けたらしい。

いったい何で美味い物を食わせてくれたのか、訳が分からないが、死ぬ前の情けと思えば納得がいく。


ハイランジア家の跡取り娘を殺そうとした男が船員だったのだ。

あのふたりは港で死体になって見つかった。どうやら殺し合いをしたらしいが、自分達も同じような奴らだと思われても仕方がない。


船長の自分が縛り首になるのは覚悟の上だが、部下の船員たちが心配だ。

もはや死の覚悟は出来ていた…なのに。


 再度、取調室につれて行かれたら、なんと、ちんまりとした子供がいた。

すぐに自分を倒したハイランジア家の子供だと判った。

なにせ、子供たちの後ろには、あの狂乱の貴公子こと、ベルトガーザ・ハイランジアが奥に座っていたからだ。


それに、もうひとり紺色の髪の男の子がいる。こちらの方は、看守が噂していた「鬼畜童子」こと、エルハナス家の末子だろう。


いったい何の用だろうと、心のなかで悩みながらも勧められた椅子に座った。


「俺はハイランジア卿だ。君はギデオンというそうだな。目の前の女の子は俺の娘、もうひとりの男の子は、我が家の婿になる予定のデスティーノだ」


「お義父さんたら違うでしょ。俺のアンジェの婿は、予定じゃなくて決定でしょ?そうだよね、アンジェ」


 ちっこい女の子の目が一瞬泳いだが、「ふぁい…」と意味深な笑顔で応えている。どうやら貴族にありがちな家同士の結婚らしい。


船長がそんなことを考えていると、アンジェが話の本題を話した。


「船長しゃん、バッソの領民になってアンジェの子分になってくだちゃい」

「へ?」


「アンジェは新しい遍歴職人の組合を作りたいのでちゅ。船長さんと御仲間には、是非ともその第一号になってもらいたいのでちゅ」


 勝負する前に子分になるって言ったでしょ?と言うと、船長さんはハッとした。どうやらすっかり忘れていたらしい。


「船にいた人たちは人買いに関わってないと判りまちた。だから、船長さんたちの罪は軽いので、アンジェが身柄を預かることを許ちてもらえたのでちゅ」


「あ、あのときの約束で、俺らの命を助けて下さるってことですか?」


「アンジェはもう船長の親分でちゅ。正直者の子分の命は守りまちゅよ」

船長さんはグスンと鼻を鳴らすとひたすら頭を下げて感謝した。

「アンジェが優しくて良かったね、船長さん」


 その後は、あたしはわいわいと船長と相談しながらマンゾーニ卿に渡すための書類を作った。


*      *       *       *


 職人組合の名前は起源説に基づいて名前が付けられている。

創設者にアンジェリーチェ・ハイランジア。

その組合代表代理人はバッソ領民、ギデオン船長。

職人組合名は「アンジェのお友達たち」


「な、なんで内務大臣が直々に新設の組合の届を受けるんですか?」


 船長とその部下たちは、元内務大臣のマンゾーニ卿を前にして狼狽えていた。バッソのハイランジア卿の預かりとなった彼らは牢から出され、簡素だが清潔な宿に軟禁となっていた。


アンジェから、職人組合結成の申請受付の人が、来るからと言われていたが、まさか元内務大臣が直々に宿にやって来るとは


「今の内務大臣は、わしの息子だ。わしは広域犯罪捜査部の長官」

いや、そういう細かいことじゃないんですけど!と船員たちは心のなかで突っ込んだ。


「あのそこじゃなくて、こんな出来立てのちっぽけな組合を、なんで元内務大臣が創設届の受理なんてしてくれるんです?」


「ばっぁかもーーーん!!わしが後見人を引き受けたアンジェリーチェ・ハイランジアが設立する組合申請だぞー!

このマルチェロ・マンゾーニが関わるのが筋だろうがー!」


いや、ますます分かんねえよ!子供の後見人というだけで組合つくるか!と船員たちは心のなかで叫んだ。

彼らにマンゾーニ卿の真意が読めない。


― ふふふ、この組合をどんどん大きくして、アンジェに、お爺ちゃん素敵と感謝されるぞ!


 マンゾーニ卿は何が楽しいのか鼻歌混じりに書類を確認していた。


「お前たちの出す書類は…と、組合名は…はあ?「アンジェのお友達」だと?こら、おまえら貴族の跡継ぎを、他所もんに呼び捨ての愛称で呼ばせる気か?


仮にもお前たちはアンジェに命を助けて貰って、組合の創立をするんだろうが。領主のエルハナス家が裁判をしていたら、とっくに首チョンパだぞ!


感謝を込めてアンジェリーチェ様と書かんか!はあ?アンジェが書いた?

それでも気を利かして書かなきゃ駄目だろうが。」


めんどくさいジジイに捕まったと、船員たちは心のなかで呟いた。

と同時に、これだけの重要人物が気に掛けるアンジェという子供の存在に、自分達が関わった巡り合わせの不思議を感じた。


「お前たちはそれに恥じぬよう品行に気を付けるように!もしも、アンジェの名を貶めることをしたら…わかっておるな?」


そこまで言うと、マンゾーニ卿は自分の首に手を当てて、スパッと首を切る仕草をした。

そして、「わしはいつでも目を光らせているぞ」と彼らにクサビを打った。

船員たちは、背中に冷たいものが走り、生唾を吞み込んだ。


「それじゃあ、わしが良い組合名を考えてやろう♪う~ん、何にしようかな♪」

マンゾーニ卿は実に楽しそうにいうと、あれこれ思案しだし申請書の組合名を勝手に書き換えてしまった。


マンゾーニ卿は満足そうに、カッカと笑って部下を呼ぶと、直ぐに王都の息子のところに届けるようにと書類を持たせた。


そして、真っ先に受付処理をしてやれと伝えろと差し出した。


 かくして、バッソ領民のための組合。「アンジェリーチェ様の下僕」が結成されたのだった。


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