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いざ高き天国へ   作者: 薫風丸
第5章 うわさのハイランジア
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第185話 助けの神

お母しゃま…セルヴィーナ叔母様はお母しゃまだったのか…。

涙が溢れる…頭が痛い…気が遠くなる…。


 どこだろう、ここは?こぢんまりとした屋敷の1階らしいけど。


階段下に、まだ若い眼鏡の男性が、不安げにソワソワと体を小さく揺らして見上げている。

誰だろう?それより、あたしは何でここにいるのかしら?


やがて2階から、オギャーと元気の良い赤ちゃんの声が響いた。

お産があったのか、それじゃ、この人は旦那さんかな?


「女では役に立たん!」

奥から大声が聞こえると、彼の喜んだ顔が一瞬にして陰った。


期待を裏切られたのか、怒りにまみれた身なりの良い中年の男性が、靴音あらく階段を降りて来た。


「おい、ライオルト。子供はいつものように埋めておけ」

「え?正気ですか?そんな酷いこと、考え直してください」

「厄介払いだ!主人の命に逆らう気か!さっさとやれ!」


その男は、階下にいた眼鏡の人に乱暴に告げると、彼を置いてさっさと馬車に乗って引き上げた。


身震いがしてきた。埋めておけ、つまり殺しておけということだよね…。

いくらなんでも、女だからって殺しちゃうなんて…酷い。


出て行ったのは、眼鏡の人の主人らしい。罪深い命令を受けた彼は顔を歪めて嘆息している。


「死んだ前の執事から聞いていたが、まさか本当の事だとは…。

からかわれていると、老人の戯言と、話半分に聞いた私が馬鹿だった。


子殺しに従えないなら、屋敷から逃げろという忠告だったが。

その前に、セルヴィーナさんの子供を何とか生かしてあげなければ…」


え?叔母様の子供…それでは、あたしの産まれたときの記憶?

いや、産まれたてなのよ、あり得ない。

しかも、この視点、第三者の誰かの視点としか思えないもの。


部屋では、セルヴィーナ叔母様が涙を零しながら、あたしに初乳をやっていた。衝立の向こう側から先程の男の人の声がした。


「女の子は手放すように言われました、セルヴィーナさん諦めてください」

哀れな母親が泣き崩れるのを、衝立の影にいる彼は、鉛を飲まされたように体を硬直して両手を固く握った。


 その様子を、あたしは上から見下ろして眺めている。


― ああ、やっぱり、この赤ちゃんはあたし自身だった…。あたしの父親は女のあたしを望んでいなかった。改めて見せられるとキツイな…。


はっと、気がついたときには、場面が変わっていた。

ゴミ捨て場!バッソの、あたしが捨てられた場所だ。

ふーんだ!ゴミ捨て場には、ディオ兄が助けに来てくれるんだもん。

今度は動揺なんてしないもんね。


木箱が閉じた四角い空に、黒い雲がゆるくもたれて湿った息を吹き込んだ。

ポツリと雨が落ちて来る。大丈夫、ディオ兄が来てくれる。

ザーッと雨が降り始めた。ひー!ちょっと事実と違う!

雨水が!うわっぷ!く、苦しい!何かのひげがツクツクする!え?ひげ?


『くうーんくうーん!アンジェやっと見つけたーーー!』

四角い空は、再会に狂気するわんこ神の顔で埋まっていた。わんこはパックリと口を開けて、あたしを呑み込んだ。


*     *      *      *


 一方、ディオは街の屋根の上にいた。下の通りにいる人々に気づかれないように、中腰で丸屋根瓦を割らないよう注意して小走りに移動していた。

シュトロム港の警備隊の詰め所にダリアと留め置かれていたが、トイレの窓から脱走したのだ。


「アンジェが迷子になっているのに、のんびり待機できないよ」


さて、詰め所から大分離れた。そろそろ降りようかなと辺りを見渡したとき、ディオは妙な馬車を見つけて目を凝らした。


 馬も馬車も、馬車の備品も、ピカピカに磨き上げられている。馭者と馬丁のお仕着せもそろいの高級品だ。


― 貴族かな?でも馬車の車体に紋章は無い。黒漆の透明感のある車体に高価なリボンや、ビロード布で飾り付けてある。

よくある飾りだが、家の意匠を隠すように飾ることは無い。なのに…。


家が判るような素材が見えない。というか隠しているのかな?

だが、馬車の装飾である家の意匠を隠さねばならない事って何だろう。

金が掛かった豪華な馬車なら、これ見よがしに紋章を見せるのが普通だろうに変だな。


馬車は港街の奥へと進んで消え去った。

妙に気に掛かる馬車だと思いながら、ディオは人目につかないようこっそり道に降りた。


「坊ちゃま!」

はっと、振りかえるとダリアが走り寄って来るところだった。


「ダリアさん、よく俺の居所が分ったね」

「あら、坊ちゃまが逃げたとき、ダリアは先ず屋根の上を探してますよ」

「あの、俺…これから…」

「分かってますって、お嬢様を一緒に探しましょう」


 ニコリとした後、ダリアは急に真剣な表情で言った。

「坊ちゃま、先程、馬車を見てらしたようですが、ダリアも気になっております。

馬丁の横で西日を受けてピカピカに輝いていた金色のランタン、あれは金張りです。

金色のランタンなんて普通なら真鍮ですよ。きっとあれは貴族です。


もしも、他領地に身分を隠して貴族が入って来たのだとしたら、やましいことが有るに違いありません。あの馬車は怪しいですね」


「うん、あっちの方角は、アンジェのマフラーが落ちていた桟橋からも近い。わんこ神が一緒にいないから心配だ…。

アンジェは何か事件に巻き込まれたのかもしれない」


 ふたりは顔を見合わせて頷き、馬車が去った方に歩き出した。

「坊ちゃま、無理しないで下さいね。怪しい動きがあれば、直ぐに警備兵を呼びますから」


すると、ディオは外套の裏側に隠した弾弓を見せて言った。

「いざとなったら、これの新しい弾も用意して有るし、ダリアさんもいるから安心だよ」


ダリアは新しい弾の説明を聞いて、絶対まき込まれないようにしようと思った。


*     *      *      *


―困ったな、この子の涙が止まらない。

ロイスはほとほと困惑していた。まさか、こんなことに巻き込まれるとは。


ロイスが島に来たのは、ほんの偶然だった。小舟に乗って島の子供がよく遊びに来ていたのに、最近まったく来なくなっていたのを、不審に思ってヴェトロ島に来てみたのだ。


アンジェの頭の出血はなんとか止まったようだ。だが、泣くのを止めてくれない。落ち着かせるために何か言ってあげたいが、自分は声が出せない。


あやしてなんとか島から逃げないと、そう思いながら腕の中のアンジェをみると、その頭上に…空中から仔犬が?いったいどうして!?

彼は驚いて、そのまま身動きできなくなってしまった。


*     *      *      *


『きゃうーん!アンジェ心配したんじゃぞ!きゅーん!良かったー!』

「うわーん!ワンコ!会いたかったでちゅー!」

お互いに会えた喜びでガッチリと抱き合った。


*ぺろぺろぺろ*

*キュムキュムキュム*

*ペロペロ*

こ、こら!いくら何でも…ウップ!…舐めすぎ!


*ぺろぺろぺろ*

「うわっぷ!いい加減にするでちゅ!」


まったくもう、盛大にわんこに舐められて、ファーストキッスは前世と同じ、犬になってしまった!

しかし、余程怖い思いをしたのだろう、わんこは再会の喜びからまだ覚めない。猫に襲われてないか心配だったけど無事で良かった。頭痛はまだ治まっていないが、お陰で心が軽くなった。


「よく…アンジェの場所が…解ったでちゅね…?」


『カメリアのお陰で、この島は領主殿の名義になった。そのためバッソの土地同等にお前の存在を感知できたのじゃ。

それより、おまえ!頭の中に血の塊が出来ておるぞ!』


やっぱりか、でもあたしには自力で治せないし…。


『おまえなら治療できる。痛みで精神が乱されると集中できないので、自力で治せないだけじゃ。わしが痛みを引き受けてやるからさっさと治せ!』


いきなり吐き気と痛みが消えた。わんこ神は、おでこをくっ付けると、脳の内部のイメージを送ってくれた。

わんこ神の言葉を信じて、慌てて頭の中の血腫を探って消し去った。


「わんこ、もう大丈夫でちゅ!」

『間に合って良かったー!ジジイを噛んで良かったー!』

いったい何をしたんだろう?(汗)


 ひしと抱き合っている幼児と仔犬を、ロイスは口をあんぐりと開けて眺めていた。彼は、空間から突然仔犬が浮んで現れたこともだが、頭に意味がわかる振動が伝わったことも衝撃だった。


― これが、僕が知らなかった音というものかしら?


わんこ神はまたおでこをくっ付けた。どうやら。はぐれた間の何があったのか透視しているようだ。

サーっと急に毛を逆立てたわんこ神は、縄に括られた二人の男に歯を剥いた。


『こやつら、お前を殺そうとしたのか』

「あい」

『てい!てい!』

怒ったわんこ神はポンポンと二人の上で跳ねた。


『おい、アンジェ。そこの呆けている少年は教会にいた子じゃな。

こやつ、シェルビー並みに霊感が強いようじゃ。

わしの声が聞こえておるぞ。

どれ、ひとつわしの力を最大に引き出すために、わしに捧げる神楽を舞って貰おうかの♪ウヒヒ』


 聞えない筈の言葉がドンドン頭に伝わって来たロイス君は、口をあんぐり開けて、あたし達を眺めている。

あたしは、といえば、わんこが張り切っているのが凄く不安だった。


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