表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いざ高き天国へ   作者: 薫風丸
第5章 うわさのハイランジア
181/288

第181話 ついに婚約式

 ついに、この日が来た。ディオ兄との婚約式が教会で行われる。

もう覚悟を決めるしかない。

複雑な心持だが、ディオ兄がとても楽しそうだから、まあいいや。

式を控えて、あたし達は隣にあるオルテンシア家の元屋敷に待機だ。


 大人たちは屋敷内の客間にいる。

暇を持て余したわんこ神のために、あたしとディオ兄は庭に出ていた。

そばにダリアさんがついていてくれている。


 わんこはひとしきり走って満足したのか、真っ白な巻き上がった尻尾を振りまくり、興奮して転がるように戻って来た。


「わんこ楽しそうでちゅね」

『ここは不思議じゃのう♪元気が湧いて来る♪』

「ここの教会は義父さんの家のお墓だからじゃない?」


「ここはルトガー様が教会に貸している土地だそうですよ」

『おお!それでは領主殿の領地のようなもんじゃの!』

「確かにそうだね」


上機嫌のわんこを抱っこしていると、ロイス君が報告にやって来て紙を開いて見せた。


―皆さん式が始まります。教会に移動してください。―


 言葉が話せない白い僧服のロイス少年は、書きつけた紙を見せて、隣の教会に皆を誘った。会話は出来ないけれど、表情が豊かだ。

眼がまた合うと、とても優しく微笑んでくれた。


 花が飾られた祭壇の前に、バルバ司祭とレナート神父が待っていた。

ロイス君が燭台の蝋燭に次々と火を灯してまわっている間、ディオ兄に手を繋がれたまま待っていた。


「なんだ、ルトガーの足元に仔犬がいるぞ?どこから来た?」

一番前の席にいた、パパの足元のわんこ神をカラブリア卿が見つけた。


「あら!その子はアンジェが飼っている子犬ね。こんなところまで連れて来たなんて気がつかなかったわ」


カメリアママが、パパの隣から手を伸ばし抱き上げようとすると、ジタバタともがいてパパから離されまいと必死に身をよじるわんこ神を、ママが強引に抱きしめた。


「何を怖がっているのかしら?可愛いワンちゃん♡良い子ねえ」

*きゅむ!*

『ひーーー!やだやだ!カメリアは猫臭いから嫌なのじゃ!』

「猫臭い?いま言ったのはルトガーなの?」

「あ、う、うん。俺が言ったんだ。すまん」


パパが慌ててわんこ神を受け取ると足元に放した。わんこは人の目を盗んで、さっとあたしの体のなかに消えた。


マンゾーニ卿とカラブリア卿がぼそぼそと話している。

「い、今の声がルトガーとは思えんが…」

「カメリアが猫臭いと聞こえたな…」


「あら、もう始まるようですよ!」

ことの成り行きを見ていたセルヴィーナ叔母様が、声を出して注意をひいたので話が中断された。


 婚約式は思っていたのと大分違う、意表を突く展開だった。

指輪の交換と儀式で交わされる言葉は、現代の結婚式とほぼ同じかもと思える内容。


「それでは指輪の交換を…」


まさかもう指輪を交換するとは…これでは式の内容が結婚とあんまり変わらない気がするんだけど…。

本当にこれは婚約式なの?結婚式じゃないの?というくらい内容が似ている。


…ということは、やっぱり結婚と同然!

キツネにつままれた気分で婚約式は無事すんなりと終わった。


 交わされた指輪は当然ブカブカだったので、白い魔石と一緒に金鎖に通して頭からかけた。

ディオ兄も同じように指輪つきの金鎖を首にかけられている。

そのうち大きくなったら指にすれば良いと言われた。


「大人になって小さかったら、指金という金型に指輪を通して、コンコン叩けばサイズを修正できますよ。ゆるかったなら切って接着し直します」


「これでアンジェと正式な婚約者だね」

金鎖に通した指輪をつまんで、ディオ兄が微笑んだ。

 *ニコニコニコ*

ディオ兄の無邪気な様子を見て、セリオンさんが傍に来て耳打ちした。


(おい、アンジェ、ディオが幸せそうなんだからお前も喜んでいろ)

(あ、あはは)笑顔が思わず引きつる。


「今日は僕の奥さんのオリシエを連れて来なくて済まなかったね」

アルゼさんはパパに申し訳なさそうに言った。


「良いんだ、やっとアルゼの商売が軌道に乗ってきたんだ。奥さんの実家のためにも、商機を逃せないのはわかっている」


「兄上、俺たち気にしてないですよ」

「そうでちゅ、春にお会いするときの楽しみにしてまちゅ」

「有難う、オリシエも楽しみにしているよ」


迎えの馬車が到着すると、カラブリア卿が、あたし達にこの後どうするか聞いた。


「二人とも疲れてないか?わしらは屋敷に戻るが、ディオ達はどうする?

もし街を見物したいなら、警備をつけるから安心して出掛けられるぞ」


「それは良いわね。カラブリア領を良く見てもらいたいわ」


「ルトガー、この時期は港に近い広場で見世物をやっている。子供たちに観せてやったらどうだい?」


「そうだな、せっかくだから行ってきなさい」


「それじゃ、わしもアンジェと一緒に…」

マンゾーニ卿がいそいそと付いて来ようとすると、フェルディナンド兄様が待ったをかけた。


「駄目ですよ、マンゾーニ卿。今回はバッソとの領地間協定の骨子を固め、セルヴィーナ様と義兄セリオンとの結婚式の準備をしっかり進めて下さい。


僕は、ギックリ腰で来られなかった夫人から強く頼まれております。

肝心なことを先ずやって頂かないと、顔向けできませんから」


「うう…わかった」


肩を落としたマンゾーニ卿と、パパ達と別れ、護衛を付けてもらい町の見物に出かけた。セリオンさんとセルヴィーナ叔母様は、結婚について詳しい話し合いが必要だったので、ダリアさんだけ付いて来てもらった。


 馬車に揺られるダリアさんの顔が明るい。マンゾーニ卿から特別に、スレイさんの情報を得られたせいで心も軽くなったのだろう。


彼女の髪をまとめているバレッタを見た。ダリアさんが今まで身に着けた事が無いアクセサリーで、銀地金で七宝焼きの青緑が美しい。


「ダリアしゃんの新しい髪留め、とても綺麗でちゅね」


「あ、えへへ。マンゾーニ卿が、スレイから言付けを頼まれたそうです。

これ私の好きな色で、お嬢様の式に合わせて下ろしてみました」


彼女は照れくさそうに小首を傾けて、髪留めに手をやって微笑んだ。

待っていてくれる彼女に、彼の優しい心遣いの贈り物だ。早くスレイさんが帰って来るといいな。

馬車から降りると、護衛の人が広場に行くことを勧めてくれた。


「港の近くなのですが、行ってみませんか?今は旅芸人も来ていて、出店も多くて活気があって楽しいですよ」

「行きたいよね、アンジェ」

「あい!」


港のそばの広場は人でごった返していた。賑やかな音楽に誘われて行ってみると、芝居小屋がかかっていた。


「さあさあ、皆さんお立合い!とある領地で起こった不思議なお話をごらんあれ!鴨達が凍えた若い男を川から救い出した奇跡の物語だ!お題はたったの200スーだよ」


はて?それってまさか…。


「なんか聞いたような話だにぇ」

「俺も同じことを考えていた。もしかしてこの話って…ダミアンさんの話?」

「どうせなら観ていきませんか?」


「おお、いらっしゃい!お代は見てのお帰りだよ。さあさ、どうぞどうぞ」


 芝居はなかなかお客さんに好評だったが、あたし達にはちょっと複雑な気分だった。バッソの出来事がこんな所で芝居になっているなんて思わなかった。


「バッソも知らないうちに有名になって来たんだね」

「驚きましたねぇ。それじゃ後は、出店を冷やかしてから帰りましょうか?」

「そうでちゅね」


 港町らしく魚の匂いが風に乗って漂ってくる。賑やかな市場にたくさんの露天商が店を出していた。

物珍しさにディオ兄と一軒一軒を覗いて楽しんだ。

すると、いきなり、あたしの中のわんこ神の緊張が伝わって来た。


「お嬢様?大丈夫ですか?」

「アンジェ、どうして震えているの?」


 あたしの中にいるわんこが、フルフルと小刻みに震えている。それが、あたしの体を震わせている。

背筋が寒くなって口の中が緊張で乾いて来た。


低い低い、地を這うような唸り声が忍び寄ってくる。敵意のある脅しつけるような声。体の中で恐怖が弾け飛んだ!


『ひええええぇぇぇぇーーー!!!』

「うきゃああああああぁぁー!!!」

自分の意思とは関係なく悲鳴がほとばしった。

全身を巡る血液が一気に冷やされて行く。恐怖で涙がほとばしった。


屋根伝いに猫が飛び掛かって来たと分かったときには、わんこ神はあたしの体から逃げ出していた。


「あ!わんこー!待ってー!!」

*ふしゃーーー!*

*キャンキャンキャン*


一直線に走り出したわんこ神は、大きな猫に追い回されて、悲鳴を上げて逃げ回っている。

あの子は猫が死ぬほど苦手なんだ!


「あ!お嬢様!」

「アンジェ待ってー!」

ディオ兄の手を振りほどいて、無我夢中で走り出してしまった。


 ようやく我に返ったときには、たった一人になっていた。桟橋にごちゃごちゃと船が幾つも係留されている。

磯臭さが少し薄れている。先程とは離れた地域らしい。あの子を探さないと、猫に怯えて何処かに隠れているのかもしれない。


係留している小舟に小父さんがいる、一応聞いてみようと傍に行った。

「なんだ?ずい分と、ちびっ子だな。お前ひとりか?」

「あの、ちゅいまちぇん。ちっちゃい白いわんこ見なかったでちゅか?」


 彼は返事の代わりに沈黙で応えた。黙ったまま、じっくり観察されている気がする。纏わりつくような嫌な視線だ。


石鹸で洗い落したい気分になって、気が滅入ってきた。

仲間らしいもうひとりが背後から近寄ってきた。何やらヤバイ気がする。


「お邪魔ちまちた」

一刻も早く立ち去ろうと、礼を言って踵を返して歩み始める。


「おい!」

振り返ると、船のオールを振り上げる男と目が合った。


その瞬間、左の側頭部に飛び上がるような衝撃と激痛が走った。

痛みに耐えて足を踏ん張ろうとしたが、鱗がへばりついた桟橋の板敷に前のめりに倒れ込んだ。


遠くなっていく意識と、重たくなった瞼の隙間から、自分の血が流れているのが最後に見えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ