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いざ高き天国へ   作者: 薫風丸
第5章 うわさのハイランジア
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第178話 犬と幼児は庭駆け回る

 翌日、暇なのでディオ兄と一緒に、ストレス発散とばかりにカラブリア屋敷のお庭にでた。

部屋のなかで素晴らしい調度品に囲まれていると、壊してしまわないか緊張を強いられて、疲れちゃうのだ。


セリオンさんとダリアさんが、お目付け役として離れて付いてきている。

わんこ神は外に出ると、あたしの体から離れて思い切り走り回れて喜んでいる。


「うきゃあああぁぁー」

「ワンワンワン」 意訳 *やっほー!*


爽快!よく手入れされている芝は枯草色だが、広々として気持ちいい。

わんこ神は、あたしの足元にじゃれついてから座って、耳の後ろを後足でカリカリと掻いた。


『やれやれ、やっと走れたな。ずっと寝てても良いが退屈だからのう。それにしても近ごろは供え物が増えたのは良いが、荒事が無くてつまらん。

おまえ誰かに喧嘩でも吹っ掛けたらどうじゃ?』


あほか!幼児がそんなことできるかぁー!

つまらんのう、というわんこ神の言葉はあえて無視をした。

ディオ兄がクスクス笑って後ろを走っている。

わんことディオ兄、一緒に走り回っているうちに花が沢山生えた辺りに来た。


屋敷の庭は冬だというのに、花が幾つも咲いた2メートル程の高さの照る葉の木が植えられていた。赤、白、ピンクの八重の花が今を盛りと咲き誇っている。

落ちた花は、一枚の花びらも散らさずに木の根元に溜まっている。椿だ。


「この屋敷にはエルハナス家の意匠の椿が無数に植えられているのです。

これらはエルハナス家の代々の園芸家が、丹精込めて改良した八重咲の品種です。これらの原種の椿も屋敷の奥に植わっています」


ほうほう、と花ぶりの見事さに感心しながら、ダリアさんの説明で庭を見物していると、品種改良する前の原種の椿に行き着いた。

あら、素朴な赤い椿だ。これはやぶ椿という品種だ。海沿いの町では風除けに植えることも多い。


「この花は、スレイの出身の祖父母の住む島にも沢山あって、もとはそこから株を持って来て植えたそうです。あ、スレイの戸籍は買ったのですから、出身ではありませんね。えへへ」


 ダリアさんの笑いに元気がない。スレイさんのことを思って複雑な気分らしい。でも、彼が良い人だということはみんなが知っている。


「ダリアしゃん、きっとスレイしゃんは元気で帰って来まちゅよ」


「そうだ、ダリア心配するなよ。あいつはパーシバルさんや俺の目を(たばか)るほどの実力があるんだ。そこいらの悪党にやられるもんか」


セリオンさんも、仲の良かった友達のスレイさんが、黙って出て行ったときには憤慨していたが、いまは気持ちの整理ができたようだ。


「絶対、元気に帰って来るよ」

「そ、そうですよね」


皆の言葉を聞いて、ダリアさんは胸元に片手を添えて静かに微笑むと、頭上に咲き誇る赤い椿がぽとりと落ちた。

スレイさんは真剣に彼女を思っていた。きっと約束通りダリアさんと結婚するために戻って来るだろう。


 それにしても見事な椿、八重の花がツヤツヤした葉を、埋めつくす勢いで咲いている。

そうかぁ、この花はスレイさんが戸籍を借りた島にも沢山はえているのか。

あれ?何にもない貧しい島で、出稼ぎに出る人ばっかりだとか言ってなかったかな?


「おーい!アンジェ、久しぶりじゃな!」

野太い男性の声が響いたと思ったら、庭の中をこちらにめがけて大股で歩いて来た小太りの老人は…あ、マンゾーニ卿だ。


後ろから来る暗赤色の髪の青年は…フェルディナンド兄様だ!そばに小豆色の髪のリアム君の姿も見える。

ふたり共ニコニコして卿の後ろで手を振っている。わんこは素早く身を隠した。


心臓が止まりはしないかと、こっちが心配になるほどの勢いでマンゾーニ卿があたしの前に走って来た。胸を押さえて顔が青いけど大丈夫ですか!


「ハアハア…し、死ぬかと…思った…。いやー、お前に先ず連絡したいことがあってな。急いで来たのだ。これを…見てくれ。ほれ、出来立ての紋章だぞ!」


マンゾーニ卿はコートの懐に丸めて挿していた紙を広げて見せた。

大紋章の図案だ。今まであったはずのアホ犬が消えた代わりに、新しい意匠があった。


おお!まるで腕相撲するかのように互いに握りこんだ手、そして袖口のボタンは紫陽花とマーガレット。ハイランジアとマンゾーニ家の花だ。

紋章の下部にあるスクロールの言葉は「我ら国が眠れども備えを怠らず」だった。

新しく両家に生れた固い友情と、その心意気を表す図案と言葉がデザインされている。


「どうだ?なかなか良いだろう?もう正式に我が家の紋章として認められた。

おまえのアドバイス通り、両家の関係の修復を祝って、変更をすることにしたと言ったら直ぐに受理された。ありがとうなアンジェ!」


 マンゾーニ卿は上機嫌で話し出して、なかなか止まらない。よほどあのアホ犬の紋章と決別できたのが嬉しいらしい。高揚感からか話がドンドンそれて行く。


「それで、アンジェは将来どんな領主になりたいのかな?」

「もちろん、騎士と認められた盾紋章を持つ領主でしゅ」


 騎士と認められない女の領主は、ダイヤ型の紋章しか許されない。

カメリアママは戦場に出て騎士になったので、特別に盾紋章なのである。


「そうか、確かにそれは難しいな。でも、わしを助けたし、エルハナス卿が許されたのだから、女性でも充分可能だな。

まあ、あれこれ言う輩がいるかもしれんが、そのときはわしが力になろう」


「大丈夫でちゅ、実力を見せつけまちゅ。パパがそれならなれると言ってくれまちゅた」


「なるほど、ハイランジア卿はアンジェの将来を楽しみにしている訳だ。それで何故、騎士になりたいのかな?」


「この国では身分制度があるからでちゅ。もしも、貴族に非道な扱いをされても、平民は反撃できないでちゅ、殺される口実になるだけでちゅ。


しかし、騎士になれば反撃しないのは騎士道に反しまちゅ。

よって倍返しできまちゅ!アンジェを虐めたことを泣いて後悔させまちゅ」


目の前に敵がいるかのように、拳を握って鼻息荒く熱く語ってしまった。

ふう、ちょっと熱くなっちまったぜ。

ちょっと待て、これもしかしてわんこ神が憑依しているせいかしら?


『てヘヘ』 頭の中で笑いの声が漏れ聞こえた…。どうやらわんこ神の、暴れたくてしょうがない、という気持ちがあたしにも伝染しているらしい。


マンゾーニ卿が見下ろすなか、ディオ兄がギュッと手を握ってあたしに語った。


「アンジェを虐める奴がいたら、俺だって御礼参りに参加するよ。

弾弓のために、特別な弾を開発したんだ。その弾が当たった奴は七転八倒すると思う。使うのが楽しみだよ♪」


マルヴィカ卿がちょっぴり仰け反って、遠くを見ている気がした。大丈夫ですか?フェルディナンド兄様を手招きで呼び寄せると、小声で何か尋ねている。


「バッソの子供達は皆、こんなに、ささくれた心で生きているのか?」

「えっと、ハイランジア家だけだと思います、というか、願います」


額に手を添えてお兄様は静かに答えた。

ディオ兄がニコニコしてあたしに微笑み、ふたりの疑問に答えた。


「町で喧嘩するときは、相手が泣くか、お漏らしするくらい戦意を喪失させないといけないと、義父に聞きました。


卑怯な奴は、帰り際、参りましたと言いながら、後からいきなり棍棒で殴ったりするからだそうです。だから、やるときは徹底的にやって、マウントをとらないといけないと言われました」


「…狂乱の貴公子…どういう教育をしているんだ…」

ポツリとマンゾーニ卿が誰かの通り名を口にした。

狂乱の貴公子?どっかで聞いた言葉だが、誰のことだろう?


その後のマンゾーニ卿とお兄様の会話は、小声で良く聞えなかった。

*ごにょごにょ*


(父があっちこっちで喧嘩を吹っ掛けるために、騎士身分を隠し平民のふりして、街でゴロをまいていたという逸話は有名でしたし…)


(子供になんて教育をしてるんだか…)

(で、でも、厳しい教育のわりには良い子ですよ…)


(いや!充分この先の行く末に危険をはらんだ話し方だったぞ。やっぱり我が家で引き取れないかな…)


「だ、駄目ですよ!父が泣きます」

「ふぁい?」

「あ、アンジェリーチェ嬢は、本当に元気で可愛いお子様ですね、と話してたんです」

兄さまの護衛のリアム君、目の泳ぎ方で完全に嘘だとバレている。


ディオ兄の顔がぱあっと明るくなった。

「アンジェは本当に可愛いです」

ディオ兄、そこ謙遜するところでしょ。身内びいきが酷いよ。それに今、話を誤魔化したのに気がついてよ。


やおら、お兄様がしゃがみ込み、あたしを抱き上げると髪を優しく撫でて言った。

「アンジェリーチェは、父のハイランジア家にとって大事な跡取りです。それに僕にとっても大事な妹ですから、よその家に出すなんてあり得ません。

エルハナス家はこれからも両家の縁故を強くしていきます」


そういうとしっかり抱きしめて「頑張ろうな」と耳元で囁いた。

でへへ、お兄様良い匂いがします。

*くんかくんかくんか*


「アンジェ、お兄様に(なら)って一生懸命がんばりまちゅ」

きゅーと抱きついて、子供にしか許されないセクハ…いや違う、断じて違う。

子供特権の甘えん坊を堪能しながら誓うと、頬擦りしてもらえた。

ふあ~幸せ………ぞわり…。

ちょっとまて、なにこの凍り付くような視線は?


恐る恐る抱き上げられている下をみると、ディオ兄がニコニコしている。

艶やかな紺の前髪のひとすじが、はらり、涼やかなアイスブルーの両目のあいだに垂れた。

め…目が…笑っていない。な、なんでそんな目で見ているの?!

そ、そうだ話題を変えよう。そうだ、そうだ、それが良い!


「パパにも報告して頂いたでちゅか?」

「お!そうだ!確かに後れをとったら無礼じゃな!それじゃ後でな」


 マンゾーニ卿はあたふたとお供と一緒に、お兄様達の案内で屋敷に入って行った。お兄様がお墓参りに来ていなかったのは、マンゾーニ卿のお迎えに出かけていたからか。お兄様が別れ際、手を振ってくれた。


「そういえば、お墓…あれは何だったのでちょ…」

考え込んでいたあたしの横で、セリオンさんとディオ兄が、まだ気にしているのかと顔を覗き込んだ。


「あまりに気にするな、アンジェ」

「あい、でも意味がある詩に思えるのでちゅ」

『わしは意味が分からんかったぞ』

「わんこには期待してないでちゅ」

『なんじゃとーーーー!』


ディオ兄が微笑んだ。

「俺は見てないけど、アンジェが見たってことは信じるよ。今までだって不思議な事は一杯あったからね。俺も一緒に考えてあげるね」


「本当でちゅか?ありがとうでちゅ!」

はあ~やっぱりディオ兄はあたしの味方だわ。…って、あれ?

ディオ兄がニコニコと両手を広げている、何でしょう?


「何してるのアンジェ、こういう場合はハグでしょ?」

へ?ハグの強要?そりゃま、良いですよ。これが普通の大人だったらセクハラだが、相手は可愛い美少年のディオ兄なんだもん。


何を躊躇う必要があろうか。

当然ここは、よろしくお願いします!とういうことで喜んで抱きつく!


わーい♪と心で歓声をあげて、トテトテとディオ兄に抱きつく。

ガシッと抱きしめるディオ兄の手がやけに力強い…というか苦しい!

いや、あの…息がつまるというか、できない…。


「アンジェ…だよね?」

「ふぁい?」

「フェルディナンドさんより、俺のほうが大好きだよね?」

「ほえ?」不意をつかれた言葉に、思わずマヌケ声が出てしまった。


「フェルデ兄様大好きって言ってたでしょ。その言葉を撤回して!」

*ギロリ* め、目が怖い、ディオ兄の目が座っている!

ベアハグやめてー!ぐえぇぇ!

「ひえええ!お嬢様が白目むいてます!」

「お、おいディオ!何やってるんだ!」

*ガクッ*

セリオンさんが気付いてディオ兄を止めたときには、あたしの世界から音と視界が消えていた…。


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