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いざ高き天国へ   作者: 薫風丸
第5章 うわさのハイランジア
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第172話 アンジェの守り神

 季節は11月の終わり、水晶山の姿が錦の衣を纏っていて美しい。

いよいよ、ディオ兄とあたしの婚約式が行われることになった。


「では、私は先にカラブリアに行っておりますから、皆さん気をつけて」


カラブリア教区の司祭とレナート神父は友人だそうで、式の準備をかねて久しぶりに会えることを楽しみに、ひと足先にエルハナス家の馬車に乗った。


今回の婚礼式の他には、叔母様の婚約者のセリオンさんの騎士叙勲式、お互いの先祖の報告を兼ねて、ルトガーパパとセルヴィーナ叔母様の先祖が眠るハイランジア家のお墓詣りする予定だ。


 パパは叙勲式に立ち会ってくれるマルヴィカ卿と、領地間の新しい協定を結ぶことになっている。マンゾーニ卿は孫の結婚相手の叙勲式だからと、わざわざ来てくれるそうだ。


ディオ兄のお母さんと友人で、お墓参りのために同行するサリーナ先生が、地図を広げてカラブリアの地理を教えてくれた。


「今回は私も同行させて頂き感謝しておりますわ。カラブリアはとても栄えている領地ですから、迷子にならないように気を付けて下さいね」


「「はーい」」

水深の深い湾があるカラブリア領には、国で一番大きな港があり、非常に活気がある。漁業も盛んだから美味しい魚も食べ放題である。


「お魚♪お魚♪アジが食べたいでちゅねぇ。塩サバもいいでちゅね…じゅる♪」

「いいなあ、いいなあ♪俺も行きたかったなぁ♪」

フェーデ君が羨ましそうに節をつけてぴょんぴょんと跳ねている。残念ながら今回はお留守番だ。


「アンジェは海のお魚が食べるのが楽しみなんだね。色々食べようね。

フェーデは今回残念だったけど、お土産買ってくるから勘弁して」


「はは、良いってことよ。そのうち一緒に行けるだろうから、その日まで楽しみに取っておくよ。ディオとアンジェちゃんの留守は俺に任せてくれ」


胸を叩いてニヤリと笑ってみせていたフェーデ君は、留守の間の宿題を先生に渡されると、急にしおしおと元気が無くなってしまった。

「…やっぱり俺も一緒に行きたかったな…」

頑張れフェーデ少年…。


夜になっても、ディオ兄とあたしは初めて海のある領地に行ける興奮で、手を繋いで部屋の中をぐるぐると踊っていた。


「おちゃかな、おちゃかな♪」

「海だ、船だ、お魚だ♪」

『なんじゃ?ディオもアンジェも楽しそうだのう。カラブリアに行くのがそんなに楽しいか?』


犬の仲間独自の「遊ぼうよ」の意思表示、ぐっとお尻を上げて前脚を踏ん張る姿勢から、ぱっと動き出したわんこ神がぴょんぴょんと一緒に踊りだす。


「だって青魚はひちゃちぶ…ひ、ヒトデとブリも食べたいにゃ」

「ヒトデを食べるの?」

「あ、間違えちゃ、ヒラメでちゅ」

「アンジェったら大間違いだね」


ニコニコ顔のディオ兄が可愛い…和むわ…。

うん、うまいこと誤魔化した。うっかり前世の話をしそうになってしまった。ディオ兄にバレないよう気を付けないと。


さっきまで無邪気に喜んでいたのに、ひとりでベッドに入ると明日のことをいろいろ考えてしまった。

しかし、なんでだろう?34歳だったという記憶を、ポッと思いだすことが多かったのに、最近はあまりないなぁ。


他の子供たちと楽しく遊んでいても、急に、何をしていると冷ややかな目を向けられた気がして、気持ちが沈んでつらかったのになあ。


なぜか最近は違う、以前と違って暗い気分になることも無くなった。

なんだろう?開き直ったっていうか、過去を俯瞰して見れるようになった気がする。

枕元に寝転がっていたわんこ神が、いきなり思考に侵入してきた。


『なんじゃ、おまえまだクヨクヨ考えているのか?いい加減にせえ』

『いや、以前と違って、そういうこと考えなくなったって思って』


黒いアーモンド型のわんこ神の瞳を見ているうちに、変な事を思い出した。

最近、チェロくんに会っていない。アンジェロさんにも…

声が聞こえることは有ったのに、わんこみたいに頭の中で話しかけてきたり、あれは最近まったくない…そういえば、わんこが来てから無くなった?


『ねえ、シェルビーちゃんに取りついたことが有ったでしょ?何で彼女でなくて、あたしに憑いたの?』

目を合わせたわんこが、あたしの鼻の頭を肉球でぽてりと押した。


『わしは子供を護ることを、神としての生業としておる。

だから、おまえに憑くことにしたのじゃ。わしが憑いている限り、良くも悪くも他の者は入り込めん。

おまえは前世があるせいか、変なものに取りつかれやすいからのう』


「ひえ!ゆ!幽霊とかでちゅかぁ!」

びっくりして起き上がりそうになったところを、わんこの前足で抑え込まれてガウガウと怒られた。


『違うわい!そんなもんじゃないわ!』

幽霊がそんなものだと?益々怖いじゃないの!いったいどんな変な物なんだ!


『わしが水晶山からバッソを見下ろしたとき、上空に禍禍しいものを感じたのじゃが、こちらに降りて来たときには消えていた。代わりに別の気配があったのじゃ。

その後、出会ったのはアンジェロという銀髪の若い男じゃった』


「アンジェロしゃんが、普通の人じゃないみたいに聞こえまちゅよ?」

『ああ、あれは人間ではないのう』

どひーー!と叫ぶ前に、わたしの顔面にわんこが抱きついて口を塞がれ、言葉を阻止された。そして、またもやガウガウと怒られた。


『だから、幽霊ではないと言うておろうが!あやつはたぶん神の眷属じゃろう。

だが、お前にとって決して有難い存在ではない。もしも、また会うときがあったら気を許すでないぞ。くれぐれも利用されないようにな』


 神様の眷属?それって天使と同じことなのかしら?なのに、用心する必要のある相手なの?まるで、神様があたしに悪意があるかのように聞こえるのだけど?

日本と違ってこっちのドットリーナ教の教えでは、唯一無二の全知全能の神の筈。それに、何のために利用されるの?こっちの神様ってどんな存在なの?


「わんこはバッソ以外では力が落ちるんでちょ?怖いでちゅよ…」


『わしが憑依した状態なら、どんな奴が相手でもわしが護ってやれる。

そのためにも、よその領地では気を抜くなというのじゃ。

フレッチャが待っておるから、わしは行くぞ。明日はカラブリアじゃ。早いとこ寝ろ』


柔らかな白い毛並みに鼻を埋めて、きゅっと抱きしめてお休みをいうと、わんこ神は尻尾を振って、薄暗い子供部屋からふわりと消えた。


 何だかんだ言っても、彼はあたしを護ってくれている。そんな気がして嬉しくなって、居なくなったわんこに、こっそり「ありがとう」と呟いた。


*     *      *      *


「残念ですが、御臨終です」

ここは、王都にあるヴォルテス伯爵のタウンハウスである。

老伯爵は王宮での外務大臣との会談中、心臓を搔きむしるように苦しみ出して、ここに帰った後、数日、寝込んだ末に亡くなった。


原因に関して、医者にもさっぱり分からなかった。しかし、口に出すと自分の医者としての信用が失墜しかねないと、もっとも適当な病名、心労による心臓病を理由にあげて、報酬を受け取って退散した。


 短い間に、伯爵の寵愛を受けて後妻に収まった若い女は、葬式の用意をするために使用人をさがらせ、窓辺に立ち、医者の馬車が帰って行くのを見送っていた。


その口元には薄っすらと微笑みが見て取れた。その彼女の後ろから、新しく伯爵となった老人の息子が、義母である未亡人のくびれた腰に手を回して、首筋に顔を埋めた。


夫だった老人の遺体の横で、若すぎる義母は笑いを仮面の下に隠すと、さも悲し気な顔を作って肩越しの彼を振り返った。

「これで貴男が伯爵ね」


「こいつも自業自得だろう。君と一緒になりたいがために、僕の母を毒殺したのだから」

新しい伯爵は舌打ちをして、父の遺体を見下ろした。彼女は体を向き合わせると、宥めるように彼の胸をそっと撫でた。


「…ねえ、伯爵は正気じゃなかったのよ。奥様の毒殺を告白し、早く跡継ぎを産んでくれと言われたとき、真っ先に貴方のことが頭に浮かんだのよ。貴方に危険が及ぶって心配で堪らなくなって…」


「教えてくれなかったら、僕は危うかったかもしれない。ねえ、ヴェーネレ、僕は妻と別れるから一緒に暮らさないか?」


「だめよ、貴方が疑われるかもしれないわ。そうでなくても、両親が立て続けに死んだのよ、酷い噂になりかねないわ。

私のせいで、貴方のお父様を狂わせ、貴方にも、こんな恐ろしいことをさせてしまったのですもの。私が薬をすり替えて渡したばかりに…どうして捨てなかったのかしら…わたし馬鹿だわ!」


「ああ…ヴェーネレ、君が自分を責めることはない。僕が勝手にやったことだ。何の悔いもしていないよ」


そういうと、彼は彼女をいとし気に抱きしめた。

男の胸に顔を埋めている女の表情は、あくまで冷静だった。


―たとえ、赤の他人でも、義理の母親になったからには、どう頑張ってもこの男とは国の法で結婚できない。今のうちに利用できるだけ利用するだけ。どうせ全て私のものになる。


今はヴェーネレ名乗っているリリアは、男の腕のなかでそう考えた。



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