第17話 美味しいものには目が無いです
ダミアンさん達からお昼休憩をもらい、ディオ兄は市場にある食の屋台の香りに誘惑されてあっちこっちと覗いて決めかねている。
早く決めないと食べる時間が無くなっちゃうよ?
そうだったと恥かしそうに笑った彼は手の中の500スーを嬉しそうに眺めた。
『かえって得しちゃったね、最近お金がドンドン入って来る』
「そうだなあ、ちゃんとお金貯めないと、ちょっとルトガーさんに報告しておこう。余計なお金を家に置いとくと怖いから」
あちらこちらから漂ってくる美味しそうな匂い、肉系の出店では豚ばかりだった。牛肉は内臓肉ばかりだ、鳥も少ないかもしれない。
『ディオ兄もしかして鶏肉が少ないけどそれって貴族さんが買うから?』
『そうだよ、ポルトさんも豚肉ばっかり売っているでしょ?』
やっぱり前世と同じで貴族さんの考えることは同じようなものか。
空を飛べる鳥は天に近いので高貴なる者の食事に相応しいとか言って、鳥ばっかり食べていたんだよね。貴族が雇っている猟場番は自分の領地の密猟者の取り締まりと養殖したキジを放して管理するためにいたくらい。
まあ、牛とか羊も食べてはいるみたいだったらしい。
こっちも同じようなものか、豚は庶民の食べ物という概念的な頭の御貴族様にはついていけんわ!
あたしに言わせれば、試しても見ないうちに自分に相応しくないなんて、何て気の毒で、頭の固い損な性分なんでしょう。
特に食わず嫌いなんて最高に損でしょう、不味いとか、嫌い、なんて試した後で言うべきでしょうが。
貴様ら豚カツを食え!生姜焼きを食え!ソーセージを食え!ハムも食え!
それから、それからモツ煮込みも食え!ネギと七味付きでね!―――
どうしてくれんの、あたしまだ離乳してないのに食べたくなったじゃない!!
………早く大きくなりたい…泣
ディオ兄がやっとここに決めようと、お肉の串焼きの出店を覗いて注文して待っていると、例の怪しいおじさんが近づいて来た。
手にはさっき持って行ったどんぶりを持っている、やばい、ダミアンさん達がいないのにまた何か絡まれたら困るな。
ドアーフみたいなおじさんがツカツカと近寄って来ると、どんぶりをディオ兄の胸にグイッと突き付けてカカカと笑った。
「おい、小僧!美味かったぞ!褒めてやる!」
「あ、ああ、それは有難うございます…」
「駄賃だ、受け取れ、次はちゃんと俺の分を用意しておけ!」
そういうとおじさんはどんぶりをディオ兄に押し付けて去って行った。
目が点ですわ。どうしてこの人上から目線なの、何ですか?
食わせろー!とかいって襲撃してきたくせに…
そして、どんぶりの中を見ると大銅貨が入っていた、1000スーだった。
えっと、多すぎるんですけど…
屋台で食べた後、ダミアンさん達に大銅貨を見せて渡そうとしたが、お前が貰ったものだから取っておけと言われた。
「お前の飯が食いたくてかっさらったようだからな。その報酬だからお前が貰っておけばいいのさ。遠慮なく貰っておけ」
帰り際、今日の稼ぎを手にしたディオ兄は上手くお金が入ってくることに帰って不安になってきたようだった。
「なんだか、俺は怖いよ。アンジェ、ついこの間までひもじい思いをしていたのに、お金がこんなにすんなり入って来るなんて」
大丈夫、大丈夫とディオ兄の顔をぺちぺちと撫でてあげるのだった。
ふふ、と笑って抱きしめられて「明日も頑張ろうね」と市場を後にした。
帰りにルトガーさんのところに寄ると、ディオ兄のため貯金箱を作ってくれた。一人で住んでいてお金目当てに襲われないように、ルトガーさんが預かってくれることになった。
「しかし、お前、運が開けてきたというか、稼ぎが良くなったなあ。
アルゼから正式な申し出があった、ディオを管理人に雇いたいと言われたよ。
月に1万スーで雇うと契約書もきている。ここにサインしろ、お前は字書けたよな?」
ふ、舐めちゃいけない、あたしのディオ兄は天才なのだ。
あたしがイメージ映像を送るとすぐに料理のコツをつかんだし、アウトドアの知識もあたしのイメージ映像を浮かべただけで、すぐに使えるようになったのだから。凄い理解力、しかも器用、死角なしである。
ふふ、おまけに兄馬鹿なのよ。毎日キュムキュム抱きしめられている毎日、妹のあたしとしては幸せの限りである。
最近では、あたしもイメージ映像を送ることで、彼の能力を高める助けができるようになって大満足だ。
やっと彼の助けになるようなことが出来るようになって嬉しいよ。
「だけど、ちょっと貰いすぎかなと思うんですけど、今日の稼ぎだって変なおじさんのお陰で増えて3300スーになったし、月に1万で管理人まで…」
「俺が見たところ当然の稼ぎだ。気にするな。その大銅貨払った食い逃げ変人はまた来そうか?」
「また来ると言っていましたが、いつ来るとは言ってませんでした」
もしも、俺が知っている奴ならと前置きすると、きっとまた来るだろうなと、ルトガーさんはちょっと苦笑いを浮かべた。
「そうかガイルに昼時は注意して見るように言っておく。トラブルになりそうになったら止めるだろう。心配しなくていいぞ」
にっこりと笑ったルトガーさんはディオ兄の預けたお金の預かり書を彼に渡した。まるで通帳みたいだね。ディオ兄はほっとした表情を浮かべて家に帰ることにした。
* * *
その頃、アルゼが、ディオが住んでいる土地の地主である侯爵のところに報告に参上していた。侯爵家の家族用の居間に、老侍女のアイリスがお茶を淹れていた。
「只今戻りました。例の廃墟ですが、ディオ少年の処で一泊しましたが幽霊なんて出なかったですね」
「あら、つまらない。出た方が面白いのに」
アルゼは気楽にそう答えた姉に不満そうに言い返した。
「姉上も相変わらずですね、僕は子供の前ですから平常心を装っていましたが、出なくて本当にほっとしましたよ。でも、幽霊騒ぎがただの噂で良かったですね」
「そうねえ、あの噂で修理の職人が集まらなかったんですもの。これで改修して使い道ができると言うものだわ。それで、そのディオっていう子供、彼のための家として、管理人小屋を作ってやりましょうよ。自分の処で子供の凍死人がでたら、私の胃に穴が開いちゃうわ」
「そうですね、彼、料理がとてもうまくて大した才能ですよ。また食べにいきたいなあ。だから、ちゃんとした台所を作ってやりたくて、冷魔石も仕込んだ食糧庫も付けて。
子供なのに創意工夫があって、とても面白い子ですよ」
「そんなに面白い子だったの?」
「ええ、さっきの柿、食べましょう。姉上が子供のとき酷い目に遭った、例の庭の渋い実しかならない木の実ですよ」
「まさか!本当に食べるの?あなた子供に勧められて我慢したからって、あたしにまで食べろなんて」
「だから、そんな先入観捨てて、食べてみてよ。姉上」
老侍女のアイリスが持ってきた切った柿を、彼女は恨めしそうに見つめる。
あの屋敷は廃墟になる前に一度行ったことがある、彼女が赤い実が美味しそうだと言ったら屋敷の子供がニヤニヤして、勧められるままに柿を口に入れて、とんでもない渋さに吐き出したことがあるのだ。
口から物を吐き出してと侍女のアイリスに怒られてしまった。
それじゃ、どうすれば良かったのと口を尖らせると、そういうときはハンカチにこっそり出して澄ましていれば良いのですと言われた。
令嬢などと言うものはなんと堅苦しいものだと子供心に思ったものだ。
ひとりでこんな思いをするのは悔しいので、持って帰って弟のアルゼに食べさせて散々恨まれたっけ…そして、今は亡き母親にしこたま怒られた。
「あなたも食べなさいよ…アルゼ!」
「もちろんです、本当は独り占めしたいくらいなんですから」
ようやく度胸を据えて、目をつぶって果肉を噛んだ彼女は、大きく目を見開いた途端に声を上げた。
「何これ甘い?全然渋くない!それに他の果物みたいに酸味が全くないわ!
本当にあのときと同じあの木の実なの?!」
「ディオはね、工夫してあの渋い柿を甘く食べられるようにしたそうです。
他にもロープと棒だけでベッドを作って、僕はそこに寝たんですが、料理も美味しくて、あの子が管理人をするなら、僕は度々泊まりに行きますよ」
ほうほうと相槌を打って、話を聞きながら彼女は次々と柿を食べていた。
アルゼは呆れて空になりそうな皿をみる。
「姉上、僕の分がもう無いじゃないですか…」
「あ、しまったわ。アイリス、今の倍切って頂戴。はあ?柿なんて残りは馬にやれと言ったから馬屋に持って行った?す、すぐ取り返して!!お願い!
ハイハイ、私が悪かったわよ。だから直ぐに馬から取り上げてー!」
カメリアが腰を浮かし気味に慌てて老侍女のアイリスを馬屋に急がせる。
その後、「信用してくれなかった」というアルゼの文句をごめん、ごめんと聞き流して、巷では女傑侯爵という通り名のカメリア・エルハナスはまた柿の甘さを堪能したのだった。
―あの渋いだけだった柿の実を見事にこんな甘い実に変えるなんて、どんな子供か俄然興味がわいたわ。近いうちに会いたいものだわね。
カメリアはディオがどんな子供か思いめぐらせた。
その希望は思いがけない形ですぐにかなえられることになるのだった。