表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いざ高き天国へ   作者: 薫風丸
第4章  活気ある町へ
167/288

第167話 旅立つ青年たち

もうじき、日が登るそんな時間、仄暗い道の領地の境界線にあたる場所、“この先バッソ”と彫られた石の道標が立っている。

道標のそばでは、刈り取られたばかりの、木の幹や枝、藪が、小山のように積み上げられて濃い緑の匂いを放っている。


街道のわきの数メートルは、高い草や木を生やしたままだと、盗賊の潜む場所になるため、国のお叱りを受けないように、定期的に手入れをしているのだ。


そのバッソから王都に向かう道の道標の前に、男が3人集まり、まさに旅に出るところであった。

鍛冶屋のネモ、馬車屋のアレグロ、そして最後に、たったいま到着したのが男爵家の護衛のスレイだ。


「やっと首領が旅立つ気分になってくれたね」

石の道標の台座に座って待っていた、旅姿のアレグロが立ち上がった。

置いてあったリュックを背中に担ぎあげたネモも、ようやく表れたスレイの姿に安心した表情をみせた。


「あのダリアって可愛い子ちゃんに、告ったって聞いたときには、アルディラを辞めるのかと思いましたよ」


 触れられたくない話題に、スレイの眉根が不機嫌に寄った。


「辞めるわけない、俺達の役目だから。本当に…なんで、あんな気持ちになったのか自分でも不思議だ。生きて帰れるか分からないのに告白するなんて…」


「つい、言っちゃったってことだろう?好きなんだからさ」

いつも前向きなアレグロが仕方ないじゃん、と微笑むとネモも元気づけるようにいった。


「良いじゃないですか、ようするに、死ななきゃ良いんです。バッソに戻って結婚して下さい。そうしたら、俺達も式に呼んで下さいよ」


「いったい何年かかるかな…生きて帰れるか不安だ…」

ダリアへの申し訳なさなのか。意気消沈しているスレイを、どやしつける声が3人の頭の上から響いた。


*     *     *     *


「本当に、弱気でどうするんでちゅか!意地でも生きて帰って来なちゃい!」


「わあっ!!!」

突然のあたしの声に、3人とも大きく後ろに飛びのいて身構えた。相当びっくりしたみたいだ。


「うむ、ドッキリ成功でちゅ」

「ワンワン」

でっかい石の道標の上に仁王立ちの幼児に、3人共驚いている。フードに入ったわんこが肩越しに覗いて言った。


『アンジェ、わしは、バッソの(さえ)の神だから道標の向こうに行ったら、力が半減する。気をつけろよ』


大丈夫、分かってるよ。だけど、スレイさん達にはそんな気遣いは無用だし、何より安心安全な守り神がいるしね。

道標のあたしの姿を認めると、動揺を滲ませてスレイさんが呻いた。


「な、なんでお嬢様が…?」

「スレイしゃん、いやさアルディラの使者。ちみ達の正体はだいたい判ってまちゅよ。アンジェには全てお見通しでちゅ!えっと、昨日刷りたてのこれを見るでちゅ」


 妙な動物を発見したかのような目で、スレイさんは、あたしが放って投げた羊皮紙を掴んで受け取ると読み上げた。


「えっと…“バッソの御尋ね者 この者、バッソ領内において結婚詐欺を行い逃走中。生きて捕らえし者にのみ報奨金あり”な、なんですか、これ?」


「うわ、首領の顔そっくりだ…」

「いつのまに、こんな…って、俺らの顔も描かれてあるじゃん!」


 バッソの「お仕事なあに」の絵本企画に乗じて3人の顔を、描きとめてもらった。エッチングで刷ってもらったので、枚数も用意できる。


「何年たっても帰って来なかったら、国中にばら撒くでちゅからね。ダリアさんに結婚申し込んだんだから、さっさと帰って来ないとアンジェが許しまちぇん!


それともなんでちゅか?他の男に取られるのが嫌で、告ったんでちゅかあ?

意地でも生きて帰って責任とってもらいまちゅよ!」


 いきなりスレイさんが笑い出した。

「アハハ、今までの暗い気分が晴れました。分かりました、必ず戻ってダリアを幸せにします。でも、なんで俺が町を出るのに気がついたんですか?」


「アンジェには秘密の情報源があるのでちゅ。3人がアルディラの使者と名乗っているのを知りまちたが、悪人ではないと黙ってたんでちゅよ」


「そこまで知っていたのですか?」


情報源が馬のフレッチャやヤモリンだとは絶対に言えないからね!

とくに馬、3人とも遠乗りのときは馬しかいないと気を緩めているから、フレッチャが他の馬から情報を仕入れてくれたのだ。 


「油断も隙も無い幼児だな、お嬢様は…」

アレグロさんが呻くと、ネモさんが俺は知ってたけどな、と呟いた。


「馬車襲撃のとき、駆け付けたら、ちっちゃな子供が大人を打ちのめしていて、目の前の光景が信じられなくて、俺の頭がおかしくなったのかと思いましたよ」


「ダリアの事はお約束しますから、お嬢様、屋敷にもう帰りましょう。俺が送りますから、どうやって来たんですか?」

スレイさんの抱き上げようとした手を、するりとかわして地面に降り立ち質問した。


「アルディラの使者、あなた達は騎士の家系か、もしくは騎士従者の出身でちょう?あなた方の追うヴェンディカトーレも、騎士だった人達ではないでちゅか?そして、彼らは遍歴職人のなかに隠れているのでちょ?

だから、捕まらなかった、そうでちょ?」


3人は驚いて目を剥いたが、しばらくして肩をゆすって笑い出した。

「本当に首領が言うとおり、おもしろいお嬢様だ」

あまりの笑い声に、ぷうっと頬を膨らました。

「アンジェ、真面目でちゅ!」


「失礼しました。その通りです。ヴェンディカトーレは俺たちの獲物です。

あいつらは俺達を使役するために、育てていたのです。人の命を使い捨てにするような、やり方に我慢できなくなって、反乱を起こしました。

いまでは、やつらを潰し、攫われた子供達を解放するため活動しています」


「それじゃ、ディオ兄のお母さんの文箱が見つかったのも、皆しゃんが?」

「はい、ネモがフォルトナの店に行ったんです。奴らから奪ったので、坊ちゃんに返してあげたくて」


 その言葉を聞いた途端に後ろの積み上がった藪がざわざわと崩れ、柿渋布を跳ね上げてパパが姿を現した。そして、木の枝をすっかり払い落すと、頬に飛んで来た蚊をペチンと音を立てて叩いた。


「よし!それを確認できれば、もう良いだろう。アンジェ、パパも話に参加していいな?」

「あい!」

「男爵様!」


 つかつかと近寄るとパパはあたしを抱き上げて、にっこり笑って髪を撫でて「お疲れ様」と言うと、3人に向き直った。


「君達が国に敵対する存在ではないと証言するまで、アンジェに待っていてくれと言われ隠れていた。少しでも、その気配があれば、俺は国に忠誠を誓う貴族として、君達をこの場で切らねばならなかったからだ。

だが、ハッキリと言質を取った。君たちは国の味方だ」


パパは腰から下げている愛用の長剣の柄に左手を添えていた。3人が緊張しているのは明らかだった。パパは出来るだけ落ち着いた声で言った。


「この子はな、ネモ君とアレグロ君が馬に乗るとき右乗りをすると知って、騎士としての訓練を受けたことが有ると気がついたんだ。


普通、馬に乗るときは、馬の左側からだ。降りるときも左側、たとえ人の利き腕が反対でも全て同じ左乗りだ。


一般的に、馬の混乱を少なくするため、同じ動作で統一するのが良いと考えているからだ。だから人間の利き腕がどちらでも、同じ左乗りに統一されている」


しかし、といってネモさんに向くとパパは言葉を続けた。

「君は左利きだ。だから、右乗りだ。騎士なら、左利きは右乗りでなくては馬に乗れないからだ。ベルトからぶら下った状態の剣は、馬の背を跨ぐときに邪魔になる」


「アレグロしゃんは弓騎兵でちょ?馬の乗り方で気がついたのでちゅ。

右利きの弓兵が騎乗する場合、どうしても右乗りになりまちゅ。

弓騎兵の乗馬は左手で弓を掴み、右手で手綱を取るからでちゅ。


もし、アレグロしゃんが左利きなら、アンジェは気がつかなかったかもちれまちぇん」


カメリアママは、ディオ兄が弾弓を使うので、自分と同じ弓騎兵になるかもしれないと思ったのだ。

だから、右利きのフェーデ君には左乗りを、ディオ兄は右乗りを教えた。


「君たちの事はアンジェにいろいろ聞いた。アルディラの使者よ、君達には特別な待遇を用意している。

凶悪なお尋ね者、ヴェンディカトーレの逮捕に参加する条件で、内務大臣が直接きみたちを雇うことになった」


パパは懐から畳んだ書類を出して見せた。


「スレイ、この書類はマンゾーニ卿からの仮文書だが、内容は君達を潜伏捜査官として任命するという内容だ。

引き受ければ、今までの罪は免責される。まあ、罪の対象が罪人だから、この点は何の問題も無かったがな。」


「何ですか、その潜伏捜査官というのは?」


「身分を伏せて、市井に溶け込み情報を集める。巧妙に隠れている犯人の逮捕の助けをしてもらう。

今は領地ごとに罪人を処罰しているが、領地を渡り歩いている犯人には、それでは追い付かない。


そのため、アンジェはマンゾーニ卿への提案で、広域捜査の必要性を訴えたのだ。卿はアンジェの意見を捜査に取り入れることにした。

君らはそのマンゾーニ卿が立ち上げる捜査班の第一号だ」


「ようするに、俺たちに内務大臣の指揮下に入れってことですか」


スレイさんは、不満からではなく自分たちの行動を考えているかのようだった。しかし、国の指揮下に入れば彼らは自由で無くなるが、決して損はない筈だ。


「わざわざ、死体にアルディラの使者と名乗った板を残したのは、敵に自分達が追っていると宣言するためだろう?


見つけにくいボスを炙りだすためだ。そして、誰が追っているのか判らせて、自分を囮にして狩るためだ。スレイ、違うか?」


スレイさんはコクリと頷いた。やはりそうかとパパはいうと、自分の書いた紹介状を渡した。

「徒歩だと王都迄3日は掛かるだろう。途中、エルハナス家の元使用人が経営している宿がある。そこを使え。そして、これは給金と餞別だ」


パパは布に包んだ大きな包みと、お金が入った巾着を渡した。

そして、王都に着いたら、先ずエルハナス家のタウンハウスを訪ねて、マンゾーニ卿の指示があるまで待機するよう言い含めた。


「スレイ、おまえ達は隠しているようだが、血縁関係だろう?

それに、不可解なのは、ただの悪党なら密告すれば済むはずだ。だが、危険を冒して奴らを追っている。何か因縁があるのだろう?


マンゾーニ卿はどんな結果にせよ、悪党を一掃できるなら何でも良いと仰っている。

好きなようにさせてくれる、だから、ヴェンディカトーレのことは卿の下で動いてくれ。分かったな」


そういうと、パパはスレイさんの左肩に右手を置く、スレイさんは噛み締めるように「はい」と返した。

彼はあたしと目が合うと、いった。


「お嬢様は、次期領主としてバッソはどのように治めたいとお考えですか?」


急にスレイさんが真面目な顔をして訪ねてきた。見据えた目から返す答を子供のたわごと、と受け流すつもりではないと語っている。


「あい、アンジェは差別がない領地にしたいでちゅ」

「ほう、それはどんなものですか?」


「女の人も弱い人も身分が低くても、誰であっても、黙って従えと頭ごなしに言われない、自分の生きる権利を主張できる領地にしたいでちゅ。

自分を上だとか下だとか悩まなくてよい、そんな生活ができる領地でちゅ」


 面食らったのか、しばらく黙っていたスレイさんがニッコリ笑った。子供達がみんな懐いている優しい笑顔だ。その瞳も優しく輝いている。


「俺達が帰ってきたら、領民に迎えてくださいね」

「あい!楽しみに待ってまちゅ!早く戻ってきてくだちゃい」


 すっかり朝になり、3人は街道を歩きだして何度も振り返って手を振っていた。あたしとパパは、迎えに来たガイルさんと一緒に、その姿が消えるまで無事で帰って来てと祈りを込めて見送った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ