表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いざ高き天国へ   作者: 薫風丸
第4章  活気ある町へ
165/288

第165話 アンジェのお願い

 階段下の半地下にある護衛のための夜勤用の休憩所に、セリオンとスレイが食事を持ち込んで、喋っていた。


晩餐会の後だというのに、またもや食事を取るセリオンが、トマト煮込みのハンバーグの上に乗った、こんがり焼けたチーズに舌を焦がしそうになった。


「おまえ、マンゾーニ卿達がいらっしゃるのに、お相手しないで大丈夫なの?それに、もう食ったのに、よくそんな勢いで食えるな…」


「ああ?国の内務大臣のマンゾーニ卿夫妻が御同席だったんだぞ。

しかも、エルハナス侯爵のカメリア様とアルゼ様、サリーナ伯爵の御息女、マナーが気になって、せっかくの美味い物の味がわからなかった。


よって食い直し!それにルビーは…セルヴィーナさんは結婚式のドレスの相談。俺は式まで見ちゃいけないって、追い出されたから居なくて大丈夫」


セルヴィーナの名前を言い直したのを聞いて、スレイがしみじみと言う。

「本当に結婚できるんだな…良かったな」

「俺もちょっと信じられない」


スレイのグラスにりんご酒を注ぎながら、幸せそうな笑顔でセリオンが答える。その満ちた表情を目にしたスレイも、一瞬、微笑んだ後に探るように言った。


「内務大臣の孫娘と結婚するんだから、確かに夢みたいだな。なあ、セリオンは子供のとき、スリをやって旦那様に捕まる前、貴族殺しの組織にいたのだろう?」


セリオンの表情が硬くなった。

「うん…」


「その頃のこと、あまり覚えていないんだって?」


「うん、友達のリヒュートが、一緒に逃げようとして殺された、俺のために…思い出そうとしても、あいつに申し訳ないが、よく覚えていない。


すげえ泣いたってことを覚えているだけだよ…リヒュートのことを考えると、俺だけ幸せになって申し訳ない気がする」


 ルトガーとガイル以外は、明かそうとはしなかった過去なのに、何故かスレイには、詳しく尋ねられても気おくれしない。

自分の心のなかでは、後悔が抱えきれなくて、本当は誰かに聞いて貰いたいと願っていたのかもしれない。


そんなセリオンの顔を覗き込んで、スレイが力強く言い聞かせた。


「いいか、いま、坊ちゃまが無事にいるのは、おまえが根気よく通って信頼させたからだろう?お嬢様だっておまえがいなかったら、今頃、孤児院にいたかもしれない。


俺は坊ちゃまの捜索に加わっていたから、おまえがふたりの面倒を見ていたってことを知っているぞ。

リヒュートなら、お前が幸せになって、心底喜んでいるに決まっているだろうが。

相応しい幸運を手に入れたと思って、胸を張ってオルテンシア家に婿入りしろ」


そういうと、スレイは明るく「頑張れよ」と言い添えて、ポンと肩を叩いた。

― 俺って、友人らしい友人は、リヒュートとこいつだけかもしれないな…


「そういえば、ダリアに告白したんだって?結婚するのか?」


明るい話題をふったつもりが、今度は、意外にもスレイの表情が陰った気がした。少し黙り込んでから、彼はようやく口を開いた。


「ほんとうは、胸にしまっておくつもりだった。先の事が見えなかったから。けれど、このあいだ、菓子を食べながらダリアと話していたら…どうしても伝えたいって気が抑えられなくなって…バッソで暮らせるかわからないのに」


「ちょっとまて、スレイ。その菓子ってプリンかな?」

「うん、そういう名前だったな」


何故かセリオンが明らかに動揺し、溜息をついたのをみて、スレイは不思議に思った。

セリオンは食事を掻っ込んで、それじゃあと、食器の乗った盆を持つと急いでスレイに別れて出て行った。


「アンジェの歌の威力は怖ろしいな…罪人の取り調べに使えるぞ…」


せかせかと歩いていたセリオンは、足をふと止めた。

スレイはさっき「先の事が見えない」と言っていた。スレイは護衛としての腕を見込まれている。給金も高い。


― それが、なんで先が見えないなんて言うのだろう?まさか、バッソの未来が心配なのかな?もしかして、カラブリア卿のお許しかな?

ディオが頼めば、カラブリア卿は、籍の移動を許してくれるだろう。それとも他に心配ごとでもあるのか、今度ゆっくり聞いてやろう。


*     *     *     *


 子供部屋に戻る前に、浮かない顔のダリアさんが出掛けるのを見かけた。

外出用の上着を羽織っている。もう暗くなるのに何処に行くのだろう?


念で視界を広げると、屋敷の外の警邏兵さんが辻馬車を呼んでくれて、彼女が乗り込むのが見えた。念視したまま追跡していると、ガイルさんに挨拶して拘置所に入った。


 ガイルさんのところなら安全だろう、帰りもちゃんと送ってくれる筈だ。


ディオ兄は今、アルゼさんに捕まっている。当分戻って来そうもない。

ママとセルヴィーナ叔母様は、マンゾーニ夫人と来年の春の結婚式について話し合っている。


パパは確か執務室にいる筈だ。さっきガイルさんが今日の報告を持ってきていたから。マンゾーニ卿はセリオンさんといるだろう。


 書類を読んでから気になる事があった。遍歴職人のひとりがスレイさんと同じ出身地だ。

このことで、パパに性急に相談したいことが出来たのだ。今なら二人で話せる。と、思ったのに…マンゾーニ卿がいらっしゃるとは。


「何じゃ?アンジェはお眠じゃないのか?」

執務室に入ると、優しい笑顔でふたりに迎えられてしまった。

あう、ど、どうしよう。早く話しておきたいのに…急がないと事態が動くかもしれないのに…


パパはあたしが抱えている書類に気がついた。

「アンジェ、その書類はどうしたの?」

「あう、ガイルさんのところから、フェーデ君に持って来てもらいまちた」

「それで、パパと何を話すつもりだったのじゃ?」


マンゾーニ卿に問われても、これから話すことは内務大臣の彼には、まだ知られたくない。

というか、パパに相談してから、パパに、マンゾーニ卿を説得して欲しかったのだ。

この問題は出来れば大きくしたくないし、幼児の話で内務大臣が動くとは思えない。


戸口でモジモジと困っていたら、パパがさっと近づいて来て、抱きあげてくれた。


「マンゾーニ卿、アンジェは深刻な話があるようです。隣に客間があるので移動しましょう」

「うむ」


 奥にある少し狭い客間は、パパは滅多に使わない。入ったのは初めてだ。

ふたりは小さなテーブルを挟んで、革張りの椅子に隣あって座り、パパは膝にあたしを座らせると書類を広げた。


マンゾーニ卿がそれを眺める。

「なんじゃ、遍歴職人の身元書類か。アンジェは組合を新しく作りたいと言っていたが、そのために取り寄せたのか?」


「…あい…それだけでないでちゅ」

頭を撫でながら、膝の上のあたしの様子を見ていたパパの、優しい声が頭の上から降ってきた。


「アンジェ、マンゾーニ卿夫妻はアンジェの味方だ。だから、パパやママ達と同じように頼っていい人だと考えて欲しい」

言いにくいが仕方ない、勇気を出して話そう。


「飢餓革命の後、処分を不服とした人達が、悪いことをちていまちゅよね?」


「そうだ、ディオのように誘拐された子供は何人もいる。帰って来ない子も多い。誘拐だけでなく、押し込み強盗、殺人もしている組織だ」


パパの声が自然と語気を強めている。マンゾーニ卿も腹立たし気だ。


「本当に頭に来ることに、どうしてだか奴らは捕まらない。

自分達をヴェンディカトーレ(復讐者)と名乗っているようだとしか判っておらん」


「マンゾーニ卿を襲った犯人は、殺されたと聞きまちた」

「フォルトナのそばで死んでいた男は、アルディラの使者という奴に殺されたらしいが、そいつらの事はもっと謎だな」


パパはあたしの能力を信じて平然と説明するが、幼児にこんな話をしていいのかと、マンゾーニ卿は段々と戸惑ってきている。あたしは自然と下を向いた。


「これ、アンジェ、子供とする話題ではないぞ。何が言いたい?」


「その組織を追っている人達を、アルディラの使者を、敵の敵は味方、そういうふうに考えてくれまちぇんか?」

パパとマンゾーニ卿に緊張が走ったのが空気でわかった。


 あたしはパパの膝で、体がくの字に曲がって顔を上げられない。ふたりの強い視線が注がれているのが、うなじから耳の後ろにちくちくと伝わってくる。

頭ごなしに却下されないか反応が怖い。


「アンジェ、どういうことだ?怒らないから聞かせてくれ」


「マンゾーニ卿、どうかお願いでちゅ。捕まえないでくだちゃい。良い人たちなんでちゅ…ディオ兄のことも、あの人がいたから…」


握りしめた手指が白くなる。う、ちょっと緊張して泣けてきた。

もうだめ、唇がぷるぷるする、涙がつらつらと頬を伝わって来る。


「泣かないで詳しく話しなさい、アンジェ。子供の手に余ることはパパに話してくれる約束だろう?」


 いや!そんな事言っても子供の涙は止まるものではないのです。

しかし、ここは泣くのをこらえて顔を上げた。


「アンジェは、アルディラの使者が誰か知っていまちゅ。

そして、ヴェンディカトーレが何故捕まらなかったのかも。アルディラの使者は、罪人の追跡方法を知っているのでちゅ。


アルディラの使者は、攫われた子供の救済もしているのでちゅ。関係ない無実のひとを巻き込まない限り、彼らの行動に免責を与えて下ちゃい!」


 言うだけ言いきったら、もう涙と鼻水は止まらなくなった。

止まらない涙越しで見る周りの世界は、ゆらゆらと心もとない。


耳にはパパとマンゾーニ卿の優し気な声が聞こえるが、何を言っているのか、泣きじゃくる自分の嗚咽で全然わからない。


力いっぱい涙を流すと、いつのまにやら、パパに抱っこされたまま夢の国に直行した。


 評価、励みになります、有難うございます。これからも読んで頂ければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ